125、甘いお昼休み
始業式と午前中の授業を終え、昼休みになるなり、私は真っ先にお弁当を手に井坂君の席にすっ飛んでいった。
あゆちゃんたちに捕まる前に移動したかったからだ。
「はえーなぁ、詩織。そんなに俺と食べたかったのか?」
「あ、うん。そうか…な?」
私は本当の理由を隠して答えると、井坂君はどこか嬉しそうに笑って立ちあがった。
手にはお弁当とパンとペットボトルのお茶の入ってるビニールの袋を持っている。
いつも思うけど、たくさん食べるなぁ…
私がじっとそれを見つめていると、井坂君が空いてる手を繋いできてドキッとした。
井坂君は赤井君たちに「今日は詩織と食べるから。」と言い残して、教室を出ていく。
赤井君はムスッとすると「わーったよ。」と返し、そっぽを向いてしまった。
あ、もしかして井坂君と食べたかったのかな…?
私は赤井君から親友を奪ってしまったと察して、心の中で謝っておいた。
赤井君のことだから今日一日だけなら許してくれるはずだ。
私は井坂君の背に目を戻すと、どこへ向かっているのか気になって声をかけた。
「井坂君。どこで食べるの?」
「んー?この時期、屋上だったら人いねーんじゃねぇかなと思ってさ。」
人がいない基準なんだ…と思いながらも、誰にも邪魔されずに食べられるのは嬉しかったので屋上で納得した。
そして屋上に来て扉を開けると、すぐに冷たい突き刺すような風が肌に当たって、私は井坂君の影に隠れると身を縮めた。
「いっ、井坂君!!さすがに寒くない!?」
「大丈夫だって。あ、ほら。誰もいねーし、ちょうどいいじゃん。」
井坂君は嬉しそうに笑いながらスタスタと屋上へ出ていってしまい、私は手を引かれるままに寒さに震えながら足を進めた。
こんなに寒いなら教室からブランケットとマフラー持ってくれば良かった…
私は寒さに後悔しながら井坂君についていくと、井坂君が風のこない壁に囲まれたところまで行き、その壁にもたれかかると座り込んだ。
そして私を横に促してきたので、私は井坂君にくっつくように座った。
座った瞬間、地面の冷たさが肌に当たり、私は丈を短くしたスカート引っ張って少しでも伸ばしてガードした。
「んじゃ食べるか。いただきまーす。」
「あ、うん。いただきます。」
井坂君はニコニコしながらお弁当を開けると大口で食べ始めて、みるみる内に平らげられていく。
私はそれをぽかんと見ながら、自分は井坂君の半分ぐらいのペースで食べ進めた。
やっぱり男の子だなぁ…
私の倍はあるお弁当がもう空になっちゃった…
私はパンにかじりついている井坂君を見ていると、寒さからかくしゃみが出た。
「ふぇっくしゅっ!!」
私は可愛さの欠片もないくしゃみに恥ずかしくなって、「ごめん。」と言うと、井坂君がクスクスと笑ってから自分の前をパンパンと手で叩いてきた。
「寒いんだろ?ここ座ったら?」
「え!?ここって…井坂君の前だけど!?」
「うん。俺がこうして温めてやるよ。」
井坂君がジェスチャーでギュッと抱きしめるように腕を動かして、私は大きく左右に首を振った。
「むっ、無理無理!!寒くないから!平気だから!!」
「む~~…、詩織は強情っぱりだなぁ…。」
井坂君はムスッとした後に息を吐くと立ち上がって、私がどこに行くんだろうと見つめていると、私の背中側に跨ってきて自分の体を滑り込ませるように座ってしまった。
そして、後ろから腕を回してきてビックリした。
「いっ、井坂君!!いいってば!!」
「詩織がよくても、俺がよくねぇの。だいたい俺も寒いしな。詩織とこうしてるとあったかい。」
「でっ、でも!!井坂君、ご飯食べられない…。」
「もう弁当はねぇし、パンだから片手で食えるし平気。詩織は気にすんな。」
