123、お姉さんの真実
大晦日―――――
私が井坂君のお家にこの間お邪魔したお礼も兼ねて、手土産を持って井坂君の家の前に立った。
そこで、この間お兄さんとした会話を思い出してしまって、ブンブンと頭を振る。
この事は誰にも言わない
お兄さんのためにも…
私はいつも通りと自分に言い聞かせてインターホンを鳴らすと、すぐに扉が開いてお姉さんが満面の笑顔で出迎えてくれた。
後ろにはげんなりした顔の井坂君がいる。
「いらっしゃい!!詩織ちゃん!!拓海と神社に行くんでしょ!?私も陸斗と一緒に行くから、ちょっと待っててね!!」
「え。」
お姉さんはそう言い残すと、バタバタと走って中に戻っていってしまって、井坂君がため息をつきながら私の前までやって来た。
「悪い。姉貴に詩織と年越しするのか聞かれて…するって言ったら、ついて行くってきかなくて…。」
井坂君が心底残念そうに言って、私は去年のことを思い返しておかしくなった。
去年はウチの大輝が同伴で今年は井坂君のお姉さんとお兄さんが一緒なんて、大晦日は兄弟に縁のある日のようだ。
井坂君は「二人が良かったのに…」なんてブツブツ言っていて、私はそこで手土産を思い出して井坂君に突き出した。
「井坂君!これ!!この間、お邪魔したお礼なんだけど。お母さんに渡してもらえる?」
「え。いいのに、こんなの。」
「いいの、いいの。お母さんも、長い間お邪魔したんだから持って行きなさいって言ってたから。」
私がお母さんを出すと、井坂君はしぶしぶ受け取ってくれた。
「ホントにいいんだけどなぁ。母さんも姉さんも詩織のことえらく気に入ったみたいで、呼べ呼べうるさくってさ。もう、全然気遣いとかいらねーから。」
「そうなんだ。なんか嬉しいかも…。」
私は気に入られたことがすごく嬉しかった。
そうして井坂君と話していると、お姉さんがお兄さんを引っ張って家から出てきて、井坂君が入れ替わるように手土産を置きに中へ戻っていく。
「お待たせ!!さっ、じゃあ行こっか!」
お姉さんが先導しながら歩き出して、私はお兄さんとすれ違うときに「こんばんは。」と挨拶だけする。
お兄さんはふっと優しく微笑むと「行くよ。」と声をかけてくれる。
全然いつも通りだな…
でも、少しだけ前に会ったときと違う…?
私はお兄さんのお姉さんに対する態度が駄々漏れではなくなったような気がして、並んで歩く二人の背を見つめる。
そして、井坂君が戻ってきてから、私はその背を追いかけるように井坂君と並んで歩き出したのだった。
***
4人で人のたくさんいる神社にやってきたとき、井坂君がなんだかキョロキョロしだして、私は何をしてるんだろう?と井坂君に尋ねた。
「なんでキョロキョロしてるの?」
「あ、いや。赤井も来るって言ってたからさ、まさか会わねぇよななんて思ってさ。」
??
「会っても別にいいんじゃないの?」
「は!?嫌に決まってんだろ!?」
???
「…なんで?」
「そりゃあ…――」
井坂君は何かを言いかけたあと、ちらっと私を見た後に「何でもない。」と話を打ち切ってしまう。
なんで??
そんなに言えない事?
私は意味が分からないなと思いながらも、別にそこまで知りたいわけでもなかったので、聞くのをやめた。
そして仲良くしゃべって盛り上がっているお兄さんとお姉さんを見て、双子って肩書きがなかったらカップルに見えるよなぁ…なんて思った。
二人とも美男美女だから、きっと昔は学校で目立っていただろう。
私はお兄さんがどんな気持ちで学生時代を送ったのか考えて、無性に悲しくなる。
『他人だったら良かったって…何度思ったか分からない…。』
今も耳に響くお兄さんの本音。
私は自分が何もできないと分かっていたけど、何かしなきゃいけないような気持ちに駆り立てられる。
お姉さんは…お兄さんのことどう思ってるんだろう?
