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理系女子の恋  作者: 流音
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160、俺の道、あいつの道

井坂視点です。


俺は小波を追いかけて行った詩織が心配で部屋を出ると、玄関で小波が新木と固まって泣いているのと、詩織が悲しそうな顔で何か堪えてる姿を目にした。


俺はそれを見て自分の出る幕じゃない…と察すると、足音を立てないように赤井の部屋に戻った。

戻ると赤井がムスッとしながら、俺から顔を背ける。

北野と島田は黙ったままどうしたらいいのかと困惑しているようだった。


良くも悪くも赤井は俺たちのムードメーカーであり、グループを仕切るリーダーみたいなもんだ。

そいつが不機嫌そうにしていると、途端に部屋の空気が悪くなる。


俺はとりあえず一番赤井と付き合いが長い立場ではあるので、ズバッと赤井に切り込んだ。


「お前、小波と別れたいわけ?」


赤井はビックリしたように俺に顔を向けると「ちげーよっ!!」と怒鳴る。

俺は急な大声に耳がキーンとなりながら、どうしたいのか尋ねる。


「じゃあ、なんで推薦入試のこと言わなかったんだよ?小波の性格なら怒るの目に見えてるだろーに。」

「あいつだって、ずーっと長い間、自分が地元の大学受けるって言わなかったんだぞ!?これぐらいの意地悪許されるだろ!?」

「は?小波は地元に残るのか?」

「そーだよ!!あいつ、ついこの前までは関西の大学探してるとかこっちに期待持たせてやがったクセに…。急に地元の大学受けるとか意味分かんねーよ!!勝手にしろはこっちのセリフだよ!!なんで言わなかったことぐらいで怒られなきゃなんねーんだよ!!」


俺は赤井と小波の進路の話には首を突っ込んでこなかったので、まさかこんなにこじれてるとは思いもしなかった。


赤井は昔から桐來と言い続けていた。

なんでも父親が昔行けなかったという話を聞いて、自分が行くと決めたそうだ。

どういった話なのか詳しくは知らないが、赤井がここまで一途に桐來と言うほどだ。

胸の熱くなる話があるんだろう。


その桐來を受験する赤井の傍にいたくて、小波も最初は関西の大学と言ったんだろうが…

きっと小波にも事情があるんだろう。

関西の大学を受験できない何か大きな理由が。


それが解消されない限り、この二人のケンカは収まらない気がする。


「赤井、大学の話。ちゃんと真面目に小波と話せよ。」

「そうだぞ。俺もマイと話したから、丸く収まってるわけだからさー。」


横から北野も助け舟を出してきて、赤井が渋い顔ながらもこっちを向いた。


「どうせお前らの事だから、おちゃらけて上辺の話しかしてないんだろ?ちゃんと自分が桐來に行きたい理由、あと小波が関西に行けない理由。ちゃんと話合おう。でないと、お前だって推薦に集中できないだろ?」


赤井はここでやっと「まぁ…な。」と呟いて、俺は赤井に近付くと背中をバシッと叩いた。


「今すぐ行け。赤井。」

「………わーったよ!!」


赤井はガシガシと頭を掻きむしると、ベッドから立ち上がってドアに向かった。

そして出ようとしたところで、勝手にドアが開いて廊下に少し目の赤い小波と新木に、ギュッと手を握りしめてる詩織が見えた。


「小波…。」


赤井が戻ってきた小波に驚いて何歩か後ずさると、小波はいつものように胸を張って高い声で言った。


「赤井!!私は、妹と年が離れてて、両親も共働きだから…。公立の大学しか行けないの!!関西の大学になると私立になるし、一人暮らしになる。そんなにお金のかかること、私は両親に言えない!!赤井の傍を離れるのは嫌だけど、そんな理由で家族に無理させるのはもっと嫌なの!!ごめんっ!!」


