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理系女子の恋  作者: 流音
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98、優しさのデメリット


体育祭の次の日、私は井坂君のケータイを手に学校へ向かっていた。


結局、昨日は井坂君は公園に現れなくて、私は激怒したお母さんからの電話で渋々家へ帰った。

島田君は「何かあったんだよ。」とフォローしてくれたけど、私はこんなこと初めてだっただけに少なからずショックだった。


早く井坂君に会ってこの不安を拭い去りたい。


私はその一心で足をいつもより早く動かす。


そうして学校へ着くころには息が上がっていて、校門のところで島田君を見つけた。

昨日のお礼もあったので、彼に駆け寄って声をかける。


「島田君。おはよう。昨日はありがとう。一緒にいてくれて。」

「おはよ。いいよ。お母さんには怒られなかった?」


島田君はからかうように言ってきて、私は昨日のお母さんの怒声を電話越しに聞かれてるだけに罰が悪くなった。


「怒られたよ。こんな時間までウロウロするなんてはしたないって…。きっと井坂君が一緒だったら何も言われなかったんだろうけど。」


私は井坂君の事を妙に気に入っているお母さんを思い返してため息をついた。

島田君は驚いたように目を丸くすると足を止めた。


「何?井坂って、そこまで谷地さんの親に一目置かれてんの!?」

「え…あ、うん。主にお母さんだけど。昨日も一緒じゃなかったなら、すぐ帰って来ないとダメだって言われて…。一緒だったら良かったんだって思ったから…。」

「へぇ~…。井坂のやつすっげぇな~!!」


島田君が何だか嬉しそうに笑いながら言って、私の隣に並んで歩き出した。

私は島田君がそこまで嬉しそうにする理由が分からなかったが、笑ってる彼を見てるとさっきまでの不安がどこかに飛んでいくようだった。


そうして二人で靴箱まで行くと、急に島田君が私の前に立ち塞がってきた。

目の前に島田君の体があって、前が見えないし進むこともできない。


「島田君?なんで前に立つの?」


私が島田君を見上げて尋ねると、島田君は顔を強張らせて目を左右に動かした。


「え、あーっと…。ちょっと、中庭行ったりしない?」

「中庭?なんでこんな朝から中庭なの?」

「えぇっと…その…あれだ…。えーっと…。」


島田君は困ったようにキョロキョロしていて、何が言いたいのかさっぱり分からない。

彼の雰囲気から背後を見せないようにしてるような気がして、私は彼の体の向こうを覗こうと右に動いた。

でも、それを察知した島田君が同じように右に動いて、彼の背後が見えなくなる。


私は焦った顔の島田君をじとっと見つめて、彼の体をどかすように手で左に押した。


「ちょっ!!待って!!」


島田君が必死に抵抗してきたけど、何とか靴箱の向こうを見ることができて、私はそこにある光景に目を見張った。



何…アレ…



私の目に飛び込んできたのは、井坂君が例のFカップ女子こと聖奈さんとくっついて階段を上ってる姿だった。

