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理系女子の恋  作者: 流音
122/246

番外3:姉の彼氏

詩織の弟、大輝視点です。


俺は谷地大輝。

普通の家庭に長男として生まれ、2つ年の離れた姉がいる。

自分で言うのもなんだけど、俺は容姿にも頭脳にも恵まれて、中学ではバカみたいにモテている。

彼女なんか作ろうと思えばいつだって作れる。


だから、地味で真面目で女子の魅力も皆無な姉に、先を越されるなんて夢にも思ってなかった。

姉のことだから高校で彼氏なんかできるはずないと、俺は姉を散々バカにしてきた。

でも、高校に入ってから姉は変わった。


弟の俺でさえ驚くぐらい、姉はみるみる女になっていった。

正直、こんなにカワイ…いや、容姿が優れているとは思わなかった。


まぁ、俺の姉なんだから優れているのも納得なのかもしれないけど…


でも、弟の俺ですら姉の本当の姿を知らなかったんだ。

だから、俺よりも先に姉の魅力に気づいた人間に話を聞きたくて、今日はその辺りを聞いてやろうと、姉の彼氏を勉強を口実に呼び出していた。


「大輝君。受験勉強を俺がみるなんて…、本当に俺でいいのか?ちゃんとした家庭教師とかの方がいいんじゃ…。」

「井坂さん、言ったじゃないですか。俺にできることなら何でもするから、見たことを内緒にしてくれって。」


俺が以前、井坂さんから取引に出されたことを言うと、井坂さんは言葉に詰まって顔を強張らせた。

この取引は井坂さんが初めて我が家にきたときに、交わしたものだ。

姉の部屋でイチャついていたのを内緒にする代わりに、約束した。


「だから、俺の合格のためにもお願いします。」

「わ、わかったよ。」


井坂さんは固い笑顔を浮かべると、頷いて問題集を開き出した。

俺はノートを開いて、どう話を姉の方へつなげるか考え始める。

すると、目の前の井坂さんがソワソワし始めて、俺がちらっと見ると井坂さんの頬が少し赤くなっていた。


「あ、あのさ。今日…詩織…。そのお姉さんはどこに…?」

「あぁ…。姉貴なら友達と遊びに行くって出ていきました。」

「そ…、そっか。」


井坂さんが見るからにがっかりしていて、姉貴はこの事を彼氏に言ってないのかと疑問に思った。

付き合ってるクセによく分からねぇ…。


「じゃ、早速どのくらいできるのか見せてもらおうかな。ここから問題解いてみて。」

「あ、はい。」


井坂さんが気を取り直したのか、程よく難しい問題の所を指定してきて、俺は話を聞くのを後回しにして問題を解くのに集中したのだった。




**




「うん。大輝君、頭良いな。これなら、俺が教える必要ないんじゃないか?」


井坂さんが俺の解いた問題を見ながら感心したように言った。

俺は当然だろと思いながらも、表面上は謙遜する。


「まだまだですよ。この程度の問題解ける奴は山ほどいますから。」

「そうかな?―――あ、そういえば大輝君はどこの高校を受験するんだ?それによって、問題も考えていかないと…。」

「あぁ。そういえば言ってなかったですね。俺は姉貴や井坂さんと同じとこに行くつもりです。」

「え!?」


井坂さんが目を剥いて驚いて、問題集をバサッと机の上に落とした。

俺はそれをじっと見て、そこまで驚くことか?と思った。


「え…!?俺らと同じって…普通の公立高校の進学クラスってだけだぞ?大輝君なら、もっと上を目指せるんじゃ…。それこそ、国立の大学にバンバン出してるような、同じ公立でももっとランクの上な高校とか…あと、有名私立の付属とか…。」


俺は担任からも親からも言われている同じことを耳にして、顔をしかめた。


「別に。興味ないんですよ。有名とかランクが上とか…。俺は家から近くて、普通に大学に行ける内容の勉強をしてくれてるとこなら、そこがベストなんです。」

「そ…それは、まぁ…そうかもしれないけど…。そうかな…?」


井坂さんは腕を組むと考え込んでしまって、俺は姉貴から井坂さんも頭が良いと聞いていたので、井坂さんはどう思うのか聞いてみた。


「井坂さんはなんで今の高校にしようと思ったんですか?」

「俺?うーん…、俺はなぁ…参考になるのかなー…?」

「姉貴から井坂さんはすごく頭が良いって聞いてます。それこそ、もっとランクの上な高校とか行けたんじゃないですか?」

「うっ…、いや…。俺はなぁ…。」


井坂さんは照れ臭いのか頬を掻きながら目を泳がせていて、真剣な俺をちらっと見るとコホンと咳払いした。


「俺の場合は…、赤井…友達が、今の高校を受験するって言っててさ…。俺、そいつと小学校からの付き合いだったから、なんとなく一緒のとこがいいな…なんて思ったんだよ。学力も似たようなもんだったし…。行きたい大学が出てくれば、自分で力つけて入ればいいや…ぐらいな軽ーい気持ちでさ…。」


