14、ライバル
井坂君の家に行った日から、私たちはよく4人でいることが増えた。
というのも井坂君と話をしていると、赤井君やあゆちゃんがやって来るからだ。
私は4人でいる時間が嫌いじゃなかった。
いや、むしろ好き過ぎてこのままの時間がずっと続けばいいのに…と思っているぐらいだ。
そんなとき、タカさんが私を見てサラッと言った。
「最近、井坂君との仲がより一層近いみたいだけど、諦める決心はついたの?」
私は冷静そのもののタカさんを見て、言葉に詰まった。
諦めるどころか、気持ちは大きくなる一方だ。
タカさんは私を心配して言ってくれてるのは分かるんだけど、もう諦めると思う事自体が嫌だったので、私はタカさんにハッキリ告げる事にした。
「タカさん。私、諦めないよ。ここまで仲良くなれたなら、いける所まで頑張ってみる。」
「しおりん!井坂君だけはやめて。お願いだから!!」
タカさんは何か嫌な思い出でもあるのか、真剣なまなざしで私を止めてくる。
私は以前と同じ言葉に、どうしてそこまで反対するのか気になった。
「タカさん、どうしてそこまで井坂君をダメだって言うの?」
タカさんは怯えたように瞳を震わすと、私から目を逸らして俯いた。
机の上に置かれている手も震えているのが見える。
「……今は…平気でも…。しおりんが傷つく事になる…。それが、嫌なの。」
「…?私が傷つく?どういうこと…?」
私は何を言っているのか分からなかったので、タカさんの言葉を待ったけど、タカさんは口に出すのも嫌なようで教えてくれなかった。
その姿が私よりタカさんの方が傷ついているように見えて、私はそれ以上追及することができなかった。
でも、タカさんの言っていた言葉を、私はテスト週間に思い知る事になったのだった。
***
私が中間テストのときと同じように図書室で勉強していたときの事だ。
私はお母さんに宣言したこともあって、期末でも良い点をとらないと…とひたすら問題集に目を向けていた。
スカート短くするの許してもらったんだもんね…
それなりの成果が出せるように頑張ろう!
そう思って意気込んだとき、前の席に誰かがやって来たのが視界に入ってきて、私は顔を上げて息を飲み込んだ。
「やっぱりここにいた。」
「井坂君!?」
井坂君は私の前の席に座ると、鞄から勉強道具を取り出し始めた。
私はどうしてここにいるのか分からなくて、目を白黒させて彼を見つめた。
「前のテストのとき、ここで勉強してるって言ってただろ?だから、お邪魔しに来たんだ。一緒に勉強してもいいよな?」
「え…うん。それは…構わないけど…。」
「やった。じゃ、分からないとこあったら教えてくれよな。」
井坂君はいつもと変わらない私の胸を締め付ける笑顔を浮かべると、問題集に目を落とした。
私はあのとき言っていた事は本気だったんだと理解して、胸が熱くなるぐらい嬉しくなった。
そして真剣に勉強をしている彼を盗み見ながら、私は自分も勉強を再開した。
静かな図書室にシャーペンを走らせる音と本のページを捲る音だけが響く。
私はこの空間に二人だけしかいないような気分になって、すごく幸せだった。
会話するわけでもないのに、同じことを同じ場所でしている。
たったそれだけの事が愛おしくて、もう井坂君の隣から離れるなんて考えられなくなる。
自然に緩む顔を我慢しながら彼をちらっと窺うと、井坂君もこっちを見ていて慌てて逸らす。
でも、やっぱり見たくなって顔を上げると、また井坂君と目が合ってふっと微笑んだ。
すると、井坂君も微笑み返してくれて、ずっと時間が止まればいいのにと思った。
でも、そんな夢のような時間が続くわけもなくて、一人の乱入者によってそれはぶち壊された。
「あれ?拓海君?」
透き通るような声が聞こえて、声のした方向を見ると、いつかにここで話をしていた『しおり』さんが何冊か本を持ってこっちを見て立ち止まっていた。
「山地。」
「うっそ!拓海君が勉強してるの!?珍しくない!?」
『しおり』さんは井坂君の隣に座ると、問題集を見て笑い出した。
それを見て井坂君が不服そうに口を開いた。
「珍しいとか、進学クラスの人間に言う言葉じゃねーだろ?俺は人の見てねーとこでちゃんと勉強してんだよ。」
「そっか~。拓海君、昔っから勉強に関してだけは真面目だったもんねぇ~。あれ、こっちの人は?」
『しおり』さんが私に気づいて、そのお人形さんのように整った顔を私に向けた。