聖奈さんが井坂君に身を預けていて、一段一段ゆっくりと階段を上っている。

井坂君はそんな彼女を支えているように見えた。


私はその後ろ姿から目が離せなくて、忘れかけていた昨日のキスシーンが呼び起されて足が震えた。

目の前がぐにゃりと歪んで、体の体温がぐっと下がったように嫌な汗が吹きだしてくる。


さらに手に力が入らなくなって井坂君のケータイが手の中を滑り落ちた。


カシャンと地面に当たる音がしたとき、やっと耳に島田君の声が入ってきた。


「谷地さん!!」


名前を呼ばれたことにハッと我に返って、私の目に心配そうにしてる島田君の顔が映った。

目が合った事にホッとしているのか、島田君の表情が少し和らぐ。


「谷地さん、きっと何か理由があるんだって。大丈夫。井坂を信じよう?」


島田君は私の肩を強く掴んで、優しく微笑んでいて、私は彼の力強い言葉に何とか自分を保った。


「う、うん。そうだよね。大丈夫。大丈夫だよ。」


私は落としてしまった井坂君のケータイを拾うと、ギュッと握りしめて島田君に固い笑顔を向けた。

島田君は同じように固い笑顔を浮かべてくれて、私の気持ちを分かってくれているのか背を一度ポンと叩いてから、先に教室へ向かっていった。


私は一度ギュッと目を瞑ると、深く深呼吸してから彼の後を追うように教室に向かったのだった。





***




そして、ドキドキと嫌な音を奏でる心臓の音を聞きながら教室へ足を踏み入れると、井坂君が私を見て真っ先に駆け寄ってきた。

私は入り口で井坂君を見つめたまま固まる。


な…何を言われるんだろう…!!


私が井坂君の第一声が怖くてケータイを握りしめてギュッと目を瞑ると、彼から第一声が向けられた。


「詩織、おはよ!!昨日は公園で待っててくれたんだってな!悪いな、行けなくてさ~。」


ん…???


私はいたって普通に声をかけられたことに拍子抜けした。

目を何度も瞬かせて、井坂君が本物か凝視する。


「ケータイも詩織が預かってくれてるって赤井から聞いてさ。」

「あ、うん。はい。これ。」


私は手に持っていて温まっているケータイを井坂君に手渡した。

井坂君はそれを手に「サンキュ。」といつもと変わらない笑顔を浮かべた。


あれ…?いつもの井坂君…だよね??

さっきのは何だったの…??


私は頭の中が疑問だらけで、眉間に皺を寄せて考え込んだ。

すると、井坂君がケータイを開けて中を確認しながら言った。


「昨日さ、詩織のとこ行く途中で鹿島の取り巻き女子にカラオケ誘われてさ~。もう参ったのなんのって…。」

「…カラオケ?」

「うん。嫌だって断って、掴まれてた腕振り払ったら、その子が階段から落ちちゃってさ…。」

「落ちた!?」


私は何でもないことのように話す井坂君を見て驚いて声を上げた。

井坂君はメールのチェックでもしてるのかケータイから目を離さない。


「そう。それで仕方なく病院まで付き添って…。あ、怪我は大したことなくて捻挫だけだったんだけど。俺にも責任あるから、治るまではその女の子に手を貸すことになってさ。だから、詩織とあんま一緒にいられなくなるかも。ごめんな?」


