169、思わぬ来訪者
文化祭二日目の朝。
クラスの面々は昨日から今朝にまで及んだフラッシュモブのダンス練習の影響で、今にも眠ってしまいそうになりながらのろのろと準備をしていた。
私もその一人で目がしょぼしょぼしてくるのを堪えながらトレイを布巾で拭く。
横ではタカさんが大きな欠伸をしながらグラスを綺麗に磨いている。
こんな状態で練習の成果が出せるのだろうか…?
私は島田君と赤井君による鬼特訓を思い返して、眠たいとか言ってる場合じゃないな…となんとか気持ちを奮い立たせる。
途中仮眠もとったんだから大丈夫!
要は気の持ちようだ!!
するとそんな私たちの気持ちを察してか、赤井君が教室の真ん中で手を叩いて注目を集めた。
「はーい!!みんな注目!!今朝方まで頑張ったダンスでの宣伝だけど、人の入りの多い昼一時に始めるな!昨日決めたグループで、その時間までにそれぞれの場所で待機しておいてくれよ!あ、あくまでもさりげなくな!いかにも待機してるってのはなしな!」
赤井君が注意も一緒に述べながら皆の気持ちを上げるような満面の笑みを浮かべていて、私たちは疲れや眠気を抑え込んで彼の元気にのっかった。
「了解!あんだけ練習頑張った以上成功させなきゃだしな!!みんな、気合入れろよ!?」
「わーってるっつーの!一時だろ?ぜってー1-9をぎゃふんと言わせてやる!!」
「だな!先輩の意地を見せてやらねーと!」
「やるぞーっ!!」という赤井君の声に合わせて男子が「おーっ!!」と息を合わせて声を上げて、私たち女子はその気迫に当てられながらも笑みが漏れる。
「赤井が張り切ると、自然と皆にそれが伝染するよね。やっぱ、あいつには敵わないわ~。」
あゆちゃんが呆れたように言いながらも嬉しそうに笑っていて、私は少しだけからかった。
「さすが私の彼氏って感じ?」
あゆちゃんは私のからかいを聞いてキッと目を向けてくると、「詩織のクセに!」と私の脇腹をコショコショしてくる。
「言うようになったわねー!!さんざん井坂とイチャついてる身分で!!」
「えぇっ!?それ今関係ないよね!あははっ!あゆちゃん、やめてっ!!」
私が身を捩ってあゆちゃんから逃げると、あゆちゃんは手をワキワキと動かしたまま半眼で笑みを浮かべる。
「私の自慢なんて可愛いもんよ?あんたらのバカップルぶりに比べたらねーー!!」
「えぇ!?あゆちゃんの前ではそんなことしてないよ!!」
「してるっての!!自覚ないとか、ホントど天然なんだから!!今日は井坂と一緒にいさせてやんないからね!!」
「えぇっ!?そんなっ!!!」
私があゆちゃんの手から逃げ回りながら言い争っていると、あゆちゃんはコショコショするのを諦めたのか仁王立ちすると言った。
「当たり前でしょ!?昨日の当番遅刻した身分で、よく今日も一緒にいられると思ったわね!」
「そ…それは昨日、ちゃんと謝って…」
「謝ったからって許されると思わないでよね!!詩織は今日一日ココ!!井坂はココの当番の後、外に宣伝に出てもらうから!私と赤井の時間を潰した罰よ!!」
「そ…そんな……。」
私が顔に悲愴感を浮かべていると、あゆちゃんは「自業自得!」と言い残し赤井君の所へ行ってしまった。
確かに…昨日はうっかり昼寝しちゃってお昼休憩を長時間とっちゃったけど…
まさか今日一日井坂君といられなくなるなんて思いもしなかった…
私ははぁ~と大きくため息をつくと、一気にやる気がダウンしてしまった。
昨日の行いを反省するのと一緒に、頭が自然と下がってくる。
仕方ない…か…
せめて三日目は井坂君と一緒にいられるように、今日一日頑張るしかないなぁ…
