96、公園にて
私と島田君が話をしながら応援席に戻ると、目の前に5組の女子の集団が立ち塞がってきて、私は見たことのない女子たちに目を瞬かせた。
横で島田君も驚いている。
「谷地さんだよね?」
「あ、はい。そうです…けど…??」
リーダーっぽい黒髪ボブの女子が腕を組んで偉そうに話しかけてきて、私は威圧されるように頷いた。
「谷地さんさ、井坂君って彼氏がいるのに、どうして瀬川君と二人三脚に出てたの?」
「え……っと…それは…、色々事情があって…。」
「事情って何?井坂君だけじゃ物足りなくて、瀬川君にまでちょっかい出すなんて!!どうやって瀬川君に取り入ったのよ!」
「私なんて二人三脚断られたのに!!」「なんで地味なあなたなのよ!!」と集団の女子からも声が上がる。
私は瀬川君ファンまで敵に回してしまったと、顔が引きつる。
どう説明したものかと困っていると、横から助け人が現れた。
「女子の嫉妬は醜いよ。やめといたら?」
よく通る声で仲裁してくれたのは、腰に手を当てたタカさんだった。
タカさんは私の前に立つと、五組女子の集団を見回して言った。
「瀬川君がしおりんに頼んできたんだから仕方ないじゃない?あなた達はダメで、しおりんはOKだったんだよ。ただそれだけの事。」
「それだけって…。瀬川君が自分から頼むとかあり得ないから!!前までは一番に頼んだ子と組んだりしてたんだから!!それが、どうして今回に限って、あなたを指名なのよ!!」
ボブ女子に指を指されて、私は口を引き結んでじっと彼女を見つめた。
するとタカさんが大げさにため息をついて言った。
「瀬川君にも選ぶ権利ぐらいあるはずだよ。大体、あなたたちのそういうがっついた所が嫌だったんじゃないの?」
タカさんは指さしてきた女子の手を叩いて下ろさせると、彼女たちを睨むように威圧感を出した。
私は見たことのないタカさんの雰囲気に息をのむ。
「瀬川君の外側ばっかり見て判断するあなた達みたいなのがいるから、瀬川君も辛い思いをするんだよ。ホント自分勝手な人って見てるだけでムカつく。」
「な、何でそこまで言われなくちゃなんないの!?瀬川君のこと、あなたはそんなに知ってるっていうの!?」
「少なくともあなた達よりは知ってる自信あるけど?ここ数日よく一緒にいて、今日も色々話をしたから。」
「えっ!?!?」
タカさんの言葉に女子がざわめき立った。
コソコソと何かを言い合いながら、一人の女の子がタカさんを見て声を上げた。
「あ!!そういえば並んで一緒に話をしてるの見たかも。歩君…何だか楽しそうだった。」
「うそでしょ!?なんで…この人…!?」
「えぇ!?」
口々に悲鳴のような声が上がり、いつの間にか女子の目は私からタカさんに移っている。
「そういうことだから。こうやって文句を言ってる時点であなた達は蚊帳の外なんだよ。瀬川君の眼中にも写っていない。それが分かったら、さっさとどっかに行ってくれる?目障りだから。」
すご…
私は今まで見たことのないタカさんに驚いた。
基本平和主義者なのに、タカさんは自ら戦場に足を突っ込んでいる。
それも瀬川君のために。
そこまで瀬川君のことを考えてくれてるなんて、私はすごく感激してしまった。
すると5組の女子たちはタカさんの圧力から逃げるように、悔しそうに顔を歪めて文句を言いながら立ち去っていった。
それを満足そうにタカさんが見送って、私は手が勝手に拍手した。
「タカさん…すごい…。」
「しおりんがぼけっとしてるだけだよ。何言われっぱなしで、黙ってるの。言い返さなきゃ腹立つじゃない。」
「そうだけど…。まさか、タカさんがここまで瀬川君のために怒ってくれるとは思わなくて…。」
「普通でしょ。私、あーいう人を外側だけ見て騒ぐ人って、嫌いなんだよね。」
ここまでキッパリ言うなんて…
私はやっぱり前までのタカさんとは違う気がして、ちょっとした違和感が過る。
そこへ島田君が明るいテンションで口を開いた。
「八牧さんがあんなに怒るの初めて見たかも。意外と気強かったんだなー!」
「ちょっと、それ失礼じゃない?」
「褒めてんだって!!真っ向から立ち向かえんのってカッコいいよ。」
「そりゃ、どーも。」
何だか楽しそうに話をする二人を見ていると、その先に応援席に井坂君が座ってるのが目に入って、私は話をする二人を置いて彼の元に走った。