井坂君が申し訳なさそうに表情を歪めて私を見つめてきて、私はそういう理由だったのかと安心して息を吐き出した。

さっきのも手を貸していただけだったのだろう。

私はとんだ早とちりをするところだった…と、宥めてくれた島田君に感謝した。


「いいよ。そういうことなら仕方ないもんね。治るまでその子に手を貸してあげて。私は気にしないから。」


ただでさえ怪我をさせてしまった罪悪感を背負ってる井坂君に、私の嫉妬心まで背負わせたくなくて笑顔を取り繕った。

井坂君は私の言葉を聞いて、安心したように顔を綻ばせる。

そして私の頭に手を置くと、わしゃわしゃと頭を撫でてきて私は顔をしかめた。


「やっぱ、詩織はそういう奴だよな…。」

「え…?」

「ううん。何でもねーよ。」


井坂君は苦笑した後に私をギュッと抱きしめてきて、私はクラスメイトに見られてる!!と焦って彼を引きはがした。

そのとき、微かに井坂君のものじゃない匂いがした気がしたけど、そのときは恥ずかしさの方が上であまり気に留めなかったのだった。





***





その日から井坂君は登校と下校を聖奈さんとするようになって、私は一緒にいられるのが休み時間ぐらいになってしまった。

その休み時間も下手すると、井坂君は聖奈さんを手伝いにいってしまう。

そこまで甲斐甲斐しくお世話する井坂君を横目に、私は少し欲求不満気味だった。


責任を感じてる井坂君には絶対に言えないけど、正直言うと捻挫ぐらいで大げさではないかと思ってしまう。


それもかれこれ一カ月ぐらいになって、季節は冬に片足を突っ込んだ11月も半ば。

あと二週間もすれば期末テストだという時期――――

井坂君は呼び出されて、また7組に行ってしまった。


とっくの昔に捻挫なんか治ってるはずなのに、まだ呼び出しがかかる。

私は聖奈さんへの不信感が高まっていて、ここのところモヤモヤが増幅していた。


井坂君も私がそういう気持ちでいるのを察しているのか、ご機嫌をとるように抱きしめてきたりする。

でも、その度に聖奈さんのものであろう香水の匂いが混じって、胸が苦しくなった。


井坂君が悪いんじゃない。

私の心が狭いだけだ。


私は井坂君が行ってしまった教室の入り口を見つめて、大きくため息をついた。


「大きなため息だねぇ~。」


軽やかな笑い声と共にやって来たのはタカさんだった。

タカさんはからかうように私を見て、私の頬を手で挟んできた。


「また子犬顔してるよ?井坂君の前以外でやっちゃダメだって言ったでしょ?」

「だって…。」


私は胸に抱えたもやもやと寂しさから、顔をしかめた。

するとタカさんが頬をつねった。


「ダメだって言ってるのに!その顔、井坂君の前ではしないクセに何なの!?」

「分かんないよ…そんなの…。勝手に顔がこうなるんだもん…。」


私はダメだと言われても、今の状態じゃ表情を変える余裕がない。

ましてや子犬顔とやらは、無意識にやってるので自分でもどうすればいいのか分からない。


タカさんは私の頬から手を放すと、ふーっと長いため息をついた。


「そんなに気になるなら一緒に行けばいいのに。」

「…そんなカッコ悪いことできない。」

「今さらでしょ?もう十分カッコ悪いよ。私、しおりんのカッコいいとこなんて見たことない。」


タカさんがズバッと言い切って、私はそんなにカッコ悪い所ばかり見せていたか思い返した。

でも、まったく思い当たらない。


「大体、彼女なんだから堂々としてればいいじゃん?お互いが想い合うなんて奇跡みたいな事なんだよ?」


私はタカさんの雰囲気が変わった気がして、表情を緩めて彼女を見つめた。

するとタカさんは拳を握りしめて少し視線を落とした。

その顔が何だか辛そうに見える。


「私はしおりんが羨ましい。」

「え…?」

「井坂君って彼氏がいて、助けてくれる友達やクラスメイト…それに…幼馴染もいる。私にはないものいっぱい持ってることが…すごく羨ましいよ。」


私はやっぱりタカさんの雰囲気がどことなく違うと気づいて、彼女も何かに悩んでいるんだとくみ取った。


「タカさん…何かあったの?」


私が彼女の顔色を窺いながら尋ねると、タカさんはビクッと肩を揺らしてパッと顔を上げた。


「何もないよ?ただいつも思ってる事を言っただけ。しおりんは自信がなさ過ぎるよ。」


タカさんはいつもと同じ笑顔を浮かべていて、それが余計に私を不安にさせた。

タカさんは何かを隠してる。

体育祭の時の井坂君と同じ…

私はそれを思い出して、一際胸がズキ…と痛んだ。