ここであゆちゃんの望む働きを見せないと、三日目まで制限されてしまうことが今までの経験で目に見えていたので、私はイヤイヤながらも仕事に戻る。
そうしてタカさんに同情されながらも、私は真面目に接客することにしたのだった。
***
「しおー!」
私が黙々と働いていると、ナナコが私のクラスへやってきた。
ナナコはキョロキョロと辺りを見回していて、私がどこにいるのか分からないでいるようだったので駆け寄る。
「ナナコ!来てくれたんだ!」
「うわ!しお!!接客担当だったの!?」
ナナコは仮面をつけた私にビックリして一歩後ずさると目を見開いた。
その反応を見て、私は慌てて仮面を外す。
「ごめん。ビックリさせちゃったね。」
「相変わらず面白いことしてるね~。しおのクラスは毎回一風変わったことをやってくれるから、私のクラスでも人気なんだよ?」
「そうなの?その割にはお客さん少ないような気が…。」
「あー!あれでしょ?1-9が面白いことしてるらしいし、そっちに取られてるんじゃない?」
「え、やっぱり1-9ってそんなに注目されてるの?」
「そりゃ、あんだけ派手に宣伝してたらねぇ?」
ナナコもあのゲリラ宣伝を知っているのか苦笑する。
「あ、でもでもしおのクラスだって相当人気高いからね?ただでさえ有名メンバーがぞろぞろいるんだからさ。」
「有名メンバー??って赤井君や井坂君のこと?」
「そうそう。あ、他にも小波さんって人とか、北野君って人もよく名前聞くかな…。」
「へぇ…。やっぱり、あゆちゃんはすごいなぁ…。」
私は女子で唯一名前の出たあゆちゃんが誇らしくなった。
そうして私がニヤニヤしていると、ナナコが嬉しそうに笑いながら腕を組んだ。
「楽しそうで何より。鈍感なとこは相変わらずだけど。」
「うん?鈍感って何?」
「気にしなーい、気にしなーい。しおはそのままでいいんだよ~。さて、私はどこに座ればいいのかな?」
ナナコは強引に話を逸らすなり辺りをキョロキョロと見まわす。
私はそれを見て慌てて席へと案内した。
すると、また入り口で私を呼ぶ声がして、ナナコを案内し終わってからそっちへ目を向けると、そこには予想もしてなかった人が手を振っていた。
「詩織!!うっわ、可愛いカッコしてんな~!ビックリした!!」
ポカンと固まっている私の傍まで駆け寄ってきたのは、京清校の制服を堂々と身に纏った僚介君で、私はナナコの声で我に返った。
「て、寺崎君…。なんでここにいるの?」
「あれ?木崎さんじゃん。同窓会ぶり。」
ナナコは困惑しながら私と僚介君を見比べていて、私はナナコに何も言ってなかったと思って説明する。
「あ、あの。今、僚介君と同じ予備校なんだ。ナナコには話してなかったよね…。」
「………初耳だよ。しお、なんでこいつなんかと…。」
「こいつとかひでーなぁ~。木崎さんはまだ俺の事怒ってるわけ?」
ナナコは僚介君のあっけからんとした声に苛立ったのか、僚介君をギッと睨みつける。
私はここまでナナコが僚介君を敵視してたとは思わなかったので、笑顔が引きつったまま固まる。
「あんなひどいことを、なかったことにできる神経に呆れて笑いが出るんだけど。言っておくけど、しおが優しいからって調子のらないでよね!?」
「ナ…ナナコ…。」
「調子になんかのってねぇよ。だいたい、詩織には今ちゃんと彼氏いんだからいいじゃん?」
「はぁぁぁ!?!?彼氏いんだからいいじゃん!?よっくもそんな上からな言い方ができるもんね!?」
「そんな大声で怒鳴るなよ…。」
ナナコの高い声に皆の注目が集まり出して、私は焦ってナナコの口を押えた。
そして僚介君に向き直って告げる。
「りょ、僚介君。来てくれたのは嬉しいんだけど、今はちょっと話しできないっていうか…。」
