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理系女子の恋  作者: 流音
19/246

18、お礼する


井坂君と仲直りできた次の日――――


私は会議室に呼ばれて、山地さん達と対面することになった。

学校側としては大事にしたくないらしく、山地さん達には停学と言いたい所だけど、すぐに夏休みに入るという事もあって、大量の反省文と夏休みに学校の雑用を手伝うというペナルティになるそうだ。

私にそれで良いかと訊かれて、私は井坂君と仲直りできたことで気も済んでいたので頷いた。


先生たちは何かあったら、また相談しに来いと言ってくれて、私はそこから解放された。

それと一緒に山地さんたちも授業に行くよう指示されて、なんとなく気まずい状態で廊下に出た。

私はもう何もされないのかな…と彼女たちの様子をビクビクしながら窺っていると、山地さんが腕を組んで私に近寄ってきた。


「そんなにビビらないでよ。もう、あなたなんかに興味ないから。」

「え…?」


たった一日で態度を一変させたことが信じられなくて、私は彼女たちを見つめた。

よく見ると彼女たちの目の周りが真っ赤になっていて、余程泣き腫らしたのが見て取れた。


「あなたに手を出したことで、拓海君に全部バレちゃったのよ。拓海君は…もう私たちとは口もきいてくれないわ…。」


山地さんは鼻にかかった声で言うと、目を潤ませて泣き出してしまった。

それに合わさるように他の女子も泣き出す。

私は自分が泣かしたみたいになって焦った。


「なっ…何で、泣くの…?」

「うるっさいな!全部、私の勘違いだったのよ!!さっさと教室に帰ってよ!!」


山地さんが今にも殴りそうな勢いで言うので、私は軽く会釈すると逃げるように走った。

背後では泣き声が響いていて、一体彼女たちに何があったのだけが気がかりだった。




***




私はなんとかチャイムが鳴る前に教室に着くと、入り口からいつも通りのクラスを見て顔が綻んだ。

いつも通りってことがこんなに胸が軽くなるなんて思わなかった。


私は島田君と笑って話している井坂君を見て、今までの謝罪とお礼をかねて、何か返したいなと思いながら席に着いた。


「おはよー。谷地さん。」

「おはよ。井坂君。」


私は今まで通り会話できることに自然と嬉しくなって、顔がニヤけそうでキュッと引き締める。

こんなに穏やかな時間はいつ以来だろう…

私は夏休みに入る前に仲直りできて、本当に良かったと感慨にふけった。


「あ、そうだ。井坂君。私、今までのお礼がしたいんだけど、今日の放課後ひま?」

「…お礼って…。俺、何かしたっけ?」


井坂君が身に覚えがないって顔で首を傾げたので、私はふっと息を吐き出して笑うと告げた。


「してくれたんだよ。たっくさん。だから、もし放課後暇だったら、私に付き合ってくれないかな?」

「…い…いいけど…。」

「やった!じゃあ、今日ちょっと付き合ってね。」


私は井坂君の驚いている顔を見て、大満足だった。

自然にデートに誘えた!

私は仲直りしたことで、少し自信が持てて、新しい自分になった気分だった。


「しお!!それ、僕も行く!!」


後ろから久しぶりに西門君が話しかけてきて、私は顔をしかめて振り返った。


「西門君。今、コンクール前で部活忙しいんじゃないの?この一カ月ぐらいずーっと話しかけても無視してたクセに。」

「ペナルティ1!!また西門って言った!」


私はあの罰ゲームがまだ続いていたのかと目を細めて彼を見た。

西門君は指を立てて言ったあと、それを引っ込めてちらっと井坂君を見て言った。


「部活は…休めないから。それが終わるまで待っててくれれば!!」

「ヤダ!!何で、わざわざ待ってなきゃいけないの?そんなに行きたいなら、コンクール終わった後に行けばいいじゃん。」

「えっ…?しお、僕と遊びに行ってくれるのか?」


西門君が信じられないという顔で私を見てきて、私はなんでそんな反応をされるのか分からなかった。


「別に、遊びに行くぐらい…昔だって行ってたでしょ?」

「じゃあ、コンクール終わったらメールするからな!!ちゃんとチェックしてくれよ!!」

「わ…分かったよ。」


私は西門君の喜びように訳が分からないなと思いながら、顔を前に戻した。

そんなに遊びに飢えてたのだろうか?

私は頬杖をつくとふうと息を吐いた。


「谷地さん…メールって…ケータイ持ってるんだ?」


横から井坂君が尋ねてきて、私は首を振った。


「ううん。ケータイなんて持ってないよ。メールっていうのはパソコンメールの事。うちの家、ケータイなんて持ったらバカになる!!とか言って、買ってくれないんだよね~。」


私は高校に入学するときにお願いしたときを思い出して答えた。

あのときのお母さんの形相ったらなかった。

弟にはケータイ持たせてるクセに不公平だと思う。


「そっか…。」


井坂君はそれ以降黙ってしまって、何かいけない事でも言っただろうかと首を傾げた。





***




そして待ちに待った放課後、私は井坂君と一緒に教室を出ると下駄箱で山地さんと遭遇した。

彼女は井坂君を見るなり、顔を背けると逃げるように走り去ってしまった。

私は昨日までの馴れ馴れしさが嘘のようになくなっていて唖然とした。

うそ…本当に何があったの…?

