第5話 『光』
「『光の欠片』、絶対に採って来てやる!」
「おいおい」
レイは意気込んで『風の洞窟』に入っていこうとしたが、ソドムに首根っこを掴まれた。
「な、何だよ!?」
ソドムは呆れた目で言った。
「お前手ぶらで行く気か? 回復魔法も使えねえのに」
「あ!」
レイの反応はいま気が付いたかのようなものだった。
ソドムはフウッと溜息をついて言った。
「冷蔵庫に『薬草』が入ってるはずだ。持てる限りリュックに詰めてけ」
「あ、ああ。ありがとな」
(ん? ここはメープルの家だよな?)
どうして『薬草』があることをソドムが知っているのだろう。
レイはそう思いつつ、メープルの部屋に置いてある冷蔵庫の戸を開けた。
冷蔵庫の中身を確認したレイは一言呟いた。
「なあソドム……、」
「ん?」
「アイツ、『薬草』だけで生活してんの?」
「本人曰く『ベジタリアン』だそうだ」
「ふーん……、」
レイは何とも言えない気持ちに包まれた。
「じゃあ、行ってくる!」
「ああ。ツヨクナレヨー『草食系男子』」
「何でそこ棒読み!? あと『草食系』言うな!」
レイは『薬草』が詰まったリュックサックを背負い、『檜の棒』を携えて元気良く『風の洞窟』に入っていった。
「はあ……、今のアイツ……、」
レイを見送ったソドムは、力が抜けたようにタンスに寄り掛かった。
「『鉄の槍』も持ち上げられねえってどんだけ貧弱だよ」
以前のレイも含め、自分たちが『シンの山』を制覇することにそれ程の苦労は感じなかった。
だから、現在のレイでも3日猶予があれば採って来ることができるという一種の確信めいたものがあった。
本当に『光の欠片』を採って来られないのではないか。
今のレイの様子を見て、ソドムは不安を感じずにはいられなかった。
翌朝、ソドムは目を覚ました。
無意識のうちに、タンスに寄り掛かったまま眠っていたようだ。
応急処置をしたとはいえ、激闘で重傷を負った身体。
一晩明けても未だにダルさは残ったままだった。
「……寝ちまってたのか」
ソドムは窓の外をボンヤリと眺めていた。
左肩の傷が疼くたび、昨日の襲撃が頭に蘇る。
手も足も全く出せない程の相手。
どうしようもできなかった場面ではあったが、結果的に逃げ出してしまったこと。
それを思い出すだけでも、はらわたが煮え繰り返る思いで一杯だった。
国はどうなったのだろうか。
兄貴は? 神父様は? そしてナナは?
(……、一度、国に戻って確かめる必要があるな……、)
ソドムはふと前方へ目をやった。
メープルが敷布団の中で気持ち良さそうな寝顔でスヤスヤと寝息を立てて眠っている。
「……、」
(耐えろ……、せめてコイツが目を覚ますまで持ってくれ……、俺の『理性』……、)
ソドムの額には大量の冷汗が滲んでいた。
レイは薬草の助けもあり、『風の洞窟』を抜けて『シンの山』の麓に到達していた。
「だんだん『風の洞窟』も楽に抜けられるようになってきたな。もう何だって来いだ!」
レイは自分の成長に酔いしれていた。
これなら早いうちにメープルたちにも実力が追いつくかもしれない。
そのような、全く根拠のない自信に満ち溢れていた。
「ん?」
その時、調子に乗っているレイの背後で巨大な気配を感じた。
「何だ?」
振り返ってみると、そこには体長9m程もある『イグアノドン』が、よだれを垂らしながらレイを睨み付けていた。
「デカ……ってあれ? 何で俺見てよだれを……確かメープルの部屋にあった図鑑にコイツは『草食』って書いてあったはず……ん? 『草食』……『草食』……はッ!?」
レイは自分で言いながら確信した。
「『薬草』ッ!?」
そう、レイが今背負っているリュックサックには、イグアノドンの大好物である『薬草』が大量に詰まっているのである。
イグアノドンは物欲しそうな顔でレイに襲い掛かって来た。
「待てッ! これはお前のもんじゃねえよッ!」
薬草を奪われれば『シンの山』を制覇できなくなる。
(こんな所で野垂れ死にはごめんだ!)
