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理系女子の恋  作者: 流音
212/246

201、決意を固める

井坂視点です。


熱のせいか恥ずかしいことをしたせいかは分からないけど、どんどん体が熱くポカポカしてきて、俺は花束を抱えたまま泣き止まない詩織を見下ろして涙ぐんできていた。

喜ぶ詩織を想像して考えたプレゼントだったけど、ここまで喜ばれるとは思わなくて、待ち合わせの前に花屋で恥ずかしさを堪えて注文した自分を褒め称えたい。


初めて入った花屋では注文の仕方が分からなくてテンパったけど、優しく希望を聞いてくれたお姉さんのおかげで、詩織を喜ばすことができた。

本当は泣き顔じゃなくて笑顔がみたかったのは置いておいて…


それにしてもこの花束は見れば見るほど結婚式のブーケみたいで、ちょっと恥ずかしい…

詩織のイメージカラーをお姉さんに聞かれて「白」と答えたのは自分なんだけど、これじゃあプロポーズしたみたいで周囲の目が気になる。

まぁ、今は皆ペンギンに夢中でこっちに気づいてないようで、良かったけど…


そうして俺が詩織に頭をくっつけて詩織が泣き止むのを待っていると、ふっと視界の端に赤井の姿が見えた気がして、俺は焦ってそっちに目を向けた。

でもそこに赤井の姿はなくて、子供を連れた夫婦が水槽にへばりついているだけだった。

いないことに少し安堵したけど、人ごみに紛れて見えなくなっただけかもしれない可能性もあって、俺はここで赤井と小波に遭遇したくないとハラハラしてくる。


俺と詩織がここに来るのを知ってた赤井の事だ…

小波をなんとか説得して同じように来てることも考えられる…


俺は場所を変えようかと思っていると、いつの間にか詩織が泣き止んでいたのかゴシゴシと顔を擦ってから顔を向けた。


「井坂君…。これ本当にありがとう…。すごくすっごく嬉しい。」


詩織は泣き腫らした真っ赤な目を細めると満面の笑顔で言って、俺はこの笑顔が見たかったと赤井の事が飛んでいって、表情が緩む。


「私もプレゼントあって…。これ。」


詩織は花束を膝にのせて、鞄からゴソゴソと小さな箱と一通の封筒を取り出した。

俺はその二つを受け取ると何だろう…と、とりあえず箱を開けてみた。


「うっわ。これ、高くなかったか?」


箱の中には立派な腕時計が入っていて、俺はそれを手にとってしげしげと見つめた。

時計には詳しくないけど、たぶん有名メーカーのものだろうシルバーの腕時計は、どんな服装にも合いそうなデザインだった。


「そこまでしなかったんだ。私のお年玉貯金で買えたから。これなら、いつもつけててもらえるし、離れても私の事、思い出してもらえるかなって思って。」


詩織は目元が泣いたことで気になるのか、目元を触りながら照れ臭そうに微笑む。

俺は詩織の言葉に、今度は俺が泣きそうになってグッと眉間に力を入れた。


「思い出さない日なんかあるわけないだろ。でも、毎日つけてられるってのは嬉しいな。ありがとう、詩織。」


俺がカッコつけてお礼を口にすると、詩織は感無量といった様子で頷いた。

そして俺は一通の封筒が気になって、時計を一旦箱にしまうと、封筒を開けて中を確認した。

詩織はそれをワクワクしながら見守っているように見える。


中から出てきた一枚の便箋には中央に一文字、『私』と書かれてあるだけで意味が分からない。


「何これ?」


俺が何かの謎かけかと思って訊くと、詩織はふふんっといった様子で説明してくれる。


「これから井坂君に何か贈るたびに、一文字ずつこうして渡そうと思って。」

「一文字??なんで?」


俺がどうして一文字なんだろうと思っていると、詩織は楽しそうに言う。


「だって、これから先大学で離れてしまったら気持ちも離れてしまうかもしれないでしょ?だから、何かこう繋ぎとめるものが欲しいなと思ったの。」

「…うん?」

「それで思いついたんだけど、井坂君に伝えたい事を一文字ずつバラバラで伝えようかなって。」

「へ??」

「だから、今回は『私』だけ、次は…バレンタインかな。そこでもう一文字。それを離れてる4年続けていって、全部つなげたら文章になるの。それが私が井坂君に伝えたい事。」

