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理系女子の恋  作者: 流音
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9、可愛くなりたい


井坂君と初めて感じる空気になってから、私は彼との距離が少し近くなったような気がしていた。

でも、そんな事あるはずもなく。

あれ以降、特に変わった事はない。


というか、気持ちだけが大きくなっていて、井坂君を訪ねてくる他のクラスの女子に嫉妬する毎日だ。

その中には図書室で見かけた『しおり』さんの姿もあって、私はすごく可愛い彼女が羨ましかった。

どうしたら自信を持って井坂君の隣にいられるんだろう…

私はタカさんと一緒にお昼を食べながら、ため息をついた。


「タカさん…どうしたら、可愛くなれると思う…?」

「え?それを私に聞くの?」


タカさんが食べる手を止めて目を見張っている。


「だって…誰に聞けばいいのかも分からないし…。タカさんだったら、いつもみたいにズバッと言ってくれそうだから。」

「…そんな無茶な。私のダサさ加減を見てよ。良いアドバイスなんかできるわけないじゃん。」


自信満々にタカさんは言い切って、私はまたため息が出た。

すると、タカさんが私に顔を近づけて言った。


「何?井坂君によく見られたいとか?」

「!!?」


私の考えている事はバレバレだったようで、タカさんは諦めたように顔を緩ませた。


「なんか二人、前にも増して仲良いもんね~。そうか~、そういう事ですか~。」

「タッ…タカさん!!その言い方やめてよっ。ただでさえ誤解しちゃいそうで、我慢してるのに!」


周りから見てても仲が良くなったとか言われると、本当にそうなのか信じたくなってくる。

少しぐらい見込みがあるんじゃないかとか、欲張りなことを考えてしまう。


「我慢ねぇ…。まぁ、幸せな悩みのようでいいけどさ。ハマり過ぎない内に諦めた方が良いと思うよ?」

「……またそういう事言う。」

「だって、付き合えたりしないんだよ?そんなの無駄な時間使ってるだけじゃん?」

「…そうかもしれないけど…。好きって気持ちはなくならないんだもん…。」

「そんなに良いもんかなぁ~恋愛って。」


タカさんは恋をした事がないのか、お弁当を食べるのを再開した。

私はそんなタカさんを見てから、教室の真ん中で騒ぐ井坂君に目を向けた。

私の席の椅子には赤井君が座っていて、何の話か分からないが大盛り上がりしている。

こうやって友達と話してる井坂君が一番良い笑顔をしてると思う。

私は彼の笑顔を見てるだけで、頬がほんのりと温かくなってきて目が離せなかった。


「ねぇねぇ、今恋愛とか聞こえたんだけど。谷地さん、好きな人いるの?」


!?!!?