私はいつ見ても可愛いなぁと思いながら、ペコッと会釈する。
「谷地詩織さん。俺のクラスの同級生だよ。」
「詩織?うっそ!!私と一文字しか違わないんじゃない?私、山地詩織。よろしくね。谷地さん。」
白く小さな手を彼女から差し出されて、私はおそるおそる手を握って笑顔を浮かべた。
「よろしくお願いします…。」
山地『しおり』さんはふっと微笑むと私から手を放して井坂君に顔を向けた。
「っていうか、拓海君が同級生と勉強ってどういう心境の変化?前まで、女の子と二人とかすっごい嫌がってたじゃない?」
「谷地さんはいいんだよ。俺とあるものを共有する仲間だからさ。」
「あるものってその言い方が意味深なんだけど~。」
「これは俺らの内緒だもんな?」
井坂君にいつもと同じ笑顔を向けられて、私は頷くことしかできない。
『仲間』だなんて…ちょっと嬉しい…
私はニヤけそうになる顔を押さえつけようと頬に力を入れた。
それを見た山地さんの表情が一瞬すごく冷たいものに変化したのが見えて、私は息をのんで彼女を見つめた。
でも、山地さんはすぐに笑顔に戻すと井坂君の腕に触れて目を細めた。
そして驚くほど井坂君の近くに顔を寄せてきて、私は目を見張る。
「それってずるいなぁ~。私にも秘密ちょうだい?」
私は二人の距離の近さに心臓が嫌な音を立てて、その場から逃げ出したくなった。
女の直感なのかもしれないけど、山地さんが私をよく思ってない事だけは雰囲気で伝わってきた。
井坂君はそんな山地さんの手を振り払うと迷惑そうに顔をしかめた。
「俺ら勉強してんだよ。用がないなら、邪魔しないでくれよ。」
山地さんは井坂君に拒否されて驚いた表情を浮かべていたけど、すぐに笑顔を作ると席を立った。
「じゃあ、明日は勉強道具持ってくるね。お邪魔しました~。」
井坂君の事が好きなはずの山地さんは意外にあっさりと立ち去っていって、私はホッと息を吐き出した。
井坂君は「やっと消えた。」と笑いながら言うと、私に笑顔を向けてくれて胸の熱さが戻ってきた。
私は今だけは山地さんより私との時間を選んでくれた事がすごく嬉しくて、顔がニヤけるのを堪えながら問題集に目を落としたのだった。
*
それから次の日、宣言通り山地さんは勉強道具を持参して図書室に来ると、井坂君の隣をキープしながら、彼に勉強を教わるようになった。
私は仲の良い二人に嫉妬しながらも、自分の問題集に集中しようと二人から目を逸らし続けた。
その苦痛といったら、私は拷問かと思うほどだった。
というのも、山地さんは男慣れしているのか度々井坂君にボディタッチしていて、距離も近い。
中学からの同級生だからかもしれないけど、井坂君もガードが緩い気がしてモヤモヤしていた。
私は二人の距離間が気になり過ぎて、勉強に集中できない。
このままじゃ自信を持って期末に挑めそうもない…
私は自然と出そうになるため息を堪えて、顔をしかめた。
すると井坂君が「トイレに行ってくる。」と言って、図書室を足早に出て行ってしまい、私は山地さんと二人きりにさせられてしまった。
私は会話する気もなかったので、問題集に目を落として手を動かし続ける。
「ねぇ、ちょっといいかな?」
私の気も知らずに山地さんが笑顔で話しかけてきて、私は手を止めると彼女を見た。
「最近、拓海君とよく一緒にいるけど、二人は付き合ってるの?」
「ちっ…違います。ただの…クラスメイトです。」
「そうなんだ!良かった~!!」
私は付き合ってると訊かれてドキッとしたけど、その後の山地さんの反応に眉をしかめた。
山地さんは男の人が見たら意識してしまいそうな微笑みを浮かべると、私を見て自信満々に言い切った。
「私、拓海君のこと好きなんだ。だから、ここは二人っきりにさせてくれない?」
「え…?」
「あなたはただのクラスメイトなんでしょ?なら、私に協力してよ。お願い。」
山地さんの棘のある言葉に私はグッと言葉に詰まった。
私だって…井坂君が好きだし…井坂君と二人っきりになりたい…
でも、これを山地さんには言えない。
私は悩んだけれど、少しだけ気持ちを外に出した。
「…協力は…できません…。」
私は震える口で、かろうじて嫌なことだけを口に出した。
すると私の言葉に山地さんから笑顔が消える。
「どうして?」
「……私が協力したくないから…です。」
「分かってるわよ。その理由を教えてって言ってるのよ!?」
理由…?