信じるって決めても、やっぱり気になるものは気になる。
井坂君だったら、きっと全部私に言ってくれるはず。
私はそう期待して、井坂君に声をかけた。
「井坂君!」
「あ、詩織。どこ行ってたんだ?」
井坂君がいつも通り私に笑顔を向けてきた。
私はそれに安心しながら、井坂君の横に腰を落ち着けた。
「二人三脚でこけちゃってさ。それで救護所で手当てしてもらってたんだよ。」
「あ、ホントだ。大丈夫なのか?詩織。」
「うん。平気。」
井坂君が本当に心配そうに私の足を見てきたので、私は元気をアピールして手足をばたつかせた。
井坂君はそれに安堵の表情を浮かべると、「良かった。」と言って笑った。
でもここで私はどうしてもあの事が気になって、井坂君を試すように尋ねた。
「い、井坂君は…私が二人三脚に出てるとき…何してた?」
井坂君は一瞬目を見開いたあと、すぐ笑顔を浮かべて言った。
「鹿島のやつを探してたんだ。呼び出したクセにどこにもいなくてさ。校舎の方まで探しに行く羽目になったよ。」
「そう。それって、誰かと一緒に?」
「え…。いや?俺一人だけど…。なんでそんなこと聞くんだよ?」
嘘ついた。
私は井坂君の固い表情から何かを隠したのが伝わってきて、悲しくなった。
私は顔に出そうだったけど笑顔で隠す。
「別に。ちょっと気になっただけだよ。それで鹿島君は見つかった?」
「あ、うん。あいつ行ったらさ、用事なかったとか言いやがって、殴ってやろうかと思ったよ。」
「そうなんだ。」
私は軽やかに笑う井坂君を見て、胸にもやもやと不信感が広がっていった。
言わないってことは後ろめたいから?
それとも、やっぱり見間違いだった?
私は何が真実なのか、また分からなくなって笑顔を顔に貼りつけたまま心は何かが刺さったように痛み始めたのだった。
***
それから体育祭は昨年の屈辱を払拭するように赤組の優勝で幕を閉じた。
今回は運動部の面々が多かったというのもあって、二位と大差をつけての優勝だった。
赤井君たちは文化祭以上の大喜びで、その盛り上がりっぷりに私たちは失笑するしかなかった。
そしてまた打ち上げをする運びになり、皆がテンション高く盛り上がっていて、私は困ったな…と思いながら一旦家に帰った。行かなければいけないのだけど、私は参加する気になれなかったからだ。
部屋でぼーっとしながら、行くかどうかを考える。
このままぼーっとして打ち上げに行かなければ、きっと呼び出しがかかるだろう。
でもクラスで騒ぐような気分じゃない。
私は一体誰のどの言葉を信じればいいのか分からなくて、迷路に迷い込んだ気分だった。
もう何がなんだか分からない。
私は頭が重くてベッドに突っ伏すと、そのまま目を閉じていつの間にか眠ってしまった。
暗い視界の中であのキスシーンだけが鮮明に貼り付いて、私を悪夢へと誘うかのように…。
**
「姉貴!!起きろ!姉貴!!」
大輝の声が耳に聞こえて、私はハッと目を覚まして体を起こした。
ぼやける視界をはっきりさせようと何度も目を瞬かせると、大輝の不機嫌な顔が飛び込んでくる。
「姉貴。客!!」
「客?って誰?」
私が欠伸をしながら尋ねると、大輝が立ち上がって言った。
「歩さん。」
「歩さんって…瀬川君?なんで?」
「知らねーよ。なんか荷物持ってたけど。」
大輝がムスッとしながら言って、私はとりあえず玄関に向かおうと立ち上がった。
そのとき自分が制服のままなのに気づいて、着替えようか少し迷ったけど、待たせるわけにいかなかったので、ふぅと息を吐いて部屋を出た。
そして玄関から外に出ると、瀬川君が大輝の言う通り何か荷物を持って立っていた。
「よ。お疲れ!っていうか帰って来たとこ?制服だけど。」
「あ、ちょっと疲れて寝ちゃってて。着替えてなかっただけ。」
「そっか。あ、これ今日のお礼な!!」
瀬川君は嬉しそうにニカッと笑うと、私に紙袋を手渡してきた。
私はそれを受け取って中身を確認すると、中身はたくさんの花火だった。
なぜお礼にこれをチョイスしたのか気になって、私は瀬川君を見つめて尋ねた。
「これ…花火?なんでこれがお礼なの?」
「ん?なんか谷地さん元気なかったし、小学校の時花火で大喜びしてたじゃん?俺的にお礼はこれしかねーと思ってさ。」
満足気にふんぞり返って笑う瀬川君を見て、私は自然と笑顔が漏れた。
確かに小学校の時、西門君やナナコ、瀬川君と花火をしたことがあった。