レイはリュックサックを死守しながら、必死にその場を逃げ出した。
その頃、メープルは夢を見ていた。
レイとともに国を脱出し、辿り着いた先には広大な『薬草畑』。
彼らはそこに寝っ転がりながら、薬草を幸せそうに頬張っている。
この時間が永遠に続けばいいのに。
そう思わせるような、彼女にとっては大変幸せな夢だった。
しかし、夢の中のレイが突然自分の肩を抱いてキスを迫って来た。
「え!? ちょッ!? ちょっとレイ君ッ!?」
『神族』同士は決して結ばれてはならないという先祖代々からの掟がある。
それ以前に、『シスター』である自分はそもそも恋愛をしてはいけないのである。
何よりも、メープル自身、レイに恋愛感情が全く無い。
彼女は必死に抵抗を試みるが、身体が金縛りにあったかのように全く動かない。
身体自体が動かないので、魔法を唱えることもできない。
そうこうしている間にも、レイの唇が近づいてくる。
彼女は危機感を感じていた。
(そ、そんな……ッ! やだやだどどどうしよう……ッ!)
「ダ、ダメッ! やめてくださいレイ君ッ!」
メープルは強引に身体を動かそうとし、そこで彼女の夢は途絶えた。
「!?」
気が付くと、『本能』に負けた男の顔が近づいてきていた。
お互いに驚愕の表情を浮かべている。
(おいおい兄貴……、確か2日は目を覚まさねえはずじゃ……?)
お互いが状況を把握するまで、2人はしばらくそのまま見つめ合った。
「……、」
「……、」
数秒間の沈黙の後、ソドムの絶叫が部屋中に響き渡った。
怒りの収まらないメープルは、ボコボコにされたソドムを見下ろしながら罵倒し続けた。
「もう! 信じられませんッ! 女の子の寝込みを襲うなんてッ! 犯罪ですよッ! 最低ッ! 人として最低ですッ! もうあなたの顎をかち割りたいぐらいですよッ!」
「……もうかち割られてるよ。ってか俺も今まで『本能』を必死に抑えてたんだから……少しぐらい評価してくれても……、」
「その『本能』、今すぐ切り取りましょうか?」
メープルはソドムを睨み付けながら右手に真空の刃を作り上げた。
「申し訳ありませんでした。勘弁してください」
ソドムは床に埋もれるぐらいの深い土下座で謝罪し続けた。
「それより何でソーちゃんがここにいるんですか!? レイ君を一体どこにやったんですか!?」
メープルは怒りの口調そのままにソドムに訴えかける。
「話すと長くなるが……とりあえず『恵光』かけてくんね……? 今……まともに話せる状況じゃ……ねえんだよ……、」
「!? ど、ど、どうしたんですかその傷ッ!? 早く回復させないと手遅れになるじゃないですかッ!?」
ソドムの左肩の傷に気づいたメープルは、急いで彼に回復魔法の『恵光』を唱えた。
左肩の傷口は徐々に塞がっていき、彼の顔色はみるみると良くなっていった。
「あ~、やっぱお前の『神力』はすげえな。どんどん楽になってく」
「ジッとしててくださいね。重傷はすぐには治りませんから。ってこの痛みに打ち勝つ『本能』って一体……、」
メープルは半ば呆れたような顔をしながら回復魔法をかけ続ける。
「……なあ、回復してもらっててアレなんだけどよ……、」
「何ですか?」
「さりげなく唇斬るのやめてくんね? かなり痛えから。新手の嫌がらせか?」
「さっきの罰です。これぐらい我慢してください♪」
メープルはニコッと微笑みながら、『恵光』を唱えながらソドムの唇に真空の刃で1つずつ傷をつけていった。
ソドムには、彼女の笑顔が小悪魔のように見えた。
「はあ……はあ……、あれ……? ここ、頂上か……?」
レイは息を切らしながらも『シンの山』の山頂へと到達した。
崖を登るといった厳しいコースは存在せず、『初心者コース』と言っても過言ではないほど、傾斜は大変緩やかなものだった。
山頂は広いスペースとなっていた。
彼は荷物を降ろし、地面に腰かけた。
「ふ~……、な、なあんだ。ソドムの奴が脅すからどんなものかと思ってたけど、案外簡単に行けるもんだったな~。まだ出発から半日しか経ってないし。モンスターの種類も『風の洞窟』とそんなに変わらなかったしな~。ってか俺、こんなに強くなれてたのか~。だはははは!」
