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神族  作者: 鼻づまり
第1章 『風の王国・ディーン』編
8/20

番外編 『風の少女』

何で?

どうして神様は私を『神族』に選んだの?

私が『神族』じゃなきゃこんな悲しいことも起こらなかったのに。

ねえ、どうして?




私には生まれた時から両親がいない。

『風の一族』はこの世に2人と存在してはいけない。

その『宿命』のため、父親は私が誕生した瞬間にこの世を去った。

そして、元々体の弱かった母は私を産んだ時にそのまま息を引き取った。

その『神力』ゆえに『ディーン』国民に気味悪がられ、身寄りのいない赤ん坊の私を引き取って育ててくれたのは神父様だけだった。




幼児期に誤って『神力』を見せてしまって以来、子ども達からのイジメを受け続け、引きこもりがちになっていた私を神父様は『ダジャレ』で笑わせながら見守ってくれていた。

学校の勉強も神父様に教えてもらっていた。

私にとっての生活はそれで十分に満ち足りていた。

教会の外に出ようとは考えようともしなかった。




そんな12歳のある早朝、教会の2階の窓、つまり私の部屋の窓を叩く音が聞こえた。

初めは無視していたが、叩く音が段々強くなっていき、窓が割れそうな勢いにまで強くなったので我慢できなくなった。

(誰? どうやって2階に……、)

不思議に思いながら私はカーテンを開けた。

するとそこには、窓にへばりついて落ちるのを辛うじて堪えている変質者(レイ君)がいた。

「な、何やってんですかそこで!?」

私は慌てて窓を開けて彼を助けようとした。

部屋の窓は外開きタイプの窓、つまり開けると外側に開くようになっている。

そんな窓を急に開くと、辛うじて窓枠を掴んで堪えている彼はどうなるか。

「あ」

「あ」

彼はゆっくりと下の庭に転落していった。




理由はどうであれ、彼を怪我させてしまったのは事実。

私は部屋で仕方なく彼の治療していた。

部屋の入り口では神父様が満面の笑みでグッと親指を立てている。

(人の気も知らないで……、)

今まで誰とも関わっていなかった私の部屋に知らない男が堂々と居座っている。

それも2人きりで。

(……何この状況。どうしてこうなった……、)

