141、触って、触りたい
私が全速力で走って井坂君の家に来ると、上がった息を吸ったり吐いたりして整えながらインターホンを押した。
きっとすぐ出て来てくれると思ったのだけど、何度インターホンを鳴らしても井坂君は一向に出てこない。
おかしいな…
井坂君のことだからヤキモキしながらも、絶対待っててくれると思ったんだけど…
私は電話でもかけてみようかとケータイを取り出すと、チカチカと着信を知らせているランプが点灯していて慌ててケータイを開いた。
そこにはここに来るまでの間に何件も井坂君から着信があったことを知らせていて、私はかけ直そうと指をボタンに触れた所でまた井坂君からかかってきて、私はすぐに電話に出た。
「もしもし!!井坂君!?ごめんっ!!私、今井坂君の家の前に―――」
『詩織!!大丈夫なのか!?今どこに―――』
繋がると同時に一緒に話し始めてしまって、私は口を閉じた。
すると井坂君も途中でやめてしまって変な沈黙が流れる。
あれ?
「もしもし?」
『もしもし詩織?』
また同時に重なってしまって、私は堪らず笑ってしまった。
こんな所で息ぴったりなんて、おかしい!!
『なんで笑ってんの?っていうか、今俺ん家の前って聞こえたけど、一時間もどこで何してたんだよ!!』
心配してた井坂君の声が一転して怒りだして、私はお腹がヒクつくのを堪えて謝った。
「ごめん!井坂君の家に向かう途中で、青春の1ページに遭遇しちゃったというか…。」
『何それ?一向に電話繋がらないし、何か事件に巻き込まれたんじゃないかって、俺がどれだけ心配したと思ってんだよ!!』
電話繋がらないと言われて、そういえばゆずちゃんと電話繋げっぱなしだった事を思い出して、申し訳なくなる。
「ホントごめん。そこは連絡の一本もいれれば良かったって反省してる…。心配かけて、ごめんなさい。」
私がシュンとしながら謝ると、ふっと後ろで人の気配がしたと思ったら熱い体に抱きしめられた。
「マジで心配した…。なんともなくて良かった…。」
電話越しじゃない生の声に井坂君だと分かって、私は抱きしめられたことにピキンと緊張した。
井坂君は走って探してくれていたのか大きく呼吸を繰り返すと、ふーっと長く息を吐いてから私から離れた。
目の前に汗だくの井坂君の姿が入り込んできて、私は急に心臓がドキドキと忙しなく動き始めた。
井坂君は私を見て目を細めると、嬉しそうに微笑んで門に手をかける。
「今日の詩織、可愛い。そのワンピース似合ってる。」
井坂君から珍しくストレートに褒められて、私はぼふっと顔が上気した。
走って汗もかいているのに、今度は照れて顔が熱くて汗が出てくる。
うわわわっ!!
すごく照れるんだけど!!井坂君は平気なの!?
私が熱い頬を手で押さえてちらっと井坂君を見ると、井坂君はもう家に入る所で表情が見えなかった。
どんな顔して言ったのか見たかったかも…。
私が見れなかったことに落胆して後に続いて中に入ると、井坂君が玄関の扉を閉めて振り返ってきた。
「俺、汗かいちまったからシャワー浴びてきてもいいか?」
「え…。シャワー…。」
私はシャワーと聞いて変な妄想をしてしまって、焦って顔を伏せると「いいよ!行ってきて!!」と返した。
私のバカ!!
今朝から変なことばっかり考え過ぎ!!
井坂君は「すぐ戻るからリビングでゆっくりしてて。」と言い残すと早足で奥に行ってしまう。
私は廊下にポツンと一人にされて、とりあえず言われた通りリビングにいようとリビングにつながる扉に手をかけた。
そして中に入るとリビングのテーブルにパーティ料理が並んでいて、ハッピーバースデイ!詩織!!と書かれた横断幕に出迎えられる。
私はこれ全部、井坂君が準備してくれたんだと思うと感動して瞳が潤んだ。
横断幕…手書きだ…
井坂君らしい豪快でしっかりとした字で書かれてる…
どんな気持ちで飾りつけから料理まで準備してくれたのかな…?