自力でここまで来られたと調子に乗って高笑いするレイ。
しかし、リュックサックの中身の『薬草』は既に空となっていた。
イグアノドンに採られたわけではない。
モンスターと一戦交えるたびに1~2束ずつ着実に消費していったのである。
「さてと、んじゃあパッパと『光の欠片』を採って戻るとするかな……って、ん?」
スクッと元気に立ち上がったレイの視界に、あるものが映った。
「国が……襲撃された!?」
流石にメープルは驚きを隠せなかった。
「すまねえ……、今の俺の力じゃ国を守れなかった」
ソドムは頭を下げて謝る。
「そ、そ、それで……ナナちゃんは? 神父様は? 無事……なんですか?」
メープルの肩が小刻みに震える。
息も荒くなっており、目には涙が滲んでいた。
「気持ちはわかるがまずは落ち着いてくれ」
ソドムはそんな彼女の両肩をがっしり掴んだ。
「俺はあの時逃げちまったからその後どうなったのかは全然わからねえ。でも俺は兄貴を信じてる。兄貴ならきっと、2人とも無事に避難させてると思う。だから、お前も今は兄貴を信じろ。難しいだろうが絶対に悪い方に考えるな」
ソドムは真っ直ぐな瞳でメープルをジッと見つめる。
「ソーちゃん……、」
「俺はこれから『ディーン』に向かう。皆の無事を確かめにな。メープル、お前も来るか?」
「私も……行きます。ここでジッとなんてしていられません」
メープルは涙を拭って表情を引き締めた。
しかし、不安は拭いきれていない様子で、その表情は非常にこわばっていた。
「隙あり」
ソドムは唐突にメープルの胸をツンと突いた。
「ひゃあッ!? な、な……ッ!? いきなり何を……ッ!?」
あまりにも突然の出来事に、メープルの顔が真っ赤に染まる。
「ほらな。ごちゃごちゃ考えっから反応が鈍くなってる。別に今先案じしてもしょうがねえだろうが。先のことなんて神にしかわからねえんだからよ。俺たちが考えるのはあくまで『今何するか』、だろ?」
「!」
「余計なことは考えなくていい。今は気楽に、アイツらの無事を確かめに行くことだけを考えろよ」
ソドムはニイッと歯を見せて笑った。
「……はい」
(はは……ソーちゃんらしいな)
メープルの表情がフッと緩んだ。
不安による緊張が解けたようだった。
「でもソーちゃん、わざわざ私の胸を触る必要は無かったんじゃないですか?」
「ん?」
「触る必要は無かったんじゃないですか?」
メープルが殺気に満ちた笑顔でソドムに問いかける。
彼は目を泳がせながら答えた。
「いや、まあ、それもメッセージだよ。『お前の胸も先案じする必要はねえ』ってな。たとえ今『断崖絶壁』だったとしてもこれから先どうなるかは……って、おい、真空……、」
「……『風刃』ィッ!!」
ソドムの絶叫とともに、メープルの部屋が真っ赤に染まった。
「……何だこれ?」
レイの眼前に、大の大人の全身が映るような、巨大な鏡があった。
山頂の広いスペースにある1枚の巨大な鏡。
その光景にはどう見ても違和感があった。
「何でこんなところに鏡が……、」
レイは怪訝な顔でその鏡に近づいて行った。
そして、彼は鏡の中の自分と目が合った。
「!? は!?」
次の瞬間、レイは自分の目を疑った。
鏡が突然光だし、鏡の中から、まるっきり自分の姿をした何者かが外に出てきたのである。
その人物が何者か。
そんなことを考えている余裕は彼には全く無かった。
その得体のしれない人物は突然、檜の棒を自分に対して思い切り振るってきたのである。
「うおおッ!?」
レイは咄嗟に横に跳んでこれをかわした。
「い、いきなり何すんだッ!? ってかアンタ誰だよッ!?」
しかし、相手からの応答はない。
その相手は無表情のまま、今度、檜の棒を横なぎに振るってきた。
「ぐ……ッ!」
レイはそれをブリッジでかわし、そのまま急いで横に転がって距離をとった。
バック転で反撃の蹴りを入れるという高等技術は、この時点での彼には到底不可能だった。
「畜生ッ! そっちがその気ならやってやる!」
レイは起き上がりと同時に檜の棒を手に取った。
(ここまで来れた俺の今の実力、思う存分に見せてやる!)
