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理系女子の恋  作者: 流音
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134、勉強モード

井坂視点です。


俺が詩織に志望校を伝えた日から、詩織の勉強への情熱が倍以上に膨れ上がった。

というのも、今までだったら休み時間は毎時間ではないが俺のところへちょくちょく来てくれていたのに、最近は授業後に先生を捕まえて熱心に話を聞いているからだ。

それに放課後もテスト週間でもないのに図書室に入り浸るようになった。


俺はそれに黙って付き添ってたんだけど…


詩織は俺が傍にいてもずっと参考書や問題集と睨めっこで、分からない問題がなければ俺に話しかけることもしない。

俺としては詩織を勉強にとられた気分で、ここのところイチャつけてもいないのでフラストレーションが溜まっていた。


だから、さすがに今日一日は俺に構ってもらおうと、放課後に図書室へ行こうとする詩織に声をかけた。


「詩織!今日は俺とカラオケでも行こうぜ?おごるからさ!!」


詩織は俺の誘いに一瞬嬉しそうに表情が明るくなったけど、はたと顔を強張らせると俺から目を逸らした。


「ごめん…。行きたい…けど、今日のノルマ分やっちゃわないと…。」

「ノルマ?って、そんなに根詰めて勉強しなくても、一日ぐらい―――」


「ごめん!!また今度!!落ち着いたら埋め合わせはするから!!ごめんね!!」


詩織は俺の言葉を遮るように手を合わせて謝ると、サッと踵を返して逃げるように教室を出ていってしまった。

俺はその背を引き留めることもできず、呆然と突っ立っていると、横から肩をポンと叩かれた。


「お前がフラれるの久しぶりだなぁ~。何?前までのイチャつきぶりは幻か?」


赤井がどこか嬉しそうにニヤニヤ笑っていて、俺はその顔に腹が立って頭をボカッと殴りつけた。


「うっせ!!フラれたんじゃねぇし!!」

「そんなこと言ってショック受けてるクセに~。強がんなよー。」

「そうだそうだー!」


「お前らウザい!!」


俺はいつの間にかやって来た島田や北野にまでからかわれて、まとめて叩いた。

すると赤井が俺と肩を組むなり、肩をポンポンと叩きながら言った。


「まぁまぁ、今日はカラオケ付き合ってやるよ。谷地さんの代わりにな?」

「は!?いらねぇよ!!」

「おいおい、照るなよ~。俺もちょうど部活休みだし、付き合うぜ?」

「4人でカラオケとか久しぶりじゃね?」

「だなー!今日は歌いまくるぞーっ!!」


「おい!!勝手に話進めるなよ!!」


赤井は俺と肩を組んだまま足を進めていき、俺はトントン拍子にカラオケに行く流れになっていることに頭を痛めた。

俺は赤井や島田たちに言いくるめられながら、靴箱に来るころにはもう抵抗するのを諦めた。


こいつらには何を言っても無駄だ。


俺が諦めたのを感じ取ってか赤井は俺から離れると、嬉しそうに口を開く。


「お前ってホント谷地さんに振り回されてるよなぁ~。」


校舎を出るなりそんな事を言われ、俺はブスッとふてくされた。


詩織に振り回されてるのは今に始まったことじゃない。


「何?谷地さん、なんか切羽詰まってたみたいだったけど、何かやってんの?」

「んー?ここんとこ、ずっと勉強してるだけだよ。」


「「勉強!?」」


今はテスト週間じゃないのもあって、赤井達は目を剥いて驚いている。

そしてその後、手を叩いて笑い始めた。


「ぶわはははははっ!!!お前、勉強に負けてるわけ!?」

「それって谷地さんの中の優先順位がお前より勉強ってことだろ!?何だそれ!!」

「あははははっ!!マジ笑える!!」


「うっせーな!!んなこと言われなくても分かってんだよ!!」


俺は詩織が急に勉強し始めたのはきっと自分のせいだと思ってたので、勉強を続ける詩織に勉強するなと強く言えない自分に悔しかった。


詩織のことだから、きっと俺と同じ大学に行こうと頑張ってるんだ。

その気持ちが分かるだけに、勉強に嫉妬するなんておかしな話だ。


詩織が俺との未来のために頑張ろうとしてるなら、俺は黙って応援するしかない。

例えフラストレーションが溜まろうとも…今はただ見守るだけだ。


俺は自分の中の不満を隠して鼻で笑うと、爆笑を続ける赤井達に余裕を見せて言った。


「勝手に笑ってろ。詩織は俺のために勉強してんだ。何を言われても屁でもないね。」

「何だそれ!!ただのやせ我慢のクセにー!!」

「谷地さんにフラれちまえよ~!!」


「北野!!縁起でもねぇこと言うなっつーの!!」


俺が北野を羽交い絞めにしていると、ふっと視線を感じて校門で振り返った。

そこにはダークブラウンの他校の制服を身に纏った男子高生が立っていて、何故か俺をじっと見つめていた。

知り合いか?と思ってジロジロと見るが、まったく知ってる人物ではない。


誰だ…??


