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理系女子の恋  作者: 流音
104/246

100、隠し事

詩織の親友、小波あゆみ視点です。


ガラッ――――


ベランダの扉が開いたと思うと、詩織が涙目で飛び出してきて、声をかけられない程あっという間に教室を出ていってしまった。

私がぽかんとして赤井と顔を見合わせていると、島田が詩織を追いかけるように一番に教室を飛び出していく。


「え…、今の何?」


私は詩織の表情と島田のらしくない焦った様子に妙に胸がざわついた。

組み合わせが珍しいってのもあって、混乱して目を泳がせる。

そして何となく詩織が出てきたベランダに目を向けると、赤井が島田と同じように焦ってベランダに飛び込んでいき、私も慌てて立ち上がった。

何が起きたのか知りたくて赤井の後を追いかける。


そしてベランダに入ると、呆然と座り込んでる井坂が目に入って、赤井がそんな井坂を見下ろしていた。


「おい、井坂。谷地さんと何があった?」


赤井が井坂に声をかけると、井坂は焦点の合ってなかった瞳を赤井に向けた。


「え…、なんだろう…?…分かんねぇ…。」

「は!?分かんねぇって何だそれ!?何かあったから谷地さん泣いてたんじゃねぇの!?」

「泣いてた…?」


井坂は怒鳴られてもポカンとしていて、赤井の怒りのボルテージだけが上がっていく。


「泣いてただろ!?お前、谷地さんの何を見てるわけ!?」

「…俺が泣かせた?」

「は!?それも分かんねぇわけ!?なんなんだよ!!こっちが意味分かんねぇよ!!」


赤井がイライラしながら吐き捨てると、井坂が自分のしでかした事に気づいたのか、慌てて立ち上がるとベランダを出ようとした。

私は何となく今は行かせない方がいいんじゃないかと直感で思って、井坂をどついて止めた。


「そのアホ面で追いかけてどうするわけ!?何が悪いのかも分かってないんでしょ!?そんな状態なら行かない方がマシ!!今は島田に任せときなよ!」

「は…?島田??」


私はこのバカな井坂より島田の方がまだ詩織を慰められるだろうと思って言ったのだけど、井坂は目を見開いて顔を白くさせた。

どうやらショックを受けてるみたいだったけど、私はそんな顔をする意味が分からなくて首を傾げる。


「島田が…何?え…?詩織と一緒にいるのかよ?」

「…そうだけど?だって、一番に詩織を追いかけてったのは島田だし。」


私の言葉に井坂はガクリと項垂れると何かを小声で呟いた。

それが聴き取れなくて顔をしかめると、急に井坂が動き出して私は心臓が縮み上がった。

井坂は私を押しのけてベランダを出ようとして、それを赤井が服を掴んで引き留めた。


「離せ!!赤井!」

「冷静になれ!!バカ!!」

「バカっていうお前がバカだ!!」

「あぁ!バカでいいよ!!でも、バカな俺にもお前を行かせちゃダメなことぐらい分かる!!」

「なんでだよ!!!」


井坂が赤井の腕を振り払うと、赤井と向かい合ってキッと睨みつけた。

赤井は飽きれたように深いため息をつく。


「お前、谷地さんが泣いた理由も分からないのにどうするわけ?」

「は?謝るに決まってるだろ。」

「それで?謝ってその先は?」

「その先って…?」

「バカ。謝るなんて小学生にでも簡単にできんだよ。谷地さんが謝っただけで許してくれると思ってるわけ?お前、本物のアホなの?」


赤井が珍しくまともな事を言っていて、私は赤井を見て驚いた。

普段のおちゃらけた姿が消えていて、今はまるで井坂のお兄さんのようだ。