「あー、うん。そんな感じだな。まぁ、またあとの時間に覗きに来るよ。じゃ。」
僚介君もナナコにこれ以上怒鳴られるのは嫌だったのか、ひらひらと手を振って教室を風のように出て行った。
ナナコはというと、私の手をグイッと掴んで外すなり、ムスッとした表情で言った。
「しお。なんで、あいつと仲良くやってるわけ?説明してくれるんだよね?」
ナナコは説明を聞くまでは私の手を離さないとでも言うように掴んだ手に力を入れてきて、私は細く息を吐きながら今までの経緯を説明する運びになったのだった。
***
「しおって、ほんっとバカだよね~。」
「バカ!?なんで!!」
僚介君と私のこれまでの経緯を聞いたナナコは、注文した特製癒しシェイクという名のバナナと牛乳を合わせたドリンクを飲みながらぼやいた。
私はトレイを胸の前で抱えながら、『バカ』と言われた理由を問い詰める。
「だってさ、あんなひどい事されといて、あっさり仲直りしてさ。中一のときみたいに仲良くできるんだもん。普通だったらフラれた相手とそんな簡単に関係修復できないよ?それができるなんて、超が付くぐらいのお人好しか、ただのバカだけだから。しおは後者だよねぇ?」
「なんで!?お人好しの選択肢は!?」
「う~ん…、寺崎君に関しての場合はその選択肢はないでしょ?」
「なんで僚介君だけ!?」
私が全く理由が分からないでいると、ナナコはドリンクのコップをスタンッと机に置いてから半眼で私を見てきた。
「しおは気づいてないみたいだからハッキリ言うけどさ。寺崎君にあんだけのことされたのに、嫌いになってないよね?」
「え…?」
私は一瞬心臓がドキッとなって目を見開いた。
ナナコはふーっと息を吐くと眉間に皺を寄せ始める。
「私だったら、あんなやつとの思い出ゴミ箱に捨てて葬り去りたいけど、しおはきっとそうじゃないんだよね…。あんだけ落ち込んでたぐらいだし…、嫌いになれないぐらい好きだったってことなんでしょ?」
「ち、違うっ!!」
私はナナコが何かおかしな思い違いをしてると思って、反射で否定した。
怪訝なナナコの目が私の方を向く。
「私、井坂君のこと好きになるまでは、僚介君のこと嫌いだったし、恨んでた。恋なんかするもんかって思ってたし、心の大きな傷っていうか…トラウマだった!!だから、ナナコの言うような気持ちになってなんかないよ!!」
私はこれだけは確かだったのでキッパリ言い切った。
「私が僚介君のことを許せたのも、こうして普通に友達として話ができるのも、全部井坂君がいたから。井坂君がもう一度恋することを思い出させてくれたから、今の私がいるんだよ。だって…もう、昔のこと思い出しても悲しくならないんだもん。」
私は昔だったら胸を痛めていた苦しい記憶を思い返しながら、昔とは全然違う気持ちでいる自分が誇らしかった。
今はあのときの気持ちよりも勝る、井坂君が大好きだって気持ちがある。
それだけで私はまっすぐ立っていられる。
それをナナコに分かってもらいたくて私は笑みを浮かべた。
ナナコはそんな私を見て、急にげんなりした顔を浮かべると顔を背けてしまった。
「あ~…、まさかこんな大衆の面前で惚気話を聞く羽目になるとは思わなかった。自信満々なのはいいんだけど、声のボリュームは考えなさいよね?」
「え…――――――あ!!!」
私は周囲に目を向けると、教室にいた人から注目されていたことに気づいて真っ赤に顔を上気させた。
「ったく…、やっぱしおはバカだよねぇ~。」
ナナコが目の前で小さく笑いながらぼやいた声を聞き、私は持っていたトレイで顔を隠して、サッとその場から調理スペースへと逃げ込んだのだった。
ナナコVS僚介、再びでした。
次は練習したフラッシュモブ発表です。