俺はもっとカッコいい理由かと思っていたので、友達と一緒がいいなんてガキ臭い理由に拍子抜けした。


「とっ、とにかく高校をどう楽しく過ごせるかって考えて…。とっ、友達と一緒がいいなって結論になったんだよ。勉強のこととかは、ぶっちゃけあんまり深く考えてなかった。中学ってそんな感じだよな?」


井坂さんは照れながらハハッと笑っていて、俺は言われてみればそうだ…と思った。

進学するのに有利だから…とか、大学を見越して…と言われても、中学生の俺にはイマイチ実感がない。

それなら、自分の楽しい高校生活を送れる場所を選ぶべきだと。


俺は自分が自然とそういう選択をしていたのか…と気づいて、井坂さんに言った。


「俺も…そうかもしれないです。」

「え…?」

「俺も姉貴と同じ高校に行こうと思ったのは、姉貴が楽しそうに通ってたからだと思います。中学の時は毎日顔をしかめて学校に行ってたのに、今の高校に行き始めてから、姉貴はすごく変わったんです。毎日、すごく楽しそうで、俺にも笑顔で絡んでくるようになりました。」


俺は中学のときの姉貴と今の姉貴を比べて思った。

中学のときの姉貴はいつもとっつきにくい顔をしていて、何を考えているのかよく分からなかった。

でも、今は何でも口にするようになったし、あの両親に何度もぶち当たってるのを見た。

臆病な姉貴が、高校に入ってすごく積極的になった。

俺はそれが弟として、嬉しかった。


「きっと、高校で井坂さんや色んな人との出会いから、姉貴は変わったんだと思います。だから、俺もそんな経験ができるかと思ったんです。姉貴の…井坂さんの通う高校に行けば、きっと楽しくなるって…そう思った…。」


俺はまっすぐに井坂さんを見つめて告げた。

井坂さんは目を丸くさせていて、どこか感動しているようにも見える。


俺は姉貴が井坂さんと出会って良かったと思うと同時に、少し寂しかった。

だから、ちょっと邪魔してやろうなんて思ったりもしたけど…

でも、一番は俺も姉貴に構ってほしかったんだ。


俺は姉貴との時間が欲しくて、同じ高校を選んだんだと気づいて、何だかおかしくなった。


これは井坂さんには言えない。


俺は自分ばっかり言うんじゃなくて、井坂さんにも聞こうと口を開いた。


「井坂さんはどうしてウチの姉貴だったんですか?」

「へっ!?それを今、聞く!?」

「いや、だって…弟として気になりますから。」


俺がじっと井坂さんを見つめると、井坂さんは明らかに顔を赤らめながら焦り出す。


「お、俺のは聞かなくても…っていうか、大輝君には話しにくい…よ。」

「…そういうもんですか?姉貴は俺によく井坂さんの自慢してきますけどね。」

「詩織が…?」


俺は姉貴が事あるごとに「井坂君だったら」というフレーズを口にするのを耳にしているので、普通に話した。

井坂さんは俺の言葉を期待しているのか、見るからに目を輝かせ始める。


「はい。」

「そ、それはどんな内容のことを…?」

「…それは、大体俺とケンカしてるときに口にするんですけど…。井坂君だったらそんなにひどい事しない!とか、井坂君を見習って謙虚さを身につけろ!!とか…、まぁ…そんな感じです。」

「へぇ…。詩織もケンカとかするんだ…。」


井坂さんは嬉しいのか顔を緩めていて、俺は今のどこに喜ぶようなことがあったのか顔をしかめた。

井坂さんの喜ぶツボがどこか全く分からねぇ…


「あの、それより。姉貴のどこが良かったか気になるんすけど。」

「あー…それな…。」


俺が追究を続けると、井坂さんが口元を手で隠して、どことなく照れながら言った。


「詩織ってさ…天然なとこあるじゃん?人の気持ちに鈍感っていうか…。あ、自分に向けられてる限定なんだけど…。」

「あー…。それはそうかもしれないですね。」


俺は姉貴が俺のことを苦手に思ってた頃を思い返して頷いた。

俺は姉貴のことを一度だって、迷惑だとか嫌いだなんて思った事はない。

むしろその反対で、構ってもらえるのが嬉しくて恥ずかしくて、姉貴にきつい事を言ってた時期があった。

まぁ、いわゆる反抗期ってやつなんだけど。

でも、姉貴はそれを誤解して、嫌われてるとずっと思ってたようだ。


姉弟なんだから、そういう微妙な男心を察して欲しいものなんだけど、姉貴はそういうものに疎い。

だから、井坂さんの言う鈍感というのには、激しく同意だった。


「だろ?でもさ、そこが可愛いっていうか…。天然な分、こっちもストレートに言わなきゃ伝わらないし。ストレートに言うと、正直な反応が返ってくるんだよな。あんなに表情がクルクルと変わるのは詩織ぐらいだと思うよ。」


