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理系女子の恋  作者: 流音
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162、推薦入試


入試当日の朝―――


私は頭がスッキリと冴え渡った状態で目が覚め、幸先が良さそうだと気分が持ち上がった。

昨日の別れ際、井坂君に「頑張れ。」と励まされたのが効いているのかもしれない。


私は小さく「よし。」と呟くと、待ち合わせの時間に遅れないようにサッサと準備を始めた。


そして家を出るときお母さんやお父さんが心配して「やっぱりついて行こうか?」と言ったけど、私は「交通費がもったいないよ。」と断った。

大輝なんか「友達一緒なんだし大丈夫だろ。」と眠そうな目で言っていて、私は投げやりな言い方に少しイラッとした。

でも、いつもはこんな早い時間に起きてない大輝が起きてるだけで、私の入試を気にしてくれてるんだと感じたので黙っておいた。


それからは玄関から出て見送ってくれる家族の姿を背に、「行ってきます。」と歩き慣れた道を駅に向かって進んだ。

時間も早いので住宅街はシンと静まり返っていて、少し寂しい気持ちになってくる。


試験の緊張と相まって心臓が変にドキドキし始めて、駅に近付くごとに不安が大きくなってくる。


大丈夫、大丈夫…


私は落ち着けと自分に言い聞かせてなんとか駅までやってくると、赤井君がもう待っていて、私は焦って駆け寄った。


「おはよう!赤井君!!待たせちゃった?」

「おはよ。いんや、全然待ってねーよ。なんか緊張して寝れなかったのもあって、早く来ただけだからさ。」

「そうなんだ。」


私は待たせてなかったことにほっとしながらも、赤井君も私と同じで緊張してるんだと思うと気持ちが落ち着いた。


「んじゃ、行くか。」


赤井君がサッサと改札に向かって行くのを追いかけて、私は井坂君とは歩幅が違うと足を早めたのだった。





***






電車から新幹線に乗り換えた車内で、私も赤井君もそこまで会話することもなく、最後の追い込みとばかりに参考書、単語帳を開いてそれぞれ勉強にふけった。

私は英語が心配なので、英単語や文法を中心に…


そうして没頭しているとあっという間に降りる駅に到着して、私は赤井君と一緒に駅に降り立った。

乗り換えがあるため在来線のホームへ向かって足を進める。


私は地元とは違った人の多さにキョロキョロとあちこちに目を向けながら、赤井君に離れないように注意した。

駅の構内は通勤ラッシュなのか、地元の駅では考えられないぐらいの人がそれぞれ目的の方向へ向かって急いでいる。

中には私たちと同い年ぐらいの制服姿の学生もいて、私はあゆちゃんやタカさんの姿を思い浮かべた。


もう皆学校にいるのかな…

いるよね…

きっと文化祭の話で盛り上がって、私や赤井君がいなくてもいつも通りなんだろうなぁ…


私は元気いっぱい皆をまとめているだろうあゆちゃんを思い浮かべて笑ってしまう。

すると、今度は仲良さそうに腕を組んで歩く大学生のカップル(だろうか?)が目に入って、私はその二人を食い入るように見つめてしまった。


私も…半年後にはあぁなっていたいな…


私は井坂君とこの駅を並んで歩く姿を妄想して、頬が熱くなってくる。


ダメダメ!!まずは今日の試験を頑張ってから!!


私は試験のことが吹っ飛んでる自分を戒めるようにギュッと目を瞑ってから開けて気分を入れ替えると、前を歩いていた赤井君に腕を掴まれた。


「フラフラしてるとはぐれるよ。珍しいのは分かるけどキョロキョロしないで、俺にちゃんとついてきて。」

「あ、ごめん。歩いてる人見てたら妄想止まらなくって…。」


私は教室にいるときとは違いしっかりしてる赤井君を見て、照れながら謝った。

すると赤井君が飽きれた様に笑ってから言う。


「妄想って…。谷地さんも大概井坂っぽいよなぁ…。」

「え。井坂君っぽいってどういう意味?」


「そのまんまだよ。井坂もよく妄想してるから、似てるなーと思って。」

「え!?井坂君が!?」


私は井坂君がどんな妄想をするのか気になって、足を早めると赤井君に並んだ。

赤井君は思い出し笑いしながら、楽しそうに話してくれる。


「うん。あいつ、妄想ばっかだぜ?顔見てたら一発で分かるから。」

「そうなんだ。どんな顔してたら妄想してるときなの?」

「そーだなー…。空中見つめてニヤけてるときとか…、あとは机にうつ伏せになってるときとかかな?まぁ、大概谷地さん絡みの妄想だけど。」


「私!?」


私は自分絡みと聞いてビックリした。

赤井君は楽しそうに笑いながら続ける。


「当たり前じゃん。あいつが谷地さん以外で妄想することの方が珍しいから。夏休みだって、谷地さんと会ってない間ずっと俺ん家でニヤけてたしな~。あいつは、ホント単純バカだからさ。」


