180、彼女の頑張り
体育祭、お昼休憩中―――――
私はお弁当を食べ終えて、ジュースを飲もうと自販機に向かっていた。
このままいけば体育祭も1-9に勝てそうだな…
赤井君、井坂君たち引っ張って作戦会議してたぐらいだし
きっとまだ秘策があるんだろう
文化祭、体育祭、W優勝なんて高校最後の思い出としてはこれ以上のものはない
私はその理想形まであと少しだとウキウキしながら自販機に辿りつくと、その脇の階段に暗い表情をしたカンナさんがいて彼女に声をかけた。
「お疲れさま。大丈夫?午前だけで体力使い切っちゃった?」
「…詩織先輩…。」
1-9の参報として今日も頑張ってるんだろうな…と察して訊いたつもりだたんだけど、カンナさんは急に瞳を潤ませると何かが崩壊したように泣き始めてしまった。
「うわぁ~…せっ、先輩ぃ~!!わっ、私っ…、うわぁ~ん!!」
「え!?ど、どどどどうしたの!?何があったの!?」
私が泣かしたみたいな状態になり宥めようと焦って彼女の背を撫でていると、カンナさんがしゃっくりしながら言った。
「私っ、もう無理ですっ…。これ以上頑張れない…っ…。クラスのみんなに嫌われちゃいましたぁ~っ!!」
わぁ~!!とカンナさんが私にしがみつくようにして号泣してしまい、私は話を聞ける状態じゃないな…ととにかく彼女を落ち着かせようと背を撫で続けた。
クラスのみんなって…大輝のことも含まれてるんだよね…?
一体何があってここまで取り乱すことになったんだろう…
私は不安がもやもやと広がりながら、今日1-9の様子を見ていなかったことを悔やんだ。
そしてしばらくすると、カンナさんも少し落ち着きを取り戻してきたのか泣き声が小さくなってきたので、私はそれを見て声をかけてみた。
「カンナさん。大丈夫?」
カンナさんは私の問いかけに一瞬体を震わせると、涙を拭いながら体を起こして、やっと彼女の顔が見えるようになった。
「すみません。取り乱しちゃって…、先輩困らせるつもりはなかったんですけど、先輩の顔みたら気が緩んじゃて…。」
「それはいいよ。それより、そこまで泣いちゃう理由が知りたいんだけど。」
「はい…。そうですよね…。」
カンナさんは視線を下げ俯くと、はーっと息を吐いてから重そうに口を開いた。
「もしかしたら谷地君から色々聞いてるかもしれないんですけど…、私1-9で作戦立てたりする戦略担当みたいなことを球技大会の頃からやってたんですけど…。今回その戦略が上手くいってないっていうのが引き金になって、クラスメイトの不満が爆発しちゃって…。元々上手くいってなかったクラスメイトとの信頼関係が破綻したというか…、会社でいうと解雇されちゃったという状態で…。」
「………解雇…?」
私は聞き慣れない言葉にどういった経緯でそんなことに…と理解が追いつかなかった。
カンナさんは「なんとなくクラスメイトから嫌われてるんだろうなってのは思ってたんですけどね…。」と悲しそうに声のトーンを更に下げる。
「え…、と、ちょっと理解が追いついてないんだけど…。カンナさんはクラスのために戦略を立ててたんだよね?」
「はい。」
「それが成功して球技大会はほとんどの競技で好成績をとってたじゃない?それはクラスのみんなは感謝してたんでしょ?」
「………半々ってところですかね…。感謝する人もいれば、私だけの功績じゃないって反発する人もいたので…。」
「えっと…、でもその結果はみんなで協力したからなんでしょ?それがどうして素直にみんなで喜べないのかな?…私、そこが不思議なんだけど…。」
「そういう人たちなんですよ。仮にも進学クラスだから、学校行事にはそこまで力を入れたくないって人も多くて…、私、性格的に全力でやらないと気の済まない人間だから、無理に協力してもらったって状態でもあったので…。良い結果が出ないと私の風当たりはきつくって…。」
それって、クラスみんなで頑張ってるんじゃなくて…
カンナさん一人で頑張ってたってこと…?