井坂君はそう言うと、私の後ろに落ち着いてしまってパンをもぐもぐと食べ始めてしまった。
私は恥ずかしいけど嬉しいのもあって、心臓がドックドックと大きく高鳴って体が熱くなってきた。
食欲なんか吹っ飛んで、背中の神経が井坂君の動きに集中してしまう。
あったかくなったけど、胸がいっぱいでご飯が進まない。
少しずつ口に運びながら、井坂君のパンを持つ手が見える度に凝視してしまう。
骨ばってるなぁ…とか、血管が浮いて見える…とか、指長いなぁ…なんて思ってしまって、触りたくなってる自分に赤面する。
今朝の井坂君の発言もちょっと変態みたいだったけど、今の私も相当変態だ。
見てる所がおかしい。
いつもより距離が近いせいで、平常心を失ってる。
私はそう感じて、こんな自分がクリスマス以来だと思った。
「それ食べねーの?」
私がもんもんとしていると、耳のすぐ横で声がして体がビクついた。
「あ、え?」
「それ。卵焼き持ったまま箸止まってるけど。」
井坂君がいつの間にパンを食べ終えたのか、私の持ってるお弁当を指さしていて、私はその卵焼きをお箸で持ち上げた。
「あ、食べる?」
「えっ、いいのか!?」
「うん。欲しいなら…。」
私が何も考えずにお箸につかんだ卵焼きを差し出すと、井坂君はそれにパクついて「うめーっ!」と嬉しそうに笑っている。
私が喜んでもらえたことに嬉しくなりながらお弁当に目を戻して、自分も食べようと残ったおかずをお箸で掴むと、私はここではっと我に返った。
あれ…?今のって…カップルがよくやってる「あ~ん」というやつじゃ…
私はやった後に気づいて、自分のボケボケ具合にカッと顔が熱くなった。
ウソ、ウソ!!無意識だった!!今のはホントに無意識だった!!
うわわわ…恥ずかしい…!!
私は顔の熱が引かなくて、照れる顔を隠すように俯くと、後ろ頭に井坂君がくっついてきたのが分かりドキンと胸が動いた。
「良い匂いすんな…。」
「え?そ、そうかな?」
私は匂いを嗅がれてることに動揺して声が裏返った。
井坂君はふっと鼻で笑うと「するよ。」と言ってから、頬ずりするように右側に顔をくっつけてくる。
私はそれが気になり過ぎてお箸が進まない。
近い…なんか緊張するなぁ…
私はなるべく気にしないように自分に言い聞かせると、もそもそとお弁当を食べる事に集中する。
でも井坂君の息使いや、手の動き、温かさに胸がいっぱいで、ご飯がなかなか喉を通ってくれない。
だから食べ終わるのに、いつもの倍は時間をかけてしまった。
食べてるだけなのに、こんなに疲れるなんて…
私はお弁当を片付けると水筒のお茶を飲んで、ふうと一息ついた。
するとくっついていた井坂君が少し離れてから「食べ終わった?」と聞いてきた。
「うん。食べ終わったよ。寒いから教室戻ろっか。」
「なんで?」
「なんでって…寒いよね?このままここにいたら風邪ひいちゃうよ。」
「平気だよ。詩織あったけーもん。」
井坂君は子供みたいにそう言うと、さっきよりも強く抱き締めてきて、私の足も両足で挟み込んできた。
「それに教室戻ったらイチャつけねーじゃん。ただでさえ冬休みも邪魔されてばっかだったのにさ。」
冬休みと言われて、私は井坂君のお家に通ってた毎日を思い出した。
家に行けばお母さんやお姉さん、お父さんが必ずいて、私を大歓迎してくれた。
お姉さんは三日には名残惜しそうに帰っていってしまったけど…。
それは私の家に来てもらっても一緒だった。
大輝が受験生なので、お母さんやお父さんが必ずいて二人でイチャつく隙なんてなかった。
井坂君もそれを気にしてたんだと知って、私は途端に嬉しくなった。
今朝急にキスしてきたのも、そういう理由だったのかも。
