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理系女子の恋  作者: 流音
17/246

16、諦める


夏祭りの日の八時ごろ――――


私が自分の部屋で嫌々勉強をしていると、扉がノックされてお母さんに連れられたタカさんが姿を見せた。


「タカさん!?」

「詩織、少しだけですからね。」


お母さんはそれだけ言うと、タカさんを部屋の中へ促して扉を閉めた。

タカさんは夏祭りに行った帰りだったのか、手に水風船や星の形の飴を持っていた。


「しおりん。どうして夏祭り来なかったの?」

「ごめん…。テストの結果が悪くて、外出禁止になっちゃって…。」


私は正直に話すと、机の椅子から移動して彼女の前に腰を下ろした。

タカさんは私に「お土産。」と言って、星の形の飴と水風船を一つくれた。

私はそれを受け取ると、行きたかった気持ちが顔を出しそうで笑顔で隠した。


「ありがとう…。」

「しおりん。…井坂君ね、しおりんの事…待ってたんだよ。」

「え…っ!?」


タカさんの言葉に私は心臓がビクッと跳ねた。

タカさんはふっと息を吐くと説明してくれた。


「クラスのみんなが集まって、しおりんだけ来ないから先に回ろうってなったとき、井坂君だけがしおりんを待つって、鳥居の所で待ってくれてたんだよ。」

「うそ…。」


私は井坂君が待ってくれてる姿を想像して、目の奥が熱くなってきた。


「私もあんな井坂君見たの初めてで、信じられなかったけど…。本当の話だよ。でも、しおりん…結局来なくて…井坂君は同中の子に捕まってお祭り回ったみたいだった。」

「……っ…!…っ。」


私は井坂君を想うと目から涙が溢れてきて、止まらなくて手で目を擦った。

約束…守ってくれたのに…なんて事をしてしまったんだろう…

私は自分が一番大事にしなきゃいけないものを、自分で断ち切ってしまった事を後悔した。


「しおりん。テストの点が下がった事って…最近、井坂君と話してない事と関係あるの?」


タカさんがまっすぐ私を見て尋ねてきて、私はタカさんに打ち明けてみようか、と鼻をすすった。

手で涙を拭ってから、一息ついて口を開く。


「…普通クラスの山地詩織さんって子に…井坂君と二人っきりになったら、悪い噂を流すって脅されてて…。私…井坂君に嫌われたくなくて…、ずっと距離を空けるようにしてたんだ。でも、それを井坂君に違う意味で誤解されちゃって…もう…どうすればいいのか…。」


「…やっぱり…。」


タカさんがこうなることを分かってたように言って、私はタカさんを見つめて次の言葉を待った。

タカさんは少し顔をしかめると言いづらそうに口を開いた。


「…私、ずっとしおりんに井坂君はやめてって言ったじゃない?…それなんだけど…実はその理由が…山地さんの事なんだよね…。」

「……どういうこと…?」


私はタカさんに身を乗り出すと、耳を傾ける。

タカさんはいつかのときのように手を握りしめると、眉間の皺が深くなった。


「中学のとき…私、井筒真美って子と仲が良かったんだけど…。その真美が井坂君の事が好きだったんだ。それで…中三のとき、同じクラスで席も前後になって、井坂君と真美はすごく仲良くなった。気も合うみたいで、よく休み時間も盛り上がってた。でも…あるときから、真美が井坂君と話すのを怖がるようになったんだ。」


タカさんはみるみる泣きそうな顔になると、涙を堪えているのか目を閉じた。


「…その原因が…山地さんに脅されてたって事だったんだ。しおりんと同じように…。」


私はトイレでの山地さんを思い出して、鳥肌が立った。

タカさんはゆっくり目を開けると、視線を下げたまま続けた。


「西中だったら誰でも知ってるんだけど、井坂君って中学一年のとき山地さんの事…好きだったみたい。」

「え…?」


井坂君が…山地さんを…?