気持ちを伝えると、本当に困ってしまうのかな?
私はじっとお姉さんを見つめて考え込んだ。
すると、その視線に気づかれたのかお姉さんが振り返ってきて、私は目が合ったことにビックリして顔が強張った。
「拓海!!陸斗と甘酒買ってきてよ!私と詩織ちゃんの分!!」
「はぁ!?なんで俺!?」
「バカ!!こういうときは男が率先して買うものなの!!覚えときなさい!」
お姉さんに叱られて井坂君はムスッとすると、先に歩き出していたお兄さんを追いかけるようにいってしまった。
そして私はお姉さんと残されて、なんとなくお兄さんのこともあり気まずくなった。
なんの話をしようかな…
他愛ない世間話でいいよね…
私がこの沈黙をなんとかしようと口を開きかけると、お姉さんに腕を引っ張られて驚いた。
「ちょっとこっち来て。」
お姉さんはそう言うと、私を人気のない方へと引っ張っていく。
私はここから離れたら井坂君たちと合流できないんじゃ…と思いながらも、されるがままに足を進める。
そうして二人で来たのは、神社の一番端の方のスペースで、すぐ横に雑木林が広がっていてどことなく不気味だった。
お姉さんは傍にあった石の椅子に座ると、戸惑ってる私に向かって笑顔で言った。
「詩織ちゃん。陸斗と何かあった?」
「え!?」
私はズバリ聞かれたことに心臓が縮み上がって、お姉さんから目が逸らせなくなった。
ど、どうしよう…
お兄さんとの約束で何も言うわけにはいかないし…
かといって嘘を言える自信もない…
私はお姉さんから突き刺さる視線に焦ってきて、視線を下げてしまう。
「その様子じゃ、陸斗…詩織ちゃんに何か言ったみたいだね。」
「な、何もないです!!お、お兄さんは何も関係ないです!!」
私は鋭いお姉さんにとりあえず否定だけしようと、早口で捲し立てた。
お姉さんは目をパチクリさせていたけど、ふっと苦笑すると何かくみ取ってくれたのか「分かった。」と言ってくれた。
そして、その後に暗い空を見上げて白い息を吐き出して、話し始めた。
「ここからは私の独り言だと思って聞いてくれる?」
「え、はい。」
私は何だろうと思いながらもじっとお姉さんを見て耳を傾ける。
「私、一人暮らし始めて…井坂の家から少しだけど切り離されて…、気づいた事があるの。」
気づいた事…?
「大学から帰って…アパートに戻っても誰もいない。辛い事があっても、すぐ横で話を聞いてくれてた人がいない。今まで…どれだけ、誰かに助けられて生きてきたかを…思い知った…。そして、当たり前に近くにいた人の尊さに気づいた…。気づくの遅すぎなんだけどね。」
お姉さんが自嘲気味に笑っていて、私はまさか…という可能性が頭を過った。
そんなわけない。
あるはずない。
と思いながらも、お姉さんの目がついこの間見た人と重なって、生まれた可能性が打ち消せない。
「ここで私の最大の秘密。詩織ちゃんにだけ教えてあげる。」
「…秘密?」
「そう。今まで誰にも言ってこなかった…。私の秘密。」
お姉さんはそう言うと、私をジッと視線で射抜いてくる。
私は緊張感のある空気にゴク…と唾をのむ込む。
「私ね、純とは付き合ってないんだ。」
「……え?」
私は自分の耳を疑った。
純…さんって…確か中学から付き合ってるって…
ど、どういうこと?
