表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
理系女子の恋  作者: 流音
18/246

17、助けて



「や…谷地さん…。」



井坂君に声をかけられた事で、私はハッと我に返ると恥ずかしさで顔が真っ赤になった。

そして慌てて立ち上がると、自分の鞄を持って井坂君とは違う入り口から外に飛び出した。


見られた!!見られたっ!!


私は自分は何て事をしてしまったんだろうと、後悔しながら下駄箱に走った。



「待って!!谷地さん!!」



廊下を走っている途中で、追いかけてきた井坂君に腕を掴まれて私はつんのめるように足を止める。

そして、ドキドキしながらチラッと振り返ると、井坂君は息を荒げて私をじっと見つめていた。

私は顔の熱が引かないので腕を掴まれたまま、恥ずかしさを堪えるように俯いた。


「…谷地さん…。その…さっきのなんだけど…。どうして俺の机にいたの?」


私はストレートに訊かれて、ドクンと心臓が跳ねて息を飲み込んだ。

そんな事…答えられるわけない。

諦めるって決めたのに、なんであんな事…

私は自分のした事を後悔して、顔をしかめた。


「……俺…谷地さんに避けられてると思ってたんだけど…違った?」


井坂君の声のトーンが落ちたのが気になって、私は井坂君の顔を盗み見た。

その顔が諦めたような、寂しそうな、何とも言えない顔で、私は彼を傷つけたという事が分かった。

私はそうしてしまった事が辛くて、とりあえず否定だけしようと口が動いた。


「……違う…。」


「…?違うって…何?…夏祭りも…谷地さんなら約束守るって思って…俺…。」


井坂君の力が強くなって、私は自分の欲が顔を出しそうで肩に力を入れて耐える。


「なぁ…迷惑ならハッキリ言ってくれよ。もう…話しかけたり…しないからさ。」


「…迷惑な…わけない…。」


私は我慢しきれなくなって、口から本音が飛び出した。

すると井坂君の手の力が弱まって、私はそれに安心して目から涙が一粒こぼれ落ちた。


「や…谷地さん…?」


「拓海君!!」


井坂君の戸惑った声が聞こえたとき、何度も聞いた透き通るような声が聞こえて慌てて顔を上げた。

廊下の先に山地さんが手を振って立っていて、私は緊張で腕に力を入れた。

ヤバい…見られた…

私は朝に宣言したばかりだっただけに、心臓が怯えて震えた。

山地さんはこっちに駆け寄ってくると、私を一瞥したあと井坂君に笑顔を向ける。


「拓海君、今から帰るの?」

「あ…あぁ…そうだけど…。」


「そっか。じゃあ、谷地さんちょっと借りてもいい?話があるんだ。」


山地さんの言葉に体がビクッと震える。

彼女は私にも笑顔を向けると「いいよね?」と言って、私の手をとった。

それを見て井坂君が私から手を放す。


「…分かった。じゃあ…、また明日な。」


井坂君はそう言い残すと下駄箱に向かって歩いていってしまった。

私は山地さんと残されて、じわじわと汗がにじみ出てくる。


「谷地さん。ちょっと場所変えようか?」


彼女は不自然なほど流麗な笑顔を浮かべると、私の手を引いてケータイで電話をかけだした。

それを見ながら、これから起こるだろうことに頭が痛くなってきて、私はきつく顔をしかめたのだった。





***





そしていつかと同じようにトイレに連れてこられた私は、周りを囲む山地さんたちを見て体を強張らせた。

山地さん達は怒り心頭という面持ちで、私をすごい形相で睨んでくる。


「朝言ってたことは、口だけだったのね。」

「ち…違う!!本当に諦めるって決めて――――」

「嘘ばっかり!!諦める人間がどうして拓海君と手を繋いでるのよ!?」


山地さんの言葉に周りの女子たちのボルテージが上がったようで、口々に「信じられない!」とか「あり得ない!!」とか文句を言っている。

そこは自分のしてしまった失態でもあっただけに、言い返すことができない。


「とにかく!私たちを安心させた後で裏切ったのはあなたなんだから。責任とってもらうから!!」

「…せ…責任って…?」

「そんなの分かるでしょ?」


山地さんのその言葉をきっかけに、私にバケツの水が降りかかってきた。

あっという間に全身びしょ濡れになって、水の勢いに押されてその場にへたり込んだ。

頭からポタポタと滴が落ちて顔を濡らす。