レイはまたしても根拠のない自信を見せていた。
彼は檜の棒を構えて恫喝した。
「後悔すんなよこの野郎ッ!!」
その頃、ソドムとメープルの2人は『風の洞窟』を抜け、『風の王国・ディーン』へと向かっていた。
「じゃあ、『光の欠片』を採りにレイ君は『シンの山』に?」
「ああ。国を襲った奴らを潰す危険な旅に弱え奴を連れてくわけにはいかないからな。修行には最適な場所だろ?」
「それは……そうですけど……、」
メープルは難しい顔をしていた。
「『シンの山』……かつて『神の一族・シン』が後世のために遺した、『自分自身を超えるための場所』……でしたよね?」
メープルには、ソドムがレイを『シンの山』に行かせたことに若干不安を感じているようだった。
「レイ君……大丈夫でしょうか?」
それを聞いたソドムは空を見上げて呟いた。
「大丈夫じゃねえか? レイの相手は所詮『今のレイ』だし。俺らの強さなら瞬殺できるレベルだろ?」
「……、」
(何も言えない……)
メープルは笑顔のままキュッと口を閉ざした。
レイは自分との戦いに四苦八苦していた。
相手が自分と殆ど同じ動きをするため、決め手に欠いていた。
(鏡の中から突然出てきたコイツ……やっぱり……ッ!)
レイは戦いながら気づいた。
自分が今戦っている相手が、『自分自身のコピー』であるということ。
そして、何故ここが『修行の山』と呼ばれているのかということに。
相手の行動が読めるためガードは比較的容易にできるが、自分の攻撃も相手には全く通じないという展開がしばらく続いた。
(くそッ! 俺の攻撃がことごとく防がれる……ッ!)
レイの中では少しずつフラストレーションが溜まっていった。
ただ、理由は決め手が見つからないためではない。
「……ッ! 俺の戦い方……ッ!」
耐えきれなくなったレイは後方に距離を少しとり、『自分自身のコピー』を指差して叫んだ。
「そこまで不格好じゃねえぞこの野郎ッ!」
レイは凄まじい衝撃を受けていた。
檜の棒をど素人のように扱う『自分自身』に。
メープルとソドムの2人は『ディーン』に到着した。
そこは最早、『ディーン』ではなくただの廃墟と化していた。
家の全てが焼け焦げており、原形を留めている建物は見当たらなかった。
辺りにはモンスターの気配はあるが、人がいる気配は全く感じられなかった。
「やっぱり、兄貴でも守り切れなかったか……、」
「……、」
メープルはショックのあまり声も出せない状態でいた。
その彼女に対し、突然グリズリーが襲い掛かって来た。
グリズリーは雄たけびをあげながら、その太い右腕を彼女に振りかざす。
「おいおいメープル」
ソドムはとっさに短剣でグリズリーの右首を刺し、そのまま頸動脈を切り裂いた。
グリズリーの首から大量の血が吹き出し、グリズリーは倒れて動かなくなった。
ソドムはメープルに注意を促した。
「落ちてる暇ないぜ? 皆の無事を確認するまではな」
「……はい」
メープルは歯を食いしばり、現実から目を背けたくなっている気持ちを必死に押し殺した。
2人は『教会』、いや、『教会があった場所』に到着した。
あまりの惨状に、ソドムは思わず舌打ちをした。
外壁の殆どが焼け崩れており、眼前には瓦礫の山が積み上げられていた。
「神父様ッ!!」
メープルは急いで瓦礫をどかそうとしたが、その腕をソドムが掴んで制した。
「離してくださいッ! 神父様が……ッ!」
「落ち着け。闇雲に探したって見つかるもんじゃねえよ。お前、確か探索魔法使えたよな? あれ、今でも使えるか?」
メープルの探索魔法。
それは、周囲の風の流れを感じ取り、地形や建物の構造、生物の動きなどを感知するという『風の一族』特有の魔法である。
「『捜風』のことですか? 一応使えますけど……、でも瓦礫が多いですし、動いていない人を感知することなんて……、」
「感知すんのは『人』じゃねえ。『大きな箱型家具』だ。教会にもあんだろ? 例えば修道服を入れる『洋服ダンス』とかよ?」
「!」
「原形が残ってるもんはねえか?」
「……、」
ソドムの言いたいことをメープルは理解した。
神父が瓦礫の下に埋まっているとは限らない。
「やってみます」
メープルは静かに目を閉じ、探索魔法『捜風』を唱えた。
(畜生ッ! 畜生ッ! こんな戦いの素人みたいな奴に負けたくないッ!)
