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理系女子の恋  作者: 流音
120/246

114、遭遇


私は井坂君と手を繋いで歩きながら、チラチラと井坂君の顔を窺っては、考えている事を読み取ろうとしていた。


私の髪型、違うの気づいてる?

さっき小学生に指摘されたし…気づいてるよね?


私は付き合って二周年目、最初の日のデートだっただけに、オシャレに気合を入れていた。

慣れないアイロンでくるくると髪を巻くのに、どれだけ時間がかかったか…

私は何度か火傷しかけた指を見て、自分の不器用さにため息が出そうになった。


服装だって、この冬買ったばかりの白のダウンに人生初のロングスカートを履いた。

私服がズボンばかりの私にしては、結構勇気がいる選択だった。

あゆちゃんには似合うと言われたけど、何度鏡を見ても自分の寸胴さが伝わる着こなしだ。

上半身にボリュームがないから、足の長さだけが際立つ。

私は井坂君がどう思ってるのかが気になって、何度も井坂君の顔を盗み見てしまう。


う~ん…やっぱり何考えてるのか、全然分かんない…


私は視線を前に戻すと同じように彼氏彼女で仲良く歩いている人たちを見る。

どのカップルもクリスマスなので、ベタッと貼りつくようにしながら歩いている。

その姿が幸せそうで、自分も同じ状況だと思うと、服装云々が気にならなくなってきた。


何も感想を言われない事に沈んでちゃ、せっかくのデートが台無しだよね!!

今日は楽しまなくちゃ!!


私はそう意気込むと、井坂君に明るく話しかけたのだった。





***






それから私たちは映画館で感動するというアオリのついたアニメを鑑賞して、私はそのアオリ通り感動して3回も泣きそうになってしまった。

エンドロールが今も耳に響いていて、思い返すだけで目が潤んでくる。

私はお昼ご飯を食べようとお店に向かう道中も、ずっとジーンと感傷に浸っていた。


「まだ感動してんの?」


井坂君が感傷に浸って黙ってる私を見て、飽きれた様に笑う。

私は鼻を軽くすすると、潤んだ目のまま井坂君を見つめた。


「だって、すごく良かったよね?私、思い返しただけで泣けるもん。」

「あははっ!あんな泣かしにきてる映画で泣けるとか、詩織は素直だなー!」

「素直って…。井坂君は一回も泣けなかったの?」

「まぁ、大体泣かそうとしてる所は読めたからなぁ~…。」


井坂君は何の感動もなさそうに言って、私はなんて観方をしているんだ…と信じられなかった。


「…血も涙もないなぁ…。あんなに主人公が頑張って、最後にやっと幸せになれたのに…。」


私は映画の内容を思い返して、またウルッときて堪らず手で目尻を押さえる。

すると井坂君がそんな私をじっと見てニヤニヤし出すのが見えて、私はじっと見つめ返して「井坂君は冷たいよ。」とムスッとして言った。


そのとき、井坂君が目を丸くさせたと思うと、不自然なくらい俊敏に顔を背けてしまって、後ろ頭しか見えなくなった。

また歯切れ悪く「そ、そうかもな…。」なんて返ってくる。


そうかもな…って…

自分で冷たいって事を認めるなんて…変なの…


私はいつもの井坂君っぽくないな…なんて思いながら、お昼を食べるお店を探そうと辺りを見回したのだった。





それから手ごろな洋食のお店を見つけた私は、黙り込んでいる井坂君の袖を引っ張って中へ入った。

そのお店はできたばかりなのか、店内がピカピカしていて、木のテーブルやイス、それに壁際にはソファがあり、落ち着いた雰囲気でBGMがかかっていた。

私と井坂君は道路側の外の見える席へと案内されて、そこに上着や荷物を足元のカゴに入れて座る。

そしてメニューを開いて何を食べようか考え込んでいると、私の耳にテンションの高めの女子トークが聞こえてきた。


「やっぱり、高尾君が一番だって!!」

「え~!?そんなにイケメンかなぁ~?」

「そうだよ!高尾君効果で、あのドラマ視聴率高いみたいだし!」

「私はそんな高尾君目当てでドラマ見てないからなぁ~…。」


高尾君とは、確か最近売れっ子のイケメン俳優だ。

元モデルでドラマに出始めたのは最近のはず…

あゆちゃたちがそんな話をしていたのを聞いたことがある。


私は頼むものが決まったので、なんとなく気になって女子トークに耳を澄まし続ける。


「じゃあ、どういう感じがタイプなの?そういう話、全然聞かないから気になる!!」

「え~?タイプって…。そうだなぁ~…。」


なんだか訊いてる方の女子があゆちゃんみたいで、笑ってしまいそうになる。


「あ、あの人とかカッコいいよね。背も高そうだし、横顔が凛々しいよ。」

「あ、ホントだ!!イケメンだね!高校生ぐらいかな?あれきっとモテるよ~!」


高校生ぐらいと聞いて、私は嫌な予感がしてメニューを持ったまま顔だけ、声の方向へ向ける。

視線の先にはこっちを見ている女子高生?…大学生かな…?