私は仲の良い二人を思い出して、胸が痛くなってきた。


「当時、すごく噂になったから。でも、そのときは山地さんがバッサリと振った事で落ち着いたんだけどね。井坂君…中学一年のとき背も低くて、子供みたいだったし…理想の高い山地さん的にはなかったんだと思う。…でも、中二の終わりぐらいから、背の伸びた井坂君がモテだして…、山地さんの態度が一変したんだ。」


タカさんは「よくある話だよ」と言って苦笑すると、表情を曇らせた。


「逃がした魚は大きかった。山地さんは好かれていたっていう自信があるから、井坂君に近付く女の子を片っ端から邪魔するようになった。時にはクラスの男子を使ったり、悪い噂を流すことで…。真美もその犠牲者だった。」


タカさんは苦しそうに顔を歪ませると、床に手をついて俯いた。


「真美は…山地さんたちからのイジメに耐えられなくなって、どんどん憔悴しきって…最終的に…転校しちゃった…。」


掠れた声で言ったタカさんの手に、滴がポタッと落ちるのが見えた。

私はタカさんが泣いてると分かって、息を飲み込む。


「私は今でも真美を守ってあげられなかったこと…後悔してる…。だから、しおりんには…同じ目にあってほしくなかった…。井坂君はやめてほしかったのもそういう理由なんだ…。」

