表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
理系女子の恋  作者: 流音
202/246

番外6:息子の彼女

井坂のお母さん視点です。


私が自分の息子=拓海―――の彼女と話がしたくて、勉強の差し入れをする手前交渉に行ったら、拓海に追い払われてしまった。

あんなに冷たい息子になるなんて男の子はやっぱり可愛くない!と機嫌を損ねていたら、可愛くない息子の彼女である詩織ちゃんが焦った様子でリビングまで降りてきて、私は彼女の柔らかい空気に一気に癒されてしまった。


彼女はこちらを気遣うような笑みを浮かべて、「やっぱりお話したくて…。」と私の傍に寄ってきてくれる。

私はそんな彼女の優しさに感激しながら自然と微笑むと、詩織ちゃんが少し驚いた顔をしてから言った。


「やっぱり笑い方が井坂君とおんなじ。」

「え?私と拓海?」

「はい。目元がクシャってなるのが、すごく似てます。」


詩織ちゃんは私と拓海を重ねているのか、どこか愛おしそうに笑っていて、私はそんな彼女の事がまた好きになった。


詩織ちゃんと初めて会ったのは、一年前の夏…確か、拓海の誕生日の日。

私がいつも通っているフラワーアレンジメントの教室が中止になったので、誕生日を祝おうと色々買いこんで帰ってきたら、拓海の部屋に彼女がいた。


拓海も詩織ちゃんも真っ赤な顔をしていて、焦ったようにしゃべる拓海の様子から何をしていたのかは簡単に予想することができた。

そのとき私は拓海の兄である陸斗のこの年頃の素行を思い出してしまって、思わず拓海の気持ちを試すように怒ってしまった…


今思い返すと、拓海は正直に彼女ができたことも話してくれていたし、必死にやっていたことを隠そうとする姿から本気だと痛いほど感じる事ができたのに…

少し厳しくしすぎたかな…と反省だ。


だからこそ、最近は大目にみて詩織ちゃんが家に来ていても、あまり邪魔しないよう二階には近寄らないように自重していたというのに、そこの親心を分からないなんてひどい息子だと思う。


それにひきかえ、彼女である詩織ちゃんは最初に会った頃のイメージのままの女の子。

礼儀正しくて、純粋で、私にまで気を使ってくれる優しさを持っている。

拓海の姉である美空とは違った柔らかい空気と包み込むような温かさも持ち合わせていて、美空の少し抜けているけど底抜けの明るさと合わせれば、とても微笑ましい姉妹の誕生だなんて、勝手に想像している。


それに詩織ちゃんは私と同じで拓海のことが大好き。


これは何度か詩織ちゃんに会う度にひしひしと感じるようになった。


今年の拓海の誕生日。

詩織ちゃんは雨の中びしょ濡れで家までやって来て、照れながら誕生日は当日祝ってあげたいと言ってくれていた。

私はそれを聞いて感激してしまって、拓海本人に聞かせてあげたいと思ったんだけど、言わなくても拓海は詩織ちゃんの気持ちを汲み取っているようだったので、野暮な口出しはしなかった。