私は井坂君にそこまで想われてると聞いて照れながらも、何でも分かり合える親友の二人が羨ましかった。

私の知らない井坂君を知ってるのはいつも赤井君。


男同士で話も弾むのかもしれないけど、井坂君は私に言えない事でも赤井君には話してたりする。

それが彼女としてはちょっとジェラシーだ。


そうして井坂君の話を聞きながら、私と赤井君は在来線に乗り換え、試験会場である桐來教育大へと向かったのだった。





***





電車に揺られて30分。


私と赤井君は桐來教育大の最寄り駅に降り立ち、同じような受験生だろう高校生と一緒に駅下りてすぐの大学に足を踏み入れた。


そして受付を二人で済ませると、同じ教室で試験だったので二人で一緒に大学の講義を受けるだろう部屋へやって来た。

部屋は高校とは違ってひな壇のように机が後ろに行くごとに高くなっていて、私は珍しい教室の机に面食らう。

それは赤井君もなのか、私の腕を掴むと「大丈夫、大丈夫。」と自分に言い聞かせるように中に入って行く。

私は赤井君の手が少し湿ってるのに気付いて、赤井君でも緊張するんだと私は緊張がとれてしまう。



そうして二人で部屋の中の段差を上りながら、自分の受験番号の席を探していると、ぼそっと横で声が聞こえて振り返った。


「彼氏と一緒に入試とか…。ここのレベル分かってんの…。」


嫌味に聞こえるその声を聞いて、私が足を止めると赤井君も振り返ってきて、私と嫌味を言ったであろう黒髪ショートボブでメガネの女子を見た。

私は彼氏じゃないと訂正すべきだろうかと思って悶々としていたら、赤井君が何かに気づいたのか声の音量を上げて話しかけてきた。


「谷地さん。井坂の奴、きっと同じとこ受けたかったって、今頃学校で喚いてるんじゃねぇ?」

「え…。井坂君が?まさか。むしろ西皇の試験が早く来ないかなーとか思ってるんじゃないかな?」

「んなことねーよ。彼女と同じとこ行きたいって思うのは自然のことだし。俺だって小波と今でも一緒がいいなーって思ってるぐらいなんだからさ。」


赤井君が『彼女』とか『小波』のところだけ強く言ったのを聞いて、これは誤解を解くための会話なんだと理解した。

だから、私も赤井君に合わせる。


「やっぱりあゆちゃんと一緒がいいんだね。赤井君。」

「そりゃそうだよ。今いるのが谷地さんじゃなくて小波なら俺のやる気5割増しだな!」

「あははっ!すごいね!私も赤井君じゃなくて井坂君だったら5割増しかも。」

「だろ!?」


私と赤井君は反応のない女子を盗み見ながら、段差をタンタンと上がる。

そうしてもう聞こえないだろうという所まできてから、ふっと安堵の息を漏らした。

それは赤井君もだったのか面倒臭そうにぼやく。


「いるんだな~…。あーいう頭でっかちに生きてきた奴。あれ、ぜってー嫉妬だろ?」

「……うん…。あの会話から、少しでもちゃんと目標持ってここに来たって分かってくれたらいいんだけど…。」

「そこまであの会話から理解求めるのは無理だろ?とりあえずカップルでチャラチャラと試験に来たんじゃないってことだけ分かってもらえれば上々なんじゃねぇ?」


「……そうだね。」


私はこんなところであからさまな嫌味を言われるとは思わなかったので、色んな考えの人がいるんだな…とさっきの女子の後ろ姿を見つめた。

赤井君は「また試験後に。」と言うと自分の席を探しに更に上へ行ってしまい、私は自分と近い番号の席を見つけて辿っていく。


そして中央より左側の席に自分の受験番号と同じ机を見つけると、そこへ腰を落ち着けた。

大学の講義室は視界がすごく広くて、目の前の人の頭が邪魔にならないように黒板が見える。

来年にはここで授業を受ける事になるのか…と受かってもいないのに夢を馳せてしまい、私はまだ時間もあったので単語帳を取り出して本当の最後の追い込みに入ることにしたのだった。




***




指定科目だった英語、数学、国語の試験は、集中している間にあっという間に終わり、私は自分の力を出し切ったと次の面接に向けて気持ちを切り替えていた。

面接は集団面接なので6人ぐらいが一斉に呼ばれる。


落ち着け…

練習はしてきたんだから大丈夫…


私はなんとか平常心を取り戻そうと鞄の中を漁って、気分転換になるものはないかと探した。

するとケータイがピカピカと光っているのが目に入ってきて、私はそれを手に取って確認した。

メールが二件届いていて、一件はあゆちゃんから…そして、もう一件は井坂君からだった。


私は反射で井坂君のメールを最初に開いて確認する。


『そろそろ試験終わった?

こっちは昼休みで北野と島田がバカみたいにテンション高く騒いでるよ。

あ、あと小波が赤井がいないせいか元気ないよ。

まぁ…俺も似たようなもんだけど…


午後から面接だよな?