私はここまでしてくれる気持ちがすごく嬉しくて、目から涙が零れ落ちた。
すると、ドタタタタッ!!と激しい足音がして「ちょっと待った!!!」と叫びながら上半身裸の井坂君がリビングに飛び込んできた。
私はびっくりして涙が止まって、目をパチクリさせながら井坂君を見ると、井坂君がリビングにいる私を見て、大きくため息をつくとその場にしゃがみ込んでしまった。
「あー…遅かった…。ビックリさせるつもりだったのに…全部台無しだ…。」
井坂君がかなりがっかりしたようにぼやいて、私は充分驚いたので落ち込む井坂君に近寄ると声をかけた。
「井坂君、色々準備してくれてありがとう。すごくビックリしたよ。それに感動しちゃって、胸がいっぱいだよ。」
私が本当に嬉しい気持ちがいっぱいでいると、不安そうな井坂君の顔が持ち上がって、「ホントに?」と子供のように訊いてくる。
「うん。すごく嬉しい。ありがとう、井坂君。」
井坂君は嬉しそうに笑う私を見て安心したのか、ふっと表情を緩めるとニカッと嬉しそうに笑った。
そのとき私は井坂君が上半身裸だということに気づいて、また妄想が再発してぐわっと耳まで赤面した。
わわわわっ!!いっ、井坂君の生肌が目の前に!!!
私が目のやり場に困ってオロオロとしていると、井坂君も気づいたのか少し照れると「悪い。」と言ってまたお風呂に引っ込んでいってしまった。
でも、すぐまた顔だけリビングに覗かせると、照れた顔のままで私の顔をじっと見つめてきた。
???なに?何か用なのかな??
私がじっと見つめ返して首を傾げていると、井坂君がコホンと咳払いしてから「詩織も汗かいてない?」と尋ねてきた。
私は確かに走ってきたのもあって少し汗をかいていたけど、さすがにシャワーを借りるわけにはいかないので「大丈夫だよ。」と返す。
すると、井坂君は少し残念そうな顔をしてから「シャワー浴びたくなったら言ってくれよ?」と言い残して今度こそお風呂場に行ってしまった。
私は一人でリビングに残されると、やっと落ち着ける…と思って傍のソファに腰かけた。
そして、ふっと息を吐くとぽすんと背もたれにもたれかかる。
井坂君がシャワーから戻ってきたら、ご飯食べて…あ、きっとケーキも食べるかな…?
それで、後片付けして…部屋の飾りもとっちゃわないとダメだよね…
明日にはお母さんたち帰ってこられるだろうし…
っていうことは、これ見られるの今の内だよね?
記念に残しとこう。
私は井坂君が準備してくれたものを写真に収めようと、ケータイを手に取るとカメラを起動させてテーブルの料理や横断幕を撮影した。
そうして撮った写真を眺めたり、リビングにあるDVDの棚を見たりしていると、井坂君がバスタオルで髪を拭きながらリビングに戻ってきた。
「お待たせーって…。何してた?」
「あ、うん。ちょっと色々見させてもらってた。」
私がパッと井坂君に振り向くと、井坂君はロンTにスウェット姿で、髪を拭くのに手を挙げていたのでシャツの裾からお腹がチラチラと見えていた。
私はそのお腹にどうしても目がいってしまう。
お腹…やっぱり程よく筋肉ついてるなぁ…
「詩織?」
じっと井坂君のお腹を見てた私を不審に思ったのか、井坂君が小首を傾げていて、私は笑顔を作ると両手を振って誤魔化した。
「な、なんでもないよ!!」
うわっ!!私の変態!!
こんなの痴女だ。
今日の私、絶対どこかおかしい!!
私は赤くなりそうな顔を手で隠して顔を背けると、井坂君が私の目の前にやってきて目線を合わすようにしゃがんできた。
「ご飯食べるの、まだ早いからさ。ちょっと俺の部屋こない?」
「え!?」
私は部屋という言葉に過剰に反応してしまって、顔が強張って固まった。
そんな私を見て井坂君がふっと笑顔になる。
「そんな警戒しなくても何もしないからさ。ちょっと見せたいものがあるんだ。」
え…?何もしないの?