レイの中で戦意は十分過ぎるほどあった。
しかし、身体がついていかない。
決め手を欠く中での長時間にわたる戦闘は、レイの体力を着実に削っていた。
一方、鏡の中から出てきた『レイのコピー』の動きに疲労感は全く見られなかった。
恐らく、生物というものではないのだろう。
レイも薄々と勘付いていた。
相手はロボットのようなものであると。
相手の体力切れを待つことは到底不可能であるということ。
レイは少しずつ押され始め、相手の攻撃を防ぎ切れなくなっていった。
コピーが檜の棒でレイの左肩を目がけて振り下ろす。
レイはそれを辛うじて檜の棒で防御するが、その時に体制を崩して後方にふらついた。
コピーはその瞬間を見逃さなかった。
一歩踏み込んで、振り下ろした檜の棒をレイの顔面目がけて振り上げた。
「ぐはッ!」
檜の棒はレイの顎に命中し、レイの身体が宙に浮く。
さらに、コピーは振り上げた檜の棒を横なぎに振るってきた。
それがレイの右側頭部に命中し、レイは左に吹き飛ばされた。
レイの身体は地面を二転三転と転がっていった。
レイは四つ這いになって何とか身体を起こした。
しかし、終わりの見えない戦いに、レイの中で焦りが生じていた。
「う……ぐ……、はあ……はあ……実力同じで体力が無限なんて反則だろ……、どうすれば……『俺のコピー』に勝つには一体どうすれば……、」
『1日1つだけでも良い。でも確実に昨日の自分よりできることを増やすこと』
「!」
その時、ふとナナが発したこの言葉が蘇って来た。
「ナナ……、」
(『できることを増やす』……か……、確かに、自分のコピーに勝つにはそれしかないよな……、)
レイは立ち上がり、グッと表情を引き締めた。
(考えろ……、今この場で体得できる『できること』って何だ?)
本人はまだ気づいていなかったが、この時、レイの身体の中で、小さな変化が生まれ始めていた。
「……! ありましたソーちゃん! こっちですッ!」
『捜風』で探索していたメープルはソドムの手を引いて走り出した。
「痛ッ!?」
瓦礫だらけで足場が悪い中、突然手を引っ張られた彼は左のすねを瓦礫に強打したが、若干涙ぐみながらその痛みを我慢した。
彼女が指示した場所は瓦礫が積み上げられている状態だったが、その下に、『洋服ダンス』のようなものが原形を残して横倒しになっていた。
「ソーちゃんも瓦礫をどかすの手伝ってください!」
メープルは目を輝かせて瓦礫をどかし始めた。
彼女は『風』を使って重さを多少調節させることができるため、瓦礫を一枚ずつ難なくどかしていった。
(……、さっきすね強打したの、やっぱ言えばよかったか……?)
今言えば、瓦礫をどかしたくない言い訳にしか聞こえないだろうし、何よりも自分のプライドが許さない。
「……OK」
ソドムは額に汗を浮かべて苦痛に必死に耐えながら、渋々瓦礫をどかすのを手伝った。
陽が暮れかけている中、レイとコピーとの戦いは一方的となっていた。
疲労困憊のレイはコピーに次々と全身を殴打される。
身も心も最早限界を迎えていた。
コピーはバットでボールを打つような感覚でレイを殴り飛ばした。
レイの身体はぼろ雑巾のように力なく吹き飛んでいった。
「……、」
それでもレイは立ち上がった。
もう横になりたい気持ちでいっぱいだったが、ナナやソドム、メープルの期待を裏切るようなマネは彼にはとてもできなかった。
彼らのためにも今ここで倒れるわけにはいかない
レイを支えているのはそういった『気力』のみだった。
そんなレイに、ある不思議な感覚が生まれた。
(何だろう……この感じ……、自分の身体の中で何か……ピリピリした感覚を感じる)
レイはその感覚を指先に意識してみる。
すると、右手の人差し指がピクッと動いた。
次に、その感覚を右足に意識した。
すると、その右足がスッと前に出た。
彼は何となく理解した。
これはおそらく『神経を通る電気信号』であることに。
そして、その身体の動きを制限している電気信号があることにも気づいた。
(この『電気信号』……、頭からのピリピリを意識的に『止めたら』……どうなる?)