私は無言のまま『薬草』を彼の傷口に当て続けた。




「いや~お前全然学校来ねえからよ! 学校サボって何してんのか見に来た!」

「……、」

「でもお前の部屋狭いな! まあ1人部屋なんて所詮そんなもんか!」

「……、」

「カーテンまで閉めていつも何してんの!? あ! もしかして見られたくない趣味があるとか!? まあでも俺はそういう趣味大歓迎だけどな!」

「……、」

「……トークしようぜ!?」

いきなり他人の家の部屋まで押しかけておいて、どれだけ失礼な男なんだろう。

私は無言を貫いていたが、流石に我慢できなくなってきた。

とりあえず、私は1番気になっているところを質問した。

「あの……1つ訊いてもいいですか?」

「おういいぜ! 何でも訊きやがれ!」

「……アナタ誰ですか?」

「そこから!?」

彼は驚いてひっくり返った。

変人。

この人は変人だ。

私はこの人をここから追い出す方法を必死に考えていた。




「で? お前はどうして学校に来ねえんだ?」

『レイ』と名乗る少年はいきなりストレートな質問を投げかけてきた。

「学校は楽しいぜ? お前も一緒に来いよ! 今日が無理なら明日からでもいいからよ!」

あまりの唐突な発言に私は驚いたが、すぐに想像がついた。

この少年は誰か、例えば先生にでも頼まれて私を学校に連れ戻そうとしているのだ。

あの『地獄のような場所』に。

私はだんだん腹が立ってきた。

どうせ学校に行ったら私は前みたいにイジメられるだけ。

あんな『イジメの巣窟』、誰が行くものか。

さっさと強引に彼をこの部屋から、いや、この家から追い出してしまおう。

「……帰って」

「は?」

「帰って下さいッ!! 私が学校に行かないことなんてアナタには関係ないでしょうッ!? 私は1人になりたいんですッ!! さっさとこの家から出てってッ!!」

私は怒鳴り散らしながら彼を部屋から押し出し、ドアを閉めて施錠した。

「1人になりたい……か」

ドアの外で、彼はポツリとつぶやいた。

「『孤独』程辛いものは無えと思うけどな」




私がこんなに怒鳴ったのは初めてだった。

どうしてこんなに感情的になったのだろう。

学校は嫌いだ。

そして、今の生活は何不自由なく十分に満ち足りている。

それは事実。

『今の生活に満足している。だから学校には行かない』

ただそれだけ。

それだけのことなのに。

どうしてこの言葉が出てこなかったのだろう。

本当に?

本当に満足しているの?

今のこの生活に?

私は初めて、そのことに疑問を抱き始めている。

『孤独程辛いものは無い』

最後に聞いた彼の言葉が私の頭の中を何度も駆け巡った。




それから彼は毎日私の部屋に来た。

私は部屋のドアを開けなかったが、彼は1人で長々と『学校での出来事』を話しては帰っていた。

彼は一体何がしたいのだろう。

私は1人、頭を悩ませていた。

そんなある日、いつも通り部屋に閉じこもっていると、下の階から神父様の叫ぶ声が聞こえた。

「メープル! 1階が火事じゃッ! 早くその部屋から逃げるのじゃッ!!」

「えッ!?」

私は突然の出来事に耳を疑った。

この家は神父様と一緒に暮らした大切な場所。

大切な場所を失うわけにはいかない。

(早く火を消さないと••••••ッ!!)