俺に用事でもあるのだろうかとしばらく見つめ返していたが、向こうがふっと笑みを浮かべた後に視線を逸らしたので、俺は何なんだと思いながらも、赤井達に目を戻した。


そしてまたギャーギャーと言い争いを続けながら、カラオケに足を向けたのだった。




***




そしてカラオケに来た俺たちはしばらく歌を歌い続けていたが、流石に疲れてきて赤井がマイクを置いたのをきっかけに雑談に入った。


「あー歌った、歌った~。」

「だなー!久々にカラオケ来るとやっぱ楽しいな!!」

「次こうやって来れるのはいつになるかな~?」


「何言ってんだよ!来ようと思ったらいつでも来れるだろ!?」

「いつでもって…。谷地さんじゃねぇけどさ、そろそろ勉強も本格的に始めた方がいいだろ?遊んでばっかもいられなくなるって!」


島田が急に現実的なことを言い出して、盛り上がっていた雰囲気が一気に落ちるのを感じ取った。

いつもはここで茶々を入れる赤井が黙ってジュースを飲んでいるからだ。


「何?お前、そんな上の大学目指してるわけ?」

「んー?そんなんじゃねぇけどさ、進学クラスにいる以上ある一定以上の学校は言われるわけじゃん?そんときに学力不足でしたーじゃ話にならねぇから。それなりに勉強しようかなってとこだよ。俺は赤井や井坂みてぇに頭も良くねぇしさ。」


島田が言い終えるとソファの背もたれにもたれかかりながら、ズルズルと姿勢を崩した。

それを見てた北野が「まぁ…そうだけどさー…。」なんて言いながら暗い表情になってしまう。

俺は大学受験に関してなんとかなるだろうと軽く考えていたので、思い悩み始めた二人の気持ちがよく分からなかった。


なんで今からそんな暗くなるわけ?

俺らまだ二年だぞ?


大学受験なんて今まで通り普通に勉強してたら入れるだろ…?


俺はそれを何故か口に出せなくて、ため息をつく二人を見つめた。

すると赤井が飲んでいたジュースのグラスを置いて言った。


「二人は第一希望としてはどこの大学を考えてるわけ?」


「え…それは普通に県内の国公立大だけど…。」

「現在、普通の公立高校に通ってるんだから、大体みんなそうじゃねぇの?」


北野が片眉を吊り上げながら不思議そうな顔をしていて、赤井は「ふ~ん。」と言うと、ちらっと俺を見てから言った。


「お前ら県内なんだ?俺も井坂も県外希望だけど。家から出ねぇんだなー?」


「県外!?は!?お前らどこ受験するつもりだよ!!」


北野がビックリして声を荒げると、腰をずらして座っていた島田が腰を抜かしかけたのか、テーブルの下までズルッと滑り落ちていった。

赤井は俺の志望大を知っていたので、俺が口を挟むことなく代弁してくれる。


「俺は桐來教育大だけど、井坂は西皇大だよ。」


「は!?!?桐來大に西皇大!?」

「なんで、そんな…、県外でもすげー遠いじゃんか!!なんだってそこなんだよ!?」


俺の志望している西皇大は関西一の国立大。

そして赤井の志望している桐來大は同じ関西の有名国立教育大だ。

県こそ跨ぐものの、この二つの大学はそれほど離れていない。

それぞれが志望大に入れれば、俺と赤井の腐れ縁も小学校から大学まで伸びる事になる。


赤井とは似てると思う事も多いが、ここまで来ると出来過ぎているようにも思えてくる。


島田はハッと何かに気づいたのか、急に俺を睨むように見ると声を荒げた。


「お前!!西皇って…谷地さんに言ったな!?」

「言ったけど…?それがなんだよ?」


俺は島田に怒鳴られる意味が分からないので聞き返すと、島田がソファに座り直して俺に体を向けながらテーブルを叩いた。


「お前っ!!バカか!!!!」

「は!?」

「西皇なんて無茶な大学志望できんのは、俺らのクラスでもお前入れて三人ぐらいだよ!!それをサラッと谷地さんに言いやがって!!お前は思いやりってもんが欠けてる!!」


「な!?なんでそうなんだよ!?思いやりとか、どうせいつかは言わなきゃならねぇんだし、隠すよりいいだろ!?」

「そうだよ!!そうだけど!!谷地さんの性格考えれば言わないのが思いやりだ!!」

「はぁ!?」


俺は島田が支離滅裂なことを言っていると赤井に目配せした。

すると、赤井が大きくため息をついた後に、俺の思ってることとは正反対の事を口にした。


「確かにな。谷地さんの性格を考えるなら言うべきじゃなかったかもな。」

「は!?赤井まで何言ってんだよ!!」

「まぁ、話聞けよ。」


赤井が俺をなだめるように声のトーンを落としてきて、俺は口を噤むとじっと赤井を見た。


「お前が西皇に行くって知ったら、谷地さんの事だから同じとこに行こうとするだろ?そうなったら、勉強を無理するのは当然だ。だから、今お前がほったらかしにされるって現状になってんじゃねぇのかよ?」

