198、ハッキリ告げる
クリスマスまで一週間を切った日、受験生の多い我がクラスはというと…
クリスマスムードもないまま、受験への追い込みの熱を上げていた。
私はタカさんとあゆちゃんに囲まれて二人の勉強を見てあげていて、井坂君は島田君と北野君と一緒に黙々と机に向かっていた。
私は凛々しく勉強に励む井坂君をチラ見して、カッコいいなぁ…と胸キュンしていたら、そこへ空気を壊すように赤井君が乱入してきた。
「谷地さん!!クリスマスに井坂と一緒に水族館のイルミネーション見に行くって本当なのか!?」
赤井君は若干鼻息が荒くて、何をそんなに興奮しているのかと首を傾げながら答える。
「うん…。井坂君が思い出に残る場所に行きたいって…。」
「マジかよ!!おい、聞いたか小波!!」
「もう!!急に話しかけないでよ!!単語がどっかに飛んでったでしょ~!?」
あゆちゃんが向かっていた英語の問題を前にイライラしていて、赤井君はそれを見ても話しかけるのをやめない。
「それより、クリスマスだよ!!小波!!」
「聞こえてるわよ!それが何!?」
あゆちゃんはさすがに話しかけられたままでは問題に向かえなかったようで、赤井君に目を移すと若干怒りながら訊いた。
赤井君はそれに少し嬉しそうに顔を緩めると、机に手をのせてあゆちゃんに身を寄せながら言う。
「井坂と谷地さんはクリスマス、一緒に水族館だぞ!?お前は本当にどこにも行かなくてもいいのか?」
「あのね、前にも言ったけど、私はそんな余裕ないの!!今は受験最優先!!私立にいくお金なんてウチにはないんだから…。」
あゆちゃんはそこがネックのようで、また問題集に目を戻す。
赤井君はそれを見てムスッとすると、「ちぇ~!」とプクッと頬を膨らませて拗ねてしまう。
私は赤井君があゆちゃんにフラれるなんて珍しいな…と思いながら、必死に問題に向かうあゆちゃんを見つめた。
あゆちゃんはここ最近本当に必死に勉強していて、何としても地元の栄央大に受かろうという気迫に溢れている。
ここに受からなければ地元の女子大になるらしく、そこは私立なのでできれば避けたいらしい。
私は桐來に受かって余裕の赤井君と、下手すれば来年三月まで受験の続くあゆちゃんが遠距離を前に別れるなんてことにならなければいいな…とケンカになる度に心配していたので、拗ねる赤井君に寛容になってくれるよう願った。
そうして拗ねる赤井君の横で黙々と勉強を続けるあゆちゃんと、一人我関せずでマイペースに勉強しているタカさんにアドバイスしながら時間は過ぎていき、私は赤井君をチラ見しながら一人気まずい時間を過ごしたのだった。
***
そして勉強ムード一色の一日が過ぎ、いつも通り井坂君と帰ろうと準備していたら、「谷地さん!」と廊下側の席の島田君に呼ばれてそっちへ目を向けた。
そこには一組の短く髪を切ってしまった榊原さんと、この間まで生徒会長だったひっつめポニーテール女子…(名前が分からない…)がいて、私は久しぶりに見る二人に目を丸くしながら足を向ける。
「え…と、お久しぶりです…。」
私が遠慮がちに二人に挨拶すると、二人は顔を見合わせて「こっち。」とどこかへ向かって歩き出して、私は今まで何の音沙汰もなかっただけに何を言われるのかと緊張が高まっていく。
二人は教室から少し離れたところで立ち止まると振り返ってきて、私はビクつきながら足を止めた。
何を言われるのかを考えて、頭がグルグルとパニックになりかける。
すると、真剣な顔をした榊原さんが口を開いた。
「あのさ、井坂君に告白しようと思ってるんだけど、いいよね?」
「………え?」
私は突然の申し出に拍子抜けしてしまって、ぽかんと二人を見つめて固まる。
榊原さんは少し赤く頬を染めていて、本気だというのが伝わってきた。
「一応、彼女であるあなたには言っておこうと思って…。」
「え?え?ちょ…、え??なんで…私…。というか…今??」
私は自分に打ち明けてくれたのも不思議だったけど、いつ告白するのかも気になって、つい口から思ったままに言葉が飛び出す。
すると今まで黙ってた元会長さんが口を開く。
「私も榊原も年明けに受験控えてるの。だから、勉強に本腰入れるためにも、今気持ちに踏ん切りつけようかって話になってね。結果なんか目に見えてるけど。」
「え……と…。それ…、なんで私に…?」
「仮にも彼女でしょ?もう裏でコソコソとかフェアじゃないこと嫌なのよね。」
元会長さんは過去のことを言っているのか、あっけからんと口にしていて、私は「そうなんだ…。」としか言えない。
「だから、告白することを邪魔しないでね。それだけだから。」
元会長さんは榊原さんの背をポンと叩くと、再度教室へ向かって行って、私はどうしよう…と二人の背を見つめてオロオロしてしまう。
井坂君の気持ちは信じてるから心配はしてないけど…
でも、受験前のこの時期に…!?