少し自分より年上に見える人が、明らかに井坂君をロックオンしているのが見えた。


や…やっぱり…


「あれってデートだよね?いいなぁ~、あんな彼氏。私も欲しい~!!」


お姉さんっぽい人から羨ましがられ、私はなんだか嬉しくてメニューでにやけそうな顔を隠す。


井坂君ってどこにいても目立つなぁ…

褒められて嬉しいけど、なんか複雑…


「う~ん、でも相手の女の子普通じゃない?」


あゆちゃんっぽい女の人がズバッと言っていて、私はその言葉が胸に突き刺さった。


普通…


「ホントだ。イケメンには美女がくっつくってわけじゃないんだね。あの子、どうやってあんなイケメン君落としたんだろう?」

「そりゃ、女子力前面に打ち出したに決まってんじゃん!」


そんなこと一ミリもしてませんっ!!


私は楽しそうにこっちの評価を続けるお二人に否定しに行きたくなって、ぐっと我慢した。


「女子力かぁ~…。私には皆無だなぁ~。このままじゃ、一生彼氏できないかも。」

「こらこら、そんなこと言わないで。あんな子でもイケメンゲットできたんだから、大丈夫。」


あんな子…


私は盗み聞きを続けた結果、周囲から不釣合いだと思われてるという事実を突き付けられ、ズーンと落ち込んだ。


…どれだけオシャレしても…、お似合いには見えないか…


私は気分が暗くなり始めて、このままじゃネガティブループに入りそうだったので、メニューを置いて立ち上がった。


「ちょっとトイレ行ってくる。」


私は井坂君の返事も聞かないままにトイレへと急いだ。

そして、さっき聞いた事を打ち消そうとトイレに入ると思いっきり頬を叩いた。


パシンッと結構大きな音が響いて、私は鏡で自分の頬が少し赤くなるのを見つめた。


今日はクリスマスデートでしょ!?

後ろ向きな事は考えない!!井坂君だけ見て、幸せな日にするんだから!