「………それって、四年後まで俺は詩織の伝えたい事が分からないってこと?」

「そう!気になって、別れる~とか考えられなくなるでしょ?」


詩織がどうだ!と自信満々に言い切って、俺は詩織の可愛い繋ぎ止め方に思いっきり吹きだしてしまった。


「あはははっ!!なんだそれ!そんなことしなくても考えるわけねーのに!!」

「そんなのその時にならないと分からないでしょ?だから、これは保険。ちょっと気になるでしょ?」


詩織はちょっとムスッとしてから嬉しそうに微笑んで、どこか満足そうだ。

俺は確かに気になる気持ちもあったので、便箋を大事に封筒にしまうと言った。


「まぁな。じゃあ、これは4年後まで大事に保管しておくよ。」

「うん。楽しみにしてて。」


俺は詩織の笑顔を見つめて改めて『4年』という期間を認識して、急に気持ちがグラついた。

詩織とこうして過ごせるのが残り三か月だと思うと、すごく貴重な一日に思えてきて、熱があろうとも今日は時間の許す限り詩織といたいと詩織の手を握る。


手を放したら詩織がいなくなりそうで怖い…

気持ちを疑ってるわけじゃない

そうじゃないけど、今朝見た夢がリアル過ぎて頭から離れない


寺崎と手を繋いで俺から離れていく詩織。


詩織が寺崎との接点を切ったのは傍で見てたはずなのに、またこの夢を見たことが、何かを予知してじゃないかと疑ってしまって怖くて仕方がない…


詩織は寺崎なんかを選ぶはずはない

さっきも俺のプロポーズ紛いの言葉で泣いてくれたほどだ

詩織の中の一番は俺だ


そう思うのに、こんなに怖いのは何でだろう…


俺は寒気がずっとしていて、身体が重くて頭がグラついた。

すると耳元で詩織の心配している声が聞こえてハッと我に返った。


「井坂君!」


俺は詩織の顔が不安げに歪んでいるのを見て、ちょっと意識が飛んでたと頭を振った。


「井坂君。やっぱりしんどいよね…。病院はいいから、とりあえずお家に帰ろう?」

「嫌だ。今日は詩織と一緒にいる。」


俺は詩織から離れるなんて考えられなくて、真っ向から否定した。

たとえ体がだるかろうが、今詩織の手を放すつもりはない。


すると詩織は何かを考え込んだあと、力強く言った。


「じゃあ、私も一緒に井坂君のお家に帰る。それで看病するよ。それならいいでしょ?」

「……看病…??」

「うん。井坂君が一緒にいてって言うなら、ずっと一緒にいる。」

「ずっと…。」


俺はここで詩織に温かく看病される自分を想像して、気分が持ち上がった。


「帰る。すぐ帰ろう。今の絶対だからな。約束したからな!」


俺は詩織の荷物を持ってサッと立ち上がると、詩織の手を引いて早足で出口へ向かう。

詩織の気持ちが変わらない内にと思うと、さっきまでしんどかったのが嘘のように体が軽くて足も動く。

そうして俺が逸る気持ちで黙々と歩いていると、詩織から小さく笑う声がして腕にベタッとくっつかれた。

それが詩織も俺と一緒にいたいと思ってくれてることだと直に感じて、俺は嬉しくて同じように笑みが漏れたのだった。






***









そして俺が詩織と一緒に家に帰ってくると、当然のように母さんが出迎えてくれて、詩織の持つ花束に気づいた母さんが開口一番に言った。


「詩織ちゃん!!綺麗な花束!それまさか拓海が!?」

「え…と、はい。」


詩織は俺の顔色をちらっと窺いながら答えて、母さんはにや~っと笑いながら俺を横目で見てくる。


「なにキザなことしてるのかしら!もう!!私が恥ずかしいわ~!お父さんにも報告しなくちゃ!ちょっとそれ貸してね。」


母さんはそう言うと詩織から花束を奪ってリビングに行こうとするので、俺はそれだけはやめてくれ!と引き留める。


「ちょっ!!それ詩織にやったものだから返せって!!見せもんじゃねぇんだよ!」

「ケチな息子ねぇ…。でも水につけとかないと枯れちゃうわよ?」


母さんから枯れると言われて、俺も詩織もそれは困ると思って顔を見合わせた。

せっかく詩織に喜んでもらえたのに、それが枯れるとなると縁起がよくない。


「詩織ちゃん、すぐお家に帰るならいいんだけど。一緒に帰ってきたってことは、すぐには帰らないわよねぇ?」

「え…っと…、あの、……実は井坂君、体調悪いみたいで…。私、看病しようと思って…。」

「え!?また!?」


母さんはビックリすると花束を持ったまま戻ってきて、俺の額に手をあてる。


「あらホント!熱があるみたいね。受験勉強漬けで体力が弱ってたのかしら…。」

「はい…。なので、もしお邪魔じゃなければ、私看病させてもらってもいいですか?」

「えぇ!?看病なんて!!詩織ちゃんにうつっちゃうから大丈夫よ。私に任せておいて?」

「え…、あの、でも…。」


詩織は花束を母さんから返されて今にも帰らされそうになり、困ったように俺を見た。

俺ははーっと息を吐くと、詩織の腕を掴んで母さんに言う。


「俺が詩織に看病されたいんだよ。母さんは詩織のお母さんに事情説明するのに、協力してくれればいいから。」