詩織なら大丈夫だから、気負わずに頑張れ。

じゃ、また帰るときに連絡してくれよな。』


井坂君…


私は寂しがってる井坂君から強がりの励ましメールに笑みが漏れた。

『頑張れ』の文字が輝いて見えて胸がキュンとする。


井坂君はいつも私を応援してくれる

私はその気持ちが嬉しくて、今すぐ井坂君に会いたくなってしまう

ダメダメと自分に言い聞かせると、私は心の中で井坂君へ向けて呟いた。


ありがとう

面接、頑張るよ


そして、もう一件のあゆちゃんのメールを開く。


『詩織!!試験、ファイトー!!

こっちは女子全員で応援してるからねー!!

まぁ、タカちゃんは冷静にしおりんなら大丈夫でしょ。とか言ってるけど!


あ、赤井の様子どうだったか帰ってきたら教えてね。』


私はあゆちゃんらしい明るいメールにふっと息が漏れて笑ってしまう。

さっきの井坂君のメールにもあった元気のなさなんて微塵も感じさせない内容だ。


あゆちゃん、やっぱり笑顔の裏に本音隠しちゃうんだよね…


私は面接が終わったら真っ先にあゆちゃんに赤井君のことをメールしようと決めて、ケータイを鞄にしまった。

そのときちょうど私の受験番号が呼ばれて、二人からのメールの効果もあってか、私はさっきよりも落ち着いて面接教室へ足を向ける事ができたのだった。





***





「あー!終わったぁ~~!!」


面接を終えた私達は、桐來大を出たところで安堵の笑みを漏らした。

周りには同じように受験していた人達がいて、こんなに受けていたことに内心驚く。

その中に例のボソッと悪態をついていた黒髪ショートボブ女子もいて、私はなんとなくその人に目を向けてしまう。


一人で来てたんだ…


私はまっすぐに前を見据えてシャキシャキと歩く彼女の姿から、あの言葉は寂しさの裏返しだったのかもしれないと思った。

緊張でドキドキしながらも、必死に前を向いていたところに、呑気な顔して仲良く男子と席を探してる女子がいたら、文句の一つも言いたくなるだろう。

私は赤井君がいたから自分は心強かっただけだと試験の終わった今、やっと理解して、私は大きく伸びをしている赤井君に一声かけてから彼女に近寄った。


「あの…。」


私が声をかけると、真面目そうなキリッとした目が私に向いた。


「はい。何か?」


今朝のことはスッパリと忘れているのか、彼女は私を見てとぼけた顔をした。

私はその顔に気にしてるのは自分だけかと思ったけど、一応謝ろうと頭を軽く下げる。


「あの、今朝…試験始まる前は気に触ることをしてしまったようで、すみませんでした。」

「―――――――あぁ。あのときの…。」


彼女はしばらく何のことだと考えたあと、思い出したのか私に向き直って足を止めた。


「私こそ…、ピリピリしてたからってあんなこと…。不愉快でしたよね?だから、声をかけてこられたんですよね?」

「え!?あ、の…そういうわけじゃ…。いや、確かにそうかもしれないですけど…もう気にしてないっていうか…。私も不愉快な思いをさせてしまったかも…と思って…。」


私は声をかけてしまったことで謝罪を強要した気分になり、しどろもどろで言い訳を口にした。

彼女は焦ってる私をじっと見つめていたけど、ふっと表情を緩ませると少し心を開いてくれたのか口調がフレンドリーになる。


「それでわざわざ声をかけるとか…あなた、変わってるね。」

「え!?…そ、そうかな…?私はただ単に自分が悪者になりたくないって…自己中なだけのような…。」

「それでも、私は声をかけてもらえてちょっとスッキリしてる。彼氏と一緒に来てる浮ついた人だなんて誤解して、ごめんなさい。」


彼女はゆっくりと頭を下げてきて、私は結果謝らせてしまったと焦って首を振った。


「もう謝らないで?声をかけたのは、本当に私の気まぐれみたいなものだから…。」

「ふふっ…。やっぱり、あなたって変わってる。」


彼女にまた『変わってる』と言われて、私は褒め言葉なのか分からなくて笑みを返す。

すると「谷地さん!!」と道の先まで行っていた赤井君が私を呼んで、私は「すぐ行く!」と返して彼女に目を戻した。


「あの…それじゃ…。私、新幹線の時間があって…。」

「え、新幹線ってそんな遠くから?」

「うん。新幹線で一時間ぐらいなんだけどね…。」


彼女は目を丸くさせると、驚いたように口にした。


「そうなんだ。私、ここが地元だから…。気を付けて帰ってね。」

「うん。ありがとう。…それじゃ、また。」

「うん。またね。」


私は話してみると仲良くなれそうだった彼女と別れるのが少し名残惜しくて、遠慮がちに手を振って背を向けた。


また合格して、この大学で会えるといいな…


私は最後に大学の校舎に目を向けると、春にここを訪れている自分を想像したのだった。












赤井と詩織だけの話は書いていて新鮮でした。

次は詩織と赤井のいない学校側の視点です。

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