私の視界に小波さんが入ってきて、彼女はよく通る声で訊いてきた。

私は彼女の声は教室のどこにいても聞こえてくるだけに、訊かれた内容に焦った。

井坂君に聞こえたんじゃないだろうかと気持ちがざわつく。


「なっ…何で、そんな事聞くの?」

「えーっ!?だって、谷地さんには私の好きな人バレてるわけだし。私も知りたいなーって!!ねぇ、誰とは聞かないから、いるかいないかだけでも教えて?」

「う…。」


私は明るい小波さんを見て、少し迷った。

でも、ここで可愛い彼女を見て、ハッと気づいて交換条件を口にした。


「じゃ…じゃあ、誰かってところまで教えるから…、どうしたら可愛くなれるか…アドバイスくれないかな?」


私はいつもオシャレで可愛い小波さんなら、良いアドバイスをくれると思った。

小波さんは私の申し出に目をパチクリさせていたけど、急に満面の笑顔になると私に抱き付いてきた。


「谷地さんって可愛いっ!!それ、恋する乙女の顔じゃんっ!!何でもアドバイスするよ~!!」


私が上機嫌の小波さんを抱き留めていると、こっちの騒ぎに気づいたのか井坂君たちがこっちを見ていて、私は顔がカーッと火照って視線を下げた。


うわっ…絶対、好きな人がいるってバレた…


私は教室の中はダメだと分かって、小波さんを引き離すと慌てて教室から出た。


そして人気のない階段の下のスペースに来ると、小波さんに打ち明けた。


「その…好きな人に可愛いって思われたくて…。小波さん…可愛いから、どうすればいいか教えて欲しいんだ…。」


本心を口にするだけで照れてくる。

小波さんは壁際に寄って私を手招きすると、小声で訊いてきた。


「…ちなみに好きな人って誰?」


私は手に汗を握ってるのを感じて、両手を何度も組み直しながら何とか口にした。


「……い…井坂君…。」

「えぇーーーーっ!?」

「わぁーっ!!?!?」


急に大声を上げられて、私は両手で彼女の口を覆った。

心臓がバクバクと大きな音を奏でる。

彼女は本当に驚いたようで、目を大きく見開いたあと、私の手を外してから落ち着いた声で言った。


「…最近仲良いなぁとは思ったけど…、そうだったんだ。あいつ…かぁ…!!」

「…私じゃ…やっぱり…無理かな…?」


小波さんは井坂君をよく知ってるのか、顔をしかめて拳を作っている。

私はやっぱり不釣合いだろうかと不安になった。


「…知ってると思うから言うけど…、あいつ結構モテるよ?それこそ、同じ中学の子であいつを追ってこの高校選んだやつもいるぐらい。私は同じ中学ってわけじゃないから、詳しくは知らないけど…。すっごい可愛い子でさえ、あいつ狙ってるから。」

「……それは…痛いほどよく知ってる…。でも、付き合いたいとか…そういうんじゃなくて…。ただ、井坂君の隣にいて、恥ずかしくない女の子になりたいの。今までの自分から…変わりたい…。」


私は『しおり』さんの可愛いらしい姿を思って、スカートを握りしめた。

私が可愛くなろうと努力しても、きっと彼女には敵わない。

そんな事は分かってる。

でも、何もしないよりは良いと思った。


「谷地さんって…ホント…痛いくらい真面目で可愛いよね。」

「え…?」


私が顔を上げて彼女を見ると、小波さんが優しい笑顔で微笑んでいた。


「うん!!私、協力するよ!可愛くなって、あいつを驚かせてやろう!!」


小波さんは私の両手を掴むと、任せてと言わんばかりの笑顔を浮かべていた。

私はそんな彼女が頼もしく見えて、「お願いします!!」と頭を下げた。





***




その日の放課後、私は小波さんと一緒に学校から少し離れたところにあるショッピングモールに来ていた。

彼女は目的地があるのかズンズンと迷いなく進んでいく。

私はあまり来たことのないお店が立ち並んでいるのを見て、ドキドキしっぱなしだった。

そして彼女は美容院の前に来ると、私に振り返った。


「まずは髪型から!谷地さんはショートカットなのに重たい髪型だから、夏っぽく軽くしてもらおう!」

「び…美容院…。」


私は初めて来る美容院に緊張した。

なんせいつもは子供の頃から行っている散髪屋さんに行っていたからだ。

こんなオシャレな所に足を踏み入れる勇気がなくて、憧れてはいたけど入った事はなかった。


うぅ…私なんか釣り合わないんじゃ…別世界だよ…


私は不安でいっぱいで足が前に進まない。

すると小波さんが動かない私を見て、私の手を掴むと中へと入っていってしまった。


美容院の中はすごく明るくてたくさんのお客さんで賑わっていた。

順番を待つ間、小波さんが私に似合う髪型を美容師さんに力説してくれた。

そしてその甲斐もあってか、私はお任せするだけで、ずっと目を瞑ってドキドキしていた。


「はい。できたよ。」


男の美容師さんから声がかかって目を開けると、鏡には見たことのない自分が映っていた。

毛先が軽くなっていて、私の太くて重い髪が見違えるようだった。

前髪も少し斜めに切られていて、なんだか雑誌のモデルになった気分だった。


コレが…私…???