井坂は赤井を見て表情を歪めると、悔しそうに歯噛みした。


「どうすればいいってんだよ…。」


「だから、それを冷静になって考えろって言ってんだよ。谷地さんはお前に何て言ったんだよ?」


赤井は井坂と一緒に考えようとしているのか、声音を優しいものに変えた。

井坂は言おうか迷っているのか、ちらちらと様子を窺いながら口をもごつかせている。

私は黙って二人を見守ることに徹して遠くの空を見上げる。


「…隠し事…ないかって…聞かれた。」

「隠し事?何、お前心当たりあるわけ?」


井坂は赤井をちらっと見たあとに、歯切れ悪く「ねぇよ。」と答える。

そんなあからさまな姿に私も赤井も詩織が泣いた理由を理解した。


隠し事ありますよーなんて顔で「ない」なんて大嘘つかれたら、詩織じゃなくたってブチ切れたくなる。

私は隠し事の下手な井坂を見て、イラついてきた。


「お前さ、それ本気で言ってる?ウケでも狙ってんの?」

「は?誰がウケだよ。大真面目だっつの。」


大真面目に嘘つきましたってか。

こいつ本当にアホじゃないの?


私は今にも口からいらぬ事が飛び出しそうで口を噤んで堪えた。

赤井は私と同じ気持ちなのか、諦めたような目で井坂を見ている。


「あのさ、大真面目に嘘つくやつ初めて見たんだけど。」

「嘘って、俺が嘘言ってるっていうのかよ。」

「いや、取り繕っても無駄だから。顔に嘘つきましたーって書いてあるし。」


赤井に言われて、井坂は動揺して表情を強張らせた。

そんな素直な姿にバカ認定だな…と心の中で笑ってやった。


「で?何を隠してる?」

「隠してねぇ!!」

「嘘つけ。バレバレだから白状しろ。」

「隠してねぇって言ってんだろ!?」


井坂が怒鳴って赤井がまた冷静に返す。

その繰り返しを聞いている内に、私は我慢も限界に近付いて頬がピクついた。


もう無理。


「あのさ!!」


私は黙ってようと思ってたけど、往生際の悪い井坂を見ていて堪忍袋の緒が切れた。


「あんたがこのままだと詩織と別れる事になると思うけど、いいわけ!?」

「は!?別れるって…!」


井坂はその考えがなかったのか、私を見て顔を引きつらせた。

私は詩織のためにも全部吐き出させようと、追い打ちをかける。


「詩織って結構脆いから、あんたのそのハッキリしない所に色々考え過ぎて自分を追いつめてると思うんだよね。そういうボロボロのところに違う男…島田とか優しい男が現れたらどうなる?」


井坂の顔色が白くなるのを見て、私はパンッと手を打ち鳴らした。


「はい!!詩織は井坂を捨てて島田と幸せになりましたー。で、終了よ!!それでいいわけ!?」


井坂はまた走り出そうとして、赤井に両腕を掴まれて捕えられた。

私の仮説をまんまと信じたようで「離せ!!」と言って暴れ回っている。

私はそんな井坂に吐き出させようと、一歩井坂に近付くと命令した。


「井坂、詩織と別れたくなければ、その隠し事…『吐け』。」


私が語尾を強めて脅迫するように言い切ると、井坂はやっと観念したようで暴れるのをやめて項垂れた。

そして小さな声でボソッと言う。


「…分かった…。話す…。」


消え入りそうな小さな声に私も赤井も井坂に寄って耳を澄ませる。

井坂ははーっと長いため息をつくと、長い間をためてからやっと口にした。


「実は…俺、体育祭のときにある女子から不意打ちでキスされて…。」


私も赤井も予想の上をいく隠し事を暴露されて、思わず喉に何かが詰まってゴフッとむせた。


は!?キス!?


