19、夏休み
終業式―――――
私たちは終業式を終えると、夏休みの課題が示されているプリントが配布されて唖然とした。
出た課題の量が異常だったからだ。
数学だけでも出された本の軽く200Pは超えている。
英語の長文読解にしても、英文の本一冊はあるんじゃないかという量だ。
クラスメイトは口々にブーイングしていて、私はさすが進学クラスと思うしかなかった。
これは明日からロケットスタートで課題に取り組まないと間に合わないな。
私は夏休みが消えるのではないか…という不安を抱きながら、用紙を丁寧に折りたたんだ。
「詩織!!一緒に課題しようっ!!私、こんなの終わる自信ない!!」
あゆちゃんが泣きそうな顔をして私の机にやってきて、私は苦笑した。
「そうだね。私も不安だから、一緒にやろっか。あ、そこにタカさんも呼んでいい?タカさん、英語が超得意だから。」
「いいよ、いいよ!!もう勉強できる人大歓迎だよ!!」
あゆちゃんは何にでもすがりたいようで、スカートのポケットからケータイを取り出すと私を見た。
「詩織!休み中、連絡取りやすいように連絡先教えて!!」
「あ、私、ケータイ持ってないんだ。家電とパソコンメールでもいい?」
「そうなの?なんか不便だなぁ~。買う事があったらすぐに教えてね?」
「うん。」
私はみんなが当然のようにケータイを持っていると知って、私もより一層ケータイが欲しくなった。
私はあゆちゃんにメモ帳を差し出すと、そこにアドレスを書いてもらった。
すると赤井君があゆちゃんの横にやってきて、私を見下ろしてきた。
「俺もここに連絡先書いてもいい?」
「え?赤井君も?」
「おう!!何かクラスで集まろうってとき連絡するからさ!!」
「わ…分かった。」
赤井君はあゆちゃんからペンを受け取ると、メモ帳に雑な字でアドレスを書き込んで、私は解読できるだろうかと顔をしかめた。
そして書き終えた赤井君が私にペンを渡そうとすると、私がそれを受け取る前に井坂君がペンを奪ってメモ帳に何やら書き出した。
無言でアドレスを書く井坂君を見て、私はぽかんとしながら彼を見つめた。
「…ん。」
アドレスを書き終えた井坂君が私にペンを返してきて、私は目をパチクリさせながらそれを受け取った。
井坂君は私と一瞬目を合わせると、気まずそうに逸らしてからボソッと口を開いた。
「なんかあったら、メールしてくれよな。」
「……わ…分かった…。」
井坂君がどういうつもりでアドレスを教えてくれたのかは分からなかったけど、私は井坂君の字で書かれたそれを見て頬が緩んだ。
夏休み…会えないと思ってただけに連絡先が輝いて見える。
私は三人のアドレスの書かれたメモ帳を大切に鞄にしまうと、家に帰ったらアドレス帳に登録しようと心に決めた。
***
そして長い長い夏休みが始まり、私は課題に追われてほとんど家にいる毎日を繰り返していた。
さすがに朝からぶっ通しでやっていたので、疲れもピークになり息抜きにパソコンを立ち上げた。
そして日課になっているメールのチェックをしていると、あゆちゃんからメールが来ているのに気付いた。
内容は課題をしに行ってもいいかというもので、私の家に来たいから場所を教えてほしいとの事だった。
私はそれに返事をすると、ふと机の上にのっているメモ帳に目を落とした。
あゆちゃんと赤井君には一度メールをして、私のアドレスを登録してもらった。
でも、井坂君にはどうしてもメールが送れなくて今に至っている。
私から送らなければ井坂君から来ないのは分かってるんだけど、何を書けばいいのか分からなくて悩む毎日だ。
夏休みに入って一週間以上も経ってるのに、意気地なしだと思う。
私はあゆちゃんが来るまでの間に、なんとかメールを送ろうと心に決めてキーボードに手を置いた。
『井坂君、こんにちは。
今までメールを送らなくてごめんなさい。
夏休みはどうですか?
