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理系女子の恋  作者: 流音
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それぞれの選択:井坂Side



「井坂君っ!今日も勉強の追い込みさせてね~!!明日、苦手な数学なんだ~!」


俺が詩織を追いかけて靴箱までやってくると、葛木が急に目の前に現れて立ち止まった。

その間に詩織は西門君と走って校舎を飛び出していってしまう。

繋がれた手を見て、俺は思わず葛木を押しのけて足を踏み出した。


「いったーい!!」


そのとき背後から甲高い葛木の声がして、以前の事がフラッシュバックして振り返った。


「だ、大丈夫か!?」


葛木は右足首を押さえてへたり込んでいて、俺はまたやらかしたと葛木に駆け寄った。

以前も詩織しか見えてなくて、葛木を歩道橋で突き落としたんだ。

幸い捻挫だけで済んだけど、下手すれば命に関わってた。


俺は治ってたはずの右足首を悪化させたかと思って、背筋を冷汗が伝う。

葛木は「大丈夫。」と言いながら顔をしかめて立ち上がる。

俺はそれに手を貸して、ほっと安堵した。


「平気だよ。井坂君って…やっぱり優しいよね。」

「そりゃ…、俺に責任あるわけだし…。手を貸すぐらい普通だろ。」


俺がそう言うと、なぜか葛木はふふっと楽しそうに笑った。


「私の言葉、相当きいたみたいだね?」

「…きいたとかじゃねぇよ。…考えを改めるきっかけになっただけだ。」


葛木は「どーだか!」と言いながらケラケラと笑ってくる。

俺はそんな元気な葛木を見て、あの日の事を思い出していた。


あの日、葛木を歩道橋から突き落として病院に駆け込んだとき、葛木は手当を終えてから謝る俺に言った。


『井坂君は彼女以外の女子を見下してるよね。私たちの気持ちを無視して、女子ってくくりでしか見てない。私たちにだって心がある。井坂君が彼女に夢中なように、私たちだって井坂君に夢中なんだよ。それを否定しないでほしい。』


