12、友達ができる
井坂君とベルリシュの話をした次の日――――
彼は本当にライブのDVDを持って来てくれて、私は嬉しくて頬が持ち上がりっぱなしだった。
そして家に帰ると、今まで生きてきた中で一番のスピードで部屋に飛び込んでパソコンを立ち上げた。
上がる息を抑えながら、私は鞄からDVDの入った袋を取り出して、ケースを開ける。
すると中に一枚のメモ用紙が入っていて、それを手に取って開いた。
そこには井坂君の字なのか男の子らしい崩れた字で、『俺的には5番目がオススメ!!』と書かれていた。
私のためにしてくれた何気ない事に胸を打たれる。
嬉しい…
私はそのメモが宝物に見えてきて、キュッと手に力を入れると、胸に当てて目を瞑った。
井坂君が私のためにしてくれた事がこんなに嬉しいなんて、初めて知った。
私は少しでもお返しがしたくなって、DVDを再生するとメモ帳を取り出して画面と睨めっこしたのだった。
***
そして次の日――――
私は鞄に大事にDVDを入れると、ドキドキしながら学校へ登校した。
教室に入ると、井坂君はもう来ていて島田君と何か熱心に話をしていた。
私は息が浅くなるぐらい緊張しながら席につくと、勇気を出して井坂君に声をかけた。
「おっ…おはよう!」
私に気づいた井坂君が島田君と話すのをやめて、私の方へ振り返って笑顔を見せた。
「おはよー。」
「あっ…あのね、コレ、ありがとう!!すっごく良かった。」
「もう見たんだ?すっげー早いなぁ~。」
「うん。もう、何回も見過ぎて今日ちょっと寝不足なくらいだよ。」
私はDVDを返す手が震えそうで、彼が受け取るのを待たずに机の上に置いた。
井坂君はそれを手にとると、中を確認している。
「そんなすぐ返してくれなくても良かったのに。谷地さんってやっぱ真面目だよなぁ~。」
井坂君が笑いながらDVDを取り出してきて、私は焦ってその手を抑えた。
「いっ…!今は取り出さないで!!」
「へ?」
私は自分から井坂君の手に触れてる事にも驚いたけど、口から飛び出した言葉にも驚いた。
井坂君の驚いた目が私に突き刺さって、顔に熱が集まってくる。
私は慌てて彼から手を離すと、赤くなってるだろう顔を隠そうと井坂君から顔をそむけた。
「これになんか入ってんの?」
井坂君の発した言葉に私は自分のお返しがバレたと思って、きつく手を握りしめた。
家で見てもらう予定だったのに…全部台無しだ…
私は自分のしたことの反応が怖くて、目を瞑って彼の言葉を待った。
「…これって…。」
私はおそるおそる目を開けると、ちらっと横目で彼を確認する。
井坂君の手にメモ用紙が握られているのが目に入って、顔が一気に赤面してくる。
うわわ…目の前で読まれてる!!
私は昨日DVDを見ながらメモに書いた内容を思い出して、居た堪れなくなってきた。
『私も5番目がすごく気に入ったよ。やっぱりKEIのベース最高!!
貸してくれて本当にありがとう。
P.Sまた、井坂君とベルリシュの話がしたいです。』
P.Sとかいらなかった!!
こんな事になるなら書かなきゃ良かった!!
私はDVDの中に入っていたメモが嬉しすぎて、舞い上がったと後悔した。
すると横から井坂君の笑い声が聞こえてきて、私は赤い顔を手で隠すとちらっと井坂君に目を向けた。
井坂君は私の書いたメモを見て、声を殺しながらお腹を抱えて笑っている。
そんな反応にまた顔が熱くなってきて、泣きたくなってきた。
「谷地さんってほんっと…直球だよなぁ?」
「うぅ…最後の一文は忘れて…。まさか…ここで見られるなんて…。」
井坂君のからかうような言い方に私はたまらず机に突っ伏した。
メモを見た彼の反応を直に見る事になるなんて思わなかった。
家で気づいてもらえたら程度の気持ちだっただけに、恥ずかしさで死ねるとさえ思った。
「忘れらんねーよ。俺も同じこと思ってたんだから、いいじゃん?」
「へ…?」
私は彼の言葉にまだ熱を持ったままの顔を上げた。
井坂君は私の方に体を向けていて、メモを手に持ったまま嬉しそうに笑っていた。
「そんなベルリシュ好きな俺たちに朗報。」
「…朗報って…何?」
私は井坂君がそこまで深く受け取ってないのかもと思って、少し気が楽になって彼に目を向けた。
井坂君はもったいぶるかのように溜めると、ニッを笑って言った。
「ベルリシュがテレビに出るんだってさ。衛星放送らしいけど。」
「衛星放送…?私の家は映らないと思うなぁ…。」
「そうなんだ?俺ん家見られるけど、見にくる?」
「えぇっ!?」
家!?