私は自分の中にはっきりある気持ちを持って、彼女を見据えた。
「…だって…、井坂君と二人になりたいなら…自分で井坂君を連れ出せばいいと…思うから。私が、ここで勉強をやめるのは…違うと思う。」
「なんなの!?その自信!ちょっと地味女からイメチェンしたからって調子のってんじゃないわよ!」
山地さんが冷徹な目で私を睨んできて、私は緊張で体が強張った。
さっきまでの可愛い山地さんとは思えない敵意に、言い返す言葉が浮かばない。
「どうせあなたも拓海君が好きなんでしょ?地味女のクセに。釣り合わないって分からないのかな~?」
「…そ…そんなの、言われなくても分かってる…から。」
私はそんな事ずっと前から分かっていたので、折れそうになる心を強く持って言い返した。
山地さんは私の顔を見て鼻で笑うと、頬杖をついた。
「だったら、もう拓海君と一緒にいないでくれる?…これ以上、拓海君に近付くなら、私だって黙ってないから。」
「え…?」
私は山地さんの言葉の意味が分からなくて、彼女を見つめ返した。
黙ってないって…何をするつもりなんだろう…?
私は言い様のない不安が胸を掠めて、山地さんから目が離せなかった。
するとそこに井坂君がトイレから戻ってきて、席に着いて私と山地さんを交互に見た。
「何?なんか、話でもしてた?」
「うん。谷地さんに分からない問題聞いてたんだけど、彼女…私の事気に入らないみたいで、意地悪して教えてくれなかったんだぁ~…。」
「えっ…?」
山地さんが井坂君にすり寄りながら言ったことで、井坂君が驚いた目で私を見た。
私はそんな目をする井坂君がショックで、言い返そうと口を開いた。
「ちっ…違うの!!」
「代わりに拓海君、ここの問題教えてくれない?難しくって、私にはどうしても解けないんだぁ…。」
「え…あ、いいけど。」
井坂君が私を気にしてくれてるのが見えたけど、山地さんがそれを遮るように井坂君の袖を引っ張って、彼の目が私から外れた。
私は勉強する二人に何も言い返せなくて、手を握りしめた。
違う…意地悪なんてしてない…
井坂君の誤解を解きたくて、必死に良い言い回しを考える。
でも、何を言っても言い訳になりそうで…
私は自分の中にある下心に顔をしかめた。
山地さんを気に入らなくて邪魔者だと思ったのは…事実だ…。
それだけにここにいるのが辛くなってきて、私は勉強道具を鞄に押し込むと席を立った。
「今日は、帰る。お先に。」
「えっ!?谷地さん!!」
後ろから井坂君の引き留める声が聞こえたけど、私はそれを無視するように図書室を飛び出した。
山地さんの言葉が私の胸に突き刺さって離れない。
釣り合ってないなんて分かってた。
山地さんの方が私よりも井坂君にふさわしいことだって…知ってる。
でも、今まで接してきた井坂君は私にも彼女と同じ笑顔を向けてくれていた。
だから、井坂君はどこかで私を信じてくれてると思ってた。
それなのに…さっきの井坂君の目は私をどこか疑っていた。
それが悲しくて、じんと目の奥が熱くなっていったのだった。
ライバルである『しおり』さんの名前がやっと出せました。
この名前は詩織の名前を考えたときに一緒に考えてました。
『山』と『谷』のバトルを見守ってください。