私は逆に心が乱れるんじゃないかと同じ女子として、二人の気持ちを心配してしまう。
そうこうしている内に教室まで戻ってきてしまい、井坂君は私の帰りを待っててくれたのか「詩織!」と嬉しそうに駆け寄ってきてくれて、私はちらと二人の様子を見た。
すると教室から出てきた井坂君を捕まえるように、元会長さんが「井坂君、ちょっといいかな?」と声をかけて、井坂君は私の様子が気がかりだったのか、私に目を向けてくる。
だから私は「いいよ。」という気持ちで軽く頷くと、井坂君は「じゃあ、ちょっとだけ。」と二人の背に続いて歩いて行ってしまった。
私はその背中を見送って、はぁ…と自然とため息が出る。
きっと今後こういうことは増える気がする…
受験、卒業…
今までの環境を変える出来事が、今まで気持ちを抱え込んでいた人にとったら、大きな後押しとなるんだろう…
私は井坂君の気持ちを信じているので不安にはならなかったけど、いい気はしなかったので、何度もため息をつきながら、井坂君の帰りを待つことになったのだった。
***
私はじっと教室で待つのはソワソワと落ち着かない気持ちになってしまうので、少し寒かったけどベランダに出て空を見上げていた。
はーっと白い息を吐き出して冷たくなってきた指先を温める。
井坂君…なんて言うのかな…?
気持ちに応えられなかったとしても、好きだって言われたら嬉しいよね…
気持ちが揺れる…なんてことはないと思いたいけど…
やっぱり気になるなぁ…
私はしばらくベランダにいるので体が冷えてきたのか、「クシュッ!!」とくしゃみが出た。
それにしても時間かかるなぁ…
どれだけ長い告白を受けてるんだろう…
私が探しに行こうかと振り返って鼻をすすると、ガラッと教室とベランダを繋ぐ扉が開いて、大きく息を吐き出しながら肩を揺らす井坂君が姿を見せた。
「あ、井坂君。終わった?」
私がやっと戻ってきたとほっとしていると、井坂君は急に目を吊り上げた。
「こんのバカ!!!なんでこんなとこいんだよ!!」
「え!?」
井坂君は怒鳴るなり、私の腕を掴んで引っ張って教室の中に引き入れてくる。
教室にはもう誰も残ってなくて、井坂君と私の鞄だけが机の上にのっていた。
井坂君はぎょっとしたように私の手を握ると、焦ったように両手で包み込んでくる。
「手冷たくなってるし!!なんで教室にいないかな!!どこにいるか分からなくて探し回っただろ!?」
「え…。井坂君、私を探してたの?」
「そうだよ!!!鞄あるのに詩織の姿ねーからどこに行ったんだって心配しただろ!?」
「ご、ごめん…。」
私はまさかそんなことになってたなんて思わなくて、ベランダにいたことが裏目に出たと反省した。
井坂君は一通り文句を言ってスッキリしたのか、はーっと息を吐いてから私の両手を包み込んだまま、その手におでこをくっつけるように項垂れてくる。
「詩織はいつもふらっとどこかに消えそうで怖くなる…。」
「え!?なんで!?消えたりしないよ?私、これでもソワソワしながら忠犬のように井坂君を待ってたんだから!」
私にしてはじっと待ってた方だという自信があったので、そのまま口にすると、項垂れてた井坂君がぶはっと吹きだすように笑い出して頭を上げる。
「忠犬って…!!その姿、ちょっと見たかったんだけど。」
「そう?でもタカさん曰く、私はよく子犬のような顔をするみたい。何故か井坂君の前では見せないらしいんだけど。」
「なんで俺の前だけ…。あ、そっか。言わなくても分かった。」
「え??」
井坂君は急に何かに納得して、楽しそうに笑いながら自分の鞄を取りに向かう。
私は何が分かったのか分からなかったけど、井坂君が楽しそうだったので悪い理由じゃないだろうというのだけは理解した。
そしてお互いに鞄を持って、手を繋いだ状態で教室を出ると、私は「どういうこと?」と井坂君に訊いた。
井坂君はまだ笑いながら「これは俺にしか分からねーよ。」とすごく嬉しそうにしている。
「む~…。それは教えてくれないってこと?」
「そういうことかな?ま、俺だけの宝物ってことで。」
「宝物!?そこまで大事なことなの?」
私がそこまで大きなことなのかと驚いたら、井坂君が爆笑し始めて、私はつられて顔が緩んでしまったのだった。
それから井坂君は結局教えてくれなくて、私はよく分からない話は流すことにして、今日も井坂君の家に行く流れで話をしながら校門を通り過ぎた。
でもそこで校門脇の壁にもたれかかる僚介君に目が止まり、私は息が喉に詰まりながら足を止めた。
「やっと会えた。」
僚介君はどこか安心したように微笑んできて、私は井坂君の手をギュッと握りしめると心に決めてたことを口にしようと生唾を飲み込んだ。
「ここんとこ二日置きぐらいにここに来てたんだけど、その度に詩織の同級生っぽいやつらに邪魔されてさ。ただの友達だって言ってんのに追い返されて、話したいのにできなくて参ってたんだ。だから、今日は会えて良かった。」
