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理系女子の恋  作者: 流音
187/246

178、ずるい


私があゆちゃんと一緒に駅前で『浮気』を失敗したあと、二人とも彼氏の前で号泣し、すごく情けない姿を晒してしまった。

あゆちゃんはいつも毅然としてるだけに、我に返ってからは恥ずかしそうに頬を染めながら、赤井君と仲直りして仲良く家に向かって帰って行った。


私はその二人を見送って井坂君と二人になり、カッコ悪く泣いてしまったことが尾を引いて井坂君の顔を直視できない。

だから先に家に向かって足を進めると、悶々とどう謝ろうかと考えた。


井坂君にしてみたら勝手に『浮気』すると言い残して飛び出し…

駅前で軽そうな男子高生に絡まれたバカな彼女だ


いくらカンナさんに嫉妬して我を失ってたとはいえ、浅はかにもほどがある…

今度こそは愛想をつかされてもいいものを、井坂君はすごく優しくていつも通りでいてくれる


だからこそ、井坂君の優しさに甘えてこのままなぁなぁにしてしまったらダメだ


私はそう決めると、すぐ謝ろうと息を吸いこんだ。

でも私の決死の謝罪はある高い声に邪魔されてしまう。


「あ!!タクちゃん!!」


井坂君をこのあだ名で呼ぶのは一人しかおらず、私は吸い込んだ息を喉でうぐっと止める。

井坂君は「おー、カンナ。」と合図してカンナさんをこっちへ呼び寄せてしまい、私は息が吐き出せなくなった。


「良かった。谷地君のお姉さん見つかったんだね。」

「おう。話途中だったのに悪いな。」

「いいよ。タクちゃんの大事~な彼女さんの一大事だもんね?」

「…ごほっ。カンナ。お前、バラすぞ。」


井坂君がどこか照れながらカンナさんを脅していて、カンナさんは「ごめ~ん。」と舌を出して笑う。

私は仲良しな二人を間近に見たことで、徐々に気持ちが落ちていき二人を見ないように視線が下がった。


でもそんな私の視界にカンナさんの人懐っこそうな顔が入り込んできて、私は彼女を見つめて目を見開いた。


「谷地君のお姉さん。あの、詩織先輩ってお名前で呼んでもいいですか?」

「え…?」


私は急に馴れ馴れしく話しかけられたことに驚いて面食らった。

カンナさんは固まってる私を見て首を傾げながら、井坂君に目配せする。

すると井坂君が場をとりなすように言った。


「詩織。カンナが聞いてるけど?」

「え…あ、うん。別に呼び方はなんでも…。」


「やった!谷地君のお姉さんを苗字で呼ぶのって、ちょっとくすぐったかったんですよね!!」

「はぁ……。」


私はニコニコと好意的なカンナさんの態度が、以前初めて会った時の好戦的な態度とは真逆で困惑した。


「谷地君って…。その…カンナさん?は大輝と仲が良いの…?」

「さん付けしなくていいですよー!年下なんですから、私のことはカンナって呼び捨てにしてください!」

「いや…さすがにそれは…。」

「あははっ!タクちゃんに聞いてる通り、すっごい真面目なんですねー!詩織先輩って!」


カンナさんは軽快に笑い飛ばすと、じっと私を見てから少し視線を下げて首を振る。


「その問いについてはNOですね~。私、谷内君には敬遠されてるんで!」

「………敬遠??」


「ハッキリ言うと嫌われてるってことですよ!」

「え…。」


サバサバした言い方で『嫌われてる』と平気そうに言ったことに言葉を失っていると、彼女はふっと微笑んでから話を入れ替えてきた。


「詩織先輩、タクちゃんのこと許してあげてくれませんか?」

「え、許すって…。」


「カンナ!!それはいいって!」

「いいから!タクちゃんは黙ってて!!」


カンナさんがぴしゃりと言って、井坂君がそれでも何かを言おうと口をパクつかせる。

私はそんな二人を見て、二人だけの間にある絆のようなものを見た気分で自然と目を逸らしてしまう。


「タクちゃん、詩織先輩の前だとカッコつけてるかもしれないんで言いますけど、詩織先輩のこと怒らせたとか嫌われたとか愚痴ってきて鬱陶しかったんですよ。」

「え…。」

「何があったのかは話してくれませんでしたけど、きっとタクちゃんが悪いんですよね?なので、できれば許してあげて欲しいんですけど…。」


カンナさんが井坂君の保護者のように申し訳なさそうに顔をしかめていて、私は自分が一方的に悪かったので首を横に振って訂正した。


「許すなんて…違うの。私が…私の方が井坂君とカンナさんに謝らなきゃいけないっていうか…。」

「??……なんで詩織先輩が私に謝るんですか…?」


カンナさんは自分を指さすと穢れのない瞳でじっと私を見つめてきて、私はこんな純粋そうな子の悪口を言った自分が恥ずかしくて、うつむいて謝った。


「わ…私…、井坂君の素の顔を昔から知ってるカンナさんに…嫉妬して…。…あなたのこと、悪く言っちゃって…。それを井坂君に聞かれて…、むしろ私が二人に謝らなきゃいけないの…。よく知りもしないのに…、本当にごめんなさい…。」


