116、幼馴染たち
年末のある日――――
ライブで再会した中学のクラスメイトの梨衣菜さんからメールがあり、同窓会を開催したいとの内容が記されていた。
私はナナコと瀬川君、西門君に伝えて、井坂君にも同窓会があるから一日会えないと知らせた。
楽しみが半分、ちょっとした気まずさが半分の気持ちで、とうとう同窓会の日になり、私は少しオシャレして家を出た。
髪をゆるく巻いて、ふわふわしたマフラーに顔を埋める。
服装はクラスメイトに会うだけなので、ベージュのセーターにスキニージーンズ。
そしてロングブーツを履いて、クリスマスにも着た白のダウンを羽織る。
クラスメイトの皆は梨衣菜さんたちのように、大人っぽくなってるんだろうか?
私はライブで会ったメンバーを思い返しながら、ナナコたちと待ち合わせている公園へ向かっていた。
梨衣菜さんもスポーティな芝崎さんも、中学のときの雰囲気のままだったけど、どこか大人っぽかった。
男の子たちもみんなカッコ良くてビックリした。
たった二年なのに、高校の二年っていうのは大きいのかもしれないと感じた。
私も少しは成長してるように見えるだろうか?
私はクリスマスに確信を突かれたことを思い返して、気持ちが落ちる。
あのときお兄さんの彼女さんに「必死に勉強して入る大学に意味があるのか」と言われた。
井坂君は何でもないことのように、そこまで必死に勉強したことはないとフォローしてくれたけど…
私にはその言葉の方がきつかった。
私が必死に勉強していても、井坂君は必死になったことなんてないという事実が胸に刺さった。
これから先、井坂君の隣を歩こうと思ったら、私は必死に勉強して、彼と同じ大学に行かなきゃならない。
井坂君のことだから、国立の大学とかに行きそうで、私は今から不安で仕方がない。
今から勉強をしておかないと、国立なんて夢のまた夢だ。
私の頭には限界がある。
大学生になっても、井坂君のすぐ隣にいたい…
今の私の一番の望みはそこだ。
自分の進路はきっちり決めなきゃいけないのは分かってるけど、自分の将来には井坂君がいてくれなきゃダメだ。
私はまだ先の『受験』ということを考えると、頭が痛くなってきたのだった。
「あ、しお!!遅いっ!!5分の遅刻だよ!!」
私はいつの間にか公園に着いていたのか、前からナナコの怒声が飛んできた。
考え事をしていたせいで、足が遅くなっていたのかもしれない。
「ご、ごめんっ!!間に合うように家を出たつもりだったんだけど。」
私はナナコ、瀬川君、西門君に駆け寄ると謝った。
ナナコは「もう!」と怒っていたけど、瀬川君は笑って流してくれて、西門君はいつものように飽きれた顔を浮かべていただけだった。
「そんじゃ行きますか。」
瀬川君が西門君と並んで歩き出して、私はナナコと並んでその背についていく。
そして、自然とため息をついていると、ナナコが不思議そうな顔をして訊いてきた。
「どうしたの?顔、すごい暗いけど…。」
「あ、うん。ちょっと考え事。進路のこととか…色々…。」
「進路!?もう、そんなこと考えてんの!?」
「え、うん。」
ナナコがすごく驚いていて、私は二年も残すは三学期だけなのに遅いぐらいじゃないかな…と思っていたので、その反応が意外だった。
「さすが、進学クラスだねぇ~…。っていうか、今から悩むと禿げるよ!?進路なんて三年になってから考えなよ!」
「でも…。それなりの大学行くなら、今から勉強しないと…。」
「しお。それなりの大学って、そんな難しいとこ行くつもりなのか?」
私とナナコが話してるところへ西門君が首を突っ込んでくる。
瀬川君も興味があるのか振り返ってくる。
「それは…その…。私じゃなくて…井坂君が行きそうだから…。」
私は言うのが恥ずかしかったけど、幼馴染の彼らなら構わないと口にした。
「あー…そういうこと。」「なるほどね。」
「へぇー。井坂君ってそんなに頭良いんだ?」
瀬川君だけは井坂君が優秀だということが初耳だったようで、目を大きく瞬いて感心している。