井坂君は何でもないことなのかサラッと言っていて、私はどういうつもり言ったのか分からなくて返答に困った。
「なんか楽しそーな話してるなぁ!俺も井坂ん家行きたいなぁ~。」
私が色んな妄想して口をパクつかせていると、赤井君が話に割り込んできた。
「赤井。…別にいいけど。お前、ベルリシュ興味ないんじゃなかったっけ?」
「そーだけど。なんかこう皆で集まるってのがいいんじゃん?お菓子とか持って行くからさ!!いいよな?」
「それ、私も参加したーい!!」
赤井君が井坂君の肩を掴んで許可をとろうとしていると、小波さんが私の後ろから声を上げて驚いた。
小波さんに振り返ると、小波さんは私の肩を掴んでウィンクしてきた。
「ベルリシュは興味ないけど、谷地さんと一緒だったら楽しそうだし!!いいよね?井坂?」
井坂君は乗り気な赤井君と小波さんを見ると、諦めたようにため息をついた。
「いいよ。勝手にすれば。」
「よっしゃ!!井坂、お前ってやっぱ良い奴だなぁ~!」
「やった!!谷地さん!楽しみだね~。」
「あ…うん。」
私は二人に巻き込まれたような形で井坂君の家に行くことに決まり、内心ドキドキしていた。
男の子の家に行くなんて…初めてだ。
私はちらっと井坂君を見て、素敵な一日になりそうだとお宅訪問が待ち遠しくなったのだった。
***
井坂君の家に行く日――――
私は小波さんと公園の時計前で待ち合わせをしていた。
小波さんが10時と指定していたので、私は時計を確認して辺りを見回す。
すると公園の入り口に走って来る小波さんの姿が見えた。
「谷地さん!!ごめ~ん!寝坊して!!」
「いいよ。まだ時間過ぎてないし。」
小波さんは校外学習のときのように可愛い格好をしていて、私は自分の姿に自信がなくなった。
家にあるのでもマシなものを着てきたつもりだけど、彼女の服装は私と段違いにオシャレだ。
彼女はミニスカートに白いキャミソールの上にパステルカラーのカーディガンを羽織っていて、普段と変わらないジーンズに少し飾りのついたTシャツにパーカーの私と並ぶと本当に友達かと疑いたくなる。
小波さんは私の姿を見て、吹きだすように笑い出すと私の肩を叩いた。
「あはははっ!谷地さん、予想通りで早めに待ち合わせして良かったよ!!」
「予想通り…?」
小波さんは本当におかしいものでも見たように笑ってから、体の前で拳を作るとコホンと咳払いした。
「谷地さん。今日は誰の家に行くんだっけ?」
「えっと…井坂君だよね?」
「そう!!谷地さんの大好きな井坂の家に行くんだよ!!分かってる!?」
「…う…うん。」
彼女は私に詰め寄って来ると、ふんぞり返って言った。
「好きな人の家に行くのに、その格好はないでしょ!?ホント、早めに待ち合わせして良かった。さ、買い物に行くよ!!」
「…うん?―――――へっ!?」
小波さんは私の腕を掴むとズンズンと歩き始めた。
私はされるがままに引っ張られて、彼女を言った言葉を考えた。
早めに待ち合わせって…もしかして、私の服装がダサいのを見越してのこと!?
