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理系女子の恋  作者: 流音
135/246

128、何でもする


朝―――


私は頭がぼけーっとしながら自室で目を覚まして、自分がどうやって家まで帰ってきたのか記憶がなくて、顔をしかめて考え込んだ。


あれ…?マラソン大会で倒れて保健室にいたところまでは途切れ途切れに覚えてるんだけど…

その後の記憶がない…


あれれ?保健室で井坂君に会った気がするんだけど、あれも夢かな??


私は頭の中がふわふわした気分で気持ち悪い。

熱が出てたから記憶が混乱してるのかもしれないけど、ここまで覚えてないのも珍しい…

私は服が汗で湿っているのに気付いて、ベッドから出ると上着を着て部屋を出た。

そして階段を下りリビングへ行くと、そこにはお父さんもお母さんも大輝まで勢揃いしていた。


「おはよう、詩織。具合はどう?」

「え…、あ。うん。全然平気。学校行けると思う。」


私が自分のおでこに手を当てて熱がないのを確かめながら言うと、お母さんが近寄ってきて私のおでこに手を当てた。


「うん…そうね。熱はなさそうだし大丈夫かしら。」

「詩織、体はだるくないのか?少しでも辛いなら休んでいいんだぞ?」


お父さんが読んでいた新聞を置いて私に言ってきたけど、私は休むほどじゃないので首を横に振った。


「ホントに平気。大丈夫だよ。」

「そうか…。でも病み上がりなんだから無理はするなよ?」

「うん、分かってる。」


私はお父さんが優しく言ってくれる事が嬉しくて、たまには病気になるのも良いかもなんて思ってしまった。


「詩織、学校に行くならシャワーだけでも浴びてきなさい。昨日すぐ寝ちゃったからお風呂入ってないでしょ?」

「うん。入りたい…っていうか、昨日って私どうやって家に帰ってきたんだっけ?」

「あなた覚えてないの?」


お母さんがビックリした顔で言って、私はそこまで驚かれると思わなかったので遠慮がちに頷いた。

するとお母さんが楽しそうに笑い出して、私もお父さんも大輝も訳が分からず顔をしかめた。


「ふふっ、あんなに井坂君に甘えて迷惑かけたのに覚えてないなんて。それ聞いたら井坂君なんて言うかしら?」

「え!?私、井坂君に何したの!?」

「私も途中からしか分からないけど、保健室で抱き合ってたときには驚いたわよ。」


うそ!?!?


お母さんにイチャついてるところを見られた事に心臓が縮み上がっていると、目の前でお父さんの目が大きく見開かれ顔が引きつるのが見えた。

大輝はあちゃー…みたいな顔で我関せずという風に顔を背けてしまう。


「詩織、熱で駄々っ子になってたから、学校の先生の車に乗るのも井坂君に運んでもらったのよ?あなたって本当に熱のある時はおかしくなるわよねぇ~。」

「だ、だだだ駄々っ子って…!!私、そんなことした覚えない!!」

「だから、熱出ると昔から甘えてくるでしょ?お母さんだっこ~って。その対象が今回は井坂君だったってだけの話よ。」


そんなこと知らない!!!


私は自分が熱を出すとそんなことになるなんて初めて知ったので、井坂君になんて醜態を晒したんだと恥ずかしくて仕方なかった。

お父さんはお母さんに向かって立ち上がると、声を震わせながら質問し始める。


「か、母さん…。その保健室で詩織が…抱き合ってたんだよな?それは…その…、服が乱れてたりは…?」


ギャーッ!!お父さん!!何てこと聞いてるの!?

そんなことするわけないのに!!!!


「そんなことあるはずないじゃない?相手は井坂君よ?彼みたいな好青年は今まで見たことないわ。」

「で、でも思春期真っ只中の男子高校生だぞ!?今後、そういうことがないとは限らないじゃないか。保健室には先生もいなかったんだよな?それは教育者としてどうなんだ?付き合ってるとはいえ、二人で部屋に残すなんて、生徒を見守る立場としておかしいだろ?」

「お父さん。井坂君なら大丈夫よ。実際に会ってるんだから、彼のこと分かってるでしょう?」

「そんなたった一回会っただけで分かるものか!?詩織!!学校で井坂君に変なことされたりしてないだろうな!?」


「へっ!?」


二人の言い争いがこっちに飛び火してきて、私は肩を縮めてお父さんを見つめた。

お父さんは否定して欲しそうな顔で懇願するような目を向けてくる。


え…っと…、変なことの基準は…どこまで…??