「うん…。模試の結果、いつも10位以内に入ってる…。」
「え!?俺らの学校に10位以内の奴とかいるんだ!?すっげーなぁ~!!」
「……だよね…。」
私が別次元だよなぁ…と思って肩を落としていると、考え込んでいた西門君が声を発した。
「ちなみにしおはどれぐらいなんだよ?」
「私は……良くて30位以内…ぐらい…。でも平均50位より下をウロウロしてる…。」
「それぐらいなら、そこまで必死にならなくても良いんじゃねぇの?」
「え…?」
西門君がケロッとしたように言って、私は疑問が浮かぶ。
「まだ二年だし、これから予備校とか塾とか行くだろ?そうしたら、ある程度順位上がってくるって。そしたら、同じ大学でも学部の入りやすいとことかなら、しおでも入れるんじゃないの?」
「そうかな…。」
私は西門君の言葉に少し気持ちが浮き上がった。
そうだよね。
模試受けてる人の中にはそれこそ一年の頃から予備校行ってる人もいるはず。
私はこれからなんだから、そこまで悲観的にならなくても―――
「その考え、私は反対だな。」
私が前向きになりかけたとき、ナナコが怖い顔で言って、私は彼女のこんな顔を見るのが久しぶりで身が縮んだ。
「しお、こんなこと言うのも嫌だけどさ。彼氏と一緒にいたいからって大学を決めるのは間違ってると思うよ。」
「え…?」
「選ぶ大学、学部でその後の就職先が決まってくるんだよ?ちゃんと自分の将来のことを考えて、ベストな選択をした方がいいと思う。それこそ井坂君の進路なしで。」
井坂君の進路なしで…?
「そ、それって…同じ大学に行くなってこと?」
「そうじゃない。しおが自分の将来のことを考えた結果、偶然同じなら別に構わないと思う。でも、井坂君と一緒ってことを基準に考えるなら、間違ってるって言ってるの。」
「でも!!大学が離れたりしたら…」
「あのね!しお!!離れたからって―――」
「あーー!!はい、ストーップ!!」
私とナナコが言い争いを始めかけると、瀬川君が両手を出して仲裁してきた。
瀬川君はゴホンと咳払いをすると、私とナナコを見て言う。
「進路なんてまだまだ先の話だろ?今から揉めなくてもいいじゃん。これから同窓会だっていうのにさ。この話は、一旦どっかにやろう!!あっちへポイッて感じで!」
私はどこか納得できない気持ちがあったけど、瀬川君の焦った様子から渋々頷いた。
ナナコは機嫌を悪くしてしまったのか、顔をしかめると「分かったわよ。」と言ってからズンズンと一人で歩いていってしまう。
すると瀬川君が何かを西門君に目で訴えて、西門君がナナコを追いかけて走っていった。
私は瀬川君と残されて、どことなく気まずい。
「行こう?」
瀬川君が黙っている私を見兼ねたのか、背をポンと叩いてきて、私は自分のせいで気を遣わせるのが嫌で気を取り直した。
瀬川君に「ごめん。」と謝ると、瀬川君はハハッと明るく笑ってから言った。
「俺も女子恐怖症のことでは、色々協力してもらったからさ。これぐらい平気だよ。」
「あ、それ…そういえば、少しぐらいよくなった?」
「う~ん…。前よりはって感じかな。ちょっとビクつくけど、気持ち悪くなったりはしなくなった。だから、もうあんま気にしないでくれよな?後は慣れかなー…なんて思ってるし。」
「そっか…。でも、少しでもよくなったみたいで安心した。」
「サンキュ。これも八牧さんのおかげだよ。」
「…タカさん?」
「そう。八牧さん、体育祭の後も俺に色々付き合ってくれてさ。本で対処法を調べてくれたりしてくれて、すっげー頼りになったんだ。俺の私情にここまで付き合ってくれるなんて、本当八牧さんて良い人だよな。」
「…そうなんだ。」
私はタカさんがそんなことをしていたなんて全然知らなくて、二人が急激に仲良くなっていることに驚いた。
タカさん…やっぱり瀬川君のこと…
私が以前に感じたことは間違いじゃないと感じて、少し気持ちが複雑だった。
私はナナコの気持ちも…知ってる。