そんな拓海と詩織ちゃんだけど、一時期だけ拓海がこの世の終わりのように悲愴な顔をしていた時期があって、どうやらその頃だけ二人は別れていたらしい。

陸斗が弟の不幸を喜ぶかのように話していたのでよく覚えている。


でも、その時期もそんなに長くは続かなくて、すぐに幸せそうな拓海に戻ったので、二人はやっぱりそういう運命の元に出会ったんだと確信を持った。


拓海も詩織ちゃんもお互いがとっても大好き。

だから毎日一緒にいたくて、こうして二人でいる時間を持とうとしているんだと思う。

まぁ、邪魔してる私が言うことじゃないけど。



私は詩織ちゃんをリビングのソファに座らせると、温かいココアを入れて彼女の向かいに腰を下ろす。

すると詩織ちゃんが差し出されたココアを見て、嬉しそうに微笑みながら律儀にお礼を口にした。

こういう所も彼女の育ちの良さが分かるなぁ…と感じて、ふっと彼女の家族構成が気になり質問した。


「詩織ちゃんはお家に兄弟はいるのかしら?」

「はい。弟が一人。今年から同じ高校の進学クラスに通ってます。」

「あら、そうなの!じゃあ、拓海とも面識はあったり…」

「はい。井坂君、毎朝私の家の傍まで迎えに来てくれるので、そのときたまに会ったり…。学校でも私のクラスに弟が顔を出すことがあるので…。」


「え、拓海が毎朝詩織ちゃんを迎えに行ってるの?」


私は初耳の情報にビックリして詩織ちゃんを見つめた。

詩織ちゃんは目をパチクリさせながら、少し首を傾げて頷く。


「はい…。ご存知じゃなかった…ですか?」

「えぇ…。そういえば、早い時間に家を出るようになって、遅刻しないようにだと思ってたけど。あれは詩織ちゃんを迎えに行くためだったのね?――――なんだ、そうだったの。」


私が一人納得していると、詩織ちゃんは少し困ったように笑ってからココアを口にした。


拓海がどういう気持ちで毎朝詩織ちゃんを迎えに行っているのか、想像するととても微笑ましい…


私は毎朝眠そうな顔で起きてきた拓海が、家を出るときには身だしなみを完璧にしてどこかウキウキしながら出て行くのを知っていたので、それを少しでも詩織ちゃんに教えたくて口を開いた。


「拓海ね。中学のときから朝がすごく苦手なの。」

「え…。そうなんですか?」


朝が苦手と聞いて詩織ちゃんが驚いたのか、カップを持った状態で固まってしまった。

私はそんな反応をする詩織ちゃんが可愛くて、少し笑いながら続きを話す。


「小学生の頃は、舜君が同じ登校班で毎日迎えに来てくれたから大丈夫だったんだけど。中学は違うでしょ?あの子、中学でバスケ部に入って遅くまで部活やってたのもあって、疲れてたみたいだから、いつも学校に行くのはギリギリで…。朝ご飯も食べないときもあったのよ。」

「へぇ…。そうなんですか…。」


詩織ちゃんは初めて聞く話だったのか、興味津々で少し身を前に起こしてくる。


「それこそ身だしなみもひどいもので…。寝癖つけたまま、下手したら顔も洗わないで学校に行ってたときもあったんじゃないかしら。」

「え!?そこまでだったんですか!?」

「そうなのよ。陸斗は昔っから見た目には気を遣ってた方だったから、拓海が正反対でね…。本当に兄弟かと思ったわ。」


私は中学の頃から髪を弄ったり、どこかカッコつけてた陸斗と寝癖をつけた状態でだるそうに学校へ行っていた拓海を比べて、笑いがこみ上げてくる。


「でもね、高校に入ってからは違うのよ。」


私がそこで言葉を切ると、詩織ちゃんの目が大きく広がった。


私は高校の入学式の日、面倒くさそうに式に参列していた拓海が、その次の日から鏡の前に立っていて驚いたのを思い出していた。

まるで陸斗のように髪にワックスをつけて鏡の前で睨めっこしていた拓海。

私は高校生の自覚が出てきて、多少身なりも気にするようになったんだと思っていたけど、今思えば詩織ちゃんが同じクラスにいたのなら、当然の変化だと分かる。


拓海は詩織ちゃんに少しでもカッコいい自分を見せたかったんだ。


私は目を丸くして私の話の続きを待っている詩織ちゃんを見て、おかしくて笑ってしまう。


「拓海ね。高校に入ってから洗面所の前にいる時間が長くなったの。今じゃ玄関の姿鏡にまで目を向けて全身チェックして行くのよ。おかしいでしょ?」

「………確かに…寝癖の頃を思えばすごい変化ですね…。何かあったのかな…?」


詩織ちゃんはまさか自分のためだとは気づいてないようで、眉間に皺を寄せて考え込んでしまう。

私はそんな彼女に答えを教えてあげようと笑いながら説明する。


「これは全部、詩織ちゃんのためなのよ!すごいでしょ!?」

「え!?そんなまさか!!」

「そのまさかなのよ。だって、詩織ちゃんを迎えに行くのに早く家を出るときだって、きちんと身だしなみを整えていくのよ?あの寝癖でだるそうだった拓海が!これが好きな子のためじゃなかったら、誰のためにって感じでしょう?」