私は少し鼻の奥が熱くなるのを堪えて、ギュッと目を瞑ったまま頭を下げ続けた。


井坂君とカンナさんが仲が良くて、羨ましくて…嫉妬して…あんな事言うのは間違ってた…

心の狭い私が悪い…


私はしばらく続く沈黙の中、二人の反応を頭を下げたままで待っていると、カンナさんの素っ頓狂な声が聞こえた。


「それって…私とタクちゃんの間に何かあるって疑ってたってことですか?」


疑ってた…??


私はカンナさんから出た言葉が引っかかって顔を上げると、カンナさんは目をまん丸くさせて私を見ていた。


私は…井坂君を疑ってたのかな…?

自分から心変わりしたって…??


――――………そんなこと思ってない


私はカンナさんを羨ましいとは思ったけど、井坂君の気持ちを疑ってなんかなかったと思って否定した。


「違う!!二人の仲を疑ってなんかない!!ただ……、タクちゃん…とか…、小学生の…昔の話で盛り上がってるのがイヤだって思っただけ!!」


私が否定する勢いに任せて本音までぶっちゃけると、目の前にいたカンナさんがふっと吹きだして笑うのが見えて彼女に詰め寄った。


「なんで笑うの!?」

「あ!えっと…、ごめんなさい。なんだか…詩織先輩でもそんなこと思うんだって思ったら、自然と笑いが…。」

「私でもって…。そりゃ、思うよ!!だって……、だって…、昔の井坂君知ってるとか…ずるいもん…。」


私は口に出しながら恥ずかしい独占欲だと思って、口を噤むと少し頬を膨らませた。

カンナさんはギリギリ笑うのは堪えているけど、表情が変に緩んで今にも爆笑しそうなぐらいヒクついている。


『ずるい』…これが私の真の本音だ…

すごくカッコ悪いけど、溜め込んでたときより口に出してスッキリしてる


私は笑いを堪えてるカンナさんとずっと黙りっぱなしの井坂君を見て、二人を置いて帰ろうかと思っていたら、俯いていた井坂君がやっと口を開いた。


「……俺、詩織に殺される…。」


「??」

「……タクちゃん…?急に何言ってるの?」


やっと笑いが収まったのかカンナさんが井坂君を覗き込むと、井坂君はそんなカンナさんを手で押しのけてから私に近付いてきた。

そして私の目の前で止まると、耳まで真っ赤に染まった井坂君の顔が見えて、私はドクンと心臓が跳ねた。


「詩織…。俺、詩織の気持ち分からなくて…幻滅なんて言っちまって…。ごめんな…?」

「え…。それは…、私が悪いから…。」

「でも、一方的だったから…。ホントにごめん…。」

「ううん。いいよ。」


井坂君はここで自分の顔を手で隠すと、はぁ~っと大きくため息をついてから言った。


「詩織…。俺…まだ待たなきゃダメ?」

「??」


待つ?って何の話…??


「俺…、詩織からあんな可愛いこと言われたら、我慢も限界…。ちょっとならいいよな?」

「え?ちょっとって何の話―――――」


私が井坂君を見上げて訊いている途中で、井坂君がカンナさんがいるにも関わらず抱きしめてきて体温が上がった。


!?!?!


井坂君は私の髪に指を絡めているのか後ろ髪が引っ張られるのを感じていると、耳元に井坂君の吐息がかかりそのままキスされ、私は弾かれるように井坂君を押し返した。


「いいいいい、井坂君っ!!カンナさんが見てる!!」


私が荒くなった呼吸を吐き出しながら井坂君から離れると、カンナさんが真っ赤な顔でポカンと口を開けているのが目に入り、すぐにフォローした。


「ちっ、違うからね!?今のは井坂君も我を失っただけで…、いつもあんなことしてるわけじゃないから!!」

「詩織…、別に違うこともねぇじゃん。俺ら結構イチャついてるし…。」

「い、井坂君っ!!!」


私はカンナさんから大輝に伝わる可能性も考えて、なるべく変な誤解は与えたくなかった。


まぁ…誤解ってわけではないかもしれないけど…

とりあえず、イチャつくバカップルだと幻滅されたくなかった


そう思って再度言い訳を口にしようとしていたら、カンナさんは真っ赤な顔のまま楽しそうに笑い出した。


「あははっ!シュンちゃんの言う通りだね!タクちゃんは本当に詩織先輩一色なんだ!!」

「へ…?」


私が急に笑い出したカンナさんに面食らっていると、カンナさんは私を見て説明し始めた。


「この間、シュンちゃんが言ってたんですよ。タクちゃんは詩織先輩にフラれてたら、今の状態じゃないって。」

「赤井君が…?」

「はい。私、タクちゃんがこんなに女子に優しい姿見た事なくて…、シュンちゃんのいうタクちゃんが想像できなかったんですけど…。今のタクちゃん見たら、物凄く納得しました。こんなタクちゃん、私見た事ないですから。」


見たことない…?


