170、フラッシュモブからの…
「そろそろだね…。」
私が接客を終えて裏に戻ってくると、ゆずちゃんがじっと黒板の上にある時計を見つめて言った。
私もそれに倣って時計に目をやると13時まであと数分となっていて、朝の赤井君の言葉を思い出した。
『今朝方まで頑張ったダンスでの宣伝だけど、人の入りの多い昼一時に始めるな!』
あ、もうそんな時間なんだ。
私は接客に手いっぱいで、危うくフラッシュモブの宣伝を忘れてしまうところだったと汗が滲んだ。
ゆずちゃんは緊張しているのかトレイをギュッと握っていて、顔が強張っている。
私はそんなゆずちゃんの緊張が移ってしまいそうだったが、「頑張ろーね。」と小さく声をかけることで紛らわせた。
するとちょうど13時になったようで、スピーカーから大音量の音楽が鳴り始める。
私はゆずちゃんと顔を見合わせると、それぞれの立ち位置に移動した。
そして、他のクラスに残っていたメンバーと一緒に、今朝まで練習した成果を発表する。
教室の中にいたお客さんたちは私たちが急に踊り出したことに目を丸くさせていて、廊下にも踊っているメンバーがいるため廊下を通り過ぎる人たちの目までこちらに向く。
教室内には私とゆずちゃんを合わせて5人。そして、外の廊下に散らばる形で6人。
後は人目を集める中庭や校舎入り口。
正門脇に体育館前等、5、6人のグループに分かれて同時多発的に同じダンスを踊る。
あまり人前で目立つ事のしたことない私は、たくさんの人に見られている現状に物凄く恥ずかしかったけど、皆も同じだと思うとなんとか最後まで乗り切ることができた。
そして、曲も終わりダンスを終えた私たちはスピーカーから聞こえる長澤君の声に合わせるように、笑顔で皆で決めたセリフを口にする。
「3-9、リラクゼーションサロン!!皆様のお越しをお待ちしております!!」
言い終えた後は、それぞれ執事やメイドになり切って恭しくお辞儀する。
すると、周りから拍手が巻き起こって、私はつけていた仮面を少し頭の上に上げてお客さんの顔を見た。
皆ニコニコと笑顔を浮かべながら拍手をしてくれていて、楽しんでもらえたというのが空気で伝わってきた。
私はそれにホッとして自然と頬を緩ませると、教室の入り口が騒がしくなり、赤井君が汗だくでたくさんのお客さんを引きつれてきた。
「こっち、こっち。体に優しいドリンクメニューになってるから、ダイエットしてる人にもぴったりだよ~。もし、むくみとか気になるなら、そっちでマッサージもやってるからね~!」
赤井君が少し年上のお姉さんから年下だろう中学生っぽい女子にまでそう声をかけていて、私は彼の集客力に驚いた。
さすが赤井君…
私が素直に感心していると、赤井君がちらっとこっちに目配せしてきた。
私はそれが席に案内しろってことだと察して赤井君に駆け寄ると、赤井君が私の耳元で「大成功。」と嬉しそうに呟いてきた。
私はその言葉に徹夜して練習した甲斐もあったと嬉しくなって、赤井君に笑顔を返した。
すると赤井君が手のひらを私に向けてきて、私はその手にパシンとハイタッチする。
やった~!!