私は日頃から触られることも多かっただけに、答えにくくて目を泳がせた。

でも、ここで何もないと答えないとお父さんの反応から付き合うなと言われそうで嘘をつくことにした。


「な、何もないよ。だ、抱き合ってたのだって…その…私が熱があってその…駄々っ子?になったからだろうし…。井坂君からするはずないよ~。」


お父さんはホッとしたように肩を落とすと「そうか…。」と言っていて、私は罪悪感が胸を掠めた。

お母さんは誇らしそうに「そうでしょ~。」なんて言っている。


ううう…ごめんなさい…お父さん…


私は「お風呂に行ってくる。」と言い残すと、リビングを出ようと足を進めた。

そのとき大輝の「おもしれー…。」なんて他人事のような言葉が聞こえて、私は大輝をキッと睨みつけたのだった。





***





そうして私はいつもと変わらず朝ご飯を食べて家を出ると、ここ最近毎日迎えにきてた井坂君の姿がなくて、ちょっと寂しくなった。


昨日のことを謝ろうと思ってたんだけど…

学校で会えるからいいか…


私は一人で歩く通学路がこんなに寂しいものだったんだな~…なんて思って、トボトボと学校へ向かったのだった。



そして教室に着くと、私はあゆちゃんや赤井君たちに取り囲まれて、入り口で立ち往生することになってしまった。


「詩織!!もう大丈夫なの!?」

「しおりん!!昨日、途中で倒れたって聞いてビックリしたよー!!」

「昨日すっげー苦しそうだったけど、何もなかったんだ?」


あゆちゃん、タカさん、赤井君に次々と声をかけられ、とりあえず大丈夫だということを伝えようと笑顔を浮かべた。


「心配かけてごめんね。ずっと寝てたら、朝は普通に戻ってたから…。そんなに大した風邪じゃなかったみたい。」

「なんだぁ~…。ゴールしたら、詩織が倒れて帰ったって聞いて、どんな状態だったのか気になってたんだよ~!!赤井はすげー苦しそうだったしか言わないし!!」


あゆちゃんがキッと横目で赤井君を睨んで言って、赤井君は「見たまんまを言っただけだし。」なんて言って笑っている。


「そっか、もしかして赤井君が先生呼んでくれた?私、昨日のことほとんど覚えてなくて…。」

「あ、そうなんだ。でも見た目、相当熱高そうだったもんな。意識朦朧としてたんだろうし、仕方ないよ。」

「なんか迷惑かけてごめんね。大会の途中だったのに…。」

「いいよ。たまたま通りかかったってだけだし、なぁ?」


赤井君が島田君や北野君に目を向けて促して、二人は「そうそう。」と笑ってくれた。

私はそんな優しい赤井君たちに「ありがとう。」と言うと、赤井君が手を叩いて言った。


「それより覚えてないって言ったけど、井坂とは昨日会ったんだよな?」

「実は…それも曖昧なんだよね…。会ったような覚えはあるんだけど、記憶がハッキリしなくて…。あ、でもお母さんが井坂君に会ったって言ってたから、保健室には来てくれたんだと思う。」


私はさすがに朝に聞いたことは言えなくて、ぼやかして話した。

自分の記憶もないのに余計な事は言えない…。


「そっか。やっぱ会えてたんだな。あいつ、俺らから谷地さんのこと聞くなり、全力疾走して坂下りてってさ。なんかそれで転んで怪我もしてたっぽいし。これで会えなかったとかだったら、あいつ報われねぇなぁ~なんて思ってたからさ。」

「怪我!?それって…ひどかったり…。」


私はそこまで私のために走って怪我したなんて、心配になりサァッと血の気が引いた。


「いんや?ただこけたってだけだし、そこまでひどくねーと思うよ?」

「そうそう。あいつ頑丈だから心配はいらねーって。」

「っつーか、谷地さんのために怪我したとかなら、あいつも本望なんじゃねぇの?」


北野君がサラッと横から言った言葉に赤井君と島田君が「それ言えてる!!」と笑い出して、私は心配するほどの怪我じゃないと分かり少しほっとした。


でも、井坂君がそこまで必死になってくれたなんて…ちょっと嬉しいかも…


私がほわんと胸が温かくなりながら微笑んでいると、急に背中にズシッと重みを感じて、咄嗟に振り返った。


「はよ…。なんか盛り上がってんな…。」

「い、井坂君!!」


井坂君は私を背中から抱きしめるように腕を回してきて、口にはマスクをしていて、どうやら熱でもあるのかしんどそうな表情をしていた。

私はその姿に言葉を失ってしまい、自分の風邪を移したんじゃ…と顔から血の気が引いて顔が引きつる。


「なんだ井坂!!今度はお前が風邪か!?」

「谷地さんのをもらうとか、ホント仲良いよなぁ~!!」


「うっせーな…。風邪じゃねーし…。昨日、マラソンで体力使いすぎて疲れただけだっつーの。」


うそ…どう見ても風邪ひいてるよね…??