私は思いこむクセを直そうと、鏡に映る自分を睨んで言い聞かせる。

そして大きく深呼吸すると、「よしっ!」と一声出してからトイレを後にした。


すると、トイレ前の廊下に出たところで、私は思わぬ人と遭遇して固まった。


「あ。」

「あー!!詩織ちゃん!!」


私の名前を気安く『ちゃん』付けで呼んできたのは、春に会って以来の井坂君のお兄さんだった。

お兄さんは相変わらず井坂君と同じで、すごくカッコ良くて、笑顔を向けられるとドキッとしてしまう。

ただ、以前キスされたこともあり、私はジリジリと後ずさりして警戒した。


「こ、こんにちは。」

「久しぶり!!元気そうっていうか、今日すごく可愛いね。その髪型すごく似合ってるよ。」


私はお兄さんにサラッと褒められて、お世辞だと分かっていても嬉しくなった。

井坂君に褒められずに、お兄さんに先に褒めらるとか…ちょっと複雑だけど…

でも、屈託のない笑顔で褒められるとさすがに照れる…


私は「ありがとうございます。」とだけ返すと、照れる顔を隠そうと少し俯いた。


「今日は拓海と一緒だよね?」

「あ、はい。なんで分かったんですか?」

「ん?だって、出先であいつに会ってさ。表情で分かったから。」

「表情で…?」


私はニコニコしているお兄さんを見つめて、目を瞬かせた。


「そう。あいつ、すっげーウキウキしてたからさ。絶対、詩織ちゃんとデートだって思ったんだよね。」

「そ、そうなんですか…。」


私は井坂君がウキウキしていたと聞いて、私と同じだったんだと分かって嬉しくなる。


「そういえば、ちょっと前はケンカでもしてた?拓海と。」

「えっ!?…そ、それ…なんで…?」

「うん。これも、あいつの表情からね。ケンカにしては落ち込み方ハンパなかったけど。」


お兄さんはハハッと軽く笑っていて、私は別れてた頃のことを思い返して言葉に詰まった。

すると、お兄さんは私の表情だけで気づいたのか「ケンカじゃなさそうだね。」と言って、私に鋭い目を向けてきた。


「もしかして、別れてたり…?」

「……はい。そんなに分かりますか?」


私がそんなに自分の態度が分かりやすかっただろうかと思って尋ねると、お兄さんは腰に手を当てて当然と言うように言った。


「分かるよ。あいつと何年兄弟やってると思ってるのさ。そうか、そうか。それで納得した。」


お兄さんは井坂君の方から推測したようで、そこまでお家では落ち込んでいたのかな?と気になってきた。

だって学校ではいつもと同じに見えたからだ。

私には井坂君が別れて落ち込んでたなんて、想像もつかない。


「やっぱ、あいつも俺の弟だなぁ~。詩織ちゃん一人、幸せにできねーんだなぁ~。」

「そ、それは…違います。」


お兄さんが飽きれた様にため息をついたので、私は自分から別れを切り出した事を思い返して言った。


「私…。色々、思い込み過ぎるところがあって…。井坂君の気持ちを決めつけちゃったっていうか…。だから、井坂君が悪いんじゃなくて…。私が…悪いんです。」


私は必死な様子で私に気持ちを伝えてくれた井坂君を思い返して、自分は本当に臆病で自分勝手だったと反省した。


「今は…井坂君とヨリ戻せて、すごく幸せです。だから、幸せにできないとか…違うんです。」


私はこれからは自分が井坂君を幸せにすると決めて、お兄さんをまっすぐ見据えた。

お兄さんは私を見つめて目を丸くしていたけど、しばらくすると顔をクシャっとさせて、井坂君と同じ笑い方をした。


「あはははっ!詩織ちゃん、ホントまっすぐだね!!俺、久々に胸の奥の方にきたよ。」


お兄さんは井坂君と同じ私の胸をときめかせる笑顔を浮かべた後、笑いを収めるとケータイが着信していたのか、私に「ごめんね。」と言うと電話に出た。


「はーい。もしもし。まみ?どしたー?」


お兄さんは彼女だろうか…?どうも女の人と話しているようで、「後一時間待ってて。」とだけ言うと、ケータイを切って、私に目を向けてきた。

私はこのまま話し込むわけにもいかなかったので、「私はこれで…。」と立ち去ろうとすると、お兄さんに左手を掴まれて体がビクッと震えた。


「これ…。拓海からもらった?」


お兄さんは私の小指に光る指輪を見て尋ねてきて、私は照れ臭かったけど「はい。」と答えて、掴まれてない手で赤くなる顔を隠す。


今ももらったときの事を思い返すと、嬉しさが蘇って顔がニヤけそうだ。


「ぶふっ!あいつ、ホントに詩織ちゃんにベタ惚れだな。マジウケる。」


お兄さんが私の小指を触ったまま子供のように笑って、私はこんな無邪気に笑うお兄さんを初めて見た気がして、じっとお兄さんを見つめて口を噤んだ。


そこへふわふわとゆるくパーマをかけた茶髪のお姉さんがカツカツとヒールを鳴らしてやってきて、「陸斗!!」と目を吊り上げて怒鳴ってきた。


「その子誰!?私をほったらかしにして、またナンパしてたなら許さない!!」

「れいな。違うって。この子は弟の彼女。久しぶりに会ったから話し込んでさ。」


お兄さんは焦った様子もなく返して、れいなさんが怒らしていた肩を下げるのが見えた。

私は『れいなさん』と『まみさん』という二人の女性の名前を聞いて、どっちが彼女なんだ?と困惑する。


「へぇ、陸斗の弟ってアレでしょ?超がつく程真面目だっていう…。」

「そうそう。その弟。」

「真面目なのに彼女はちゃんといるのね。」

「ははっ!まぁ、俺と同じで見た目だけは良いからな。堅物でも女子は寄ってくんだよ。」

「へぇ~…。ちょっと見てみたいかも。」


お兄さんが井坂君が顔だけみたいな言い方をしたのが私は癇に障って、お兄さんをジロッと睨んだ。

お兄さんはその視線に気づいたのか、私を見るとニコッと良い笑顔を見せてくる。


何だか嘘くさい笑顔だなぁ…

さっきの笑顔の方が良かったんだけど…


私は幻だったのだろうかと思っていると、お兄さんに肩を抱かれて目を見開いた。


「れいな。ちょっとこの子と用ができちゃってさ。悪いんだけど、今日はここで帰ってもいいかな?」

「え!?」


は!?