小波さんが私のために協力してくれていると分かって、私は引っ張られながらお礼を口にした。
「こっ…小波さん!!ありがとうっ!」
「いいの!私…この間、谷地さんが可愛くなったの見て、こういう事するのすっごく楽しいって事に気づいちゃったんだよね!だから私が好きでやってることなの!気にしないで。」
「でも…私のためにしてくれてる事だから…今度、私も何か協力するね!」
私は小波さんの好きな人である赤井君を思い出して、彼女に告げた。
小波さんはちらっと私を振り返ると、ふっと微笑んで口を開いた。
「期待しとく。その前に、今日は可愛くなってもらうから、覚悟してよね?」
「…わ…わかった。…頑張る。」
私はどんな服を選ばれるのだろうかと不安だったけど、可愛くと聞いて私は小波さんに任せようと思った。
井坂君に少しでも可愛いって思ってほしい。
それは今でも変わってない。
私はお金の持ち合わせだけが気がかりだったけど、小波さんの頼もしい背中を見て足を進めたのだった。
***
それからショッピングモールで小波さんと買い物をして、私は小波さんの見立ての服に着替える事になった。
ミニスカートは断固として拒否したので、購入したのはショートパンツに可愛いレースのついたキャミソールでその上に着てきていたパーカーを羽織ることになった。
着替えてみて足を出すだけでこんなに変わるんだと、小波さんを尊敬した。
「うん。可愛い。これで髪が長かったら完璧なんだけど。谷地さんって髪伸ばさないの?」
「あ…うん。私、剛毛で…伸ばす事ができないんだよね…。」
「ふぅん。今は縮毛矯正だってあるから、伸ばそうと思ったら伸ばせると思うけど…。でも、そんなに剛毛かなぁ~。この間、髪切ってたときに思ったけど、普通だと思うけど?今の髪型でも伸ばせないって思う?」
小波さんに聞かれて、私は自分の髪を触ってみた。
確かに…以前に比べたら、軽くなったのもあって伸ばせないとは思わない…
今まで伸ばすという選択肢を捨ててきただけに、実際伸ばすとなると想像もつかない。
私は小波さんをまっすぐに見つめ返すと、笑顔を作って頷いた。
「ちょっと考えてみるよ。伸ばしたいなって…思ってた時期もあったから。」
「そうこなくっちゃ!すっごい楽しみが増えちゃった!!また、色々アドバイスするから、何でも聞いてね!」
小波さんが本当に嬉しそうに笑ってくれて、私は彼女に感謝してもしきれないぐらいだった。
ここまでしてくれる彼女に何が返せるだろうか…?
私はいつか彼女に恩返しがしたいと考えを巡らせたのだった。
それから井坂君の家に向かう道中で、小波さんが私をじっと見つめた後、口を開いた。
「っていうかさ、谷地さんの事、名前で呼んでもいい?」
「えっ?」
小波さんは私の腕を軽く掴むと、少し照れくさそうに頬を掻いた。
「だって、友達なのに『さん』付けなんて変でしょ?だから、詩織って名前で呼んでもいい?」
「う…うん!!もちろん!私も名前で呼んでいいかな!?」
私は友達と言われてすごく嬉しかった。
今まで世界の違う女の子だと思っていた彼女と友達なんて夢みたいだ。
私は彼女の手をとると、満面の笑顔で頷いた。
「いいよ!よろしくね、詩織!!」
「うん。よろしく。あゆちゃん。」
私が『ちゃん』付けで呼ぶと、あゆちゃんは大げさにずっこけた後、笑い出した。
「この流れだと呼び捨てでしょ~!?なんで『ちゃん』付けなの~!!」
「だ…だって、呼び捨てとか…あんまり…した事ないし…。徐々に慣れていく方向でお願いします!!」
「あはははっ!詩織って本当、可愛いよねぇ~!!」
あゆちゃんの『可愛い』は何度か聞いたことがあったけど、今回の『可愛い』は褒められているものじゃない事は分かった。
あゆちゃんはまだ笑いが収まらないのか、お腹を抱えてひーひー言っているし、私は自分が相当ズレてるのではと思って少し不安になったのだった。
詩織に友達が増えました。