でも、あれは花火で大喜びしてたわけじゃなくて、皆でキャーキャー言ってたのが楽しかっただけだ。
一人でやったって全然面白くないだろう。
私はここでハッとナナコの事を思い出して、思わず瀬川君の袖を掴んだ。
「な、なに?」
「これ、皆でやろう!!西門君やナナコも呼んでみんなで!!」
「えぇ!?今から!?」
「そう!!私、ナナコを呼ぶから、瀬川君は西門君呼んで!!」
私はナナコと瀬川君を仲直りさせるつもりだった。
二人だとケンカしてしまうかもしれないけど、私と西門君もいて、また花火という小道具まであれば二人の仲はそこまで悪くならないはずだ。
私は辛そうなナナコの顔を思い返して、我ながら名案だと顔を綻ばせた。
瀬川君は「しゃーねーなぁ~。」と言いながらもケータイを取り出して、早速西門君にかけてくれている。
私はナナコにかけようと家に戻ると、部屋に駆け上がって鞄からケータイを取り出した。
そして画面を見て思わず目を見張った。
そこには着信10件と表示されていて、着信履歴を見るとあゆちゃんや赤井君、井坂君にタカさんまで様々なクラスメイトから電話がかかっていた。
きっと打ち上げの参加の催促だろう。
私は少し考えてから、今はかけ直すのをやめてナナコに電話をかけたのだった。
***
それから私と瀬川君は時計公園で二人の到着を待つことにして、並んでベンチに腰掛けていた。
空気はもう秋の匂いで暗くなると肌寒いので羽織るものが必要だな…と私は腕をさすった。
すると、それを見ていたのか瀬川君が着ていたパーカーを脱いで差し出してきた。
「ん。着るといいよ。寒いんだろ?」
「え、いいの?」
「いいよ。俺、暑がりだから。」
「そっか。じゃあ、ありがたく。」
私が遠慮せずに借りることにして袖を通すと、瀬川君が嬉しそうに笑った。
私はその顔を見て、少し疑問に思ったことを尋ねた。
「瀬川君って、なんで私にいつも優しくしてくれるの?」
「俺、そんなにいつも優しくしてる?」
「え…もしかして、無意識?」
私が驚いて訊くと、瀬川君がヘラッと笑って「そうかも。」と言った。
無意識に人に優しくできるってのは、すごいな…
きっと瀬川君のこの何気ない気配りが女子を夢中にさせる一端なのだろう。
私は横目に瀬川君を見て尊敬した。
「今日さ、谷地さんが元気なかったのってなんで?」
「…それ、聞くんだ。」
ズバッと遠慮なく聞いてきた瀬川君に私は半笑いを浮かべる。
「だって気になるから。俺の悩みの相談のってもらった以上、俺も谷地さんの力にならないとね。」
「…変なとこで律儀だね。」
「律儀とかじゃなくてさ。で、その理由は何なわけ?」
瀬川君は余程知りたいのか、体を私に向けて興味津々な視線を突き刺してくる。
私はこの目からは逃れられないな…と悟って、正直に打ち明けた。
「井坂君が…キスしてるのを見たんだよね。」
「キス?って誰と?」
「……7組の…聖奈さんっていう…こう…胸の大きい女子…。」
私が手でジェスチャーしながら聖奈さんの容姿を伝えると、瀬川君が吹きだすように笑い出した。
「あっはははははっ!!!もしかして、井坂君がでかい胸の子にとられたとか思ってる?」
「だ、だって!!キスしてたんだよ!?」
「キスってそれは井坂君から?その場面ハッキリ見たわけ?」
「そ…それは…。」
私は遠目だったので、井坂君からしてたとかハッキリ見たかと言われると自信がない。
見間違いの線も強いような気もしてきて、私は口を噤んだ。
すると瀬川君が私の背をバンッと叩くと、励ますように言った。
「大丈夫だって!!井坂君が谷地さん以外に手を出すとか、俺には想像もできないから。きっと見間違いだよ。」
「そ…そうかな?」
「そうに決まってるよ!あの井坂君が谷地さんと別れるかもしれないような事、しでかすとは思えない。うん。絶対あり得ないな。」
瀬川君は一体何にそんなに自信があるのかと思うほど、言葉にすごく説得力があった。
私は勘違いかな…と思い始めて、気持ちがスッと楽になる。
「っつーかさ。気になってるなら、ここに呼び出せば?一緒に花火して、それとなく聞けばいいじゃん。」
「き…聞くとか…無理。絶対、口に出せないと思う。」
私は答えを聞くのが怖くて私からは絶対に言えないと思った。
すると「んー。」と言って考え込んだ瀬川君が、自分を指さして言った。