私は慌てて部屋を飛び出し、1階に下りて行った。




しかし、火事なんて全く起きていなかった。

1階の礼拝堂には、神父様と『レイ』、そして、彼の同級生と思われる男女が3人いた。

神父様も含め、彼らは私を騙しておびき出したんだ。

私の中に腹立たしさが湧き上がって来た。

そっか。

この人たちは私をいじめたいんだ。

だから私を学校に連れ戻そうとしてるんだ。

そして神父様も……。

私は思わず『神力』を使いそうになった。

人を傷つける、この『破壊の力』を。

私はグッと怒りを押し殺し、無言で部屋に戻ろうとした。




「待てよ」

そんな私の右手を、『レイ』が左手で掴んだ。

「離せッ!!」

私は思わず左手で真空の刃を放ってしまった。

刃は彼の衣服や皮膚を切り裂いた。

周囲からは悲鳴が上がる。

周囲の目が恐怖のものとなる。

そうだ。

こうやって、周りはいつも私を『化け物』扱いする。

そして、皆、私を拒絶し、私から遠ざかっていく。

きっと、『レイ』も私のこと……。

「お前が周囲を拒絶する理由……『コレ』だったんだな」

彼の左手はガッチリと私の手を掴んで離さなかった。

「いいか? 耳の穴かっぽじってよく聞けよ?」

彼は私の目をしっかりと見据えながら、冷静に話し始めた。




「『神力』を持ってようが無かろうが関係無え。『イジメ』はどこでも必ず発生する。そりゃあ『人間』だからな。性格が合う奴合わねえ奴大勢いんだよ」

「……、」

「その中で他人のことを思いやれねえ『クズ』が自分と合わねえ奴を排除しようとするだけのこと。何も『そんなクズと仲良くなりてえ』って考えてるわけじゃねえんだろ?」

「……、」

「だったらいじめる奴らなんて気にすんなよ。気が合う『仲間』とだけ付き合えばいい。ただそれだけのことじゃねえか」

「……アナタにッ!」

理想論だけを語る彼に対し、私は感情を爆発させた。

「アナタに私の何がわかるんですかッ!? 『神力』も無い普通の人で『仲間』もちゃんといる! そんな!そんな人に『孤独』な私の気持ちなんかわかるわけ……ッ!」

「わかるよ」

彼は静かな口調で遮った。

「え?」

「わかる」

私は自分の目を疑った。

彼の右手から電気が発生している。

それも静電気というレベルではない。

『電撃』と言っても過言でない程の『電気の塊』である。

彼はニッと笑いながら言った。

「俺も『神族』だからよ」




私は驚きを隠せなかった。

『風の王国・ディーン』に『神族・雷の一族』がいたという事実にも驚いたが、その彼が『神力』を見せながら、私に明るく接してきている。

『神族』の彼にこんなにも『仲間』がいる。

どうしてこんなに明るくなれるの?

どうしたら『仲間』がこんなにできるの?

私にはその答えが見つからなかった。




「これだけは覚えとけ」

『レイ』は立ち去り際、私の方を振り向いて呟いた。

「『敵から逃げる』のも時には必要かもしれない。だがな、それは同時に、近くにいる『仲間からも逃げる』ってことにもなる。『仲間』は、自分から探す努力しねえと見つからねえんだよ」

「自分から……、」

私が困惑していると、彼は歯がゆいと言った感じに乱暴に告げた。

「あーくそ! それじゃあ明日学校に来いよ! 俺が手本見せてやるからよッ!」

「え?」

「じゃあな! 学校で待ってるぜ!」

彼はそう言って恥ずかしそうに先に帰って行った。

「……、」

迷っている私を見て、彼の『仲間』のうちの1人が話しかけてきた。

長い金髪で青い眼をした、おしとやかな女の子。

彼女は名前を『リン』と言った。

「レイもね、ずっと1人だったの。最初は本当に誰1人寄せ付けない感じだったのよ? 今の貴方と同じようにね」

「え?」

「だから、今、当時の自分と同じ境遇にいる貴方が放っておけなくなったんだと思う」

「……、」

「大丈夫よ貴方なら。あのレイですらこんなに明るくなれたんだから。貴方もきっと、世界が楽しいって感じられるようになるわ」

彼女はポンと私の肩を叩いた。

「……はい」

彼女の話を聴き、私の中で、自分から動かなければ何も変わらないという気持ちが強くなり、私はとりあえず明日学校に行ってみようと考えるようになっていた。

(わし、完全に空気。もう何も『食う気』せん)