私は見せたいものよりも何もしないと言ったことの方が気になってしまって、私の手を引いて二階に向かう井坂君の背中を見つめて戸惑った。
あれ?今日、家に呼ばれたのってそういうつもりじゃなかったの?
私の思い違いだった?
私は部屋に向かいながら悶々と考え込んで、胸の中がモヤモヤでいっぱいになっていく。
井坂君は部屋に入ると、私をテーブルの前に座らせてから、机の引き出しから何か紙袋を取り出した。
私は正座したままそれを見つめて、井坂君が何をするのか気になった。
「これさ、小波や赤井に分けてもらったんだけど、まだ整理できてなくて…。」
井坂君はそう言うと、私の横に座って紙袋からバサッと何かを広げた。
「…これ。」
「うん。俺らが出会ってからの二年分。こんなにあったんだ。」
私は出てきたものを見て驚いた。
紙袋から出てきたのは大量の写真で、一年の校外学習から最近のマラソン大会のものまである。
中には日常風景を撮ったものもあって、私はいつの間にこんなに写真を撮ったんだろうと一枚一枚を手にとった。
「小波が学校側が撮った写真も入ってるって言ってたから、体育祭とか文化祭とかイベント系は藤ちゃんが撮ってたのかもな。他は小波や赤井が悪ふざけて撮ってるのもあるって言ってた。」
「あゆちゃん…。」
私はあゆちゃんや赤井君がケータイで写真を撮ってるのを何度か見かけたことがあったので納得した。
これを分けてくれた二人の心境を思うと、感謝しなきゃいけないんだけど、どうしても笑ってしまう。
きっと最初は遊び半分で撮ってたんだろうなー…
写真には怒ってる顔の井坂君や変顔してる赤井君、それを見て爆笑しているあゆちゃんや新木さんが映っている。
どの写真も楽しそうで、見てるだけでそのときの楽しさを思い返して心が温かくなる。
「これさアルバムに整理しようと思ってたんだけど、下の準備に意外と手間取ってさ。まだ整理しきれてなくて…、せっかくだから一緒にしようと思ってさ。」
井坂君はそう言うと机の上から買ったばかりらしい可愛らしいフォトアルバムを持ってきた。
「俺、詩織が渡してくれた順に写真入れてくからさ、一年のから厳選して渡してくれよ。」
「うん。分かった。」
私は写真を見て話しながら、こうして共同で作業できるのが嬉しかったので、快く了承した。
そして一年の懐かしい写真から順に井坂君に手渡していく。
その度に思い出話に花が咲いて、写真を全部入れ終わるまで有に一時間を超えてしまった。
私はたくさんしゃべったのとずっと同じ体勢だってのに少し疲れていて、終わると同時に大きく伸びをした。
井坂君はフォトアルバムを閉じると、「よし。」と掛け声をかけてから私にそのアルバムを渡してきた。
私は伸びしたまま、差し出されたアルバムをじっと見つめて固まる。
「え?」
「ん。一応、誕生日プレゼント。」
「えぇっ!?」
私はまさか私にくれるために整理してたとは思わなくて、ビックリして首を左右に振った。
「もっ、もらえないよ!!井坂君があゆちゃんたちから写真もらってくれたんでしょ!?アルバム、これ一つしかないのに…。」
「小波も赤井も俺が詩織の誕生日に渡したいって言ったから分けてくれたんだよ。だから、これは最初っから詩織のもの。受け取ってくれよ。」
井坂君はずいっと私にアルバムを突き出してきて、私はそう言われると断れないので有難く受け取った。
事前に準備してくれてたプレゼントなんて…嬉しすぎるよ…
私は今日は井坂君に感動させられっぱなしだと思って、涙を堪えて「ありがとう。」とお礼を言った。
すると井坂君は嬉しそうに笑って「どーいたしまして。」と言ってから、大きく伸びしながら立ち上がった。
「じゃ、そろそろご飯食べるか。あんまり遅くなったら詩織のご両親も心配するもんな。」
「え…、うん。」
あれ…?