俺はこの言葉に少なからずショックを受けた。

自分がしてきた行為が外からこういう風に見えていたこと…

見下していた訳じゃなかったが、俺の態度でたくさん傷つけていたってことを…


俺は葛木に気づかされた。


そして葛木は謝る俺に言った。


『私の怪我が治るまで、私の事をちゃんと見て。葛木聖奈って一人の女として…井坂君を好きな女子として、たくさん知ってほしい。そうしたら、今回の事は許してあげる。』


俺は怪我させた責任もあるので、葛木の申し出を受ける事にした。


ただし、一つだけ前置きをして


『俺は葛木のことを見て知ったとしても、葛木の事を好きになる事はない。それだけは覚えておいてくれ。』


葛木は目を見開いて驚いた表情を浮かべた後に『なんで?』と訊くので、俺は正直に伝えた。


『今の彼女以上に好きになれる奴なんか現れない。』


こうして葛木と話していても、目の前には詩織の姿がちらついて離れてくれない。

今すぐにでも詩織のところへ行きたい。

俺はその想いから出た言葉だった。


葛木は『そっか。』と言った後に、俺に手を伸ばしてきて言った。


『でも、怪我が治るまでは私と一緒にいてね。』


俺は葛木の顔を見つめてから、軽く頷くとその手をとった。



それが、俺と葛木が一緒にいることになった理由だった。



でも、葛木にキスされた経緯もあって、俺は詩織に全部打ち明ける事ができなかった。

詩織に少しでも嫌な思いをさせたくなくて、嘘をついて誤魔化した。


今思えば、自分が嫌われたくなかっただけの防御線だったのだけど、あのときは詩織のためにと自分に言い聞かせていた。


でも、結果的に嫌われて別れるなんて言われてしまい、自分のしてきたことが間違ってたと気づいた。


詩織には全部伝わってた。

俺のしてきたこと、隠してきたこと…全部。


それを分かってて、俺に何度もチャンスをくれていた。


話すきっかけを与えてくれてた…


それなのに、俺は自分の保身ばかりで、詩織を裏切り傷つけた。


別れることになったのは当然の結果だと思ってる。



でも、どうしても自分の中にある気持ちは消えてはくれない。


詩織のことが『好き』だ


ただ『好き』なんだ


想いを消したり、諦めるなんてことできない…



俺はもう姿のない入り口に目を向けて、ふっと息を吐いた。

すると俺の後ろから葛木がいつもより声のトーンを落として話しかけてきた。


「井坂君、彼女と別れたんだってね。」


他人から『別れた』と言われて心臓が震える。

俺はちらと葛木に目を向けると、葛木がどことなく嬉しそうに微笑んでいた。


「私にもチャンスがあるって思ってもいい?」

「んなもんねぇよ。」


俺は葛木との関係のせいで、詩織と別れることになったのが分かっていたのでイラついて、言葉が荒くなった。

葛木はそんな俺の態度が屁でもないのか、ふっと声を出して笑う。


「ブレないね。でも、私だけじゃなくて、他の女の子もチャンスだって思ってると思うよ。」

「―――はっ。勝手に思ってればいいよ。チャンスなんかねぇって事、きちんと分からせてやるから。」


俺はイライラしながら葛木に吐き捨てて、靴を履きかえた。

そして逃げるように校舎を出る。

すると葛木は同じように靴を履きかえると、俺を追いかけてきて言った。


「ねぇ!!なんで、そこまであの彼女に拘るの!?別れを切り出したの向こうなんでしょ!?」

「うるさいな。葛木には関係ねぇだろ!!」


「――――!!!関係あるよ!!!」


葛木は俺の背を殴るように押してくると、大声で言って立ち止まった。

俺はそんな葛木に振り返って、睨むように彼女を見る。

葛木はギュッと眉間に皺を寄せた表情で言う。


「私は井坂君が好きなんだよ!この気持ちは別れを切り出した彼女になんか負けない。井坂君の事が一番好きなのは私だから!!」


俺は目の前の葛木が詩織に見えて、大きく目を見開いた。


『井坂君のこと一番好きなのは私だから!!!』


以前、一組の女子と揉めてた詩織が放った言葉だ。


あのとき、俺は死ぬほど嬉しかった。

恥ずかしがり屋な詩織が、俺の事を想って言ってくれた言葉だったから。

俺たちは同じ気持ちだって、確認できた。


でも、今はそんな詩織もいなくなってしまった。



嫌だ…


そんなのは嫌だ…!!



俺はギュッと目を閉じてから、細く息を吐き出すと葛木をまっすぐに見つめ返した。


「ごめん。葛木の気持ちには応えられない。」

「なんで!?向こうは井坂君のこと、もう何とも思ってないんだよ!?」


葛木の『何とも思ってない』という言葉が胸に突き刺さったが、俺は自分の気持ちを諦めるつもりはなかった。


「それでもいい。もう、想われてなかったとしても…詩織の傍にいられる方を選ぶ。自分の気持ちはココにあるから。」


俺は自分の胸をトンと拳で叩いた。


すると葛木が悔しそうに顔を歪めてから言った。


「なんで…そこまで…?」


葛木に尋ねられて、俺はハッキリある始まりの日が脳裏に浮かんだ。


入学式の日――――


俺はド緊張している詩織を見つけて、何気なく見ていた。

いかにも勉強を頑張って、このクラスに入ったって雰囲気の女子だった詩織。

大して興味をそそられたわけじゃないのに、何でか目が詩織を追っていた。


そのとき詩織の満面の笑顔を見た。


見てるこっちまで幸せになるような、咲き誇る桜のような笑顔。


初めて心臓が大きく高鳴って、顔に熱が集まる衝動を受けた。

最初はどうしてこんな感情になるのか分からなかった。


でも、クラスの中に詩織がいるだけで、胸が弾んでいる自分がいた。

一度でいいから話してみたい…

俺を見て、あの笑顔を見せてくれないだろうか…

ずっと教室の正反対の場所から詩織を見つめては、願ってた。


そして、初めて詩織と目が合った日―――


俺は詩織への想いを完全に自覚した。


俺は詩織が好きだ。

お願いだから、目を離さないでほしい。

ずっとこのまま見つめ合っていたい。


俺は詩織を見つめてそう祈り続けた。

でも、詩織は不思議そうな表情のまま目を逸らしてしまった。


あのとき、俺がどれだけ残念だったか…きっと詩織は知らない。



俺は詩織が好きだ。

ただ好きなだけなんだ。


詩織は、俺の初恋だ。



簡単に手放したり、諦めたりできるものじゃない。



俺は葛木にふっと笑いかけると、告げた。



「俺は我が儘なんだ。」




葛木は諦めたような笑顔を浮かべると「バカみたい。」と呟いて、俺を小突いてきた。

そんな葛木の態度から、やっと分かってくれたことを感じ取った。



俺には詩織しかいない。


詩織しかいないんだ。


諦めるなんてしない。


詩織に今回のことを許されようとは思わないけど、想い続けるぐらいは許されてもいいはずだ。



ただ詩織の事を好きで居続けよう。



俺はそう決めて、拳をギュッと握りしめたのだった。








井坂と葛木聖奈の接点を明かしましたー。

ここまでの流れは非常に悩みました。

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