「へぇ…。」


俺は井坂さんが姉貴のことを話すのを聞いて、井坂さんの知る姉貴の姿が見えて、興味深かった。

井坂さんは照れながらも嬉しそうに続ける。


「それに…何より…心が動くんだよ。」

「心?…ですか?」

「うん。…詩織と初めて会った高校の入学式のときからさ…、詩織を見るだけで心臓がドキドキなるんだ。詩織のこと、何も知らなかったのに。」


井坂さんは姉貴と出会ったときの事を思い返しているのか、すごく嬉しそうに話してくれる。


「俺、中学でまぁ…そこそこ女子とも接点あって…、告られたりもしたんだけど。一度もこんな気持ちになったことなくて。詩織が初めてだったんだ。話もしてないのに、姿見ただけで気持ちが高ぶるなんてさ!!」


楽しそうに話す姿から、井坂さんがどれだけ姉貴のことを想ってるか伝わってきて、俺は胸がドキと動き出した。

どうやら井坂さんの気持ちが乗り移ってきたみたいだ。


「なんで詩織なのか、俺だって知りたいけど。心が詩織だって言ってるんだ。こればっかりは、言葉じゃ説明しきれないよ。」


井坂さんはハハッと良い笑顔を浮かべた後に、ハッと我に返ったのか、急激に顔を紅潮させて慌てだした。


「うわっ!!俺、めっちゃ語ったよな!?バカみたいに!!うわー!!恥ずかしっ!!大輝君、今の忘れてくれよな!!」


「ぶふっ!!」


俺は笑うつもりはなかったのだけど、あまりにも焦って言い訳を並べる井坂さんがおかしくて吹きだしてしまった。

口を手で押さえて笑いを堪える。


ヤバい…!!この人、思ってた以上にバカ正直なんだけど!!

姉貴と付き合っていけるのも納得だ。


姉貴もこんだけ好かれてたら、女冥利に尽きるってもんだろ。

姉貴がどんどん女になっていったのも頷ける。


姉貴は俺から見てもカッコいい井坂さんと並んで不釣合いにならないように、いっぱい努力したんだろう。

俺は姉貴の努力が見えるようで、目の前で青くなっている井坂さんを見て呼吸を整えた。

井坂さんは俺が笑ったことが相当ショックだったのか、ガーンと顔に書いてあるほど顔面蒼白で固まっている。


「井坂さんと姉貴って似てますね。」

「え…?」


俺が井坂さんと話してみて感じたことを伝えると、井坂さんは少し表情を和らげて首を傾げた。


「なんか天然入ってて、正直なとことか。愛されるアホさ加減があるとこが、すごく似てますよ。」

「……それ、褒められてるってとっていいのか?」

「はい。俺にしては、結構ストレートに褒めてますけど。」


俺は自分が天邪鬼だってことは認識していたので、今日は自分が意外と素直だと思っていた。

きっと井坂さんのまっすぐさに影響されたんだと思う。


井坂さんは少し不服そうな顔をしていたけど、「ありがとな。」と言うと再度問題集をめくり始めた。

俺はそれを見てノートをめくる。


そのとき、階段を駆け上がる音が聞こえてきて、俺の部屋の扉がノックもなしに大きく開けられた。


「大輝!!井坂君、勝手に呼んだってホント!?」


姉貴が慌てて帰って来たのか、息を荒げて俺を睨んできて、俺は目の前の井坂さんに目を向けた。

すると姉貴は井坂さんに気づいたのか、みるみる顔を赤く染めるとバンッと扉を閉めて部屋から出て、扉の向こうで叫んだ。


「大輝のバカ!!まだいるならいるって言ってよ!!」


そのあと、また階段の駆け下りる音が響いて、ぽかんとして面食らっていた井坂さんが慌てて腰を上げた。


「え!?今の詩織だよな!?」

「あー、はい。そうでしたね。嵐みたいでしたけど。」


俺は姉貴に対して言う隙もなかっただろ…と心の中で呆れながら、井坂さんに返した。

井坂さんは立ち上がってソワソワし出すと、俺と閉められた扉を見て言った。


「大輝君!悪いんだけど、ちょっとの間…その…、出てきてもいいかな?」


俺は井坂さんのウキウキしている様子を目にして、姉貴に会いたいんだろうか?と察して、「いいですけど。」と返す。

すると、井坂さんは「すぐ戻るから!!」と言い残して、部屋を飛び出していった。


俺は部屋に取り残され問題集を前に、あの二人はバカップルかもしれない…なんて思って、少し自分の進路に間違いがないか不安になったのだった。









一度弟視点をやってみたかったので、ここに入れました。

大輝は詩織のことが大好きなお姉ちゃんっ子ですが、思春期に突入して感情表現の上手くできないタイプの弟です。

詩織たちが三年生になったら、また登場させます。

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