「その後…またその同じ女子に絡まれて…それにイラついて…掴まれた腕振り払ったら…その子が階段から落ちて怪我して…。」

「あ、それって葛木さんのこと?」


赤井がその女子に心当たりがあるのか尋ねた。

井坂は力なく頷くと、話を続ける。


「うん。その葛木に病院で…結構痛いとこ突かれたっていうか…、気づかされて…さ。俺、怪我させた責任もあるし…葛木を助ける事で救われてた部分あって…。ちょっと気を許しちまったっていうか…。」


井坂の言い方に嫌な予感が過った。


「まさか…その葛木さんのこと好きになったとか言わないよね?」


井坂はすぐに返事をしなくて、しばらくしてから「そういうんじゃないけど…。」と言うけど、私は信じられなかった。


「は!?そういうんじゃないってどういう事!?どう思ってるのかハッキリ言いなさいよ!!」


私は目の前に詩織の笑顔が浮かんでいて、井坂の言う言葉を…気持ちを信じたくて手を握りしめた。

井坂は少し顔を上げると、私と目を合わせて言った。


「好きじゃない…と思う……。でも、一緒にいて楽しかったのは…事実だ。」


はぁ~~~~~っ!?!?


私は怒り心頭して思いっきり井坂を蹴とばすと、詩織の代わりに怒鳴った。


「しっんじらんないっ!!!死ね!!!!」


私は怒りと憤りに顔を歪めるとベランダから飛び出した。

そして自分の中のイライラした感情と異様な悲しさに胸が痛くなりながら、廊下まで走る。

そのとき、島田と並んで戻ってくる詩織が廊下の先に見えて、私は足を止めて固まった。


詩織には絶対に言えない…

言えるわけない…


私は詩織の姿を見た途端、涙が出そうになって思わずその場にしゃがみこんだ。

すると私に駆け寄る足音が近づいてきて、私は体をビクつかせ耳を澄ませる。


「あゆちゃん?大丈夫??」


詩織の声が聞こえて、私は一瞬どうしようかと思ったけど、詩織を心配させたくなくて涙を手で拭うと、泣いていたのを気づかれないように笑顔を貼り付けて顔を上げた。

すると詩織の顔が目に入って、私は口元に笑顔を浮かべたまま目だけ詩織に釘付けで固まった。

詩織は目の周りと鼻の頭か真っ赤で、相当泣いた事が見て取れて、私は傍にいた島田を見て目で訴える。

島田は少し頬を持ち上げてから小さく頷いて、一人で教室に入っていく。


私はそんな島田のカッコ良すぎる姿に目が離せなかった。

島田の背を見つめながら、あいつがいつから詩織の理解者になったのか疑問が過った。


こいつが誰かを必死に追いかけて、あんなに優しい顔をする姿なんて見たことない…


もしかしたら…という仮定が思い浮かんだが、今はそれどころじゃないので詩織に目を戻して「大丈夫。」と返した。

すると詩織はホッとしたように笑顔を見せて「良かった。」と呟いた。


私はそんな詩織の誰に対しても優しい姿に胸が痛くなって、また涙が出そうで紛らわせようと声を上げた。


「詩織は平気?教室飛び出して行くから、何事かと思ったよ。」

「あ、うん。ごめんね。心配させたよね?」

「心配っていうか、気になったかな。何があったのかなって…。」


私がそう訊くと、詩織は表情を暗くしてしまって、私は詩織を泣かせてしまいそうだと焦った。


「あ、言いたくないなら言わなくていいよ!私が勝手に気にしてるだけだから!!」


私があははっ!となるべく明るく笑って言うと、詩織がふっと微笑んで言った。


「気を遣わせてごめんね。私って、本当に周りに迷惑かけるなぁ…。」

「迷惑なんて思ってないよ!!」


私は詩織に無理に笑ってほしくなかっただけなのだけど、詩織は「ありがと。」と言うと立ち上がって教室に向かっていってしまった。

私は儚げな詩織の笑顔が目に貼りついて、嫌な予感がして詩織を追いかけて教室に入った。

そのときちょうど詩織がベランダの扉に手をかけていて、私は焦って引き留めにかかる。


「詩織!!待って!!」


詩織は私の声が耳に入らなかったのか、ガラッと扉を開けると中に入ってしまう。

