174、カンナ
井坂君と赤井君が昔、引っ越してしまったという後輩(幼馴染)の深見環奈さんと再会したあと、私たちはいつものように打ち上げをすることになったんだけど…
なぜか打ち上げをしていたファミレスに大輝のクラスまでやってきて、私は環奈さんに井坂君をとられてしまった。
環奈さんは赤井君と井坂君と同じテーブルで何やら思い出話に花を咲かせている。
私はそれをあゆちゃんやタカさん、ゆずちゃんと同じテーブルからじっと羨ましそうに見つめる。
「なんか久しぶりなはずなのに仲良いよね~。」
あゆちゃんが私と同じ気持ちなのか、ムスッとふてくされてテーブルに頬杖をついた。
「シュンちゃんなんて呼び方、幼馴染の特権だよねぇ…。なんか特別な感じがして腹立つけど。」
「……うん…。」
あゆちゃんがぼやくのに同意だったので、私はため息をつきながら視線を下げた。
すると隣に座っていたタカさんが優しく頭を撫でてきて、優しく微笑んで言った。
「しおりん、幼馴染はどこまでいっても幼馴染だよ?それはしおりんが一番よく分かってるんじゃないの?」
「……一番って…。」
「西門君や瀬川君っていう幼馴染がいるクセに。それと同じでしょ?」
「あ……。」
タカさんに言われて、私はそういえばそうだと思った。
私にとって西門君も瀬川君もただの幼馴染でそれ以上でもそれ以下でもない。
ましてや恋愛になんて発展なんかしない。
それはキッパリと言い切れる。
「そうだよね…。ただの幼馴染だもんね!!」
私が自分と一緒だと思って、吹っ切れて気分が明るくなりかけたところへ、井坂君たちのテーブルから環奈さんの甲高い笑い声が聞こえてきて、ふっと目を向けた。
すると、環奈さんの頭をわしゃわしゃと井坂君が撫でてからかっているところで、私はあんなことを女子にする井坂君を見たことがなかっただけにショックを受けた。
井坂君……楽しそう…
せっかく持ち上がりかけた気分をまたズドンと下げて、私はテーブルに突っ伏した。
ダメだ…
そんなすぐに気持ちを納得させられない…
基本自分に自信のない私は、あの光景を幼馴染の談笑と見られるのには時間がかかるだろうと推測した。
自分の心の狭さに反省しつつも、環奈さんや井坂君の笑い声が耳に入らないように両手で耳を押さえる。
タクちゃん…か…
私がふっと細くため息をつくとタカさんとは反対側に誰かが座った気配がして、突っ伏していた頭を持ち上げると耳を押さえていた手を握られた。
「姉貴。気分悪いのか?帰る?」
「大輝…。」
私の隣に座ってきたのは大輝で、私は弟が優しい言葉をかけてくれるのが珍しくて驚く。
「あいつ、ホントうるさい奴だろ?井坂さん、独占しやがってさ。姉貴、きついんじゃねぇの?」
「だ……大輝~~!!」
私はまさか大輝がこんなに私のことを心配してくれるとは思わなくて、感激して目が潤んだ。
当の大輝は私が泣きそうになったことで、若干引くと「何その顔。」と顔をヒクつかせた。
「大輝。あんた、本当は優しい弟だったんだね…。その優しさが胸に沁みたよ~…。」
「え、今更?こんな面倒な姉、俺が優しいから姉弟やれてると思ってたんだけど。」
「なにそれ!偉そう!!」
いつもの大輝の憎まれ口に戻って私がぼすっと大輝を小突くと、大輝がその手をとって立ち上がった。
「ははっ。姉貴のパンチなんて痛くねーし。鞄取ってくる。」
大輝は楽しそうに笑うと元の席に走って行く。
それを見て帰るってことかな…と察して私も鞄を手にとると、前からあゆちゃんがニコニコしながら言った。
「大輝君、優しいね。」
「え?」
「うん。私、年下は興味ないけど今のすごいキュンってしたよ!」
「あんなカッコいい弟がいるとか、すごい羨ましい~!」
タカさんとゆずちゃんまで少し頬を赤く染めながら言って、私は大輝が褒められるのがむず痒くて照れてしまう。
「あんなの外面だよ!うちでは嫌なこともいっぱい言ってくるし!」
「それでも詩織の気持ちに一番に気づいたよね。やっぱり大輝君なりにお姉ちゃんのことはよく見てるんだよ。私も妹にあんだけ心配されてみたいわ。」
