涙色の空
うららかな晴れた日、そんな日は決まって憂鬱になる。でも周りの人はみんな口をそろえて晴れた日が好きと言う、いつも私は仲間はずれだ。
今日だって、見上げた空には雲一つなく5月の日差しが降り注いでいる。それを見て、私はため息をつく。なんだって皆はこんな青を見て、喜ぶことができるのだろう、私には少しも検討がつかなかった。
「はぁ」
すぐ近くで聞こえたため息に私は驚いて顔をあげる、目を上げた先にあったのは人形みたいに綺麗な顔をした、同じくらいの年頃の男の子だった。
「君もため息、ついてたよね。なんで?」
彼が突然声をかけてきた、なんでと聞かれても私には理由はわからない。理由はないけれど、とにかく晴れた日が嫌いなのだから。答えを見つけられなくて、思わず下を向いてしまった私のことは気にも止めず彼は勝手に言葉を続けた。
「俺さ、晴れた日嫌いなの。どうしてかは分かんないんだけどさ、雲一つない空見てると、自分ってちっぽけだなぁって思い知らされるっていうか、なんていうんだろ。」
たいして興味もなかった自分の靴のさきっぽを見つめていた私は思わず顔をあげた。
「一緒だ。」
小さく呟くと、男の子はニヤっと笑った。あまりにも綺麗なその顔に思わず見とれてしまって、また恥ずかしくなって私は下を向いた。なんだか視界がぼんやりしていて、足元がふらつく、なんでだろう。こんなふうに知らない人と話すことが久しくなかったから緊張しているのだろうか、なんて考えてみるけれど答えはやっぱりわからなかった。何を考えても、わからないや。
「そういえば、君。名前は?」
私は答えようと口を開いて、掠れた自分の声を聞いた。
―――時雨 由乃。私の声は彼に届いただろうか、そこで私の意識は黒く塗りつぶされた。
***
次に目を覚ましたとき、私は知らない部屋のベッドに独り横たわっていた。ここはどこなんだろう、朦朧とした頭でなんとか思考を結ぼうとしてみたけれど、なかなかうまくいかない。たしか、私は帰り道で男の子と話していて、それから?
「あ、起きた?」
ドアが開いて先ほどの彼が入ってきた、ペットボトルを差し出される。ひんやりと冷たいそれは体の火照りを冷ましてくれて心地よい。
「由乃ちゃんが晴れた日が嫌いなのってこんなふうにぶっ倒れるからなの。」
自分もペットボトルを開けながら彼が訪ねてきた。そんなわけはない、熱中症で倒れたことなんて今日が初めてなのだから。首を横に振る私をまるで品定めするかのようにしばらく眺めたあと、彼はふぅんと息を漏らした。じゃあなんで、とか聞かれたらどうしようと私が悩み始めたのを知ってか知らずか、彼は唐突に私に片手を差し出した。
「俺、遥。九条、遥。」
差し出されたその手はやっぱり綺麗で、まるで女の子のみたいだった。おそるおそるその手をとって私はすこし驚いた、びっくりするほど冷たい。握ったその手は生きていることを疑うくらいに冷え切っていて、思わず顔色を確かめてしまう。生きてる、ように見える。思わずじっと見つめていると、九条は小首を傾げてこちらを見た。真っ黒な瞳に思わず吸い込まれそうになって、目をそらしたくなる。けれど私はその瞳に映る色に違和感を覚えた。
「どうした、俺に惚れた?」
冗談めかした言葉とは裏腹に、瞳の奥には寂しさが見え隠れしているようにみえたから、私は彼に興味を持った。握ったままになっている手の冷たさをひしひしと感じながら、感情の読めない薄っぺらな笑顔を見つめているとなんだかまた頭がクラクラしてきた。
その時急にドアが開いて私のよく知る女の子が飛び込んできた。手を握り締めたまま見つめ合っている私たちを見つけた彼女は、怪訝そうに眉をひそめた。
「ねぇ、遥。誰、これ。」
黒髪が揺れる、明らかに不機嫌そうな彼女は九条のなんなのだろうか。そんなことをぼんやりと考えていたら心のどこかがチクリと傷んだ。どうしてかは、分からない。その痛みが嘘みたいな速さで体中にまわって、私はなんだか涙がこらえきれなくなった。握っていた手を振り払って顔も上げずに立ち上がると、
お礼もそこそこに私は部屋を後にした。
玄関の扉を後ろでにしめて空を見上げると、やっぱり空は青いままで、それを見上げる私の目からは理由の分からない涙がとめどなく溢れていた。
だから、晴れた日は嫌いなんだ。