俺がはっきり言うと、母さんは少し頬を赤くさせて「あら、そう。」と俺と詩織を交互に見てくる。

それが少し照れくさかったけど、俺は詩織の花束を再度母さんの手に渡すと「これ水につけといて。」と頼んでから、詩織の腕を掴んだまま二階へ向かった。


そして自室に入ると、俺は急に倦怠感が襲ってきてフラフラとベッドに倒れ込んだ。

そこで自分が相当無理してたのを思い知る。


「井坂君、とりあえず上着脱いで。服も楽なのに着替えた方がいいと思う。」


詩織は俺が倒れ込んだことに焦ったのか、上着を引っ張って脱がしてきて、「着替えはどこ?」と数ある引き出しの前でオロオロしている。

俺はそんな詩織の背中に笑いそうになったけど、平静を装って「その三段ボックスの真ん中。」と伝えた。


詩織はそこから黒のスウェットの上下を出してくれると、ベッドの傍にしゃがんで俺の顔を覗き込んでくる。


「井坂君、私お母さんに電話してくるから、その間に着替えておいてね。」

「分かった。」


俺が軽く頷いたのを見て、詩織は満足気にケータイを手に部屋を出て行った。

俺は詩織が出て行っただけで少し寂しくなって、ベッドから起き上がると詩織が出してくれたスウェットを手に取った。


詩織…

もしかして一晩一緒にいてくれるのかな…


俺はそう考えて、若干ソワソワして着替えるだけじゃなくて軽くシャワーでも浴びようと新しい下着をボックスから出して、スウェットと一緒に持ち風呂場へ向かった。


熱のせいで汗かいてる気がするし…

汗臭い俺のまま詩織と過ごすわけにいかないしな…


そうして風呂場への廊下を歩いていると、詩織のお母さんと話をしているのか母さんの高い声がリビングから聞こえてきて、上手く言っておいてくれよと思っていると、詩織と父さんの話す声も耳に入った。


「拓海が再三迷惑をかけて本当に申し訳ない。」

「いえ!!私が好きでやってることなので!謝らないでください。」

「だが、あいつは兄弟の一番下というのもあって我が儘で自分を通す厄介な所があるから、詩織ちゃんには色々我慢させているんじゃないかと思っていてね…。」


父さんの言う通りなだけに俺はうぐ…と胸が詰まる。

俺だって我慢してることもあるけど、基本詩織には言いたい事、やりたい事通してる気がする…

それをイヤだって思ってなければいいけど…

俺は詩織の返答が気になりリビングのドアの前で立ち止まっていると、詩織の落ち着いた声が聞こえた。


「それをいうなら、私もです。私、自分に自信なくて、誰にでも良い顔したい方だから、どこか人との距離感が普通とは違うみたいで、井坂君には心配ばっかりかけて…。きっと私の何倍も不安にさせてるんです。それを表情に出してくれることもあるんですけど、分からないときも多いから、きっと我慢させてるんだろうなって…。だから、我慢っていう意味ではお互い様だと思います。」


俺は自分がイライラしていたことや、色々我慢して不安になってたことを詩織が見抜いていたことに驚いた。

上手く隠していたつもりだったけど、詩織は全部お見通しだったんだ…


「そう言ってもらえると有難い。あいつには詩織ちゃんしかいないと思ってるからね…。もし何か抱え込んでるなら聞いておきたかったんだ。」


俺は父さんの言葉に目を剥いて、リビングの扉を見つめると耳を澄ました。


「あいつがこんな花束を贈るぐらいだ。詩織ちゃんとの未来の事もきっと真剣に考えてるんだと思う。詩織ちゃんも、あいつの我が儘に振り回されても嫌な顔一つしない所を見ると、拓海と気持ちは同じなんだろう?」


俺は詩織に花束を渡したときに、それとなく自分の気持ちは伝えたけど、詩織からはハッキリと言葉はもらってなかったので、父さんに返す言葉が気になって生唾を飲み込んだ。


「……はい。むしろ私の方が井坂君しかいないです。今日もどれだけ嬉しくて泣いちゃったか分からないので…。あ、こんなグチャグチャな顔ですみません。」


詩織は泣いたせいで腫れてる目元を気にしてるのか、少し笑う声がして、俺は『井坂君しかいない』という言葉に目頭が熱くなってきた。


「それを聞いて安心したよ。これからも拓海をよろしく。」

「はい。こちらこそよろしくお願いします。」


まるで嫁入りのような父さんと詩織の会話に、俺は涙が零れそうになって慌てて脱衣所に駆け込んだ。

そしてグッと唇を噛んだまま服を脱ぎ捨て、風呂場に入るとシャワーを頭っから思いっきりかぶって堪えていた涙がシャワーのお湯と一緒に流れた。



絶対、絶対詩織との未来を叶える


そう思えば4年なんて早いもんだ

俺たち二人の気持ちがしっかりしてれば絶対大丈夫


俺には詩織しかいないように、詩織にも俺しかいないんだ


目の前のことが怖くても乗り越えてやる

詩織との明るい未来のために



俺はそう決意を固めて、自分の中の不安に打ち勝とうと気合を入れたのだった。










あまり出した事のなかった井坂父でした。

井坂お家編はまだ少し続きます。

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