神父様が一連の状況を見ながらこう考えていたのを知ったのは、また後の話。

あと、リンちゃんが『風の王国・ディーン』の王女だと知ったのは、もっと後の話。




「あ! 何で学校に来てんだよ『化け物』! 消えろよ! 目障りなんだよ!」

翌日、登校してきた私を待っていたのは、予想通りの罵倒の嵐だった。

4、5人の男子が私を取り囲んで『消えろ』という言葉を連呼している。

「……、」

だから学校に来るのは嫌だったんだ。

これからもこの状況は変わらない。

私はグッと歯を噛みしめた。




その時、私の後ろから声が聞こえた。

「『消えろ』? そんなに消えて欲しいならてめえらが『消して』みろよ」

振り返ると、そこにはレイ君が立っていた。

「レ、レイッ!? 何でお前がソイツに味方すんだよッ!?」

彼らは1歩後ずさりした。

彼らにとって、レイ君は怖い存在らしい。

レイ君は彼らを睨み付けながらさらに続けた。

「てめえらが醜くて目障りなんだよ。『消えろ消えろ』言ってても自分たちが『消す』ことはできねえんだろ? 力も覚悟も無え弱い奴が人に『命令』してんじゃねえよ」

「ぐぐ……、」

「何だったら俺が目障りなてめえらを『消して』やろうか? 電気でてめえらを『消し炭』にするぐらいわけねえからな」

レイ君はそう言いながら電気を右手に纏わせた。

「!」

「滅茶苦茶痛えぞ? 全身の皮膚が焼け爛れてベロンとぶら下がって……、」

「は、早く行こうぜッ! こいつヤバすぎるッ!」

レイ君の話に耐えきれなくなった男子達は一目散に逃げ出した。




私はその一部始終をポカンとした表情で見つめていた。

そんな私に、彼は笑顔で振り向いた。

「な? ちょっとした脅しをかければあんな奴らすぐ逃げんだよ。簡単だろ?」

「で、でもあんなこと言ったら……ッ!」

「ん? 困ることあるか? あんな奴らに怖がられても問題ねえだろ別に。安心しろよ。何があっても『俺たちはお前を怖がらねえ』からよ」

彼はそう言って私の肩をポンと叩いた。




学校に着いても、私の机に『死ね』と落書きされていたり、私の道具が隠されたりしたが、レイ君をはじめ、ソーちゃん、ナナちゃん、そしてリンちゃんが助けてくれた。

道具を貸してくれたり、机の落書きを一緒に消してくれたり。

落書きについてはレイ君が再び大声でハッタリをかけてくれた。

「そうそう。メープルってキレると怖えんだよな。前も俺、コイツに『4分の3殺し』にされたし」

「へ!?」

私は思わずレイ君の顔を見た。

当然、私はそんなことをした覚えがない。

全て彼のでっち上げである。

「ここに落書きしてる奴らもきっと、両足を根元から斬られたり、爪を一枚ずつはがされたりするんだろうな。うわ、思い出したくもねえ」

私としてはすごく不本意だったが、それから机の上の落書きは書かれなくなった。

『仲間』がいるだけでこんなに違うんだ。

こんなに世界が変わるんだ。

いつの間にか、私にとって毎日が楽しくなっていた。




そんなある日、私は学校の女子トイレに4人の女子に呼び出された。

どうやら私が学校生活を楽しそうに送っていることが許せないらしい。

彼女たちは私の胸ぐらを掴んで壁に押し付けた。

「アンタ、最近生意気だよね? 『化け物』のくせにソドム君たちと仲良くするなんて」

「……、」

「『化け物』は『化け物』らしく孤独でいればいいのよッ! 勝手に出しゃばるんじゃないわよ!」

私は初めて、『いじめっ子』に反論した。

「……アナタたち『化け物』から見れば、どんな『普通』の人も『化け物』に見えちゃうものですよね?」

「コイツ……ッ!?」

私の言葉を聞いて怒りが爆発した彼女たちの1人が私の頬を叩こうとした。

私はレイ君の言う『ハッタリ』を使うことにした。

私は真空の刃を使って女子トイレの全ての鏡を同時に割った。

彼女たちは悲鳴を上げてその場にしゃがみ込んだ。

私はそんな彼女たちを見下ろしながら告げた。

「実は私、『この力』を制御できないんです」

「……ッ!?」

「私を本気で怒らせるとどうなるか……わかりませんよ?」

私が笑顔でそう言うと、彼女たちは悲鳴を上げながら一目散に逃げ出した。

それ以降、私をいじめようとする人は現れなくなった。




それからは『仲間』とともにふざけあったり、どこかに遊びに行ったりした。

『仲間』といれば楽しさが何倍にも膨れ上がる。

困ったことが起きれば『仲間』が助けてくれる。

私の人生の中で、『楽しい思い出』がどんどん増えていった。

私の笑顔も確実に増えていったように思える。