「それは…そうだけど…。でも、詩織ならきっと…。」


「お前は西皇がどんなレベルの大学か分かってねぇ!!!」


俺が詩織を信じる言葉を言いかけると、島田がテーブルをバンッと叩いて突っ込んできた。


「一般的な頭で普通は西皇を受験しようなんて考えねぇよ!!いくら進学クラスにいようとな!!」

「そんなことねぇよ!!詩織だって――――」

「そんなことあるんだよ!!お前は頭の造りが違うから俺たちの気持ちは分からねぇんだ!!」


は!?頭の造りが違う!?


俺は島田に太い線を引かれたように感じて言葉を失った。


「今から西皇目指すってことが、どんだけしんどくて辛い事は分かってねぇ!!」

「そっ、そんなことねぇよ!!詩織ならきっと―――」

「その返答が出てくること自体が谷地さんのこと見えてねぇ証拠だ!!こんのアホ!!!」


島田は言い返す俺にテーブルの上にあったマイクを投げつけてきて、俺は上手くキャッチすると怒り憤慨する島田に目を向けた。


「西皇に行きたきゃ、お前一人で行けよ!!周りを…谷地さんを巻き込むなよ!!」

「は!?巻き込むとか、俺は―――」

「とぼけた面してよく言うな!?お前のことだから、谷地さんが同じとこ目指してくれるって分かってて言ったんだろ!?」


島田から出た言葉に俺はドキッとした。


詩織が俺と同じ大学を目指してくれるんじゃないかってのは、分かってなかったと言えばウソになる。

詩織だったらって期待してたからだ。


だから、睨んでくる島田に言い返せずに口をギュッと噤んだ。

すると島田が俺の横に移動してくるなり、俺の鞄を掴んで俺に押し付けてきた。


「谷地さんのとこに行け!!」

「は?な、なんで…」

「そんなの決まってるだろ!?西皇を目指して勉強をしてるのを止めるんだよ!!」

「はぁ!?」


俺は詩織がしたいと思って頑張ってるのを止めるなんてできないと思ったので、立ち上がって島田に反論した。


「なんで止めんだよ!!詩織が頑張ってるのに、こんなの妨害以外のなんでもないだろ!?」

「彼氏なんだから妨害すりゃいいんだよ!!でないと、谷地さん頑張り過ぎて、思い悩むことになる!!」

「頑張り過ぎてって…、そんなのただの決めつけだろ!?今から頑張る事は悪い事じゃないだろ。」


「おっ前は!!谷地さんの何を見てんだよ!!!!」


島田が喉の奥から絞り出すように怒鳴ってきて、俺はその迫力に一瞬ビビった。

島田は俺の背をグイグイと押し始めると、部屋を追い出そうとしてくる。


「ごちゃごちゃ言い訳並べてねぇで、無理するなってことだけでも言えばいいんだよ!!!今は勉強のことしか頭にない谷地さんに、別の考えを与える余裕を与えるために!!お前が谷地さんに焦らなくても大丈夫だって言って来いよ!!それが彼氏だろ!!!!」


俺は島田の必死な言葉に面食らった。

島田は俺を廊下まで押し出すと、「明日結果聞くから、ちゃんと言って来い!!」と部屋の扉を閉めてしまった。


俺は鞄を抱えたまま、閉めきられた扉を見つめてしばらく呆けていた。

でも、島田が詩織の何かに気づいて俺の背を押したってことは分かったので、詩織からとにかく話を聞こうと思って、足を学校へと向けたのだった。





***





俺が島田に言われた事を頭の中で整理しながら、学校に向かって駅前を歩いていると、俺の目に今から会いに行こうと思ってた詩織の姿が入って足を止めた。


詩織の隣にはさっき校門で見かけたダークブラウンの制服を着た男子高生がいたからだ。

あのときは気づかなかったけど、あの制服は京清高校のものだ。

県内一の進学校の男子と詩織が何やら親しげに話をしている。


俺は道路の挟んで向こうを歩く二人を見て、体は動かないし声は出なかった。


あいつは誰だ?

なんで学校で勉強をしてるはずの詩織が、知らない男と並んでこんな駅前にいる?

俺の誘いは断ったのになんで?


俺は島田に言われたことが頭から吹っ飛んで、詩織に対する疑問でいっぱいになり、二人から目が離せず突っ立ったまま心臓だけが早鐘を打っていたのだった。







井坂、僚介の存在を知る…という展開です。

修羅場になるかは次話にて。

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