私は詩織を引き戻そうと手を伸ばしてベランダに駆け込むと、詩織が井坂に向かい合ってとんでもないことを口にした。


「井坂君。別れよっか。」


私はその言葉に詩織を凝視して、上がっていた息を何度も吐いて整えた。

井坂の傍には島田や赤井もいて、私と同じように詩織を見つめて目を見開いている。


言われた本人である井坂は、言葉もないのか口を開けたまま固まっている。


詩織は小さく息を吐くと、まっすぐに井坂を見てもう一度言った。


「別れよう。井坂君。」


詩織…


私は詩織がこんな事を言うまでに追い詰められていたことを、このときに理解した。


「え…?詩織…、なんで…?」


井坂がやっと言われたことを理解したのか、顔を引きつらせながら尋ねる。

詩織は視線を下げて少し考えると、はっきりと告げた。


「私…このままだと自分の事も…井坂君のことも嫌いになりそうで…。そうなる前に距離を置きたい。考える…時間が欲しい。」

「は…?嫌いになるって…、俺の事…もう好きじゃないのかよ?」

「そうじゃない。井坂君のことが好きだから別れるんだよ。」


「―――っ!!意味分かんねぇよ!!なんで好きなのに別れなきゃなんねぇんだよ!!」


へたり込んでいた井坂が立ち上がって詩織に詰め寄るように怒鳴った。

詩織は怒鳴られたことにビクついて肩を揺らしてから、キュッと口を引き結んでから言う。


「ごめん…。私の心が狭くて…井坂君のこと…信じられなくなった…。だから…好きなうちに距離を置きたい…。」


詩織は泣くのを堪えているのか手を握りしめていて、私は横にいたのでその手が震えているのに気付いた。

井坂はまだ納得できないのか、顔を歪めて窓をガンッと殴った。


「信じられないって…!!俺が好きなのは詩織だけだよ!!ずっと、ずっと言ってたじゃねぇかよ!!」


このとき井坂の目にも涙が浮かんでいるのが見えて、私は詩織の出した決断が間違ってるんじゃないかと思い始めた。

でも詩織は一歩も引かずに鼻をすすってから続けた。


「ごめん。でも…もう…無理…。」


俯いてしまった詩織の頬を涙が伝うのが見えて、私は思わず震えている詩織の手を握った。

詩織の手は驚くほど冷たくて、私は別れるのを止めたいのに言葉が出なかった。


すると井坂がガシガシと頭を掻きむしると、壁を壊すんじゃないかとおもうぐらい思いっきり壁を蹴とばして、私も詩織もその派手な音に肩を縮めた。

井坂はこっちに背を向けていて、「勝手にしろ!!」と吐き捨てると後ろの扉から教室に戻っていってしまった。


しばらくシーンと静まり帰っていたけど、おそらく井坂が教室を出ていった扉を閉める激しい音が耳に入って、それをきっかけに詩織が泣き声を漏らして、腕で顔を隠してしまった。


「うぅっ…ひっ…!!うぁっく…!」


詩織はただ涙を流していて、私は二人に何があったのか詳しく知らないだけに声はかけられなかった。

大きいはずの詩織の体がすごく小さく見える。

きっと今まで溜め込んでいたものをやっと吐き出しているのかもしれない。


私は気づいてあげられなかった自分が情けなくて、ただ彼女をギュッと抱きしめた。

自分にはただこうして詩織を支える事しかできない。


もっと早く話を聞いてあげれば良かった。

もっと早く井坂を怒鳴りつけてれば良かった。


私は後悔ばかりが浮かんできて、詩織の泣き声にもらい泣きしそうで顔をしかめた。


赤井や島田も何もできないと思っていたのか、その場で俯いたままグッと唇を噛みしめていたが、しばらくすると二人連れだってベランダを飛び出していった。


私はその二人を見送ってから、涙の浮かぶ目で空を見上げた。

空はひどく澄み渡っていて、詩織の泣き声がスーッと吸い込まれて消えていくように見えて、ひどく胸が痛かったのだった。











100話でこんな事になるとは…あくまで偶然です。

二人がどうなるのか、しばらく見守ってください。

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