こんな楽しい時間が永遠に続けばいいのに。

私はそう思っていた。




時は流れ、1年前のある日、『火の国・メイラ』が滅亡したという情報が国中を駆け巡った。

どうやら滅ぼしたのは『神族』だということだった。

『風の王国・ディーン』の国王、つまり『リンのお父さん』は私とレイ君の2人を『国外追放』とし、入国に『門番の許可』が必要ということになった。

レイ君は『原則入国禁止』で、食料配達は国の兵士が行うというもの。

私の場合は『診療時のみ入国を認める』というものだった。

落ち込む私に対し、レイ君が話しかけてきた。

「俺、元々国外に住んでんだけど、ほら、『風の洞窟』の近く。良かったら一緒に住まねえか?」

「え?」

「その方が俺としても助かるし」

私はその一言にいくらか救われた気がした。

私はレイ君にいつか恩返しがしたいと思うようになっていた。

レイ君の部屋のダブルベッドを見て私が往復ビンタをお見舞いしたのはまた後の話。

彼曰く、『2人で住むってこんな感じじゃねえのか?』とのことだった。




引っ越し当日、リンちゃんがお城を抜け出して会いに来てくれた。

今回のことについて、泣きながら何度も何度も頭を下げて謝ってくれた。

また、彼女はレイ君についてすごく心配しているようだった。

「レイのやつね。しっかりしているように見えて実はものすごく弱いの。それこそ重圧に簡単に押し潰されるぐらい。私が言えた義理じゃないかもしれないけどお願い。何かあった時、レイを守って欲しいんだ」

「!」

「お願いしてもいい?」

「……はい! 任せて下さい!」

私は笑顔で応じた。

世界で何が起こっているのかはわからない。

この先何が起きるのかもわからない。

でも、この力、『神力』があればきっとレイ君だけじゃない、みんなを守れる。

私はそう思っていた。

今考えれば、それが、私の中で慢心となっていたのかもしれない。




更に時は流れ、ある日の診療中、また『姫がいなくなった』と城下町が騒がしくなっていた。

ここ毎日、レイ君がリンちゃんをこっそり連れ出して国外の近場に遊びに行っているようだった。

『逮捕されても知りませんよ?』と忠告はしているが、彼は聞く耳を持っていない様子だった。

(しょうがないなあ……、)

レイ君がいればリンちゃんは大丈夫だろう。

小隊長になって仕事から抜けられないソーちゃんには悪いけど、私も早く診療を終えてナナちゃんと一緒に2人と合流しよう。

診療を行いながら、私の口元は緩んでいた。




陽が暮れかけた時、突然雲行きが怪しくなり、凄まじい轟音とともに辺りを落雷の雨が降り注いだ。

城下町からは数々の悲鳴が沸き起こる。

常識では考えられない、あまりにも規模の大きい落雷の嵐。

私の中を一抹の不安が駆け巡った。

(何この感じ……、何か……何か嫌な予感がする……、)

いてもたってもいられなくなった私は、神父様の制止を振り切って外に飛び出した。

「……、」

探索魔法の『捜風カーラ』で国外の森を探索する。

国の西の森に止まっている人が2人、そこから遠ざかっていく人たちが多数。

(この動かない2人、まさか……、)

私は飛翔魔法の『翔風エルフィン』で落雷の雨を掻い潜りながら現場に急行した。




「何……これ……、」

そこは信じられない光景だった。

この落雷の嵐の中心にいたのはレイ君。

明らかに『神力の限界』を超えた姿だった。

そして、そのレイ君が胸に抱きかかえていたものは……。

(嘘……嘘……そんな……、)

私はショックを隠せなかった。

それは私のよく知る顔。

リンちゃんの変わり果てた姿だった。

彼女は胸から大量の血を流してぐったりとしていた。

『レイ君がいればリンちゃんは大丈夫だろう』。

さっきまでの自分の考えを、これほど後悔した日は後にも先にも無いだろう。

私だ。

私のせいだ。

私がレイ君だけに任せっきりにしたから。

私が『神族』としての義務を怠ったから。

だから……だからリンちゃんは……。




「!? きゃあッ!」

そんな私の考えを、1本の落雷が遮断した。

落雷は私の服を掠めていった。

(……ッ! そうだ。レイ君はまだ生きてる! まずはレイ君を助けなくちゃッ!)

『神力』を使い果たしてしまえば『神族』は死んでしまう。

そうなる前にレイ君の暴走を止めないと。

暴走を止めるためには……。

私は冷静さを取り戻し、修道服のポケットから『封印の宝玉』を取り出した。

(これをレイ君に触れさせれば、レイ君の『力』、『記憶』と引き換えに『暴走』は止まるはず……ッ!)