あゆちゃんが羨ましそうに言って、私は確かに今日は優しいな…とちょっと大輝を見直した。
すると大輝が鞄を持って戻ってきて、私はあゆちゃんたちに「お先。」と声をかけて大輝と並んでその場を後にした。
そうしてそのままファミレスを出かけると、後ろから腕を引っ張られて足を止めた。
「詩織!もう帰るのか?」
「あ、うん。大輝が帰るっていうから、一緒に帰ろうかなって…。」
私を引き留めたのは井坂君で、井坂君は私の返答を聞くなり「今日、俺ん家来てくれって言ったじゃん!」と言って私は約束のことを思い出した。
あー……そんなことも言ってたなぁ…
でもなぁ…
私は井坂君の向こうから井坂君の背を見つめる環奈さんの存在に、今日はそんな気分じゃない…と思って井坂君の手を引き離した。
「ごめん。今日は行きたくない。」
「は…?」
「今日は大輝とまっすぐ家に帰るよ。井坂君も久しぶりに再会した環奈さんと積もる話もあるでしょ?また今度にしよ。」
「え…でも。」
「いいから。それじゃ、また明日。」
私はまだ引き留めてきそうな井坂君を引き下がらせようと、こっちを見てた赤井君に手を振って「お先。」と声をかけると大輝の背を叩いてファミレスを出た。
するとファミレスを出た所で、大輝が不安げな顔で話しかけてきた。
「姉貴。井坂さん、良かったの?」
「いいの。だって環奈さんと話盛り上がってたから。」
私はただ環奈さんと仲の良い井坂君に少しイラついていて、あんな言い方しただけだったのだけど、理解ある彼女でいたくて本音を隠した。
「ふーん…。まぁ、姉貴がいいんならいいけどさ。」
大輝はそれ以上何も言ってこなくて、私は追及してこなかった大輝にほっとした。
そして家への帰路でずっと耳に引っ掛かっている言葉を思い返して、また気持ちがズドンと落ちたのだった。
タクちゃん…か…
***
そうして井坂君が環奈さんと再会してから、私はなんとか彼女をただの幼馴染と自分に刷り込ませようと、井坂君が環奈さんと話している所を目撃しても顔に出さないよう我慢する毎日を送っていた。
だからただの幼馴染なんだってば!!
私はまた二人が一緒のところを目撃して、グルッと教室へ踵を返すと教室の扉に頭をくっつけてはぁ~っと大きく息を吐いた。
あんなの私もよく西門君とやってたでしょ…
気にするだけ変なんだってば…
井坂君が珍しく女子に好意的だからって、気にする必要はない
私は心の中で自分に言い聞かせるように念仏のように唱えて、なんとか気持ちを落ち着かせる。
でも頭の中の楽しそうな二人の光景はなかなか消えてくれなくて、「もうイヤだ…。」と呟いてまたため息をついた。
「何がイヤなんだよ?」
!?
後ろから低く通る井坂君の声がして、私が慌てて振り返ると井坂君が不思議そうな顔をして立っていた。
「い…井坂君。」
「何?悩み事?」
「ううん。そんなんじゃないよ!ただ、大学の結果くるの待ってるのイヤだなぁ~って思ってさ。」
私が作り笑いで大げさに笑いながら取り繕うと、井坂君は「そんなことか。」とほっと表情を緩ませた。
「今から気にしてもしょうがないじゃん。」
「あはは…、そうなんだけどね。」
「あ、そうだ。気が紛れることしてやるよ。」
井坂君はそう言うと、私の手を引いて廊下を進み階段を下りて、二年生の階へ来るとノックもせずに社会科準備室の中へ。
私は以前よく来ていた教室にまた足を踏み入れ、ここでやっていたことを思い出して嫌な予感がした。
ま…まさか…
「詩織。」
扉を閉める音と共に低い声で呼ばれて、私はビクッと体をビクつかせた。
井坂君の大きな手が私の肩を掴んで、そのまま後ろから抱きしめられると、私は予感が核心に変わった。
ど…、どうしよう…
そんな気分じゃない…っていうか…
環奈さんのことがチラついて…
私は久しぶりの井坂君の体温にドキドキと体は反応するものの、心と頭がついていかなくて焦ってしまう。
「詩織、こっち向いて。」
井坂君からの呼びかけにすぐ反応できなくて困っていると、焦れた井坂君が私の顔をグイッと寄せてキスされた。
――――っ!?!?