私がそうして気持ちも穏やかに喜んでいると、井坂君が私の頬に軽くキスしてから、また太ももを触ってきて体が固まった。
「うわ、詩織の足つめてー。」
「え、え?え??な、なんで足…。」
「なんでって、今朝続きするって言っただろ?」
「続き…。」
井坂君がケロッとした様子で言って、私は「続きは昼休み。」と言われた事を思い出した。
「ええっ!?つっ、続きって…!?」
「詩織、私服だと短いスカート履かねぇもんなぁ…。そこは制服に感謝かな…。」
「ちょっ!!話聞いて!!」
井坂君はまた今朝のように、信じられないようなスケベな発言をしていて、私は井坂君がどうしてしまったのか気になって声を荒げた。
井坂君は私の顔をじっと見てから、ふっと笑みを浮かべるとまた頬にキスしてきて、私はぐわっと体温が上がる。
「何?」
「な、なななっ、何って!!井坂君、なんか変だよ!?どうしたの?」
「うー…ん。そんなに今の俺って変?」
「変だよ!!こっ、こんなことしれっと今までしてきたこともないのに!!」
私はまだ太ももを撫でられていたので、心臓がドックンドックンと荒ぶっていた。
呼吸するのが苦しくて、白い息が目の前を通って消えていく。
井坂君はふっと声に出して笑うと、楽しげな声で言った。
「俺さ、姉さんにこの冬休み、色々相談したんだよ。」
「お姉さん?って美空さん?」
「そう。純さんと長く付き合ってる姉さんなら、長ーく付き合う秘訣みたいなの知ってるかなって思ってさ。」
「秘訣…。」
私はお姉さんが純さんと付き合ってるわけではないと知ってるだけに、その秘訣が信憑性のあるものなのか気になった。
「姉さんは一番は愛情表現だって言ってた。毎日、好きだよーってことをちゃんと伝えろって。」
「そ、そうだね…。」
これには私も納得だった。
ちゃんと自分の気持ちを言わずに別れたこともあるから、ここは大事にしないといけない。
「あとは信じることだって言われた。」
「信じる?」
「うん。相手を…自分を信じる。そうすれば心に余裕が生まれてきて、多少のことじゃ不安になったりしねーんだってさ。」
「そうなんだ…。」
私は信じてるつもりだったけど、余裕なんて少しも生まれてなかっただけに顔をしかめた。
余裕がないってことは、どこかで井坂君を疑ってるってことだよね…
信じる力が足りないんだ…
私は自分に必要なのはこれだと思った。
「だからさ、俺は詩織を信じるって決めたんだ。なんか兄貴を気にしてるなーって思った事もあったけど、俺には詩織の気持ちがあればいいやって思い直した。」
私は急にお兄さんのことが出てきた事にビックリして、井坂君に振り返った。
井坂君は優しい顔で微笑んでいて、私は隠し事してる事に胸が苦しくなった。
「違うっ!!気にしてるとかそんなんじゃないの!!ただ、私…お兄さんの秘密に気づいちゃったっていうか…。井坂君には言えないことで…!!」
「…そっか。でも、俺はイヤだったよ。」
井坂君から初めて聞く本心に息がつまる。
井坂君は嫌だと言う言葉とは反対に、表情はとても優しい。
「兄貴と詩織にだけ分かる世界があるってのが嫌だった。でも、姉さんに言われて…あと、詩織からの気持ちを直に感じて、こんなの俺の我が儘だよなって思った。そしたら、余裕がでてきたんだよ。」
井坂君は言葉を失ってる私を見て、笑顔を崩さずに言った。
「心がスッと楽になってさ。詩織を好きだって感情だけが残った。だから、俺は詩織に包み隠さず全部言おうと思ったんだ。俺が詩織に対して思ってること、全部。」
「全部…?」
「そ。だから、思ってる事全部、口に出てる。」
全部って…スカート短い方がいいとか…そういうこと?