私は毎日家で課題と向かい合っています。』
堅い…堅いよね…
しかも家で課題ばっかりやってるって暗いと思われないかな…
私は全文消去すると、もっと軽く書いてみようとキーボードに手を滑らせた。
『井坂君!久しぶりっ!!
毎日暑くて嫌になるよね~
私は家でスイカ食べたよ!!』
誰!?
私は打ちながら恥ずかしくなってきて、一気に消去した。
っていうか書くネタが家のことしかない!!
どんだけ地味な夏休みを送ってんの!?
地味なのは見た目だけにしなきゃダメでしょ!!
私はメールを送るのを放棄すると、気持ちを入れ替えようと自室を後にした。
リビングに下りていくと、お母さんはいなくて弟がテレビを見て声を上げて笑っていた。
課題に追われる私と違って呑気そうで、腹が立ってくる。
「大輝!!お母さんは!?」
「うわっ!ビックリした~。後ろから声かけんなよ。母さんだったら、晩御飯の買い物に行ったけど?」
「そ。分かった。」
私は大輝の座るソファの後ろを通ってキッチンに行くと、冷蔵庫からお茶を出してコップに注いだ。
「あ、姉貴。俺もお茶!」
「ほんっと人を使うよね!」
私は文句を言いつつも弟の分もコップに注いだ。
そして両手に持って弟の元へ行くと、手渡した。
「サンキュー!」
私はなんとなく弟の横に腰を下ろして、お茶を飲む。
何のテレビを見ているのかとテレビに目を向けると、バラエティ番組の再放送のようだった。
若手芸人がコントを繰り広げている。
「なぁ、姉貴さぁ、毎日家にいるけど、友達いないわけ?」
「いるに決まってるでしょ?今年は課題が多くて遊びに行けないだけだから。」
「ふ~ん。高校生ってそんなに大変なんだ。」
「そりゃ、そうでしょ。仮にも進学クラスだからね。」
珍しく弟が悪態をつかなかったので、気分よく上から目線で返した。
すると弟はカチンときたのか、目を細めると嫌味を口にした。
「そんな勉強ばっかじゃ、彼氏なんて夢のまた夢だろーなー。」
「そういう大輝はどうなのよ?モテるくせに彼女作ったことないじゃない?」
「あいつら俺の顔だけで寄って来るだけだし。彼女なんて必要ねーよ。」
大輝には大輝の悩みがあるのだろうか?
私は彼女なんていらないなんて言ってみたいなと思った。
「そーだねー。大輝、中身はすっごーっく俺様だもんね。付き合う子も大変だろうし、一人でいる方がいいよ。」
「うるっせーな!!好きでこんな性格になったんじゃねーよ!!」
性格って、やっぱり気にしてたのか…
私は普通の中学生男子のような反応を見せる弟が可愛く見えて、少し甘えさせてやるかと弟の肩に手を回した。
「大丈夫だよ~大輝。いつか大輝の中身を好きになってくれる子が現れるからね~。それまでは私が大輝大好き!って言ってあげるよ。」
「キッモ!!きしょい!!止めろよ!!」
大輝が全力で嫌がってくるので、私はもっと絡んでやった。
体は大きくてもなんだかんだ可愛い奴だ。
私は久しぶりに姉の顔ができたと大満足だった。
そうやって姉弟でじゃれ合っていると、インターホンが鳴って私は絡むのを止めた。
「あ、きっとあゆちゃんだ。」
私は大輝をリビングに残して玄関に走った。
「はーい!」
私が返事をして玄関を開けると、大きな鞄を肩から下げたあゆちゃんが笑顔を見せた。
「詩織、久しぶり!今日はよろしくー。」
「うん。どうぞ、入って!」
私はあゆちゃんを中に促すと、私の部屋へ案内した。
あゆちゃんはもの珍しそうに部屋を見回してから、丸テーブルの前に腰を下ろした。
私は彼女に少し待っててもらって、リビングにお茶を注ぎに行った。
リビングでは大輝がさっきと変わらずテレビを見ていて、私はそれを無視してキッチンでお茶を注いでお菓子も持って二階へ戻った。
「わ、ありがとー。気を遣わせちゃったね。」