私は用なんて初耳だったので、お兄さんを見上げて視線で訴える。

お兄さんはニコニコしたまま『れいなさん』を見て、手を顔の前に出して謝っている。


「ごめん。この埋め合わせは必ずするからさ!」

「えー!?そんなに急用なの!?」

「言ったじゃん。久しぶりに会ったんだって。れいなはいつでも会えるだろ?」


お兄さんは『れいなさん』を口説くように声を低くして言って、『れいなさん』の顔が照れて緩むのが見えた。

するとお兄さんは最後の後押しとばかりに「なんなら今度泊りに行くからさ。」と言って、『れいなさん』は「そういうことなら。いいよ。」と嬉しそうに微笑んだ。


私は一人、巻き込まれた気分で、顔を歪めながら成り行きを見守るしかできない。

そうしているとお兄さんが私の耳元で「ちょっと付き合ってな?」と言って、肩を掴んだまま歩き出して、私は連れ去られると焦った。


「ちょっ!!お兄さん!!私、井坂君が―――!!」


私が開いた口をお兄さんが手で塞いできて、私は目を白黒させる。


「まだれいなが見てるから、もうちょっと待って。」


なんで!?


私はフゴフゴとお兄さんの手の下で口を動かして文句を言いたくなった。


せっかくの井坂君と二人でクリスマスなのに!!


私はこれ以上お兄さんのペースに巻き込まれたくなくて、噛みついてやろうと思っていたら、後ろから「兄貴!!」と井坂君の怒った声が聞こえてきて、私とお兄さんは足を止めた。

そしてお兄さんが嫌そうに振り返るのに合わせて私も振り向くと、井坂君がこっちに向かって突進して来て、お兄さんを勢いのまま蹴り飛ばした。


「アホ兄貴っ!!こんな日にまで詩織に手ぇ出すとか信じらんねぇ!!!!ほんっと見境ねぇな!!」

「いっ、井坂君っ!」


私はお兄さんから解放されたのには良かったけど、公衆の面前で蹴り飛ばして怒鳴る現状に、背筋が冷えた。

お兄さんは蹴られた背中を押さえて井坂君を睨むと、威圧するように井坂君と向かい合った。


「おい。詩織ちゃんには何もしてねぇだろが。蹴られて怒鳴られる覚えはねぇんだけど。」

「は!?何もしてねぇって、肩抱いてただろ!!おまけに詩織の口を手で塞いでっ…何するつもりだった!!!」

「お前…、変な妄想し過ぎ。大体、肩抱くぐらい普通だろ。キスしたわけでもねぇのにさ~。」

「そんなことしてたら殺すっ!!」

「いっ、井坂君!!」


私はこんなに人目のあるところで物騒な発言をする井坂君を止めたくて、彼の服を引っ張った。

すると、井坂君はやっと私の方を見て、急に両手で私の顔を撫で繰り回したあと、私の体を埃を払うかのようにポンポンと叩いてくる。

それを見たお兄さんがぶはっと吹きだして笑いながら、「潔癖だなー…。」と呟くのが聞こえて、私はどういうことなのか分からなくて顔をしかめた。


「しゃーねー、諦めるかぁ…。せっかく詩織ちゃんから色々聞けるチャンスだったのになぁ。お前、アンテナ敏感すぎ。」

「何だと!?」

「井坂君!!」


私は今にも掴みかかりそうな井坂君とお兄さんの間に割り込むと、井坂君の体を押し返した。


「じゃ、またの機会に。じゃあね、詩織ちゃん。」


お兄さんは軽く笑うとヒラヒラと手を振りながら『れいなさん』に目を向けて、焦ったようにさっさとお店を出ていってしまった。

私はお店のお客さんから視線を集めているのに気付いて、座っていた席に戻ろうと井坂君の背を押した。


うわわ…恥ずかしい…


そうして私がまだ怒ってる井坂君を力いっぱい押していると、私たちの前にあの『れいなさん』が立ち塞がってきて、井坂君をジロジロと品定めするように見出した。


「あなたが陸斗の弟君ね?」

「は?あんた誰?」


井坂君は不機嫌だったので言葉が荒くて、私は『れいなさん』が気分を害さなかっただろうかと後ろから様子を見つめた。


「ふふっ!私は陸斗の彼女ってとこかしら。」

「あぁ…。そういう関係…。」


井坂君がそこでやっと怒りのボルテージが下がったのか、『れいなさん』を見る姿勢をいつも通りに戻した。

だけどどことなく『れいなさん』を見る視線が憐れんでいるように見えるのは、私の気のせいだろうか?


「陸斗の言う通り、あなた陸斗に負けず劣らずカッコいいわね~。ちょっと私とお話しない?」


『れいなさん』はそう言うと、井坂君の腕を掴んで歩き出して、私は並ぶ二人を見てイラッとした。

井坂君は引きはがそうとしているけど、『れいなさん』は放すつもりはないようで食い下がっている。


この人なんなの!?


私はお兄さんの彼女であるはずの『れいなさん』が井坂君にベタベタくっつくのが嫌で、後を追うとムカムカしながら『れいなさん』を引き離すのに奮闘したのだった。








ここから陸斗と井坂のお姉さんの話に少しずつ迫っていきたいと思います。

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