ただし、そのためには『雷の嵐を掻い潜り、レイ君に避けられることなく触れさせないといけない』。

私は一か八かの賭けに出た。




生半可な魔法では避けるまでも無く跳ね返されてしまう。

だから、私は『風の一族最大級の魔法』を唱えた。

両腕に竜巻を纏わせ、2つの竜巻の渦をクロスさせながら相手に向けて放つ、『風の一族』の魔法で最も攻撃範囲の広い魔法。

一撃を与えてしまえばその時点でレイ君は死んでしまう。

私はレイ君の回避力に賭けるしかなかった。

(レイ君ならきっと……『上空に避ける』はず……ッ! 避けて……ッ!)

「『双龍破ラクサゴン』ッ!」

2つの竜巻の渦が2頭の龍となってクロスしながら彼に襲い掛かる。

彼は『私の予想通り』上空へと跳び上がった。




私は飛翔魔法の『翔風エルフィン』と速度上昇魔法の『隼風ファルシン』を組み合わせて、彼の上空に先回りしていた。

「う……ぐ……ああああッ!!」

私は彼を纏っている『雷撃』を全身に浴びながら、右拳を突き出した。

彼はその一撃を左手でいなしながら避け、逆に雷を纏った右拳で私の顔を殴りかかって来た。

私はその瞬間を待っていた。

私が突き出した右拳には『封印の宝玉』を持っていない。

彼の拳が私の顔をとらえる瞬間、私は『封印の宝玉』を持っている『左手』を彼の右手に触れさせた。

直後、彼の『雷』や『神力の光』が『封印の宝玉』に吸い込まれていき、全てを吸い込んだ『封印の宝玉』は粉々になって消失した。




辺りは静かな夜となっていた。

私とレイ君は空を仰ぐ形となっていた。

近くにはリンちゃんも横たわっている。

「星空……綺麗ですね……レイ君……リンちゃん……、」

私は意識の無い2人に話しかけていた。

この先、レイ君が目覚めたとしても、私やソーちゃん、ナナちゃんのことは覚えていないだろう。

リンちゃんも死んじゃった。

私のせいで2人が……。

私はレイ君の雷で全身の皮膚が焼け爛れている状態ではあったが、そんなことはどうでもよくなっていた。

身体の痛みよりも、心の痛みの方が深刻となっていた。

「壊れちゃった……私の『楽しかった思い出』も……全部……全部……、」

私の眼からは涙が溢れていた。




私が神様をこんなに恨んだ日は今まで無かった。

もし私じゃなく、例えばナナちゃんが『神族』だったなら、2人を守れたかもしれないのに。

何で?

どうして神様は私を『神族』に選んだの?

私が『神族』じゃなきゃこんな悲しいことも起こらなかったのに。

ねえ、どうして?




「!」

その時、茂みから物音がし、振り向くとそこには大蜘蛛が数匹寄って来ていた。

私たちを食べるつもりなのだろう。

「うう……、」

私は辛うじて立ち上がることができたが、『封印の宝玉』が消失した直後で『神力』が全く使えず、また、全身火傷の重傷で最早戦える身体ではなかった。

(もう……いっか……、)

神様がそれを望むというのなら、もう抗うのを止めよう。

あっちの世界でなら、リンちゃんとも、レイ君とも会えるんだし。

もう、この『宿命』から解放されたい。

私はその場に座り込み、静かに目を閉じた。




その時、大蜘蛛から絶叫が次々と聞こえた。

目を開けると、そこには素手で戦うナナちゃんの姿があった。

彼女は私を睨み付けて怒鳴った。

「ふざけんな!! 何諦めた顔してんだよッ!! 死ぬ前に出来ること全てやるのがアンタの『義務』じゃないのかよッ!!」

「ナナちゃん……、」

彼女はあっという間に大蜘蛛を撃退した。

そして私の胸ぐらを掴んだ。

「アンタが今『出来ること』って何だよ!? レイはまだ生きてんだろ!? だったらレイを助けろよッ!! 戦えないんだったらレイを連れてさっさと逃げろ!! アンタの『義務』! 勝手に諦めて放棄すんじゃないよッ!!」