「ううん。いいの、いいの。」
私は丸テーブルにお茶とお菓子を置くと、あゆちゃんの前に腰を下ろした。
「詩織、この一週間何してた?」
「うん…。ずっと家で課題してた。英語はまだまだだけど、数学はこのまま行けば終わる気がしてきたよ。」
「そんなに進んでるんだ!?大変なの英語と数学だもんね…。八月に入ったら花火大会もあるし、早めに終わらせたいよねぇ…。」
「そうだね。」
花火大会と聞いて、私は井坂君との約束を思いだした。
そうだ…花火大会までにはメール送らないと、待ち合わせの時間も場所も決めてない…
私は花火大会までにはメールを送ろうと心に決めた。
「あ、そういえばさ。この間、赤井の家にマイと一緒に行ったんだけど、花火大会はクラスの皆で行こうって言ってたよ。」
「えっ!?…そ…そうなんだ…。」
夏祭りに続き、花火大会もクラスのみんなで行くのか…
というかウチのクラス仲良いよなぁ…
私は中学が仲が悪かっただけに、こうして夏のイベントをクラスで集まるって事自体が不思議な感覚だった。
井坂君と二人じゃないのか…と少し残念な気持ちでため息をつくと、あゆちゃんが私をじっと見てきた。
「なんかその反応見覚えあるなぁ…。」
「え…?ど…どういう反応の事?」
あゆちゃんはしばらく腕を組んで考え込むと、思い至ったのか手を打ち鳴らした。
「思い出した。井坂だ!赤井がクラスのみんなで花火大会って言いだしたときに、詩織と同じようにため息ついてた!!」
「…井坂君…赤井君の家にいたんだ。」
「あ、うん。島田のやつも一緒だったよ。後からもうちょっと増えたけど。」
夏休みに井坂君に会っているあゆちゃんが少し羨ましかった。
私も…会いたいな…
一週間会ってないとやっぱり少し寂しかった。
私がしょぼんとしていると、あゆちゃんが目の前でにや~っと笑った。
「な~に?詩織。誰のこと、考えてるのかなぁ?」
「なっ…!?べっ…別に誰のことも考えてないよ!?」
あゆちゃんに見透かされて心臓が動揺して変に跳ねた。
あゆちゃんは面白いものでも見たように笑い出すと、テーブルの上に課題を出し始めた。
「分かりやすーい。詩織ってそういうとこ可愛いよねぇ。井坂にそのままの気持ちメールしちゃえばいいじゃん?」
「メッ…メール!?」
「あれ?アドレス教えてもらってたでしょ?…まさか…まだ送ってないとか…?」
あゆちゃんが信じられないという顔でテーブルに身を乗り出してきて、私は言葉に詰まった。
その通りだけに言い訳できない。
「あり得なーいっ!!今すぐ送りなよ!!終業式から一週間以上も経ってるんだよ!?井坂待ちくたびれてるよ!!」
「待ちくたびれてなんていないと思うけど…。だって…なにかあったらって言ってたし…。報告する事もないっていうか…。」
「報告!?会社員じゃないんだからさ、内容なんて何でもいいんだよ!!」
あゆちゃんがテーブルをバンバンと叩きながら言った。
私は言われてる事は分かるものの、送る勇気というものが足りないだけに素直に頷けない。
「だって…送る内容が変だったら…変な子だとか思われたりするよね…。それ考えたら、送れないよ…。」
「も~っ!!じれったいなぁ!!そんな事思われてから考えなよ!まず、行動!!だよ!行動起こさなきゃ何も変わらないよ!?」
私はあゆちゃんに言われて、井坂君に会って前向きになってたはずなのに、井坂君に対してだけ前向きになれてないことに気づいた。
私は気持ちを強く持つと、あゆちゃんをまっすぐに見つめた。
「わかった。頑張って送ってみるよ。」
「よし!その意気だよ!!」
あゆちゃんは私の返答に満足そうに笑った。
私は机から課題をテーブルに下ろしながら、あゆちゃんが帰った後に送ってみようと決めたのだった。
メールの送れない詩織…次で送れるのか見守ってやってください。