「なっ…!?」


「やっだ!汚ーい!トイレにしゃがみ込むなんてねー!」

「その濡れた制服脱がないとダメなんじゃない?」


からかっているような声が上からたくさん振ってきて、体が震えてくる。

私が現状に目を白黒させていると、ある女子の手が伸びてきて私の胸倉を掴んだ。

その乱暴な仕草に私は息を飲み込んで前を凝視した。

その視界の端でケータイを構える山地さんの姿が見える。


「あなたの裸。ネットに流してあげる。きっとたくさんの人の目に留まるでしょうね?」

「!?」


山地さんの言葉に全身の血の気が引いて、自然と目に涙が浮かんだ。


「やっ!!やめてっ!!」


私は抵抗しようと手を動かすとその手を掴まれて、胸倉を掴んでいた子が制服のボタンを外し始めた。

自分の目に下着が映りこんできて、悲鳴を上げようと大きく息を吸いこんだ。

でもその口を手で押さえつけられて、声にならないうめき声だけが漏れた。

何で!?何で…ここまでっ!?

私は現状に絶望したとき、足音が外から聞こえてきて扉が開け放たれた。


「しおりんっ!!」


トイレの入り口に悲愴な顔をしたタカさんが顔を見せて、私は押さえられたままの口で彼女を呼んだ。

タカさんは山地さん達に少し怯んだ後、姿勢を正して踏ん反り返ると彼女たちを睨みつけた。


「もうすぐ先生が来るから!!早く逃げないと、停学や退学になるかもよ?」


「なっ!?」


タカさんの言葉にどよめきたって、山地さんがケータイをしまうと一番にトイレから逃げ出した。

その後に続くように次々と逃げ出していく。

私は解放されて、その場に力が抜けたように項垂れた。

押さえつけられていた手が震えたけど、その手を前にやって自分の姿を隠す。

それをタカさんが駆け寄って支えてくれて、私はその温かさに涙が溢れて止まらなくなった。


「しおりん。遅くなってごめんね。もっと早く来れば良かった。」


「ううん。ありがとう…ありがとうっ…タカさん。」


私はタカさんが抱きしめてくれるのが嬉しくて、嗚咽を漏らしながら泣いた。

怖かった…本当に怖かった…

私は恐怖から解放されて、安心感からただタカさんに体をあずける事しかできなかった。





***




それから私は後から来た先生たちに事情を話して、保健室で体操服に着替えてから帰ることになった。

その間、タカさんがずっと付き添ってくれて、私はすごく心強かった。

助けに来てくれたときも思ったけど、タカさんは救いの神だ。

私は着替えて保健室から出てくると、タカさんが鞄を持って待っていてくれて、私はお礼を言って受け取った。


「タカさん。今日は本当に…ほんっとーに!ありがとう。まさか、あそこまでするなんて思わなくて…すごく…怖かった…。だから、すごく感謝してる。本当にありがとう。」

「うん…。真美のときもあったから、きっとトイレだと思ったんだ。」


タカさんは悲しげに言っていて、私はここで疑問に思った事を尋ねた。


「そういえば、どうして私が山地さん達に囲まれてるって分かったの?タカさん、今日図書当番だよね?」


私の問いにタカさんはふっと表情を緩めると、久しぶりに笑顔を見せてくれた。


「うん。それなんだけどね。図書室に井坂君が来たんだ。」

「い…井坂君が?」


私は帰ったはずの彼がどうして図書室に行ったのか気になった。

タカさんは嬉しそうに笑いながら話してくれた。


「しおりんの様子が変だったんだけど、何か知らないかって、わざわざ聞きにきて。そのときに山地さんと一緒にいたって聞いて、もしかしてって思ったんだ。朝、決着つけたって言ってたから気になってさ…。」

「そ…そうだったんだ…。」


私は井坂君が私の事をそんなに気にかけてくれていたなんて知らなくて、すごく嬉しかった。

私とタカさんは下駄箱に向かう階段を降りながら、話を続ける。


「しおりん…本当は言おうか迷ったんだけど。井坂君の事、諦めない方がいいと思う。」

「え…?ど…どういう事?」


今までと真逆の事を言われて、私はタカさんの顔を窺った。

タカさんは何かが吹っ切れたような顔で私を見て微笑んだ。


「これは私の勘でしかないんだけど…、井坂君に脈あると思うよ。」

「うえぇっ!?」


私はいきなり予想外の事を言われて、思いっきりむせた。

タカさんらしくもないし、一体何を見てそう思ったんだろう?


