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理系女子の恋  作者: 流音
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108、ライブ

井坂視点です。


俺は駅まで全力で走って電車に飛び乗ったけど、着くのが七時前になりそうで嫌な汗が滴る。

詩織に何度電話しても繋がらない。

それも嫌な予感の原因だ。


俺は電車の進むスピードが遅く感じて、早く進めよ!!とイライラする。


鹿島から呼び出されたとき、変な違和感はあったんだ。

あいつの呼び出しは合コンだった。

無理やり引き留められて二時間。

「これで最後だから」という言葉を信じていたら、とんだ目に合った。


俺は何度脱走しようとしたか振り返って、あいつを殴ってでも出るべきだったと後悔した。

あと10分と引き伸ばされて、気が付いたらこんな時間だ。


もう自分の馬鹿さ加減に頭が痛くなる。


詩織からもらった唯一のチャンス。

俺は詩織がライブ会場にいることを願って、電車を飛び下りるとホールに向かって全力疾走した。





***




ホール前の広場に着くと、そこはガランと人気がなくて俺はホールの中だと階段を駆け上がった。


時刻は七時。

待ち合わせの時間から換算すると二時間の遅刻。

でも、詩織は俺が来るとは思っていない。


それだけに詩織がライブに来ているのか不安が募る。

それに来ていたとしても一人だったら…と考えると、それだけでどんどん心配になる。

もう色んな思いで気分が悪くなりながらも、俺はホールの中に入り、チケットに書かれている番号の場所へ急いだ。


大きな扉を開けて中に入るなり、わぁっという大歓声とギターやベース、ドラムの大音量が耳に入り、顔をしかめる。

観客は総立ちで、どうやら曲がちょうど終わったところのようだった。

ボーカルのRYOUがMCを始めて、俺はそれを横目に自分の番号の席を探した。

詩織が来てるなら、そこにいるはずだと思ったからだ。


そして観客の視線がホールの舞台に集まる中、RYOUから話を振られたKEIの声が聞こえて、KEIの言葉に何やら感銘を受けた女子の「KEI~!!」という声を耳にしたとき、詩織の姿を見つけた。

詩織はまっすぐ舞台に視線を注がせていて、心なしか元気がないように見えた。

俺は足を駆け出すと、詩織のいる座席を通路から見上げて叫んだ。


「詩織!!」


俺の声に周囲の怪訝そうな顔が俺に向いて、それと同時に詩織も俺に目を向けた。

詩織は俺を見るなり、大きく目を見開いて固まってしまって、俺は詩織のところに行くには人の前を通るな…とキョロキョロとどっちから行こうかと迷った。

すると詩織が我に返ったのか、「すみません。」と言いながら席から出てきてくれて、俺は通路まで出て来てくれた詩織の手を掴んでロビーへと急いで出た。


ロビーへ出ると、後ろから詩織の「井坂君…なんで…?」という困惑している声が聞こえて、俺は堪らず詩織に振り返るとギュッと抱きしめた。

そのとき久しぶりに詩織の花のような匂いを嗅いで、俺は泣きそうなぐらい胸が熱くなってくる。


「ごめんっ…ごめん…詩織…。ホントに…ごめんっ…。」


俺は言いたい事は山のようにあるのに、言葉としてでてくるのは謝罪ばかりで自分が情けなくなる。

すると、詩織が俺を押し返してきて、俺は詩織の顔が歪んでいるのが見えて息が止まった。

詩織は俺から手を放すと下を向いたまま口を開く。


「……なんで…?…なんで…、忘れようとしてるのにっ…!!なんで来るの…!?」


忘れ…ようとしてる…??


俺は詩織の言葉に背筋がサーっと冷えて、詩織は「もうイヤだっ…。」と言うとしゃがみこんでしまった。

そんな詩織を見下ろして、俺はどうすればいいのかを必死で頭の中で考えた。


どうすれば…詩織を笑顔にできる?

何を言えば…詩織の心を取り戻せる?


俺はとりあえず、今までずっと詩織に隠してきたことを打ち明けようと、息を大きく吸うと一気に言った。


「今日は…ホントにごめん。せっかく、詩織が俺をライブに誘ってくれたのに…。俺、鹿島に捕まって時間通りに来れなかった。それに…今までのことも…。葛木とキスしたこと隠して…、詩織に嘘ばっかりついてたこと…。ホントに悪いと思ってる…。」


俺は葛木や鹿島のせいにするのは男らしくないと、言い訳は短くして、自分の気持ちをまっすぐに伝えようと詩織を見つめた。


「俺…詩織に別れを切り出されたとき、この世の終わりみたいな気分だった。勉強も手に着かないし、集中力もなくて…。毎日、毎日…詩織のことを想って…後悔ばっかりしてた…。俺には詩織が必要なんだって…痛いぐらい感じた…。」