「かわいーい!!すっごく似合ってるよ~!!」


私を見た小波さんが手を叩いて喜んでくれた。

私は照れ臭くなりながらも、「ありがとう。」とお礼を言った。

美容院に来るだけでこんなに変わるなんて思わなかった。

私はすごく満足していたのだけど、小波さんはそうではなかったようで、急に私の腰に手を回してきてスカートを掴んだ。


「ひゃっ!!」


くすぐったくて声を上げたら、小波さんが満足そうに笑って離れた。


「これで完璧!!鏡見てみて!」


小波さんに促されて姿見で自分の姿を見て驚いた。

スカートがさっきよりもだいぶ短くなっていて、太ももが見えている。


「こっ…これ!!短すぎない!?」

「えー!?こんなの普通だよ!!谷地さんただでさえ背が高くて足長いんだから、見せていかないともったいないよ!!」

「でっ…でも!!」


私は足元がスースーするのが気になって反論した。

でも、小波さんは聞きいれてくれるつもりはないようで、さっさと美容院を出ていってしまう。

私は慌てて精算して美容院から出ると、彼女の背を追いかけた。

追いかけている間もスカートが気になって仕方ない。

恥ずかしさで自然と顔が熱くなる。


うぅ…慣れない事はするもんじゃないかも…


私は可愛くなりたいと思っていたけど、ここまでの変化は思ってなかった。

小波さんはというと今度はコスメショップへと入って行って、私はまだ続くのかとここで初めて分かった。


「谷地さんは素材がいいからさ、ガッツリしなくてもいいと思うんだよね。ビューラーで持ち上げるだけで目の印象も変わるだろうし、リップ塗るだけでもいいと思う。眉毛はさっき美容師さんに頼んで整えてもらったから、それをキープするってことで。コレとコレとコレかな。」


私は3つぐらいをポイポイッと渡されて理解不能だった。


「びゅーらーって何?これは何に使うものなの?キープっていうのはどうすればいいの?」


私が渡されたものを見ながら尋ねると、小波さんが笑い出した。


「あはははっ!!谷地さん、頭いいのに、こういうのはホントに分からないんだねぇ~!じゃあ、雑誌も買って帰ろっか!」


私はバカにされたようだったけど、小波さんの言い方は優しくて私の事を考えてくれていることが伝わってきた。

でも、そんなに仲の良くない私のために、どうしてそこまでしてくれるのが気になって、口を開いた。


「小波さん。頼んでおいて…その失礼な話なんだけど…。…すごく一生懸命に…私にアドバイスしてくれるのは…どうしてなのかな?」


小波さんは私を見てふっと微笑むと、切なげに瞳を細めた。


「……私も恋してるから、気持ちがよく分かるんだよね。」

「え…それって…赤井君…?」


私は仲の良い二人を思い出して尋ねた。

すると小波さんは頷くと、商品の棚を触りながら口を開いた。


「赤井もさ…モテるでしょ?背も高くて、お調子者で話しやすいからさ。どんな女子に対しても壁がないし、私もその中の一人に過ぎないって分かってるんだ。」


自信のある小波さんがこんな風に思ってる事を初めて知った。

私は付き合うのも時間の問題だと思ってた。

でも、実際はそうじゃなくて小波さんも恋愛にいっぱいいっぱいだったんだ。


「そんな女の子の中で自分が一番可愛くありたい、一番可愛いって赤井に思ってほしい。だから、本当に努力したんだ。だからその努力から生まれたこのスキルが、谷地さんの役にも立てて…嬉しいんだ。」

「小波さん…。」


私はここでどんな女の子も同じことを思うんだって事を知った。

好きだから、その人の一番になりたい。

可愛いって思ってほしい気持ちは、みんな一緒だったんだ。

私は強い気持ちを持って恋愛に立ち向かってる小波さんを見て、尊敬した。

スカート云々でウダウダ言ってる所じゃない。

可愛くなりたいなら、覚悟を決めないと。


私は小波さんに勇気を分けてもらえて、気持ちが随分前向きになることができたのだった。







詩織が変わり始めました。

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