お客さんの前なのであからさまに喜びを顕わにできないのが残念だったけど、私は胸の中にその喜びをひた隠しにしながら接客に戻った。
赤井君はまた集客へと戻っていき、私は空いているテーブルへとお客さんを案内して、教室脇にいたゆずちゃんたちに駆け寄る。
そしてゆずちゃんや西門君と笑顔で軽く手を合わせ、ウキウキとした気持ちで午後を乗り切ることができたのだった。
***
後一時間で文化祭二日目も終わりという頃、また教室入り口に僚介君がやって来て、良い笑顔で私を呼びつける。
「詩織~!」
私はとっくに帰ったと思っていたので、律儀に時間を空けてまた会いに来た僚介君に驚いた。
ここで彼を無視するわけにもいかないので、トレイを置いて駆け寄ろうとすると、一緒に接客していた西門君が私の腕を掴んで引き留めて来た。
「しお。あいつ、なんでいんの?」
「え…っと…。」
私は西門君の真剣な目を見て、ナナコにした同じ説明を再度しなければならないのかと面倒になった。
確か西門君には、一応僚介君とのわだかまりは解消したってことを同窓会の後に伝えた気がするけど、その後のことは何も話していない。
というか、同窓会で僚介君と話したってこと自体、西門君はよく思ってなかったみたいだった。
だったら、この現状は不満でいっぱいのはずだ。
私はどう言えば半分怒ってる西門君を宥められるかと考えた。
「しお、井坂君呼んで来なよ。」
「え?」
私が良い案を出す前に西門君が私の腕を放して、じっと僚介君を睨むように見ながら言った。
「僕が止めてもあいつと話すんだろ?なら、井坂君にだけは断りをいれておいた方がいい。井坂君は彼氏で、あいつは仮にもお前の前好きだった相手なんだから。」
「西門君…。」
私は西門君に言われて、その通りだと気づいた。
ただでさえ井坂君と僚介君は相性が悪そうなのに、もし私と話してるところを見られたら、井坂君は怒るに決まってる。
私は私以上に心配してくれている西門君に少し嬉しくなりながら、彼にお礼を告げた。
「ありがとう、西門君。井坂君、探してくるよ。」
「うん。その間、あいつの相手は僕がやっておくから。早めに帰ってきてくれよ?」
「分かってる。じゃ、急いで行ってくるね!」
私は教室を出るときに僚介君に「ちょっと待ってて。」と言うと、廊下を走って中庭へ向かった。
赤井君の割り振りではこの時間、井坂君は中庭で島田君と一緒に呼び込みをしているはずだからだ。
そして私が急いで階段を駆け下り、中庭まで走ってくると、女子に囲まれキャーキャー言われてる集団を見つけて嫌な予感がした。
走る足を歩みに切り替えてゆっくりその集団に近付く。
すると集団の中心に井坂君の嫌そうな顔がチラッと見えて、やっぱり…と脱力した。
もう…どこに行ってもモテるんだからなぁ…
私は毎度のことに大きなため息をつくと、どう割り込んだものかと遠巻きに集団を見て考えた。
井坂君の周りの女子は「拓海せんぱーい!写真とってくださーい!」と黄色い声を上げていて、私はあの戦場のような場所に踏み込む勇気が持てない。
「あ、谷地さん!」
私がまたため息が出そうになっていると、『3-9リラクゼーションサロン!!』と書いてある看板を持った島田君が走ってきた。
「島田君。なんだか凄いことになってるね…。」
「だろ?ダンス終えた後ぐらいからずっとこうでさ~。井坂の機嫌悪いのなんのって。」
島田君が私以上に大きなため息をついてから、どこか嬉しそうに笑い出す。
「でも、谷地さんの姿見たらあいつの機嫌復活すると思うよ。ホント、良いタイミングで来てくれて良かった。そろそろ限界感じてたんだ。」
島田君はそう言った後、大きく集団に向かって手を挙げて井坂君のいる集団に向けて声を張り上げた。
「井坂~!!谷地さん来てるぞーーーっ!!」
島田君の大きな声を聞いて、井坂君を囲んでいた女子の顔がこっちに振り返るのと同時に、井坂君が女子をかき分けて出てきて、彼の顔がハッキリ見えるようになった。
だから私も女子の痛い視線に耐えながら井坂君に向かって軽く手を挙げる。
すると、嫌そうに歪んでた井坂君の表情がみるみる優しく緩んで、ご褒美を見た子供のようにキラキラと目を輝かせながらこっちに駆け寄ってきた。
「詩織っ!!」
井坂君は満面の笑顔でこっちにやって来て、私は井坂君が額に髪が貼りつくほど汗びっしょりだと気づいた。
だから慌ててタオルハンカチを取り出すと井坂君の汗を拭う。