私はあっさりとご飯を食べて別れる流れになりそうで、疑問が脳裏を過った。
あれ?これって…本当になんにもなし?
私は井坂君からビックリするぐらいの感動はたくさんもらったけど、今日は井坂君にちっとも触ってもらえてないと思って不満が顔を出す。
会ったときに一回抱きしめられたけど、あれ以降全然甘い雰囲気になってない。
誕生日で井坂君のお家で二人っきりときたら、もう少しイチャイチャするもんだと思ってた。
なんで?
やっぱり、私が井坂君の考えを思い違いしてただけ?
でもでも、誘われたときの雰囲気はそういう感じだった。
私は今にも部屋を出て行こうとする井坂君の背中を見つめて、自分の中で何かがカチッとはまる音がした。
このまま何もしないなんてイヤだ!
私は大胆にも背後から井坂君に抱き付くと、グイッと後ろに引っ張った。
「おわっ!!!」
井坂君がバランスを崩して私の方へ尻餅をついてきて、私は井坂君の肩をグイッと引っ張ると頬に軽くキスをした。
そして、そのまま井坂君の首に腕を回してくっつく。
「もうちょっとだけ…ここにいてもいい?」
私はこのままイチャイチャしたくて、恥ずかしいのを堪えて思ってる事を口に出した。
もっと触ってほしい…
いつもみたいに私が欲しいって言ってほしい…
心臓がバクバクするほど感情が高ぶっていて、こんな事を口にするなんて私は相当欲求不満だったと自己分析した。
井坂君はしばらく固まっていたけど、少しすると私の背中に遠慮がちに触れてきて小声で言った。
「……俺…このままだとヤバいんだけど…。…その…色んな意味で…。」
井坂君の声の張りがないことに気づいた私は、少し井坂君から離れるとまっすぐ井坂君の顔を見た。
井坂君は何か我慢してるような顔で、ちらっと私を見ると頬を赤く染めて視線を下げてしまう。
私はそんな井坂君が愛おしくて、自分のものだけにしたくなって、自分から井坂君の頬に手を触れた。
井坂君の頬は温かくって少し湿ってて、私が触れると怯えるようにビクッと動いた。
そのあとに井坂君の速い鼓動が指を伝わって分かって、私だけじゃないことに笑みが漏れる。
「井坂君。緊張してる?」
「え…、いや…緊張っていうか…。詩織と二人だから…理性ぶっ飛ばないように、セーブしてるだけで…。」
「ふふっ…。別にぶっ飛ばしていいよ?」
私は井坂君の頬を優しく撫でると言った。
すると井坂君が目の前で大きく目を見開いて固まるのが見えた。
その反応を見て、自分がとんでもないことを言ったことに気づくと、私は咄嗟に井坂君から手を放すと視線を外して俯いた。
あわわわっ!!
また私、変なこと言っちゃった!!
もうイヤだ!今日の私はやっぱりどこかおかしい!
私はかぁ~っと頬が熱くなってきて、元に戻そうと手で触っていたら、その手を井坂君に掴まれた。
井坂君は真剣な目で私を見ると、グイッと顔を近づけてくる。
「詩織…。それは…俺と同じ気持ちだって、思ってもいいんだよな?」
井坂君の顔が息がかかるぐらい近くにあって、私の心臓がドックンドックンと大きく高鳴っていく。
まっすぐな井坂君の目を前にして、自分の気持ちに嘘をつくことなんてできない。
私は苦しくなっている息をなんとか吸い込むと、本音を呟いた。
「うん…。…触って?井坂君。」
私のその返答をきっかけに、私は井坂君から思いっきり深いキスをされてその場に押し倒された。
そして井坂君の大きな手に優しく触られたとき、私はすごく心が満たされていくのを感じていたのだった。
とうとうここまでレベルアップしました。
長かったです…が、まだ続きます。