私は井坂君の腕を持って彼の体を支えたときに、井坂君の体温が高いことを感じ取って、どうしてそんな嘘をつくのか気になった。


赤井君たちは井坂君の体調を心配する様子もなく、「そういえば総合11位になるぐらい全力だったもんな!!」なんてからかって笑い出す。

井坂君も井坂君でいつものように「俺の実力だよ。」なんて言ってからかいに乗っかっているし、私は一人井坂君の体調が心配でハラハラしていた。


声にいつもの覇気もないし、絶対無理してる…

今日、学校に来るなんて無謀だよ…家に帰らさなくちゃ!!


私は井坂君の腕を支える力を強めると、帰ろうと口を開きかけたところで、急に後ろから押されて口を閉じた。


「詩織、たった半日で元気になったんだな?今日、学校来てて良かった。」


井坂君は嬉しそうに笑いながら私を抱きしめたまま教室へグイグイと押してきて、私は井坂君の笑顔を見れたことが嬉しいなんて思いながらも、話題を戻そうと告げた。


「井坂君!!どう見ても風邪ひいてるよね?今日は授業に出ちゃだめだよ!!お家でゆっくり寝てなくちゃ!!」

「風邪じゃねぇって。元気も有り余ってるし、ここまで来たんだから帰るとか勘弁。」

「でも…!!!」


井坂君は私がまだ言おうとするのを遮るように教室内へ足を進めると、私を放して席に座るなり机の上にぐたっと上半身をのせて言った。


「俺のこれは詩織のせいじゃねーから、気にすんな。風邪じゃねーし、元気だから。」


風邪じゃないって…どう見ても風邪なのに…

なんで嘘をつくの…??


私はしんどそうな井坂君を見下ろして考え込むと、あることに気づいた。


あ、まさか…私が移したって気にしないように無理してるとか…??


私は井坂君ならあり得そうで、胸がギュッとつまった。

井坂君の不器用な優しさに涙が出そうで、顔をしかめると井坂君の頬をキュッと軽くつねる。


「いて。何すんの?」

「井坂君のバカ。」


私はこんな気の使い方をされたことにモヤモヤして、ぶすっとすると吐き捨てた。

井坂君は私の顔を見上げるなり、息を吐き出して顔をクシャっとさせながら笑う。


「バカって…。ははっ!可愛い顔して何言ってんの?」

「可愛くないし。自分の情けなさに嫌気が差してるの!!」


私が自分にイラついて言うと、井坂君は「何だそれ?」と楽しそうに笑っている。


むぅ…やっぱり、私は井坂君には敵わない…

そんな笑顔見せられたら、風邪でしょ!?なんて問い詰められなくなる。


それに井坂君は梃子でも家に帰るなんて言い出さないんだろうな…


私は井坂君の頑固さをよく知っていたので、風邪じゃないというのを受け入れ、教室で看病することに決めた。

幸い今日は体育の授業や移動教室もない。

教室での授業ばかりなので、座ってれば一日を乗り切れるはず。


私は何か井坂君の役に立とうと、井坂君と目線を合わそうとしゃがみこんで話しかけた。


「井坂君。私にしてほしいことない?私にできることなら何でもするよ?」

「してほしい事?」


ここで私は今朝お母さんから言われた事を思い出して、それを口にした。


「あ、昨日、私の我が儘色々きいてくれたんだよね?私、熱出てたせいか何も覚えてなくて…。だから、昨日のお返しに今日は私が井坂君の要望を叶えるよ!!何でもいいよ!昨日の私みたいに…っていうか自覚ないんだけど…甘えてくれてもいいし、パシリに使ってくれてもいい!!私、何すればいい?」


私は恩返ししたい一心で言ったのだけど、井坂君は目の前で目を丸くさせると、急に顔を赤らめ出して、私はその反応に目を瞬かせた。


「…何でもって…、そんなの男に言っちゃダメだろ…。」

「え?どういうこと?」


私が言われた意味が分からなくて首を傾げると、井坂君は目を逸らして「何でもない。」と少し頬を膨らませた。


そんな不機嫌になられるほど変なこと言ったかな?


「じゃあ、今日は詩織に色々してもらおっかな。何でもしてくれるんだろ?」


井坂君はちらっと私を見ながら意地悪そうに言って、私は頼ってくれることに嬉しくて顔を綻ばした。


「うん!!何でもするよ!!」

「じゃ、今日一日よろしくな。」


井坂君は優しい笑顔で言ったのだけど、井坂君から出される要望にこんなにも振り回されることになろうとは、このときには思いもしていなかったのだった。







井坂、風邪をひくターンです。

井坂に振り回される詩織は次回にて。

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