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理系女子の恋  作者: 流音
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168、後輩たちの謀略

井坂視点です。



『…今がすごく幸せだから。だから、このままがいいなってだけなんだけどね。』


詩織の口から寂しげに放たれた言葉に、俺は胸の奥が抉られるように痛くなった。

言葉にしなくても、すぐに分かった。


詩織がずっと俺と一緒にいたいと願ってる事―――


俺の進路のことでずっと胸を痛めてるってこと……


俺はすぐにでも詩織の本当の笑顔を取り戻したくて、目をつけていたクレープを出しているクラスへやって来た。

そこは甘い匂いが立ちこめていて、中に入ると女子の客が大半だった。

俺の事を知っている同級生や後輩のテンション高めの歓声が雑音のように耳に入ってくる。


「詩織。甘いもの好きだろ?どれがいい?」


俺は元気のない詩織に明るく声をかけた。

詩織はたくさん並んだメニューを見ながら、「どれも美味しそうだね。」と薄く笑みを浮かべる。

俺はその笑顔に癒されながら一緒にメニューを覗き込んで指さした。


「これとかボリュームたっぷりだぜ?果物全部のせ!!」

「さすがにのせ過ぎかな?私は普通のバナナとチョコレートの奴でいいよ。」

「じゃあ、俺がこのメガサイズ食うよ。」

「えぇ?ほんとに?」


詩織が口元を手で隠しながら笑い出して、俺はウキウキと気分が持ち上がり店員にクレープを注文した。

その間、詩織はまだメニューを見ていて「こっちも美味しそうだな…。」と小さく呟いていて、いつも通りに戻りつつある姿にホッと安堵する。


やっぱり詩織には笑っていて欲しい…


俺はこの文化祭中、詩織の笑顔がたくさん見られるようにクレープ食べたらどこに行こうかと考えた。

すると、そのとき廊下の方で女子の甲高い歓声が聞こえて、スッとそっちに目をやると大輝君が和服姿で廊下を駆け抜けて行くのが目に入ってきた。


「し、詩織…。今、大輝君が女子に追っかけられてったけど…1-9って何やってんだ?」

「え?大輝??確か、新撰組をモチーフにした寸劇やるって言ってた気がするけど…。」


詩織がそこまで教えてくれたとき、また和服に身を包んだ男子生徒が廊下を駆け抜けていく。

それに伴って廊下の女子が追いかけるようにいなくなって、興味をそそられた人たちが廊下を覗き始める。

そこで、俺は大輝君たちが走っていった意味を予想してガタンと椅子から立ち上がった。


まさか…


俺は球技大会の悪夢を思い返して、嫌な予感が脳裏を過りいてもたってもいられなくなる。


「井坂君?」


詩織は気づいていないのか不思議そうな顔で俺を見上げてきて、俺は運ばれてきたクレープを受け取ると詩織に説明した。


「詩織、俺たちのクラスのために一回教室戻ってもいいか?」

「え?クラスのためにって…どういうこと?」

「教室についたら説明する。とりあえずついて来てくれ。」


俺はクレープを片手で持ち、もう片方の手で詩織の腕を掴むと早足で教室を出て自分のクラスに向かった。

そしてクラスに着くなり赤井を含め、教室にいたメンバーに声をかけて集まってもらう。


「井坂、せっかくの休憩時間にどうしたんだよ?」

「そうそう。詩織ラブのあんたにしては珍しくない?」


赤井と小波がバカにするように笑いながら言って、俺は急いでいたのでスルーして早口で説明した。


「さっき詩織と3組のクレープ屋にいたら、廊下を大輝君たち1年9組の奴が走っていったんだ。」

「1-9!?」


俺たちには球技大会で1-9に対するトラウマがあるので、俺の説明に赤井達が過敏に反応する。


「最初は大輝君が騒がれてるだけかと思ったんだけど、どうもその後に他の男子も走っていってさ。その後を、興味を持った客がみんなついて行っちまったんだよ。これってどう見ても、1-9のパフォーマンスだろ?」

「パフォーマンスって…。」

「だから、客集めに人気ある大輝君を使ってるってことだよ!それも教室から出て過剰なパフォーマンスしてな!!」


ここまでハッキリ言うと、皆やっと理解して口々に文句を言い始めた。


「何それ!!一年の分際でずるいんだけど!?」

「そんなパフォーマンス誰が考えたんだろう?」

「こんな手に先輩として負けるわけにはいかないでしょ!!」

「そうだぜ!!こっちだって何か目を引く客集め考えねーと、球技大会の二の舞になるんじゃねーの!?」

「それだけは嫌だ!!おい、赤井どうすんだよ!!」


最終的に赤井に判断が仰がれて、赤井はしばらく唸ったあとカッと目を見開いて言った。


「とりあえず、今日の営業時間が終わったら対策会議!!今すぐ、とりあえずのものをやったとしても効果は得られねーだろうし。明日以降、取り返すつもりで今日一日何かでかい案を個々に考えておいてくれ!!以上、解散!」