私は1-9の裏の話を聞いて、彼女の苦労を垣間見たようだった。
そういえば大輝だって、物凄い面倒くさがりの一人だ…
そんな大輝がただでさえ嫌いな女子のいう事を素直にきくとは思えない…
もしかしたら他のクラスメイトも大輝と似たようなことを思っていたのかもしれない
それを考えると、今回不満が爆発したっていうのも分かる気がする
彼女は全力で頑張り過ぎて、クラスメイトの気持ちを置き去りにしちゃったんだ…
私はそう状況を整理すると、なんとかカンナさんとクラスメイトを仲直りさせる方法はないかと模索した。
「私、昔っからこうなんですよね…。一人で思い込んで空回りするっていうか…、だから今まで人に好かれた経験なんて全然なくて…。小学生のとき、どれだけシュンちゃんたちに怒られたか…。」
「怒られるって…どういうこと?」
私は急に出た赤井君の名前に気になってしまって尋ねた。
カンナさんはまっすぐ前を見つめると、少し表情に笑みを浮かべる。
「私、小学生のときクラスメイトからいじめられてたんです。曲がったことが許せなくて、でも打たれ弱くて泣き虫だったから、いじめっ子にしたら格好の標的だったんですよね。」
私はカンナさんに再会したときの赤井君がそういうことを口走っていたことを思い出した。
「あのときシュンちゃんとタクちゃんは弱虫な私を強くしようと、色々教えてくれたりして…。私は二人がバックにいるって思うだけで強くなれたんです。私がいじめられる環境の中、耐えられたのは二人のおかげだって思っています。」
私は赤井君や井坂君が彼女を気にかけるのはこれがあったからか…と理解した。
正義感の強い二人がイジメだなんて状況を許すはずがない。
ましてやそれを乗り越えようとしている女の子がいたら、迷わず手を伸ばすだろう。
私は昔から変わらない二人がとても立派で、心から尊敬した。
「でも、二人は私より二つも年上だったから、いつまでも二人に甘えるわけにはいかなくて…。二人が中学に上がってからは、私、二人に教わった事を胸にずっと頑張ってきたんです。一生懸命頑張れば、周りがついてきてくれるって信じて…。何か一つでも妥協しちゃったら、昔の弱い自分に戻りそうだったから…。頑張って…できることは全部やって…。今までそれでなんとかやってきたんです…。」
カンナさんはそこまで言うとキュッと眉間に皺を寄せて、泣きそうになるのを堪え始めた。
「だけど…独り善がりで上手くいくはずなんてなくて…。まさかこんな形で自分のダメな部分が顕わになるなんて思わなかった…。」
カンナさんがギュッと自分の両手を握りしめて顔を伏せてしまい、私はその姿に胸が切なくなった。
彼女は自分を守る一心で、周りの気持ちを見逃してきたのかもしれない…
一生懸命何かに取り組んでいれば、周囲がそれを気にして話しかけてくれる
そこに自分の居場所を求めていたけど、その居場所さえも奪われてしまった
周囲の気持ちを理解しようとしなかったそのツケが回ってきてしまった…
私はこの打開策に当たり前のことしか浮かばなくて、自分の考えの浅はかさに虚しくなる。
こういうとき赤井君のような機転と思い付きがあればいいのに…と思ってしまう。
そうして私とカンナさんの二人が暗くなって黙り込んでいると、ふっと私の上に影がかかって不機嫌そうな声が降ってきた。
「二人で何やってんの?組み合わせ珍しくない?」
「……大輝。」
私を上から見下ろしていたのは大輝で、いつものようにだるそうに立ちながら体操服に手を突っ込んでいた。
大輝は大輝の登場に声を失っている私を飽きれた様に見てから、隣にいたカンナさんに目を向ける。