「俺が聞いてやるよ。だから、ここに呼び出してよ。」
「え…、ホント?」
私は瀬川君の申し出に気持ちが浮き上がる。
瀬川君が聞いてくれれば、私としては助かる。
瀬川君はニカッと頼りになる笑顔を浮かべると頷いた。
「おう。これもお礼の一部ってことで。」
「あ、ありがとう!!今すぐ電話かけるね!」
私は嬉しくなって、ケータイを取り出すと早速井坂君に電話をかけた。
すると、何回も呼び出し音が鳴らない内にすぐ繋がって、焦った井坂君の声が聞こえた。
『詩織!!今、何やってんだよ!!』
「え…?…えっと、公園にいるけど…?」
私は繋がるなり問い詰められて、自分の言いたいことが言えずに返答した。
井坂君は打ち上げの行われているファミレスにでもいるのか、周りの音がザワついて聞こえてくる。
微かにあゆちゃんの「詩織?」という声が耳に入る。
『公園って…何でんなとこにいんだよ!!今日、打ち上げするって言ってただろ!?』
「あ、えっと…ごめん。寝ちゃってさ…さっき目を覚ましたばかりで…。」
『それで何で今は公園にいるわけ!?』
「そ…その、瀬川君が花火持って来てくれて…それを瀬川君たちとやろうと思ってて…。」
『はぁぁぁ!?!?』
相当怒ってる井坂君の声と、たぶん井坂君を宥めている赤井君の声が耳に入る。
赤井君が「落ち着けよ。」と言って「谷地さん?」という島田君の声まで聞こえる。
すると、ガサガサと雑音が大きく鳴ったと思うと、ケータイが井坂君からあゆちゃんの手に渡ったのかあゆちゃんの高い声がした。
『詩織!?あんた電話出ないで公園にいるってどういうこと!?井坂がブチ切れそうなんだけど!!』
「え!?あっと…その、ごめん。あ、井坂君にも謝ってくれる?」
『今は無理。井坂のやつ、今にもファミレス飛び出しそうで赤井が押さえつけてるから。』
「……飛び出すって…。」
『詩織のとこ行こうとしてるんでしょ。ほんっと井坂の世界は詩織中心だよねぇ~。』
あゆちゃんが飽きれた様にぼやいて、私は最近よく聞くフレーズに顔が熱くなった。
やっぱりキスのことは誤解だった気がして、私の中に自信が戻ってくる。
『で?公園にいるのはなんで?』
「あ、うん。瀬川君が花火をくれて…それをやろうってなって幼馴染を呼び出してるとこなんだ。」
『あー!!それで西門君帰ったんだ。ゆずが西門君帰ったってしょぼくれてたよ。』
「え!?」
私はゆずちゃんを悲しませたと知って、申し訳なくなった。
「ご、ごめん!!そんなつもりじゃなくて…その…。」
『分かってるって。仲良し幼馴染だから、呼び出しただけなんでしょ。ゆずだって分かってるから、謝らなくてよし。』
あゆちゃんにフォローされて、私は気持ちが救われるようだった。
すると、電話越しにガタガタッと激しい物音が耳に入って、赤井君と島田君の「井坂ー!!」という声がした。
『あー…。井坂、そっちに行くと思うよ。今、赤井の手を逃れてファミレス出てったから。』
「そっか…。」
私は、はは…と渇いた笑いを浮かべると、横にいる瀬川君に来るという事だけを目で伝えた。
瀬川君は分かってくれたのか、立ち上がると大きく伸びをして公園の入り口に目を向けた。
そのときナナコが入り口に姿を見せて、私は瀬川君と同じように立ち上がった。
『っていうか花火とか楽しそうだね。私たちも行ってもいい?』
「え、あ、うん。大丈夫だけど。たくさん来るなら花火足りないかも。」
『それなら大丈夫。行くまでに調達してくから。じゃ、何人か連れて公園行くね。』
あゆちゃんはそれだけ言うと電話を切って、私は瀬川君に声をかけた。
「ちょっと人数増えるかも。」
「え?井坂君以外にも誰か来んの?」
「うん。クラスメイトが来たいって言ってて。」
「ははっ!谷地さんのクラスってホント仲良いよなー!!」
仲が良いと言われて、私は自然と顔が緩んだ。
中学の頃じゃ考えられない。
私の周りには井坂君だけじゃなくて、あゆちゃんやタカさん、赤井君に島田君と頼もしいクラスメイトたちがいる。
クラスメイトの顔色を窺いながら過ごしていた中学時代とは違う。
私はそれがすごく嬉しかった。
こんな私でもクラスの一員になれてるって、瀬川君が言ってくれたようなものだ。
私はケータイを握りしめると、楽しい花火になりそうだとナナコに駆け寄ったのだった。
瀬川のフォロー話でした。
このおかげで詩織が少し持ち直します。