どっちを応援すればいいのか分からないけど、私は瀬川君の気持ちもなんとなく気づいていたので、タカさんの事を思うと胸がギュッとなった。
「だからさ、今度お礼することにしたんだ。」
「え…?お礼?」
瀬川君が嬉しそうに言って、私はパッと瀬川君に目を向ける。
「うん。八牧さん、見たい映画があるらしくってさ、それに同行してお返ししようかと思って。今、色々と画策中なんだよ。」
「画策って…?」
「それは内緒。谷地さんはしゃべらないと思うけど、念のためな。」
瀬川君は何を企んでいるのか、すごく楽しそうに笑っていて、私は彼が何を考えているのか分からなくて、それとなく尋ねた。
「せ、瀬川君は…その、タカさんのこと…どう思ってるの?」
「どうって?それは、好きかってことを聞いてんの?」
私が遠回しに訊いたにも関わらず、瀬川君はズバッと核心を突いてきて、私は背筋に電流が走った。
「そっ!!―――…それはっ!その…。」
「ははっ!谷地さんは八牧さんと親友だもんな~。俺なんかが近づくと心配とか?」
瀬川君が私の顔色を窺うように覗き込んできて、私はサッと目を逸らした。
「別にそういうわけじゃ!!」
「安心していいよ。俺にその気は全くないからさ。」
え…――――
瀬川君が本当に何とも思ってなさそうに言って、私は余りにも軽く言われて拍子抜けする。
瀬川君を見ると、瀬川君はまっすぐナナコの背を見つめていて、それだけで何となく分かってしまった。
「俺が好きなのは、昔っからずーっと同じ。谷地さんなら分かるだろ?」
「……ナナコ…。」
「正解。」
やっぱり…――――
私は頬を赤く染めて子供みたいに笑う瀬川君を見つめて、脳裏にタカさんの顔が浮かんだ。
タカさんに気持ちを確かめたわけじゃないけど、タカさんは瀬川君のことを絶対に特別に思ってる。
私はタカさんの気持ちを考えて胸が締め付けられながら、表情に出さないように話をふった。
「ナナコのことは…いつから?」
「いつからかー…。好きだなーって自覚したのは小学校高学年だけど、きっともっと前から好きだった気がするんだよなぁ…。」
「……そんなに前から?」
私は4人で仲良く遊んでた頃だと思って驚いた。
あの頃は色恋なんて考えたこともなかった。
きっと西門君やナナコもそうだと思う。
そんな中、瀬川君だけは恋に目覚めてたんだ…
「そう。俺、ガキの頃はすっげー頼りなかったじゃん?何か言われたらベソかいて、それこそ泣き虫な谷地さんと二人でナナに叱られてた。」
「……そうだね。」
私はいつもナナコに引っ張られていた事を思い出して、笑ってしまう。
瀬川君は小学生の頃、背も低くて、顔は今と同じで整ってたから女の子みたいだった。
それで乱暴な男の子から冷やかされては、瀬川君は涙目になってた。
それをいつもナナコが怒鳴って一蹴してたんだ。
ナナコはいつも男前だな~と思って、私はあの頃が懐かしくなる。
「俺…叱られながら、いつか立派な男になってやるって思ってた。ナナに叱られないような、カッコいい男になるって…。」
瀬川君は何か思い出しているのか、顔を優しく綻ばすと照れたように笑みを浮かべた。
「それがいつの間にか、ナナに好きになって欲しいって思うようになるなんて…。俺もビックリだよ。」
「そうなんだ。」
私は瀬川君がすごくナナコのことを好きなんだと分かって、納得するしかなかった。
私がタカさんのためにできる事はないんだと―――
「ま、今は負け戦なのは分かり切ってるから、何もしねーけどな。だから、谷地さんも聞かなかったことにして、今まで通り普通にしててくれよな。」
瀬川君はいつも周りの女の子をトキメかせる笑顔を向けてきて、私は「うん。」と頷くしかできなかった。
私がタカさんのためにできること…
本当に何もないのだろうか…?
私はこれからの進路のこと、タカさんのこと…次々と悩みが増えていくことに、少し気分が落ち込んだのだった。
三年生になる前にちょこっと進路の話を入れてみました。
瀬川の気持ちは登場したときから決めてました。