「しおりん?大丈夫?」


今度は私がタカさんに様子を窺われて、笑顔を取り繕う。


「うん。確かに自信なさ過ぎるよね。しっかりしなきゃ…ね。」

「そうだよ。誰がどう見たって、二人は安泰カップルなんだからさ。ドシッと構えてればいいんだよ。」


安泰か…


私は周りからはそう見えるんだと思って、自分の不安との差に何も言えなくなったのだった。





***





その日も私は一人で帰ることになり、井坂君と靴箱で別れると私は校舎を出た。

そのときに後ろから声をかけられて、私は校舎を出た所で足を止めた。

声から誰か分かったので、嫌々振り返って相手を見つめる。

私を引き留めたのはニヤニヤ笑いを浮かべる鹿島君で、私は嫌なタイミングで現れたことにげんなりした。


「ねぇ。あんたと井坂、別れたの?」

「別れてないですけど。」

「ふ~ん。最近一緒にいるところ見ねーからてっきり別れたんだと思ってた。」


鹿島君はどこか残念そうに言って、私はカチンと来たので彼にまっすぐ向かい合うと言い返した。


「別れるわけないですから。もうほっといてください。」

「でもさ、井坂のやつは聖奈とくっついて歩いてるじゃん?アレは彼女的にどう思ってんの?」

「どうって…理由はちゃんと聞いてるし…、なんとも…。」


私は気にしまくりのクセに嘘で取り繕った。

鹿島君に弱みを握られたくないのもあって、表面上は冷静を装う。


「あんた心広いなー。俺だったら我慢なんかできねーけどなぁ。そこまで井坂を信用できる理由って何?」

「理由って…。」


私はここのところ信じる自信もなくなってきていたので、上手い返しが浮かばない。

今も聖奈さんと一緒にいると思うと、私の胸の奥に鉛でも落ちてきたかのように重くなる。


全然心が広くなくなんかない。

むしろ狭くて情けなくなってるぐらいだ。


私は切なくなって少し俯いた。


「なんだそこまで信用しきってるわけでもなさそーだな?」

「そんなこと…」

「ないとは言い切れねぇだろ?あんたの表情見てれば分かるよ。」


私は分かると言われて、なるべく表情に出さないように顔を強張らせた。

これ以上好き勝手言われたら、きっと立ち直れない。


「そういえば井坂から聞いてるって言ってたけどさ、聖奈とキスしたって話は聞いてるわけ?」

「…キス…?」


私は記憶の奥底に押し込んで忘れていた事を穿り返されて、目を見張った。

体育祭のときの映像がフラッシュバックして目の前が揺れる。


「あれ?あいつ言わなかったんだ?なんか聖奈が嬉しそうに報告してくれたからさ、てっきり井坂もあんたに言ってるもんだと思ってた。」


鹿島君はケラケラと楽しそうに笑って「悪い、悪い。」と悪いとは思ってない顔で言う。

私は胸が抉り取られるような気分で、今にも足が崩れそうだったけど何とか堪える。


ここで取り乱したらダメだ。

鹿島君は私をからかって遊んでいるんだ。

彼を調子にのせるような反応をしたら、もっと遊ばれることになる。


私は自分の中の強がりを目一杯かき集めた。


「た、ただのキスだよね。井坂君はしたくてしたわけじゃないだろうし、私を傷つけたくなくて言わなかったんだと思うよ。井坂君は優しいから。」


私が鹿島君に笑顔を向けると、鹿島君が私を眺めるように目を細めて鼻で笑った。


「ふ~ん、優しいね…。あんた、ただ現実の井坂を見てないだけじゃねぇの?」

「え?」

「井坂はあんた以外の女とキスした事実を黙ってる。それがどういう意味か分からねぇわけじゃねぇんだろ?」

「意味って…。」


私は続きを聞きたくなかったけど、口が勝手に先を促してしまった。

鹿島君はふーっと息を吐くと、飽きれた様に告げた。


「井坂はあんたより聖奈に心が移ってる。だからキスもしたし、今も一緒に帰ってる。誰が見たってそう思うだろ。」


ずっと心の奥の方で思っていたことを口に出されて、私は一気に自信が崩れてなくなった。

取り繕っていた笑顔が保てなくなって、表情から消える。


私はこのまま鹿島君といたくないと思い、彼に背を向けると逃げ出すように走り出した。


そんなことない!!…そんなことあるはずない!!


彼に言われた言葉を妙に納得してる自分がどこかにいて、その事が無性に悲しくて苦しくて、私は我武者羅に足を動かしす事しかできなかった。











井坂の出番が少ないですが、しばし経過を見守ってください。

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