「ちょっ…っ、ちょっと待って…!!」
「待てねぇ。」
井坂君はスイッチの入った艶っぽい顔をしていて、私は息をのんで口を閉じた。
それが井坂君には同意だととられたのか、今度は深くキスされながらジリジリと後ろに下がる。
そして足がソファの脇に当たると、そのままソファに座り込んだ。
その瞬間、井坂君の手が私のシャツの中に入ってきて、私は再度抵抗した。
「――――っ!!やっぱり待って!!」
「待てねぇって…。詩織、この間家来てくんなかったし…。」
「そうだけどっ…。…やめっ…!!」
井坂君の吐息が首筋に当たってゾワッと鳥肌が立つ。
嫌だ…
こんな気持ちのまま流されるのはイヤ!!
私がギュッと目を瞑ってイヤだということを伝えようと息を吸いこんだとき、井坂君の手によってブラのホックが外されて私は体が勝手に井坂君を力強く押し返してしまった。
「いやだっ!!!」
ガタッと机と床の鳴る音がしてハッと目を開けると、井坂君がぽかんとした顔で私を見上げるように床に尻餅をついていて、私は急に居た堪れなくなった。
「ご…、ごめん…。」
私はビックリしたまま固まってる井坂君の視線に耐えられず、乱れたシャツの前を手で押さえると準備室を飛び出した。
そしてこの格好を何とかしようとすぐ傍のトイレに駆け込む。
幸いトイレには誰もいなくて、私は個室に入って鍵をかけると無心で制服を整えた。
でも、首元が涼しいことからネクタイを準備室に忘れてきたと気づいて、大きく息を吐く。
「はぁ~~~~……。」
なんであんなことしちゃったんだろう…
今まであそこまで拒否したことなかったから、きっと井坂君傷ついたよね…
私は謝って理由を説明しないとと思うものの、どう説明したらいいのか悩んだ。
大した接点もないのに環奈さんのことを言うのはおかしいよね…
私が一人で勝手に気にしてるだけなんだから…
井坂君はちゃんと私のことを想ってくれてる
だから、ああいうことしようとするのに…
私が一人悪い…
「はぁ~~~~……。」
またため息が出て、私は予鈴が鳴るまでトイレから一歩も外へ出られなかったのだった。
***
予鈴のあと、急ぎ足で教室まで戻ってくると扉の前に井坂君がもたれかかるように立っていて、私は廊下の途中で足を止めた。
ど…どうしよう…
私はどう声をかけたものかと俯いていると、先に井坂君が「詩織。」と声をかけてきて顔を上げた。
井坂君は真剣な顔で私を見てから軽く頭を下げると、緊張した声音で謝ってくる。
「ごめん。詩織。……ホントに…ごめん。」
「井坂君…。」
「本気で嫌がってるなんて思わなくて…。無理強いして…ホントに…ごめん…。」
井坂君の言葉はすごくまっすぐで、私は自分が謝るべきなのに謝るタイミングを失った。
井坂君はずっと頭を下げたまま何度も「ごめん。」と謝ってくる。
きっと私の「いいよ。」という言葉を待ってると思ったので、私は井坂君の傍に寄って声をかけた。
「もう顔を上げて。私、怒ってないから。」
これにやっと井坂君の顔が持ち上がって不安げな瞳が私を映す。
私は彼にこんな顔をさせてしまった罪悪感から、どうして拒否したのか理由を伝えようと口を開くけど、上手くまとまらなくて、とりあえず思ってることだけ口にした。
「あのね…本気でイヤだったわけじゃないんだけど…。今はしたくなかったんだ…。自分でも何でなのか分かってなくて…。ちょっと気持ちが整理できるまで、そういうことは控えたいっていうか…。少しでいいから時間をくれないかな?」
私はじっと井坂君を見つめると「お願い。」と懇願した。
井坂君はしばらく何かを考えていたけど、最終的には小さく頷いて「分かった。」と納得してくれた。
私はそれにひとまず安心すると、「ありがとう。」とお礼を言った。
そのとき廊下の向こうに次の授業の先生が見えて、私と井坂君は慌てて教室へ戻った。
そして席についたとき前の席のツッキーにネクタイがないことを指摘されて、井坂君に持ってるか訊くのを忘れたことに気づいたのだった。
二人の間に不穏な空気が流れてきました…
次は井坂視点です。