私は信じられなくて、隣の井坂君の顔を窺ってまた驚いた。


井坂君はすごく怖い顔で山地さんの背中を睨んで、怒っているようだったからだ。


「い…井坂君…?」


彼のそんな顔を見たのが初めてだっただけに、私はおそるおそる彼を呼んだ。

井坂君はハッといつもの表情に戻ると、口の端を持ち上げて私を見た。


「あいつ、今日はもう何もしてこなかった?」

「え…うん。先生からも叱られたみたいだったし…もう大丈夫だよ。」

「そっか。なら、良かった。」


井坂君はいたって普通に靴に履き替えていて、私は彼の裏の顔を見た気分で少し怖かった。

いつだったか…山地さんの取り巻きの女子が言っていた。

井坂君は告白したら終わりだと…しゃべってくれなくなると…

どうして彼がそんな事をするのか、私はこのときは何も分からなくて、気づかないフリをする事しかできなかった。




それから自転車通学の井坂君の自転車を取りに駐輪場へ向かうと、井坂君は鞄をカゴに入れてから手を差し出してきた。

私は手を差し出された意味が分からなくて、無言でその手を握ってみた。

すると井坂君が焦って手を振り払ってきた。


「そういう意味じゃないって!鞄!!カゴに入れるから、貸して!」

「あ…あぁ、そういう事…。」


私は勘違いしたことに恥ずかしくなりながらも、井坂君に鞄を差し出した。

井坂君は照れているのか少し頬が赤くて、受け取るとカゴに入れたあと自転車に跨った。


「後ろ、乗りなよ。体に手まわしてくれていいからさ。」

「……へ?」


私は二人乗りを要望されてると分かって、みるみる頬が熱くなってきた。

井坂君と二人乗り!?

そっ…そんなの緊張で心臓がおかしくなる!!