「あ、あの…、僚介君!」
私は見るからに心を許してくれてる僚介君に言うのが躊躇われたけど、繋いだ手から伝わる井坂君の温もりに背を押されて口を開いた。
「もう会いにこないでくれないかな!?」
「……え?」
私は驚いている僚介君から少し下に目を逸らすと、勢いに任せて理由を説明する。
「この間、井坂君にひどいこと言ったって聞いたんだ。私、僚介君がそんなこと言ったなんて信じたくないけど、井坂君も…他の人も同じこと言ってたから…だから。」
「ちょっと待ってくれよ。ひどいことって、詩織のこと大事にしろよって言ったことだろ?あれのどこがひどい言葉なわけ?」
「え…私??」
「おい、ふざけんな。俺に堂々とケンカ売っといて、都合の良い言葉だけ切り取んじゃねぇよ。」
井坂君が私の手をギュッと握り返してくれながら反論して、私はハッと僚介君の言葉に流されそうになってた自分を戒めた。
「詩織、俺そこまでひどいこと言ってないよ?俺正直だから、思ってたことが口から出たかもしれないけどさ。」
「はぁぁ!?!?」
「僚介君!!!!」
井坂君が私より先に僚介君に食って掛かりそうだったので、繋いでた手を引っ張って先に私が前に出る。
すると二人の目が私に向いたのを確認して、覚悟を決めた。
「ごめん!!もう何を言われても井坂君を信じるって決めてるの!!私が一番大事なのは井坂君だから!!」
私は大きく息を吸いこむと更に続ける。
「だから、もう僚介君には会わない!!話も聞けない!!予備校で言ってたことも全部忘れてほしい。」
「……詩織…。」
僚介君の顔が少しショックを受けたように見えた気がしたけど、私は悪者になろうとギュッと目を瞑って告げた。
「私との関係を中学を卒業した頃まで戻してほしい。私、僚介君にフラれた事…。許すつもりないから。」
私は自分のことをひどい女だと切り捨てて欲しくて、胸が苦しくなりながらも言い切った。
僚介君とは再会しなかった。
そう思えば、友達に戻る前の状態になる…
そうすれば僚介君をあまり傷つけないで済むんじゃないか…と思ったんだけど……
口を開いた僚介君から発せられた言葉に、逆に私が傷つくことになってしまった。
「詩織…。随分ひどい女になったんだな…。振った俺を許せないとか言うけど、今の詩織の方がよっぽどひどいと思うよ。俺が詩織に何をしたって言うんだよ。」
私はこうなると望んでたはずの言葉に目を開けると僚介君の顔が見えて、私はその顔に見覚えがあって息が止まった。
「……今だから、俺もお返しに言わせてもらうけどさ。俺が少し優しく接したからって、自惚れんなよな。俺と彼氏、天秤にかけて良い女気取りとか…身の丈に合ってねぇから。詩織は昔のままだと思ってたけど、俺の勘違いだった。俺も今までのことは忘れるから…、詩織も今言ったこと気にすんなよ。じゃ、今まで楽しませてくれてありがとな。」
僚介君は中学の私を振った時と同じ言葉を言って、私は中学の時のことが脳裏にフラッシュバックしていた。
僚介君のあの人を見下したような表情も、急に気持ちが冷めたような低い声も全部覚えがある。
突き放したのは私のはずなのに、あのときと同じ気持ちが蘇ってきて、今にも足から崩れ落ちそうだった。
なんで……
胸の奥が…すごく痛くて…苦しい…
どうして…?
私は呼吸が浅くなっているのか息苦しくて、周りの音が耳に入ってこない。
この感覚は確かずっと前にも…
私が言葉を失って呆然と考え込んでいると、突然井坂君が私の視界に入ってきて、私はハッと昔の幻影から抜け出した。
「い…井坂君。」
井坂君だと認識しただけで呼吸が楽になり、今まで聞こえなかった周りの音が耳に入る。
「詩織…。大丈夫か?寺崎はもう行ったぞ?」
「え…。」
井坂君の言葉に辺りを見回すと、寺崎君の姿はいつの間にかなくなっていて、心配そうな井坂君の姿だけだった。
私はそれにすごく安心してほっと息を吐き出すと、井坂君を見ただけでさっきとは違う意味で胸が詰まりギュッと井坂君に抱き付いた。
井坂君の匂いがすごく好き…。
私は井坂君の匂いを嗅いで、まるで犬のように井坂君に甘えた。
井坂君がいてくれて本当に良かった…。
私は自分に愛情を向けてくれる人の存在に支えられてると感じて、井坂君に感謝の気持ちでいっぱいになった。
井坂君がいてくれれば大丈夫…
何を言われてもすぐ立ち直ることができる
中学のときとは違うんだから…
私はもう僚介君の仕方ないことだと案外すぐ気持ちの整理をすることができて、目の前で笑ってくれる井坂君の大切さをじっくりと噛みしめたのだった。
ここで僚介は一旦影を潜めます。
ですが詩織の根幹に関わるキャラなので、また登場してきます。
その際はよろしくお願いします。