赤井は今ある接客もあるので手早くまとめると、一番に接客へ戻っていった。

俺はその潔い姿に少し見直して、赤井を尊敬した。


やっぱり赤井はなんだかんだで俺らのリーダーだな


こうして緊急事態が起きたとき、クラスのみんなが頼るのは赤井で、俺はそんな赤井が昔からの友人として鼻が高かった。

こんなときじゃなきゃ思わないんだろうってのは置いといて…


そして赤井が働くのを見て他のメンバーもゾロゾロと接客に戻り、俺と詩織が取り残された。

すると横で詩織が声を出すのを堪えるように笑い出して、俺はそんな詩織を覗き込む。


「詩織、どうした?」

「…っ…ふふっ…、ごめん。なんか井坂君の必死なのとか…、赤井君と仲良しなの見てて…楽しくなちゃって…。」


詩織が本当に楽しそうに顔を緩めて笑っていて、俺は詩織の自然な笑顔に胸が温かくなった。

別に詩織を笑顔にしようとか思ったわけでもないのに、普段通りでいたことが詩織にとったら面白かったらしい…

俺は詩織が笑ってるだけで幸せな気持ちになるな…と笑ってる詩織の手をとった。

詩織が笑うのを止めて俺に目を向けてくる。


「クレープ、食べに中庭でも行くか。」


詩織は俺の提案に嬉しそうに頷いてきて、俺は今度はゆっくりと詩織のペースに合わせながら中庭に足を向けた。






***






中庭の影になってるベンチで詩織と仲良くクレープを食べ終えると、俺は詩織が嬉しそうにする度にデジカメで詩織の姿を撮った。

詩織は何度かカメラを取り上げようとしてきたけど、俺は上手く躱して何十枚も撮り溜める。

でも最終的にカメラを奪われて、俺はぶすっとふて腐れて詩織を見た。


「詩織さ~ん、そのカメラ返してくれませんかー?」

「え~、どうしよっかなぁ~…。」


詩織はデジカメを両手で抱えてニヤニヤと笑っていて、俺はそんな詩織でさえ撮り収めたいと思ってしまった。


「そうだ。ジュース奢ってくれたら返すよ。」

「ジュース?そんなんでいいの?」


俺はカメラとの交換条件があまりにも簡単で拍子抜けした。

詩織は「だって奢りだよ?」と首を傾げていて、俺はプッと吹きだして笑ってしまった。


奢りって言葉にそこまでの効果ねぇのになぁ~

詩織にだったら、どんだけ奢ってもいいぐらいだし…


詩織は俺があまりにもあっさり「いい」と言ったので、不思議そうにしている。

それが何とも言えず可愛い。


「よっし。じゃあ、ジュース買ってくるよ。何でもいいんだよな?」

「うん。何でもいいよ。でも、ホントに奢ってくれるの?」

「いいよ。そこで待ってて。」


詩織は疑り深いのか真剣に訊いてきて、俺は笑いながらその場を後にした。

そして自販機のあるところまで走る。


確か詩織はいつも紅茶系かリンゴジュース買ってたよな…


俺は今までの詩織の好みを思い返して、甘いものを食べた後なのでストレートの紅茶を買った。

そしてジュースが良かった場合も備えてリンゴジュースも買っておく。

その二つを手にさっきのベンチに戻ろうと小走りすると、また目の前を1-9クラスの男子が和服で走っていくのが見えて、その背中に『1-9幕末寸劇 上映中!!』と宣伝が貼りつけられているのが見えた。


……あれ、恥ずかしくねーのかな?