お姉さんは「言っちゃったー!」と笑いながらどこかスッキリした顔をしている。
私は頭が混乱して目を泳がすと、疑問を口にする。
「じゅ…純さんって…中学のときから付き合ってる彼氏さんじゃ…?」
「だから、それ嘘なの。」
「う、嘘…!?」
私はケロッとしてるお姉さんを見つめ返して、目を見張った。
「純は私と陸斗の友達なの。あ、中学のときのね。他にも何人か仲の良い人もいるんだけど。大学まで進んだ今も仲が良いのは純だけかな。」
「友達って…、え?じゃあ…なんで付き合ってるなんて…。」
「…それは、告白されたってのは事実だから。」
ここでお姉さんは真剣な顔をすると、石の椅子から立ち上がった。
「純に中学二年のときに好きだって告白されたの。そのとき…私は恋なんてしたことなかったし、興味もなかったから断ったんだけどね。その頃…ちょっと色々あって…。純に協力してもらうことにしたの。」
「協力…?」
「うん。それが彼氏のフリ。」
それで今まで付き合ってるって…
私はやっと理解して混乱が解消されたけど、新たな疑問が浮き上がった。
「あれ?でも、どうしてそんなフリを?」
お姉さんは困惑してる私に近付いてくると、優しく微笑んで教えてくれる。
「それが、最初の私の独り言につながるんだけどね。詩織ちゃんなら言わなくても分かるんじゃないかと思って。」
ここでハッキリお姉さんの目とこの間のお兄さんの目が重なって見えて、すべてを確信した。
うそ…
「ま…まさか…、お兄さんのこと―――」
私が言おうとすると、お姉さんが人差し指を前に出して、私の口を塞いできた。
言わないでほしいという意味だと感じ取って、私は続きを喉の奥に押し込む。
お姉さんの表情は悲しげな雰囲気を纏っていたけど、笑顔で、あのときお兄さんにも感じた気持ちを感じ取って、無性に胸が苦しくなる。
「詩織ちゃんを送ったあと、陸斗の雰囲気が変わってたから、私も詩織ちゃんに言ってみようかなって思ったの。双子って変なところで鋭い勘が働くんだよね~。」
お姉さんが悲しさを打ち消すような笑顔を浮かべてきて、私はお姉さんの華奢な手をとって訴えた。
私の感じたことが本当なら、こんな奇跡ってない!!
お兄さんの約束を破ることになっても言わないと!!
「お姉さん!お兄さんと話をしてください!!ちゃんと話をすれば―――」
「詩織ちゃん!私は詩織ちゃんに抱え込んで欲しくて話したんじゃないの。」
お姉さんは私の手を握り返してくれると、厳しい顔で遮ってきた。
「私は私でちゃんと向き合ってる。今まで誰にも話さなかったことを言ったんだから分かるよね?」
私は泣きそうになって口を引き結ぶと、軽く頷いた。
「陸斗も、私も…長い時間がかかったけど、ちゃんと自分を見つめられるようになった。これは仲の良い拓海と詩織ちゃんを見て、やっと前を向くことができるようになったから。だから、私の秘密教えたけど…それを抱え込んで悩んだりしないで?」
お姉さんは泣くのを堪えてる私の顔を優しく触ってくると、優しい笑顔を浮かべる。
私はその顔を見て、涙をのみ込むと「はい。」となんとか口にした。
するとお姉さんがなんとも安心したように微笑んでくる。
お姉さんの心は決まってるんだ。
なら、私にできることは何もない…
だけど、少しでもお互いの気持ちに歩み寄れるなら…
私はすっとお姉さんに目を向けると、ゴクッと一度唾をのみ込んでから口を開いた。
「私…お兄さんのこと誤解してたんです。」
「え?」
少し困惑した表情を浮かべたお姉さんが私を見つめ返してくれる。
「いつも表面上で取り繕ってて、本心を絶対に見せなくて…よく分からない…。お兄さんって私の中でそんな感じだったんです。」