「おい、深見。お前、何こんなとこで油売ってんだよ。」
「え?」
カンナさんは自分に声がかかるとは思ってなかったようで、目を大きく見開いて大輝を食い入るように見つめる。
「お前が今まで勝てる戦略考えてきたんだろ。そのお前が勝手に抜けるから、クラスん中とんでもねーことになってんぞ。」
「と、とんでもないことって…。何があったの?」
「お前、散々木梨たちに罵倒されたの忘れたのかよ。あいつらお前に変わってクラス仕切ろうとして偉そうにすっから、クラスから反発かって、もう収集つかねー状態なんだよ。」
「な、なんでそんなことに…。皆、木梨君たちの意見に賛同してたんじゃないの?」
「はぁ?あの嫌味ヤローに誰が賛同するかよ。それにお前、今日のために色々勉強して策練ってたんだろ?そっちのが信頼できるって、頭の良い面子だったら分かってるっつーの。」
大輝のぶっきらぼうだけど、今のカンナさんにはなくてはならない言葉の数々に、私は手を握りしめて二人を見守った。
案の定、カンナは泣きそうに顔をしかめたけど、大きく息を吸いこむと立ち上がるのと一緒に表情をいつものものに戻した。
「言い方雑だけど、私を必要としてるってのは分かったよ。皆、あんなに行事ごとは面倒くさそうにしてたのにね。」
「そんなのお前が今まで何度も焚きつけてきたからだろ?文化祭で悔しい思いもしてるのに、ここで引く腰抜けは俺らのクラスにはいねーだろ。」
それって…カンナさんの情熱がクラスメイトにも伝染してたってこと…だよね?
私は大輝の当然だという態度に口元が緩む。
それはカンナさんも同じだったようで、少し嬉しそうに口元をむずつかせてから言った。
「そうだったんだ。私、てっきり一人で空回ってる気分だったよ。」
「はぁ~?あんだけ自信満々で言い切ってた人間が、今更何言ってんだよ。お前が仕切らねぇと始まらないんだから、最後まで責任持てよな!?」
「……うん。分かったよ。」
大輝から聞くクラスメイトたちの本音に、一人で思い詰めてたカンナさんの悪い思い込みが飛んで消えていくのが見えるようだった。
カンナさんは一人で頑張ってたわけじゃなかった
なんだかんだ彼女の気持ちはクラスメイトの気持ちを変えて、彼女の想いは皆にきちんと届いていた
私は良かったと心の底から思って、心の中で小さく拍手した。
すると大輝とカンナさんが一緒に教室へ戻りかけた足を一度止め、大輝だけが私に振り返ってきた。
「あ、姉貴。一つ忠告しとくよ。」
「ん?何?」
大輝が私をビシッと指さしてくると、不敵な笑みを浮かべる。
「俺、こいつの作戦で午前ほとんど出場してなくて、午後の得点の高い競技にばっか出るんだよね。だから、青組の巻き返しはこれからだから。井坂さんたちにも言っといてくれよな。」
―――――は!?
「そ、そんなの大輝が出るだけで巻き返せるわけないじゃん!!」
私は個人でどうこうできるわけない!!と思って言い返した。
でも大輝はニヤニヤ笑いを止めないまま言う。
「俺の運動能力、姉貴が知らないわけねぇだろ~?」
――――ぅぐ!!それは……確かに……
私は大輝の運動能力の高さを昔から嫌というほど味わってきていたので、これには言い返せなかった。
大輝は勉強も運動もできる嫌味な奴だった…
私は「じゃーな。」と手を振ってカンナさんと去っていく大輝の背を睨みつけた。
でもそのとき、カンナさんが振り返って口パクで「ありがとうございました!」と良い笑顔で言うのが見えて、私は表情を和らげ上品スマイルで軽く手を振るしかできなかったのだった。
カンナと詩織でした。
この二人には姉妹のようになってほしいです。