私がどうだ!と自信満々で説明すると、詩織ちゃんは急に頬を赤く染めると、はにかむように笑う。

それがすごく可愛くて、私は胸がキュンとなりながら、彼女に言った。


「詩織ちゃん。拓海と付き合ってくれて、本当にありがとう。」

「え…?」


私はいつか彼女に言いたかったことを口にできて、少し胸がジンと熱くなる。


「拓海が一番大好きな女の子と結ばれて、毎日幸せそうにしているのを見ると、私まで幸せを分けてもらったように嬉しくなるの。拓海のああいう顔が見られるようになって本当に良かった。」

「そ、そんな!!私こそ、井坂君と付き合えて夢みたいっていうか…、私の方が井坂君に幸せばっかりもらって、お礼言わないといけないので、こちらこそなんです!!」


詩織ちゃんはソファから下りて私の目の前までやってくると、必死に訴えてくる。


「私、中学の恋愛で一回すごく落ち込んで、高校ではもう絶対恋愛しないって思ってたんです。でも井坂君と出会って、井坂君の優しい所とか、頼もしい所とか…色々知っちゃって…。井坂君が中学の頃からすごくモテてるって分かってたのに、好きになっちゃって…。私、付き合うっていうのを諦めてたんですけど…、やっぱりこの気持ちが我慢できなくって…。ダメ元で告白したんですけど、なんでか上手くいっちゃって…幸せっていうなら、私の方が幸せなんです!!」


詩織ちゃんは真っ赤な顔で一生懸命自分の過去の恋愛まで話してくれて、私は彼女の勢いに面食らってしった。

それだけ拓海のことを想ってくれているという気持ちの現れなんだろうけど、私は一生懸命な詩織ちゃんには悪いけど彼女が可愛くて仕方なくなってしまった。

だから、焦ってる彼女の気持ちを落ち着かせてあげようと、ポンと彼女の肩を叩いて言う。


「詩織ちゃん、気持ちはよーく分かったわ。それでも私の感謝の気持ちは変わらないの。中学の頃、女の子に全く興味のなかった拓海が、こんなに一人の女の子に夢中になるなんて、昔の姿からは想像できなかったんだもの。拓海と出会ってくれて、本当にありがとう。」


私が再度ポンポンと彼女の肩を叩くと、詩織ちゃんは少し表情を和らげてから優しく笑った。


「いえ…。こちらこそ…、井坂君を産んでくださって、ありがとうございます。私、井坂君と出会えてなかったら、きっと今の自分はいなかったから…。井坂君と出会わせてくださったこと、本当に感謝してます。」


私は『産んでくれてありがとう』なんて拓海を産んで以来、誰からも言われなかったので、詩織ちゃんから言われたことで拓海を産んだ日の事を思い出して、少し目が潤んでしまった。


やっぱり詩織ちゃんが拓海を選んでくれて本当に良かった…


私は感動してるのを隠そうと「なんだか照れるわね。」と詩織ちゃんと笑い合った。

詩織ちゃんはその後、拓海の中学の時のことが気になったようで、「女子に興味がなかったっていうのは…。」と真剣な顔で訊いてきて、私は詩織ちゃんと拓海の中学話に花を咲かせてしまったのだった。





***





そして、詩織ちゃんと話が盛り上がってしまったのもあって、詩織ちゃんは時間を確認するなり慌てて家に帰ってしまい、二階の自室にいた拓海が不機嫌そうな顔で降りてきて、私は詩織ちゃんを独り占めしてしまったことに罪悪感を感じた。