俺は詩織と話もしなかった頃を思い返して、胸の奥が痛んだ。

それを考えると、俺の話を聞いてくれてる今は…あの頃よりマシだと、自分の気持ちを無理やり持ち上げる。


「俺は詩織が…好きだ。ただ…好きなだけなんだ…。今までのこと…許してくれなくてもいい。俺の事…好きじゃなくても…いい…。だけど…詩織の傍にいることだけ…許してくれないか…?俺には詩織が必要なんだ…。」


俺は詩織の心に届け!!と願って、自分の気持ちを言い切った。


当の詩織はというと黙ったまま顔も上げてくれなくて、俺はどう思ったのかが気になってソワソワしてくる。

心臓がバクバクいっていて、額には汗が滲む。

そして俺がシーンとした沈黙に耐えかねて口を開きかけると、しゃがんだままの詩織が少し動いた。


「…私の話も…聞いてくれる?」


遠慮がちに発せられた言葉に、俺は少し怖かったけど「うん。」と頷く。

すると詩織が少し顔を上げて、表情が見えるようになった。

詩織の顔は少し赤くて、俺はその表情に胸がドキッと動いた。


「私が…別れようって言ったのは…井坂君の気持ちが聖奈さんに向かってるって気づいたから。井坂君から別れようって言われる前に…自分を守りたくて…、弱い…自分を守りたくて…言ったの…。」