前から思ってたけど、今は全部口から出てるってこと?
私は正直に打ち明けられて顔が火照っていく。
「まぁ、ぶっちゃけたついでだから言うけどさ。」
「う、うん。」
「俺、今年こそ詩織と恋人としてレベルアップするつもりだから。」
「レ…レベルアップ…?」
「そう。だから、ガンガン攻めるから。覚悟だけはしといてくれよ?」
覚悟…??
私はなんのことか分からずに呆けていると、井坂君がニヤッとしたあとにキスしてきて、やっと意味を理解した。
レベルアップってもしかして!!!
私がまさかの予想をして焦っていると、唇を割って舌が入ってきて体が勝手に反応してビクついた。
井坂君の舌は熱くて角度を変えて責められる度に、背筋がゾク…となって感じてしまう。
井坂君は変わらず太ももも撫でているし、その感触も相まって心臓がドキドキで壊れてしまいそうだ。
嫌じゃないけどっ!!嫌じゃないんだけど!!
ここで!?こんなところでレベルアップするの!?
私は井坂君の制服をギュッと掴んで悶々とした。
すると、やっと井坂君が私から口を離して余裕のある笑顔で言った。
「やっぱ小動物みたいで可愛いな…。」
「へっ!?」
私は滅多に言われない「可愛い」なんて言葉に赤面していると、井坂君がスーッと首筋に唇を這わせてきてゾクゾクッと体が震えた。
「やっ!!ダメッ…!!!」
私がお腹の辺りが疼き始めたのを打ち消したくて声が出た。
でも井坂君は「あとちょっとだけ…。」と耳元で囁いてきて、私は体中がゾワッと鳥肌が立った。
う~~~っ!!なんか体が変!!
やめて欲しいのに、やめて欲しくない自分もどこかにいて、自分の気持ちの矛盾にもやもやする。
すると井坂君が今度は耳たぶを甘噛みしてきて、私は体が敏感になっていたので体が飛び上がった。
「うひゃっ!!」
井坂君に殺される!!
私はこれ以上は心臓がもたないと思って、井坂君の首に手を回して抱き付いた。
こうすればキスされるのは阻止できるからだ。
もうダメ!!これ以上はダメ!!
私は心臓がバクバクとかなり早い鼓動を奏でていて、全然収まる様子がなく落ち着こうと呼吸を繰り返した。
すると、井坂君がハハハッと楽しそうに声を上げて笑ってから、私の太ももから手を放して背中をポンポンと優しく叩いてきた。
「分かったよ。もう、おしまいな。宣言したばっかだし、こんぐらいにしとくよ。」
こんぐらい!?今のでこんぐらい!?
私はこれ以上が今後も続くのかと思うと、心の中に不安が生まれた。
井坂君は再度私の背をポンと優しく叩くと、引き離してきてお弁当を手に立ち上がった。
「じゃ、教室に帰るか。」
「え…。あ、うん。」
私はいたって普通な井坂君を見て拍子抜けした。
ドキドキしたり、変になって疼いた自分がバカみたいに思えてくる。
井坂君は私に声をかけるだけで、屋上から戻るときには手を繋いでくれなくて、私は自分からダメだと言ったのに、少し距離のあることに寂しくなった。
あんなにイチャついてきてドキドキしてたのに…
井坂君は余裕で何も変わらないなぁ…
私は自分も信じきることができれば、井坂君に対して余裕ができるのだろうか…と考るけど、自分に余裕なんか生まれそうもないことにため息が出たのだった。
レベルアップできるのでしょうか?
見守ってやってください(笑)