私はカンナさんから出た言葉にどこか安心感を覚えて、ちらっと井坂君を盗み見た。

井坂君はどこか空を見て顔をむずつかせていて、照れているのが見て取れる。


「やっぱり昔のタクちゃんとは違うんですね。さっきのタクちゃん、別人みたいにすごく男の人って感じがしてドキドキしちゃった。」


カンナさんが少し寂しそうな笑顔でそう言って、私は彼女にも知らない井坂君の姿があるってことに気づいて、今までの嫉妬心が薄らいでいった。


そっか…、井坂君が私に向ける照れた顔とかは…他の人には見せない顔なんだ…


私はそう思うと井坂君がより一層愛おしくなって、カンナさんにまっすぐ顔を向けられるようになった。


「詩織先輩も、タクちゃんにあんなに可愛い顔向けるんですね。ずるいって言ったとき、女の私でも胸キュンしちゃいました。あ、笑ったのは先輩が可愛かったからですからね?バカにしたとかじゃなくて…。」

「え…。そ、そっか…。それなら…。」


私は年下の女の子から可愛いと言われて複雑だったけど、少し照れてしまった。

すると横から偉そうに井坂君が言った。


「詩織はいつでも可愛いよ。俺見てるときは特にな。」

「!?」


「何それ。彼女自慢?それとも好かれてるアピール?タクちゃん気持ちわる~い!!」

「うるっせ!!羨ましかったら、お前も自分の恋愛頑張るんだな!」

「余計なお世話!!自分のことは自分で頑張りますーっだ!!」


私が急な井坂君の褒め殺しに真っ赤になっていると、カンナさんは「じゃーね!」と少し怒りながら走り去ってしまった。

井坂君はそんなカンナさんを手を振って見送りながら「やっと邪魔者がいなくなった…。」と呟いていて、私は井坂君とカンナさんの間には本当に幼馴染以上のものはないと感じ取って心底安心した。


やっぱり幼馴染はどこまでいっても幼馴染だよね…

変なところに嫉妬して、私ってホントバカだなぁ…


私は熱くなった頬を手で押さえて冷やしながらキュッと口角を持ち上げると、井坂君が目の前にしゃがんで見上げてきて、私は井坂君をじっと見つめ返した。


「詩織、あいつのことホントに気にしなくていいからな?」

「うん…。ホント…私一人でモヤモヤしててバカだよね…。あんなに良い子の悪口まで言っちゃうなんてさ…。」


情けないな…と思って自嘲気味に笑っていると、井坂君が私の手を握ってきて言った。


「理由分かった今だから言えるけどさ、俺もきっと同じことしてたと思うよ。」

「井坂君も?」

「うん。だって、俺も西門君や瀬川のこと、幼馴染だって見るのに時間かかったからさ。」

「ウソ!?」


私は今まで聞いた事もない話にビックリして声が裏返りかけた。

井坂君は「ウソじゃねぇよ。」と笑うと、握った手を撫でるように触ってくる。


「俺だって詩織のちっちゃい頃のこと…知りたいし、それを知ってる西門君たちがずるいって思う。俺には立ち入れない絆があるって思う事も多いしな。」

「そんなことないよ!!井坂君の方が私との絆太いもん!!」


「うん。知ってる。」

「へ?」


井坂君が即答してきたのに面食らって、私が首を傾げると、井坂君が笑いながら立ち上がった。


「俺さ、詩織といるときが一番幸せでさ。周りなんか目に入らないんだ。詩織もそうだろ?」


一番幸せ…

周りなんか目に入らない…


私は少し照れた顔で私を見つめる井坂君を見つめ返して、現在進行形で周囲の音すら耳に入ってないと気づいた。

学校でもよくあゆちゃんに怒られる。

周りを気にしろって…


それって、私の目に井坂君しか映ってないってことだよね?


私はそのことに胸がぶわっと熱くなるのを感じると、泣きそうになって眉間に力をこめた。


「…うん…、うん。私も井坂くんしか目に入らないよ。」


お互いがお互いを好きで大事で…

心と体がこの人が必要だって叫んでる


こんなの太い太い絆以外の何なのだろう?


私は井坂君だけを見てれば、きっとこの先も大丈夫――――


私は優しく微笑む井坂君を見つめて、精一杯の笑顔で手を握り返したのだった。













カンナと詩織がやっとちゃんと会話しました。

ここで幼馴染へのわだかまりはおしまいです。

次回から高校最後の体育祭編に入ります。

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