俺はあのときの詩織の気持ちを知って、ズキ…と胸がつまった。

でも葛木に気持ちが向かってるという事だけは分からなくて、詩織を見つめ続ける。


「でも…井坂君に対する気持ちは消えてくれなくて…。毎日…すごく辛かった…。好きなのに…大好きなのに…。もう無理なんだって…諦めようと…忘れようとしてた…。」


俺は詩織から「好き」だと聞いて、顔が熱くなると同時に胸が期待で高鳴る。

詩織は潤んだ瞳を俺に向けると、微かに微笑んで言った。


「私は…井坂君が好き…。さっきの言葉…信じていいんだよね…?」


俺は詩織の健気な笑顔を前に、我慢できずに詩織に抱き付いた。

そして、嬉しさから頬を涙が伝って、そのまま詩織に伝えた。


「俺が好きなのは詩織だっ…!詩織がいればいいっ…!!」


俺が鼻声で告げると、詩織が俺を優しく抱き締め返してくれて、俺の気持ちがどんどん高まっていく。


「良かった…。…良かった…。」


詩織が俺の耳元で掠れたような声で言って、俺は詩織も泣いてるのかもしれないと感じた。

でも、今は詩織を離したくなくて腕に力を入れて、詩織の温かさに幸せを噛みしめたのだった。





***





そしてロビーでしばらく抱き合っていると、詩織が先に動いて離れて「ライブ行かないと。」と呟いた。

俺はライブよりも詩織とこうしている方が良かったので、立ち上がろうとする詩織の腕を掴んで引き留めた。

詩織は目をパチクリさせながら、俺をじっと見つめてくる。

俺はその目を見つめ返すと、我が儘を口にする。


「詩織…。俺にキスして?」

「へっ…!?」


詩織は真っ赤になると焦った様子で「ここで!?」と聞いてくる。

俺はそんな照れた詩織が可愛いなと心の中で思いながら、頷いて言う。


「うん。俺ら、体育祭以降、一回もキスしてねーし…。ぶっちゃけ、葛木とのキス忘れたいし…。詩織としたい。もう我慢すんのは嫌だ。」


俺は葛木と事故チューしてから、後ろめたさから詩織とはしてなかったので、仲直りした今、どうしてもしておきたかった。

詩織は俺の真剣な様子に折れてくれたのか、目の前にしゃがんでくれると、「ちょっとだけね。」と言って俺の顔を両手で優しく触れてきた。


その行動に、ここまで素直にしてくれるとは思わなくて驚いたけど、詩織の緊張した顔を見て、俺は笑ってしまいそうになりながら目を瞑った。


すると俺の大好きな花の匂いが鼻を掠めて、柔らかい詩織の唇が優しく触れてきた。

俺はその幸せな瞬間に胸が熱くなって、目の端がじわ…と滲んで眉間に力を入れた。


もっと…、もっと俺に詩織をくれ…


そう俺が思い始めたとき、詩織が俺から離れてしまって、俺が目を開けると詩織の頬を赤く染めた照れた顔が飛び込んできた。

詩織は手で顔を隠しながら「今日は頑張った方だよね?」と訊いてきて、俺は今までの詩織を思い出して、確かに前より長かった気がする…と思った。


でも俺にしたら全然足りない。


俺は詩織の後ろ頭を手で押さえると、驚いている詩織に向かって言った。


「詩織にしては頑張ったけど、俺はこれじゃ足りないかな。」

「えっ…―――」


俺は顔を強張らす詩織に容赦なく口付けた。

詩織が少し抵抗して押し返してきたけど、俺は構わずに詩織に責める。


「んっ…!!……んんっ!!!」


詩織の漏れる声を聞きながら、俺は詩織に溺れていた。

詩織の体が仰け反ってるのを支えながら、詩織の様子を薄く目を開けて眺める。

赤い頬にきつく閉じられた目に長い睫毛…

そして白く細い首が視界の端に入って、思わずムラッとし始めてヤバいと直感で思った。


これ以上はダメだ…

ダメだけど…、詩織が欲しい…


俺は目が自然と人気のない場所を探し始めていて、スイッチが完全に入った。

そして詩織から口を離した瞬間に、俺は詩織に思ってることを伝えた。


「詩織…。俺…詩織が欲しいんだけど…。」

「え…。欲しいって…。」


詩織は赤い顔で怪訝な顔をした後に、意味を理解したのか「えぇっ!?」と目をパチクリさせて耳まで真っ赤になった。

その直後に俺は詩織に全力で引きはがされて、俺は思わぬ力の強さに、後ろに手をついて詩織を見つめるしかできなかった。


「ダメ!!絶対ダメ!!!!」


詩織はそれだけ言うと立ち上がって、ホールの中に戻ろうとしてしまう。

俺はやり過ぎてせっかく戻った中に亀裂が入ったと感じて、詩織を追いかけると詩織の手を掴んで謝った。


「詩織!!ごめん!気持ちが高ぶって…、つい口に出てた。ダメならしないから、許して―――」


俺が謝罪を続けようとすると、詩織が恥ずかしそうに振り返ってきて、俺の口を手で塞いだ。

俺は何度も目を瞬かせると、詩織をじっと見つめる。


「私は場所を考えて欲しかっただけ。気持ちは…その…、嬉しかったから。だから、謝らないで。」


俺は詩織の真っ赤な顔を見ながら小刻みに頷いた。

すると、詩織が俺から視線を逸らしてから、恥ずかしそうに言った。


「私だって……井坂君に触りたいんだよ…。」


!?!?!


俺が詩織の発言にビックリして、鼻から大きく息を吸いこむと、詩織の手が俺から離れていく。

そして顔を背けてしまったことから、照れてる事を感じ取って胸をズキュンと撃ち抜かれた。


久々に全身の体温が上がって息が苦しくなり、泣きたくなるぐらい詩織が愛おしくなる。

俺は堪らず詩織の手を掴んだまましゃがみこむと、自分の茹で蛸のような顔を腕で隠す。


これだから大好きなんだよ…!!


詩織は急にしゃがんだ俺の行動を誤解したのか、「幻滅した…?」と俺の前にしゃがんで尋ねてくる。

俺はその正反対だよ!!と思いながら、このデレた顔を詩織に見せるわけにいかず手を強く握る事しかできない。


すると詩織は何かを感じ取ってくれたのか、「もしかして照れてる?」と少し弾んだ声で言ってきて、俺はその通りだったので体がビクついた。

詩織はどこか嬉しそうにふふっと声を出して笑うと「照れてる。」と言う。


俺は少し顔を上げて詩織の顔を盗み見ると、詩織の表情が俺の見たかった満面の笑顔になっていて、こんな事で笑顔にできたことに複雑だった。


嬉しいけど…、なんか負けた気分…


恋愛は惚れた方が負けだというけど、まさにその状況だと思って、俺は細く息を吐き出した。


詩織の笑顔が俺に向いてるなら、負け続けてもいいかもな…


俺は詩織の笑顔を見てるだけで幸せになってきて、ふっと口元に笑みを浮かべた。

すると詩織が俺の手を握り返して、じっと見つめてきて、俺はその目を見つめ返した。


「ライブ戻ろう?私、井坂君とライブ来るのすごく楽しみにしてたんだ。」


詩織が小首を傾げながら可愛く言ってきて、俺はふっと鼻で笑ってから「分かったよ。」と頷いた。


詩織がそこまで楽しみにしてくれてたなら、彼氏として応えないわけにはいかない。


詩織は嬉しそうに「やった。」と言うと、俺の手を引いて立ち上がった。

そして、俺にライブの内容の話をしながら、詩織はずっと笑顔のままライブが終わるまで、俺の手を放さなかったのだった。










やっと仲が戻りました(汗)

ここまで、ものすごく長く感じました…

お付き合いいただき、ありがとうございました。

でも、まだ続きます。よろしくお願いします。

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