「母さん。詩織、帰っちまったんだけど。」

「そうね~。だってもう7時だものね~。」


私は拓海の方に向かず、知らぬ存ぜぬを通そうと明るく返す。

これが一番拓海の癇に障らないと思ったんだけど、拓海はリビングの机をバンッと叩くと怒鳴った。


「あんだけ俺の邪魔すんなって言ったのに!!母さんのせいで、勉強に身が入らなかったんだからな!!」

「詩織ちゃんと勉強は関係ないでしょ?毎日一緒にいるんだから少しぐらいいいじゃないの。」

「よくねぇよ!!俺は詩織がいないと勉強に集中できねぇの!!ただでさえ大学で離れなきゃならないってのに、大事な時間奪わないでくれよ!!」


大学の話を出されてしまったら言い返せなくて、私は振り返って拓海に言い訳しようと考えたのだけど、拓海の苦し気に歪んだ顔を見て思考が止まった。


「母さんは何にも分かってねぇ!!」


「こら拓海!!外まで怒鳴り声が聞こえてるぞ!!母さんに何を言ってる!!」


拓海が怒鳴るのと同時にお父さんが帰ってきて、私はハッと我に返ってお父さんに駆け寄った。

すると拓海が「何もねぇよ!!」と怒りながらリビングを出て二階に戻ってしまう。

お父さんは「なんだあいつは!!」と怒っていたけど、私はさっきの拓海の顔を思い浮かべて胸が苦しくなる。


「ったく。拓海も陸斗の奴に似てきたな。もう少し厳しく言うべきか…。」


お父さんはため息をつきながらそう言って、私は拓海と陸斗は違うと分かっていたので否定した。


「違うのよ。さっきのは私が悪いの。拓海といた詩織ちゃんを引き離しちゃったから…。」

「は?それだけであいつはあんなに怒ってるのか?毎日詩織ちゃんとは会ってるんだろう?」

「……そうなんだけど…。拓海…、大学で詩織ちゃんと離れちゃうのを思い悩んでるみたいで…。」


私は今日の二人の様子からも大学が離れてもきっと大丈夫だと思っていた。

でも、当の拓海はあんなに苦しそうな顔で絞り出すみたいに怒っていた。

大人びてきたとはいえ、まだ18歳…

これからの将来のことを考えたら色々不安になるのかもしれない。


私は自分がしてしまったことを後悔して、大きく肩を落とした。


「大好きだからこそ…、離れたくないって気持ちも大きいのかもしれないわね…。もっと拓海の気持ちを優先してあげれば良かった…。」

「………そうだな…。でも、こればっかりはあいつが乗り越えるしかないだろう?」


お父さんは上着を脱ぎながら、空を見つめて言って、私はお父さんの言葉に耳を傾けた。


「拓海と詩織ちゃんは大学がバラバラだ。これはもう変えようがないし、今更ゴタゴタ言っても仕方ない。二人は同じ気持ちを持っていても違う人間なんだ。ずっと同じ道を歩き続けることはできないんだから、離れる日は遅かれ早かれやってくるよ。」

「でも、関東と関西なんて…。まだ幼い二人には酷よ…。」

「まぁ…距離だけ見ればなぁ…。だけど、全く会えないわけじゃないんだ。お互いの気持ちを信じる良い試練になると思わないか?」


お父さんはどこか意地悪そうに微笑んでいて、私は久しぶりにこういう顔を見たと思った。


「俺は拓海と詩織ちゃんは大丈夫だと思うぞ。色々揺れ動く思春期真っ只中の高校時代に、あれだけお互いを想えるんだ。多少距離が離れたぐらいじゃ、そうそう気持ちは揺らがないだろう。」

「まぁ…、二人の気持ちだけ見れば…。」


私はさっきの拓海と詩織ちゃんを交互に思い返して、気持ちに関しては疑いようがないと感じた。

だからお父さんの言葉に少し気持ちが和らぐ。


「だったら俺たちは二人を見守ってればいいんだよ。覚悟を決めるのは二人だ。覚悟さえ決めれば、二人の事だからちゃんとまっすぐ進んでいくだろう。ま、大学生になって会いに行くための交通費ぐらいは、多少負担してやらないとダメかもしれないけどな。」


お父さんはそう冗談めかして言うと、ソファに座って夕刊を広げた。

私はお父さんの言葉に力をもらって、今は拓海を見守ろうと心に決めた。



拓海と詩織ちゃんはきっと大丈夫


いつか大人になった二人が、並んでここに結婚の報告をしに来てくれる



私はそう夢見て、晩御飯に降りてきた不機嫌な拓海に今日の事を真摯に謝った。

拓海の不機嫌な顔は消えなかったけど、空気が少し優しいものに変わっていたので、私は気にせず拓海に明るく話しかけたのだった。














前回のお家編の続きでした。

井坂の入学当初秘話を入れられて満足です。

次から学校へ戻ります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