「あー…。そんなとこあるかもねー…。」
「でも、お姉さんと話すお兄さんを見て、それが勘違いだったって分かりました。」
「え…。」
私は少しでもお姉さんに伝われと念じて言った。
「お兄さんって、お姉さんの前でだけ正直な子供みたいになるんです。表情に何でも出るし…、何より言葉がすごく優しくなります。」
お姉さんは私の言葉を聞いて目を丸くさせて固まっている。
「だから私、お兄さんって根はすごく優しいんだなって思い直しました。そんなお兄さんの素の姿を昔から知ってるお姉さんは、やっぱりお兄さんにとって特別です。双子って、私からしたらとっても羨ましいです。」
「……詩織ちゃん…。」
お姉さんは一瞬泣きそうに眉間に皺を寄せたけど、すぐ見えないように俯くと、次に顔を上げたときには笑顔になった。
「私は詩織ちゃんと拓海が羨ましいよ。これからもずっと仲良しでいてね。お願い。」
お姉さんはそういうと私を力強く抱き締めてきて、その腕の強さから私は何かを託されてると感じてグッと胸が詰まった。
私は自然と涙が出そうになるのを堪えると、お姉さんにギュッと抱き付くと「はい。」と声に出した。
お姉さんは私を抱きしめ返してくれながら、「良かった。」と呟いていて、私はお姉さんの優しさ、温かさに胸を打たれた。
お姉さん、お兄さんの分も井坂君と幸せになる。
絶対離れたりしない。
ずっと一緒にいる。
私はこのとき固く心に誓ったのだった。
***
その後は、私たちを探し回っただろう井坂君とお兄さんに「どこにいんだよ!!」とこっぴどく叱られ、私とお姉さんは素直に謝った。
そしてお姉さんは私に優しい笑みを残して、お兄さんと一緒に今度はたこ焼き!!と人混みの中へ走っていってしまった。
それを見た井坂君が「ホント自分勝手なやつ~。」とぼやいていて、私は当たり前のように隣にいる井坂君がすごくかけがえのない存在に思えて、ギュッと井坂君の腕にくっついた。
「しっ、詩織!?急にどうしたんだよ!?」
私からあまりこういう事をしないので、井坂君が焦ってるようでソワソワしてるのが伝わってくる。
私はさっきの誓いを胸に刻むと、井坂君をまっすぐ前から見上げて思ってることを口にした。
「私は井坂君が好き!!」
「はぁ!?」
井坂君が驚いて目をまん丸くしたあと、真っ赤になる。
私も同じぐらい顔が熱かったけど、構わずに続ける。
「井坂君が大好き!!こうやって一緒にいられるのが、すごく嬉しい!!」
「ちょっ…詩織!?」
井坂君は人前だということに焦っていたけど、私は井坂君の服をギュッと握りしめると訊いた。
「井坂君は?」
心臓がドッドッと慣れない事をしたことで、大きく拍動している。
井坂君はしばらく真っ赤な顔で口をパクつかせていたけど、頭をガシガシと掻きむしると私の肩をガシッと掴んで言った。
「好きだよ!!すっげー好きだ!大好きだ!!」
私は照れ屋な井坂君がハッキリ言ってくれることに目が潤んでくる。
でも、井坂君は流石に恥ずかしかったのかその場にしゃがむと、私の体に顔を隠すように抱き付いてきた。
「もうダメだ…。死ぬ…。」
井坂君が小声でボソッと言って、私は井坂君の頭を抱え込むと「私の方が恥ずかしいよ。」と伝えた。
井坂君は私で顔を隠してるけど、私は隠すものがなくて丸見えだからだ。
すると井坂君がふっと笑って、「たまにはいいだろ。」なんて言ってくる。
今いる当たり前の存在の尊さ…
私はお姉さんの言葉の重みを井坂君を抱きしめながら、しっかりと胸にしまい込んだのだった。
前回更新から時間が経ってしまいました。
ここで双子の兄、姉の話は一旦終了です。
次から井坂に視点を戻します。