「ごめんなさい……ごめん……なさい……ッ!」

私は彼女の胸に顔を埋めてすすり泣いた。

2人を守り切れなかった『罪悪感』に押し潰されそうになっていた。




「……ったく」

その様子を見た彼女は私の肩を抱き寄せて優しく語りかけた。

「友を守れなかったのはあたしも同じ。だからアンタだけが責任を感じる必要は無いよ。2人で分け合えればそれで良い。だけどさ、アンタが『諦める』ことでその責任を放棄したらどうなると思う? その分、残された仲間に全てを擦り付けることになっちまうんだよ」

「……、」

「だから今は、死んでもいいなんて絶対に考えるな。出来ることを全てやり切るまで精一杯生きろ。リンの分まで思い切り笑って、楽しく生きるんだ」

「ナナちゃん……、」

「まあでも……今だけなら泣いていいよ。すすり泣くんじゃなくてな。あたしも一緒に泣いてやる。思い切り泣き叫ぼう。その方が後で……後できっと……笑えるようになるから……ッ!」

「ナナちゃん……ッ!!」

私たちは泣いた。

これでもかというぐらい泣き叫んだ。

私の中でこれほど泣いたのは初めての経験だった。




リンちゃんのお墓を作り、その前で手を合わせた。

「ナナちゃん、私、決めました」

全身包帯姿の私は、彼女の墓前で決意を固めていた。

「ん?」

「私、強くなります。みんなを守れるぐらい強くなって、みんなとの『楽しい思い出』を守っていきます」

「……ばーか」

ナナちゃんは私の頭を小突いて言った。

「それはアンタだけが守るものじゃないよ。あたしもソドムも守ってくつもりだから、絶対アンタ1人だけで『責任』背負い込もうとすんじゃないよ?」

「……わかってます」

さっきあれだけ泣いたからだろうか。

私の気持ちはスッと軽いものになっていた。

多分、ナナちゃんの気持ちもそうだっただろう。




それから私は必死に何度も『シンの山』を登り、自分自身を鍛えて『神力』の勘を少しずつ取り戻していった。

更に回復魔法も身に付けた。

これで誰かが万が一、大怪我したとしても助けられるように。

神様が何故私を『神族』に選んだのはわからない。

それはこれからもずっと変わらないだろう。

だけど、私はもう何も失いたくない。

だから、この『神力』は『みんなとの楽しい思い出』を壊させないために精一杯使おうと思う。




そして現在、私はレイ君とソーちゃん、神父様と一緒に、組織の暴走を止めるための船旅をしている。

「おーい、メープルの『風』を帆に当てて動かすことできねえか? オールだけじゃ流石に腕が疲れる」

ソーちゃんが私を呼んでいる。

頼られるのはとても嬉しいこと。

「はーい! わかりました♪」

私は喜んで『神力』を使用した。

間違えて真空魔法の『風刃フレッジ』を使ってしまったため、帆はズタズタとなってしまい、ソーちゃんから手痛い拳骨をもらった。

前途多難の旅だけど、きっと『楽しい思い出』も増えていくはず。




少なくとも私はそう信じてる。

『神族』を読んでいただき、本当にありがとうございます。

これで話のストックはすべて使い切りました。

次話投稿は暫く先となりそうです。

申し訳ありません。


今回は『虐め』をテーマに上げさせていただきました。

現実はより複雑で難しい問題ではありますが、それぞれ解決法はどこかにきっと隠れていると作者は信じています。

『もし虐められている人がいるならば、最後まで絶対に諦めないで欲しい』、そんな願いを込めてこの話を考えました。

話の中の考えをご参考にしていただければこの上なく幸いに思います。




私生活が落ち着きましたら、執筆を再開しようと考えています。

その際は是非『神族』を宜しくお願いいたします。

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