「井坂君。汗、すごいよ?ずっと外で暑かったよね…。」
「あ、これ?平気、平気。暑さより女子のウザさの方が上回ってたから。」
……今、サラッとすごいこと言った…
私は井坂君の口から出た女子を非難する言葉に、余程疲れてるんだと察して、井坂君の腕を引っ張って影のある渡り廊下まで移動した。
その間、井坂君を取り囲んでた女子がついて来そうになったけど、それを島田君が上手く誘導して教室へ案内していく。
二人にしてくれた島田君の気遣いに感謝しながら、私は井坂君の汗を拭うのを再開した。
「井坂君。少し体冷やした方がいいかも。その燕尾服のジャケットとベスト脱いで?あ、ネクタイも外して風通し良くした方がいいよ。」
私が井坂君が脱いだジャケットを受け取ると、井坂君がベストのボタンを外す手を止めたのが目に入って顔を上げた。
井坂君はすごく優しい顔をしていて、私と目が合うと顔をクシャっとさせて笑った。
「やっぱ、詩織の傍は空気が違うな!」
「??……どういうこと?」
私は自分から体臭でも出てるのだろうか…と気になっていたら、井坂君の手が私の頬に触れてきて言った。
「癒されるってこと。」
急に触れられたことと嬉しい言葉を言われたダブルパンチで、私がかぁっと赤面すると井坂君が声を殺しながら笑い出した。
む~…なんか反応見て面白がられてる感じ…
私は笑われてることにいい気はしなかったのでムスッと顔をしかめると、井坂君が「その顔も癒される。」と追い打ちをかけてきて、プイッと顔を背け井坂君の手から逃れた。
癒されるとか…言ってて恥ずかしくないのかな…
私が言ってる井坂君より照れてしまい本来の目的を忘れかけていると、ふっと視界の先に西門君と何か言い合いながら歩いてくる僚介君を発見した。
「あ…。」
私が僚介君とばっちり目が合ったときに思わず声が出て、井坂君の目も私と同じ方向へ向く。
「詩織!どこ行ったのかと思ったらこんなとこにいた!!」
「僚介君…。」
私が引き留めていてくれていたはずの西門君を見ると、西門君は私に向かって悪いという顔をしながら僚介君に言った。
「寺崎、少しは僕のいう事聞いてくんないかな?」
「いう事って、お前待てしか言わねぇじゃん。俺は朝から来てんだから充分待ったっつーの!」
「だったらもうちょっとぐらい待てるだろ…。」
「もうこれ以上は無理だね。ダチにも先に帰られたんだからさ~。」
「お前ってホント…、はぁ~…。」
西門君が面倒くさそうに大きくため息をついていて、私は西門君が頑張って彼を引き留めてくれていたんだと分かった。
だから、ここからは私が話を聞かないと…と井坂君の反応が気になりつつも尋ねる。
「僚介君。いっぱい待たせてごめんね。私にそんな重要な話でもあった?」
「ううん?話なんかねーよ?」
……ん??
「え?どういうこと…??用があるから待ってたんじゃ…。」
私は僚介君が何を考えてるのか全く分からず、目をパチクリさせながら首を傾げる。
すると僚介君はちらっと井坂君を見てから、ニッと口の端を持ち上げた。
「大浦川高で文化祭があるって聞いたから、詩織の学校生活覗いてみてーなぁ~と思って来たんだ。中学のときにできなかったことのやり直ししたくてさ!」
「……やり直しって…??」
私がやり直しの意味が分からなくて頭が混乱しかけていると、急に僚介君に手をとられて引っ張られた。
「こういうことだよ!」
僚介君は私の手を強く握ったまま走り出して、私は突然のことに抵抗できず足が勝手に動いた。
「詩織っ!!」
後ろから井坂君の声が聞こえて、反射で足を止めようと思ったけど僚介君の力が強くてつんのめりながらも前に進んでしまう。
「りょっ、僚介君っ!!と、止まって!!」
「嫌だよ。どうせ一時間もないんだし、ちょこっとぐらい付き合ってくれたっていいだろ?」
「で、でもっ!!!」
「詩織はあいつに振り回されすぎんだよ!もっと、周り見ろって!!」
ま…周り!?!?
私は僚介君の言うことの意図がサッパリで、中庭の集団に突っ込んでいく僚介君の背中をみながらパニック状態に陥っていた。
ザワザワと騒がしい集団の中でたくさんの人にぶつかりながら前に進む。
だけど、耳にはどんどん遠くなっていく井坂君の声が聞こえていて、井坂君の所に戻らなくちゃという気持ちだけがどんどん大きく膨らんでいた。
僚介の大胆行動勃発です。
井坂視点の話は次話にて。