私は両手を振ると、断固として拒否した。


「むっ…無理だよ!!スカートだし、重いし、疲れるよ!!」

「そんなん分かってるって、スカート気になるなら横向けに乗ればいいし、元バスケ部の体力あるから疲れたりもしねーよ。」


井坂君はじっと私を見て一歩も引こうとしない。

なので、私はしぶしぶ自転車の荷台にお世話になることにして鼻から息を吸いこむ。

そして横向けに飛び乗って座ると、遠慮がちに井坂君のシャツを掴む。

するとその手をグイッと引っ張られて、強引に体に回された。


「ちゃんと持ってねーと落っこちるよ!」


井坂君はそう言うと、自転車をこぎ始めて、私はふらつく自転車に怖くなって腕に力を入れた。

頬が井坂君の背中にくっついて、どんどん体温が上がっていく。

こうして井坂君を抱きしめるように腕を回していると、彼の体が意外と細くてゴツゴツしているのが分かる。

私は胸が今までにないぐらいギュウッと苦しくなって、でもそれが全然嫌じゃなかった。


この時間がずっと続けばいいのに…


私はどんどん気持ちが大きくなっていくのを感じて、もうこの場所を手放したくないと思った。





***





そして以前あゆちゃんと来たショッピングモールにやって来ると、私は今日の目的であるお礼を実行することにした。


「さ、井坂君!!今日はお礼だから、何でも好きなもの私に言ってね!!」

「な…何でもって…範囲広すぎないか?」

「いいの!ちゃんとお金は持って来てるから!!」


私は今年のお年玉を財布に入れて持って来ていた。

なるべく井坂君の要望に応えようと思ったからだ。

井坂君は少し顔をしかめていたけど、肩をすくめるとお店が立ち並んでいる方向へ歩き出した。

私は何を頼まれるのかドキドキしながら、井坂君の背に続く。


するとしばらくお店を物色していた井坂君が立ち止まって、お店の中へと入っていった。

私は入っていったお店を見て、目を剥いた。

そこはブランドもののお店で、私の予算と桁が違う。


「谷地さーん!何でもいいんだよなぁ?」


お店の中から井坂君が悪戯っ子のような笑みを浮かべていて、私は慌ててお店に入ると彼の腕を引っ張った。


「ここはさすがに無理!!」

「あはははっ!!やっぱりね!」


私が必死に彼を外に引っ張り出すと、井坂君は分かり切っていたかのように大笑いしている。

私はからかわれた事が分かって、気分が良くない。


「分かってたなら。入る前に言ってくれればいいのに。」

「だって、何でもっていうからさ。試したくなったんだよ。」


井坂君の言葉に私は腕を組んでムスッとした。


「なんか…今日の井坂君、意地悪だね。」

「今頃気づいた?俺って相当意地悪で、自分勝手だよ?今日は覚悟してくれよな。」


井坂君は歯を見せるように笑うと、違うお店に足を進めていく。

私は彼の新しい一面を見た気分で、複雑だけどその顔を見れたことが少し嬉しかった。


それからも井坂君は結構な無理難題を言ってきて、その度に私は彼を宥めてお店から飛び出すを繰り返した。


徐々に疲れてきて、私は井坂君って結構俺様系なのかもしれないと思い始めた。


だって私が焦るのを見て楽しんでいる節があるからだ。

人をおちょくるのもそろそろ終わりにしてほしい。


私は時間もだんだん遅くなってきているのに気付いて、まだ違う店に向かう井坂君に声をかけた。


「井坂君…。そろそろ決めてくれないかな?」

「えっ?俺、さっきから本気で決めてるんだけど、谷地さんがダメだって言うんじゃん?」

「だ…だって!!あんな何万もするようなものばっかり…高校生には払えないよ!!」

「谷地さんの何でもは小さいよなぁ~。」


井坂君が飽きれた様に言って、私はだんだん腹が立ってきた。

常識を考えれば分かるだろうに、本当に意地悪なんだから!!

私はなんとか無難なものに誘導できないか考える。


すると、井坂君がショッピングモールの広場で急に椅子に腰かけた。


「ちょっと疲れた。谷地さん、何か冷たいの買ってきて。」

「冷たいの?ってアイスとかでいいの?」

「うん。味は任せる。」


私は井坂君をベンチに残すと、すぐ傍にあったアイスクリーム屋さんに足を運んだ。

店内は冷房が効いていて涼しくて、私は疲れが吹き飛ぶようだった。

私はアイスを井坂君の分だけダブルにしてもらうと、彼っぽいアイスを選んでから店を後にした。

井坂君は暑さでだれているのか、椅子に寝そべるように座っていて、私はそんな彼にアイスを差し出した。


「お、ありがとう。」


井坂君は受け取ると、体を起こしてから早速アイスを口に運んだ。

私は彼の食べる姿を見てから、自分のアイスを口をつけた。


「なぁ、何で俺のだけダブルなの?」

「え?だって、体も大きいし、お昼食べてる姿見てたら、一つじゃ足りないんじゃないかと思って。」


私はいつもお弁当を食べたあとに購買でパンを買っている井坂君を見てただけに、そう思った。

井坂君は私の返答が意外だったのか、口をすぼめると顔を前に戻して「ふ~ん」と言いながら口角を持ち上げていた。

どういう反応?

私はいまいち彼が喜んでいるのか分からなくて、ふっと息を吐くと無言でアイスを食べた。


井坂君はダブルにも関わらず、ペロッと平らげてしまうとカップを横に置いて大きく伸びをした。

私はそんな彼を横目に見ながら、こうしている自分が不思議で仕方なかった。


中学の自分だったら男の子と並んでアイス食べるなんて、夢のような話だった。

それだけ自分は内気で何でも受け身だった。

でも、井坂君に出会って、自分がこのままじゃダメだと思って、積極的に行動するようになった。

それこそ井坂君を観察して、人とのコミュニケーション能力を身に着けたと言ってもいい。


井坂君を好きになって良かった。


私は彼と出会えた事を心から感謝した。

井坂君がいなかったら、私は昔の私のままだった。


私はアイスを食べ終えると、井坂君に手を差し出した。

井坂君が私の手に目を向けると首を傾げた。


「アイスのゴミ。捨ててくるよ。」

「あぁ…ありがと。」


井坂君は私の手にカップをのせると、笑顔で言った。

私はその笑顔につられて頬が緩むと、立ち上がって傍のゴミ箱にカップを重ねて放り込んだ。

そして振り返ると井坂君が私の鞄を持って、こっちに歩いてきて私に鞄を手渡した。


「じゃ、帰ろっか。」

「うん…?え…?」


井坂君が帰ろうと言って、私はまだ何もお礼ができないのに何で?と思った。

井坂君は私の反応を見て、顔をクシャっとさせて笑うと言った。


「もうすぐ暗くなるしさ。危ないじゃん?帰らないと、厳しいお母さんに怒られるんじゃない?」

「いやいや…そういう事じゃなくて…私、お礼できてないんだけど。帰れないよね?」

「それなら、もう貰ったし。」

「え…?」


井坂君は私の後ろを指さすとニッと口の端を持ち上げて笑っている。

私はその先を見て、ぽかんとした。


「アイス。くれたじゃん?あれで充分だよ。ごちそーさま!」


さっきまでの俺様な態度が一変して、人懐っこい笑顔で見つめられて、私はギュッと胸を鷲掴みにされるようだった。


「ずるい!!こんなの…お礼した気分じゃない!!」

「何で?俺は奢ってもらって大満足だけど?」

「~~~っ!!井坂君はずるいっ!!」


私は何も分かってない井坂君に背を向けると、出口に向かって足を進めた。


ずるい!!ずるいよ!!こんなの私の方が良い思いしただけじゃん!!

全然、私の気持ちを返せた気分じゃない!!


私はお礼するはずが、自分ばっかり楽しんでしまって悔しかった。


そしてちらっと井坂君に振り返りながら足を進めていると、井坂君は終始嬉しそうに笑っていて、その笑顔に負けた気分になったのだった。








放課後デートでした。


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