「…タカさん…。」


私はタカさんの心配してくれていた理由が分かって、どう答えようか悩んだ。

このまま…諦めた方が…タカさんを安心させられるんだよね…

約束を破った私のことなんか、井坂君だって許してくれないだろうし…

私はズキズキと痛む胸を押さえて、タカさんを見据えた。


「タカさん。私…井坂君のことは…諦めるよ。山地さんにも…月曜日に…言いに行ってくる。」

「しおりん…。」


私は元々恋なんてしないって誓ってた事を思い出して、気持ちを強く持った。

井坂君と出会って、少し前向きに変われただけで充分だ。

彼女になりたいとか思ってたわけでもないし、私が欲を出さなければいいだけなんだ。


私はタカさんを安心させるように笑顔を作った。


「大丈夫。クラスメイトなのには変わらないんだから、タカさんは気にしないで。」

「………うん。…分かった。」


タカさんは何か考え込んでいるようで、いつもの毅然としたタカさんには戻らなかったけど、私は自分がずっと笑顔でいれば、またタカさんの元気も戻ると思った。





***





そして、土日を挟んで月曜日。

あと三日で夏休みに突入するという日――――


私は登校してすぐ、靴箱で山地さんを待ち伏せて彼女に声をかけた。


「あの…少し話いいかな?できれば…この間の人達も一緒に。」


山地さんは目を細めて私を見ると、「いいよ。」と言って応じてくれた。

私は断られることも想像していたので、まず第一関門突破にホッとした。



そして山地さんがこの間の人たちも集めてくれて、人目の少ない校舎裏に足を運んだ。

私は今も敵意むき出しのメンバーを見据えると、勇気を振り絞る。


「あの…私、井坂君の事は好きじゃないから…。もう、何もしないでくれるかな?」


山地さんたちは明らかに驚いたように顔を見合わせ始めた。

私は信じてくれるか賭けだったけど、何とかしようと対策は立てていた。


「それって諦めるって事だよね?証拠は?」


山地さんからくると思っていた問いに、私はこの間の事を話した。


「…この間の夏祭り…井坂君と約束してたけど、行かなかったんだ。それで…分かるよね。」

「あぁ…あのとき…。拓海君が言ってたのって本当だったんだ?」


井坂君が言っていたと聞いて、胸が痛んだ。

彼が待っていてくれた姿を思うだけで、今も目の奥が熱くなってくる。

山地さんは安心したように笑うと、周りの女子に振り返って言った。


「それを聞いて安心したわ。二人で回れる約束すっぽかすなんて、拓海君だってもう構ったりしないでしょ。」

「だよね。待たす女とか最低だし。」


私は彼女たちから非難されて、今にも涙が出そうで唇を噛みしめて耐えた。

それだけのことをしたんだ…言われて当然だよ…

私は一度目を瞑ると、鼻から息を吸って気持ちを落ち着けた。


「分かってもらえたなら…、もう私に用はないよね。そういう事だから。」


私はこれで彼女たちに怯える事もないと、教室へ足を向けた。


「ねぇ!!今は納得したけど、また怪しい動きしたら…分からないからね?」

「……そんな事、しないよ。」


山地さんの鋭い凶器のような言葉に、一瞬心臓を一突きにされた気分だったけど、何とか言い返した。

そして背後で安心したように騒ぐ彼女たちの声を聞きながら、私は泣きたくなるのを必死に堪えた。




***




そして教室に入ると、私はあゆちゃんたちに取り囲まれた。


「詩織!!何で夏祭り来なかったの!?」

「そーだよ!皆、来てたのにさ。谷地さんだけ不参加とかあり得ねぇよ!!」


「ご…ごめん。テストの成績が悪くて…お母さんに外出禁止にされてたんだ…。行きたかったんだけど…夏期講習に行かせるわよって脅されちゃって…。」


私はなるべく明るく言い訳を口にした。

あゆちゃんと赤井君は「それなら仕方ないか~。」と言ってしょぼんとしてしまった。

私は何とか笑顔にさせたくて、思いついた事を口にした。


「夏休みはいっぱい遊べると思うんだ。お母さんの指示通りに部屋で勉強してたから。だから、花火大会とか一緒に行こう?」

「…う~ん。そう言う事なら、いっか!今度こそ、参加だからね!!」

「うん。分かった。」


私はあゆちゃんの笑顔を見れてホッとした。

あゆちゃんと赤井君は夏休みの予定を立てるのか、並んで自分の席に戻っていって、その背を見ていると井坂君と目が合った。

私は不自然にならない程度に逸らすと、何度か呼吸してから自分の席に向かって鞄を下ろした。

井坂君の視線が自分に向いてるのが分かる。

それが居た堪れなくて、私は鞄だけ置くとタカさんの席に足を向けた。


これでいいんだ…


私は約束を破ってごめんと謝りたかったけど、それを言うと行きたかったという本音まで出てしまいそうで、今は逃げるしかできなかった。



そして、その日は井坂君と話さないように努めながら、日直の仕事をして一日を終えた。

職員室に日誌を出してから教室に戻ると、掃除も終わった後のようで誰も教室には残ってなかった。

私は自分の席に鞄を取りに戻ると、隣の井坂君の机を見下ろして胸が苦しくなってきて、顔をしかめた。


ひどい女だって…思ってるよね…

絶対…嫌われたに決まってる…


約束をすっぽかして謝りもしない女なんて、私だったら御免だ。


あと二日で夏休みに入る…

井坂君に会えない夏休みが始まるんだ…

私はそう考えると、今の内に謝った方が良いのではという思いが湧き上がった。


でも、私は諦めると宣言したものの下心が残っていて、元に戻りたいという欲が顔を出す。


そこで私は何を思ったのか、教室に誰もいないのを確認すると、井坂君の席に腰を下ろした。


ただ座ってるだけなのに、こんなにドキドキする。

諦めるなんて…口ばっかりだ…

私は井坂君の机に突っ伏すと、目の奥が熱くなってきて目尻がじわと濡れてきた。



好き…


まだ…井坂君のことがこんなに好き…



私は胸が苦しくてギュッと眉間に力を入れた。


するとそのときガタッと入り口で音がして、私は咄嗟に顔を上げた。



そこには井坂君が鞄を持った状態で私を見ていて、私は見られた事に体が硬直したのだった。









タカさんの過去が明らかになりました。

この話では彼女がキーパーソンです。

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