さっきと打って変わって謝ってくる小波に俺たちは面食らった。

すると、その理由を解くように詩織が「赤井君の声…聞こえてたんだ。」と苦笑して説明してくれた。

これには赤井も話さざるを得ない気持ちになったようで、大きく息を吸いこむと赤井が小波から目を逸らしながら口を開いた。


「俺は…母さんを支えるために桐來を受験するのを諦めた親父に変わって、どうしても桐來に行って教師になりたいんだ。親父の夢って言ったら…大げさだけど…。俺は、親父が行きたかったっていう桐來を諦めることは絶対にしたくない。たとえ、小波と離れることになったとしても。」


ここで小波は「うん。」と頷くと、手の甲で目を擦り始める。

すると赤井がじっと小波を見つめて、らしくないことを口にした。


「俺、小波が関西来ないって笑いながら言ったとき、すげームカついた。離れるのが笑って言えるほど簡単で、割り切ってしまえるものだったのかって…。寂しく感じたのは俺だけかって思ったら、そうかって…笑って返すしかできなかった。」


俺はヘラヘラしてる赤井の顔の裏を覗いた気分で、長年一緒にいるけど初めて見る赤井だった。

周りのメンバーも同じ衝撃を受けているのか、皆黙って赤井を見つめている。


「俺は離れるの寂しいんだよ。だから、ちょこっとぐらい意地悪して、気引いたっていいだろ!?彼氏なんだからさ!!大体、今まで何も理由話さなかったお前も悪いんだからな!!」


…………


「………ぎゃ、逆ギレ?」


小波がぼそっと言った言葉に、周りから小さな笑い声が漏れる。

俺も途中までは良い事言ってると思っただけに、最後の発言には呆れ返ってしまった。


赤井らしいっちゃ、赤井らしいな…


俺は割と素直に言った方じゃないだろうかと赤井の背をポンと押した。

すると、赤井が「お前はどーなんだよ!?」と怒ったように尋ねた。


小波はさっきまでの悲しそうな顔とは変わって、いつものような笑顔を浮かべると赤井に抱き付いた。


「私も一緒。寂しいから、地元に残るってなかなか言えなかったんだよ。赤井、大好きっ!!」


お~!!


俺は拍手し始める北野や島田に混じって、同じように手を叩いた。

すると我に返った赤井が「ストップ!!離れろっ!!」と小波を引きはがしてしまった。

小波はそれが不服だったようで「いいじゃんっ!」と言いながらまたくっつこうとし出して、赤井が部屋の中を逃げ回り始める。


それが笑いを誘って部屋の中が笑い声でいっぱいになる。


俺は詩織も笑顔になっているのを見て、ほっと安心していたら、急にポケットに入っていたケータイが揺れて、俺は誰から確認して首を傾げた。

見たこともない番号だったけど、この近所のナンバーが表示されていたからだ。


とりあえず出てみるかと詩織の横を通って部屋を出ると、扉を閉めてから通話ボタンを押した。


「はい、もしもし?」

『お、井坂か?俺だ。担任の藤浪だけどな。』

「へ?先生、なんで俺の番号知ってるんすか?」


俺は藤ちゃんに教えたりしてなかったので、そこが気になって尋ねた。


『あー、お前の家にかけたら留守だってお姉さんが教えてくれてな。ご丁寧にケータイ番号を教えてくれたんだよ。』

「そういうことですか。ビックリしましたよ。近所の番号だったんで。」

『ははは。これ学校の電話だからな。もしものときのために登録しとけーってそんな話じゃないんだよ。急ぎの連絡があって電話したんだ。』

「急ぎ?」


藤ちゃんは少し焦っているのか、『落ち着いて聞けよ。』なんて言いながら自分が少し興奮してるようで、声から緊張が伝わってくる。


『あのな、前に言ってた小木曽教授の話なんだけどな。東聖に異動になるのが確定みたいだ。』

「え――――」


俺はもしもの話が現実になったことに、一瞬頭が真っ白になった。


―――――東聖って……うそだろ…?