その場に立ち尽くしているレイに対し、コピーは檜の棒を振りかざしてきた。
(……、電気信号のタイミングを合わせろ……、)
レイは自分の檜の棒を横なぎに振り払って相手の檜の棒に衝突させるその瞬間、脳から制限として出される電気信号を『ほんの一瞬だけストップ』させてみた。
すると、彼の中で予想以上の力が働き、コピーが持っている檜の棒を弾き飛ばすことに成功した。
レイはふと思い出していた。
『風の洞窟』での鬼との戦い、ソドムを助けようと大蛇の頭を潰した森での戦い、いずれも彼の中で予想以上の力が働いていた。
出そうとして出した力ではない。
彼はただ我武者羅に、『偶然に』その力を出していただけ。
彼は思った。
この力を『必然的に』出すことが出来れば、メープルたちに過剰な負担を強いることは無くなるのではないか。
レイは必死に、『この力が出る感覚』を身体で記憶しようとしていた。
人間の筋肉は普段、筋線維が壊れてしまわないように、脳から無意識にその力を制限されている。
よって、諸説はあるが、どんなに力を発揮しても筋肉は20%程までしか普段は力が発揮できていないとも言われている。
その筋肉の力が緊急時に最大限まで発揮されること、一般に『火事場の馬鹿力』と呼ばれている力を、『雷の一族』は『電気信号』を感じ取ることで自由に操ることができるのである。
『雷の一族』特有の身体強化魔法、『制限解除』と呼ばれている魔法である。
レイの中でも、心身ともに追いつめられることで、その『力を調節する能力』が目覚めつつあった。
どんなに疲れている彼でも、その約5倍の力を出すことができれば、コピーの力を遥かに上回ることは明白だった。
「喰らええええッ!」
レイは武器を失くしたコピーを思い切り檜の棒で殴り飛ばした。
コピーの身体は地面を二転三転と転がっていき、壁に激突してその動きを停止した。
レイは勢い余ってその場に転倒した。
「ぜえ……ぜえ……はあ……はあ……ふー……、」
レイは仰向けになって深呼吸をし、一言大声で叫んだ。
「もっと……もっと強くなってやるぞおおおおッ!!」
辺りはすっかり夜になっていた。
月明かりが辺りを照らす中、メープルとソドムは『洋服ダンス』周りの瓦礫全ての除去が完了していた。
その『洋服ダンス』はかつて、神父が使用していたものである。
『洋服ダンス』は少々凹みがあったものの、見事に原形を留めていた。
2人は目を疑っていた。
「ソーちゃん……これって……、」
「ああ、これやったの、奴らではないだろうな」
その洋服ダンスの取手の所に一本の木の板がはめ込まれており、中からは決して外には出られない状況になっていた。
ソドムはその板を取り外し、洋服ダンスの中を開けた。
「この『妖怪に用かい』? って何じゃこりゃああああッ!?」
すると、タンスの中から神父が外に飛び出してきた。
そして神父は教会の惨状に悲鳴を上げている。
「ん!? そこにいるのはメープルではないか!? それにソドムも!? 一体ここで何があったか説明……ッ!?」
その神父をメープルはギュッと抱きしめた。
「神父様……良かった……本当に……本当に良かったです……ッ!」
生まれた時に両親を失っているメープルにとって、彼女を引き取って育てた神父はまさに父親のようなもの。
そんな神父を抱きしめながら、彼女は肩を小刻みに震わせていた。
(……、しばらく2人だけにしとくか)
ソドムは微笑みながら静かに外に出ていった。
「! 何だアレ?」
仰向けの状態で横を向いたレイは、遠くで光っているものに気が付いた。
彼はその場に立ち上がろうとした。
「!? ハウッ!?」
その時、全身に激痛が走ってレイは再びその場に倒れこんだ。
極度の疲労にプラスして、『火事場の馬鹿力』を強制的に使用した反動で、筋線維が一部壊れてしまったのである。
いわゆる『全身筋肉痛』と呼ばれているものである。
「が……う……ぐあ……」
レイはうつ伏せになった状態で意識を失くしかけていた。
「そろそろ戻るか」