俺は大輝君だったら絶対嫌がりそうだな…と思いながら、赤井に言われた対策とやらを考える。


あれに対抗するなら…何人かでグループで宣伝隊とか作らねーとダメな気がするなぁ…

どう宣伝すればいいかってのは思い浮かばねーけど。


ふむ…と考えながらベンチまで戻ってくると、俺は詩織の姿がないのに気付いて焦った。


「あれ!?詩織!!」

「ここだよー。」


俺が辺りを見回していると、詩織がベンチの後ろの植え込みからひょこっと顔を出して、俺はほっと息を吐き出した。


「そんなとこで何してんの?」

「ん?えっとね…ちょ、ちょっとこう芝生で寝転びたかったっていうか!」


詩織は俺からサッと顔を背けると、植え込みの向こうの芝生にゴロンと横になってしまう。

俺はそんな詩織に倣って隣に腰を落ち着けてから、ジュースを一旦置いて寝転がる。


「ね?ちょっと気持ちよくない?」

「んー、確かに。人の騒ぎ声とかあんま聞こえねーし、快適かも。」


俺はお昼過ぎという時間と朝から働いた疲れもあって、目がウトウトと落ちてくる。


「だよね!前々からこういうことしてみたかったんだ。思ってたより快適で嬉しいなぁ~。」


詩織が嬉しそうに話す声も心地良くて、俺はふーっと意識が遠くなった。

そしてその後は詩織が話すことに相槌を打ちながら、次第に眠りに落ちていったのだった。





***




耳に微かに人の騒ぐ声と、風の音が入ってくる。

俺は閉じていた瞼をゆっくり開けると、文化祭中だったという現状を思い出して飛び起きた。


「やっべ!!休憩時間!!」


俺が焦って周りに目を走らせると、すぐ横に詩織が俺にくっつくようにして寝ていてビックリした。

詩織の寝顔のすぐ横には俺のデジカメが落ちていて、俺は詩織の寝顔をじっと見てから写真に収めようとデジカメを手に取った。

すると表示されてる枚数が増えてることに気づいて、俺は詩織の寝顔を撮る前にデータを確認した。


中には俺が撮っていた詩織の写真以外に俺の写真が入っていて驚いた。

最初は俺の後ろ姿…たぶんこれは俺がジュースを買いに行ったときのものだ。

そして帰ってきたときに何か考え込んでる俺の顔と、詩織がいなくて焦ってる俺の顔。


これ…ここで隠れて撮ってたのか…


俺は詩織がここにいた理由を理解して、寝てる詩織をチラ見した。

それからまだ画像はあるようだったので、続きを確認すると俺の寝顔が何枚も入ってることにビビる。


うっわ!恥ずかし!!

詩織、こんなのまで撮ってる!!


俺は消したくなりながら、早押しで画像を次々と確認していく。

そして最後に入っていたのは今までものとは違い動画で、俺はそんな機能まで使いこなしている詩織に感心した。


機械系に強いのかな…?


俺はどんな動画なのか気になって再生ボタンを押す。

すると周りの騒ぎ声の中、俺の寝顔が映し出されて詩織の声が聞こえ始める。


『すごく気持ちよさそうに寝てますね~。寝顔が可愛いなぁ~…。』


何これ…実況??


俺はぶふっと笑いかけて口元を押さえると、俺の寝顔から一瞬詩織の顔が映って周りの景色に映像が移り変わった。


『今は文化祭の休憩中。時刻はえーっとたぶん一時半ぐらいです!みんなすごく楽しそうです。私も楽しいです!』


詩織…実況下手だな…


映像はまた詩織の顔を一瞬移してから俺の寝顔に移り変わる。

そのとき俺が寝返りをうって、横を向いたのが移りカメラが俺をどんどんドアップしていく。


ちょいちょい!!これは恥ずい!!


『ふふっ!全然起きないから、悪戯してみます。』


悪戯!?


俺は詩織の実況に驚いて画面を食い入るように見ていると、画面が何故か俺の首元を移したまま静止して、一瞬荒れたときに詩織の口元が俺の頬に当たってるのが映りこんでいた。


『悪戯終了。これ、写ってないよね?また、隙があれば撮影します。井坂君、おやすみなさ~い。』


俺がそれをぽかんと見つめていると、最後に笑顔の詩織が映って映像が終わった。


え…、今のって…ほっぺチュー…


俺は詩織の可愛い悪戯と面白実況に耳まで熱を持ち始めて、照れてしまう。

詩織はというと、爆睡していて俺がこの動画を見たことすら気づいていない。


なんだこれ…すっげ、可愛いんだけど…


俺は胸がギューッと締め付けられるように苦しくなって、詩織の愛おしさをひしひしと感じた。

もう好き過ぎて、自分の気持ちが暴走しそうだ。


俺はとりあえず気分を入れ替えるために仕返しすることを決めて、詩織の寝顔を撮った。


そして動画撮影モードに切り替えると、詩織と同じアングルで詩織の寝顔の撮影を始めたのだった。



「今は午後二時過ぎ。詩織は休憩時間も終わってるのに気付かず、気持ちよさそうに爆睡中です―――――」



この独り芝居、意外と恥ずかしいな…



俺は撮影を始めてから少し後悔した。






バカップルのやり取りが書きたかっただけです。

次回、視点を9組に戻し文化祭対策会議です!

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