『俺も信じられなかったんだが、確かな情報かと思って東聖に直に電話したんだ。最初はまだ未発表だからと渋られたんだが、お前の…こういう生徒がいるって話をしたら、お前に伝えるだけにしてくれって条件付で教えてもらった。小木曽教授はこの冬から、東聖に移るらしい。これは確かな話だ。』

「確かって…なんで、今になって…。」


『お前も…すぐには整理できないだろうと思ってな…。分かってすぐ電話したんだ。だから、今すぐ進路を決めろとは言わない。だけど、夏休み明けたら、ちゃんと返事してくれよ?』


返事って…


俺はズルズルと壁を背にその場にへたり込むと、頭を掻きむしって、決まりきってる返事を口にした。


「俺…小木曽教授に教わりたくて…、今まで色んな化学関係の本…読み漁ってきたんです…。」

『あぁ…。言ってたな。』


詩織…


「本当に小さい頃から…。こんな不思議なことを見つけられる人の所で学びたいって…。」

『そうか…。』


離れるのはイヤだ…

悲しませるのは…もっとイヤだ…


「俺の目標は…その人しかいないんです…。」


でも、ごめん…


俺は胸が痛くなりながら、ハッキリと口に出した。


「東聖を…受けます。」


藤ちゃんは『そう言うだろうと思ってたよ。』と言って、少し言いにくそうに次の言葉を繋いだ。


『…お前も色々あるだろうが…、進路はそれぞれの未来だ。あまり思い詰めるなよ。』

「…はい。電話、ありがとうございました。」

『あぁ。じゃあ、また夏休み明けにな。』


俺は電話を切ると、はーっと大きくため息をついてそのまま項垂れた。


藤ちゃんは俺と詩織のことを知ってる。

だから、最後にあんな言い方をしたんだろう…


俺はすぐ返事をしてしまってから、詩織の笑顔と泣き顔が交互に過って堪らなくなった。

どういう言い方をしたって悲しませるのは目に見えている。

ただでさえ桐來の推薦に向けて頑張ってるんだ…

今、言うのは詩織の受験に影響してしまう


俺は詩織の推薦入試が終わるまでは黙ってることに決めて、またため息が出た。


東京と…関西…か…

遠いなー……


俺はついさっき聞いた赤井の本心が痛いほど自分と重なってきて、無性に寂しくなった。


するとすぐ横の扉が開いて、ひょこっと詩織が顔を出したあとに「いた。」と嬉しそうに笑って廊下に出てきた。

俺は隠し事をしてる罪悪感から心臓がビクッと震えたけど、笑顔の裏に隠した。


「どうしたんだ?もうそろそろ皆帰るって言い出してるとか?」

「ううん。全然。むしろすごく盛り上がってるよ。声聞こえるでしょ?」


詩織が楽しそうに俺の横に座ってくると部屋の方を指さした。

詩織は赤井と小波の話を「仲良いよねー。」と笑いながら話し始めて、俺は半年後には傍でこうして話ができなくなると思うと堪らなく寂しくなって、思わず詩織を力強く抱き締めた。


「井坂君?」


詩織と離れたくない…

ずっと、ずっと一緒にいたい…


でも、夢を…目標を諦めたくない…


詩織は俺を優しく抱きしめ返してくれながら、困惑しながら「井坂君?」と耳元で名前を呼んでいる。

俺は自分の進路を話したくなるが、グッと喉の奥に押し込むと少し離れて詩織に要求した。


「詩織、俺の名前は?」

「え……。いいいい、い、今?」


詩織はみるみる耳まで真っ赤に染め上げてしまって、俺はそんな素直な詩織に笑みが漏れた。


「うん。今。」


俺が詩織の顔をガシッと掴んでいたので、詩織は顔を背ける事もできなくて、何度か唾を飲み込んだり目を泳がせたりしながらやっと口に出した。


「た、拓海。」


「詩織…。大好きだ。」


俺が今という時間がすごく幸せで触れるだけのキスをすると、詩織が「私も大好き。」とキスし返してくれた。



俺たちはきっと大丈夫



俺ははにかむような笑顔を浮かべる詩織を見て、自分に言い聞かせた。



ごめんな…詩織


きっと泣かせてしまうけど…

でも、俺は自分の気持ちを詩織の気持ちを信じたい…


きっと離れても大丈夫だから



俺は何度も詩織に触れながら、自分の選んだ道は間違ってないと心に刻みつけたのだった。








遠距離確定してしまいました。

この後、井坂がどうするのか見守ってやってください。

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