「そっ…そんなわけないよ!!タカさんが言ってたんだよ?中学の時…井坂君はあの山地さんの事が好きだったって…。」


私はすごく可愛い彼女を思い出して凹んだ。

性格には問題があるけど、あんなに可愛い人と私じゃ月とすっぽん。

名前の通り、『山』と『谷』ぐらいの差がある。

私は自分でそう思って、どんどん気分が落ち込んだ。


「しおりん。それは過去の話だよ。詳しい事は訊いてみたら?」

「へ?」


私たちが階段を降り切ると、タカさんが前を指さした。

その指の先には下駄箱にもたれかかるように井坂君が立っていて、私はその姿に息が止まった。

井坂君も私たちに気づいて、こっちに顔を向けた。

するとタカさんが私の背を叩いてから、足を進めた。


「勇気出して、しおりん。また、明日ね。」


タカさんはそう言い残すと、ちらっと井坂君を見てから靴を履きかえて走っていってしまった。

残された私は井坂君と向かい合って、止めてた息を飲み込んだ。


気まずい…

何を言えば…


私は彼には謝らなきゃいけないことや、お礼がたくさんある気がして頭を悩ませた。

そうして黙っていると、井坂君が一歩近づいてきて、私は一気に緊張した。


「…山地たちに…脅されてたんだってな…。」

「え…。何で知って…。」

「八牧から聞いた。…俺を避けてたのも、一人で色々抱え込んでたからだろ?」


タカさんが話してくれてた事には驚いたけど、井坂君は脅されてた理由までは知らないようで少しほっとした。

タカさんが私の事を考えて、上手く話を作ってくれた事にまた感謝した。


「何で、そういう事を相談してくれなかったんだよ。そんなに、俺って頼りにならないか?」

「…ち…違うよ!!」


井坂君が切なそうに顔をしかめたのを見て、慌てて否定した。


「話さなかったのは…自分の問題だったからで…。イジメみたいな目にあってるって…言うのも恥ずかしかったから…。井坂君が頼りになる、ならないっていうのは…関係ないよ。」


私は井坂君が絡んでいただけに、本当の事は言えなくて適当に話を作った。

すると井坂君が大きく息を吐き出して、私は彼に目を向けた。

井坂君は後ろ頭をガシガシと掻くと、ちらっと私に目を向けてから口を開いた。


「じゃあ…さ…迷惑とか…思ってないって言ってたの…信じてもいいんだよな?」


私は井坂君が不安に思っているのが伝わってきて、自分のしたことに胸が痛んだ。

私が避けたり、約束を破ったことでこんなにも井坂君を傷つけてしまった。

あのときは脅されていたからとはいえ、ひどい事をしてしまったと後悔で目の奥が熱くなった。


「うん。迷惑だなんて思った事、一度だってない。井坂君と一緒にいる時間は本当に楽しくて、ずっと続けばいいって思ってた。」


私はずっと胸に溜め込んでいた気持ちを打ち明けた。

井坂君には知っていてほしい。

私はそう思うと目から涙が零れた。

それを手で拭いながら、我慢していたことを告げた。


「夏祭りっ…本当は…すっごく行きたかった…っ…。でも、私…お母さんにダメだって言われて…自分がテストで良い点とれなかったのが…いけないんだって言い聞かせて…我慢してた…っ。せっかく…約束してたのに…本当に…ごめんなさい…。」


私は手で目元を押さえて頭を下げた。

謝ったって、やった事が消えるわけじゃない。

私は許してもらえなくても仕方ないと思っていた。

でも、井坂君は私の前でしゃがむと私を覗き込むように見上げてきた。


「俺…谷地さんが来なくて、ショックだったよ。」


井坂君の本音を聞いて、私は俯いたままグッと口を引き結んだ。

井坂君はそんな私を見上げてふっと微笑むと、小指を差し出してきた。


「だから、今度はちゃんと約束して?俺と花火大会に行くって。」


花火大会…?

私はその約束に、夏休みも井坂君に会えると分かって涙が止まった。


「もちろん、浴衣着てきてくれよな?」


井坂君が私を許すように笑顔を向けてくれて、私はそれが嬉しくて涙を拭うと彼に笑顔を向けた。

そして彼の小指に自分の小指を絡めて、「約束する。」と口に出した。


そのとき井坂君が本当に嬉しそうに笑ってくれて、私は元に戻れたことに胸つっかえがサーッと晴れていったのだった。







山地さんの話は次で終わりです。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