外に出ていたソドムは教会の方へと戻っていった。
「……は?」
ソドムは自分の目を疑った。
メープルが神父の胸ぐらを掴んで顔面をボコボコにしていたのである。
彼女は鬼の形相となっていた。
「まあ、とりあえず神父を降ろせ。それから何があったか説明しろ」
ソドムは彼女に近づいてその手を制した。
メープルは神父を降ろし、顔を真っ赤にして涙目でソドムに訴えた。
「見てくださいッ! じゃなかった絶対に見ないでくださいッ! 神父様ったら私の下着を盗んで自分の洋服ダンスにコレクションしてたんですよッ! それも山のようにッ! もう最低ですッ!」
(確かメープルは、去年までは教会で生活してたんだよな。じゃあその間ずっとってことか。いくら俺でもそこまでは流石に……、)
ソドムは呆れてフウっとため息をついて言った。
「わかったわかった落ち着け。とりあえず『全部俺が回収して預かっといてやる』から安心しろ……って、おい、真空……、」
「……『風刃』ィッ!!」
男2人の絶叫とともに、辺り一面に真っ赤な血飛沫が上がった。
レイは何とか這いつくばりながら、その『光るもの』の場所に到達した。
そこはつい先程まで『コピー』が倒れていた場所である。
そこには『コピー』の姿はもう無かった。
代わりに、そこには『光り輝く石』が置いてあった。
「はあ……はあ……、も、もしかしてこれが……『光の欠片』……か……?」
レイはその石を手に取って空にかざして見てみた。
光っている以外は何の変哲もないただの石である。
「はあ……ただの石じゃないか……拍子抜けだなあ……、」
レイは仰向けのまま目を閉じ、いびきをかいて眠り始めた。
事態が一通り落ち着いた後、メープルとソドムは神父から当時の状況を伺っていた。
「あの時、ナナが教会に来てたんじゃ。家に帰ったら『父さんに通さん』って言われたようでの。それで2人でここにいたんじゃが、その時に『土管がドッカン!』って大きな音がしての。ワシがその音に気をとられたその一瞬、ナナがワシの顔面にいきなりグーパンしてきたのじゃ。まさに『布団が吹っ飛んだ』ような衝撃じゃったよ。で、気づいたらタンスの中に閉じ込められておった。全く、『胃が痛いとワシは言いたい』気分じゃったよ」
「……要するに『ナナに気絶させられてタンスに閉じ込められた』ってことか」
「一行でまとめられた!?」
神父はソドムに自分のダジャレをスルーされたことにショックを受けていた。
ソドムは呆れながらメープルの方をチラッと見て言った。
「だそうだ。大した情報は無さそうだな。ってお前ツボ浅過ぎだろ。こんな状況でよく笑ってられんな」
「す、す、すひっ、すみません! ぷ、くく……ッ!」
メープルは腹を抱えてうずくまっていた。
何故神父がこんなにもダジャレを混ぜるのか、ソドムにはわかるような気がした。
メープルが笑いを落ち着かせている間、ソドムは国が襲撃されたことを神父に伝えた。
神父も驚きを隠せないようだった。
メープルと神父が不安な表情を見せる中、ソドムはニッと笑って次のような言葉を発した。
「生きてるかもしれねえぜ? ナナも、皆も」
「!? ど、どういうことですかソーちゃんッ!?」
メープルが食いつく。
ソドムは落ち着いてゆっくりと話し始めた。
「さっき俺は外出て城下町を歩き回った。一通り全てな。思った通り、城下町には死体はあったが生きてる奴は見当たらなかった。だが妙なことがあってな。タール様や他の兵士たちの死体は今言ったように大量にあったんだが、『一般人の死体は1人も無かった』んだ。どうしてだと思う?」
「『国を襲った組織が連れて行った』ってことですか?」
「じゃあ、どうしてそんなことをする必要がある?」
ソドムの言葉でメープルは勘付いた。
「……! 後で『利用』……するため?」
ソドムの口元が緩む。
「ああ。それも『死体』じゃねえ。『生きてる人間』に限定してるとしたら? 『生きてる人間』、それも『組織に歯向かわない人間』を連れて行ったと仮定すれば……、」
「その中にナナちゃんが含まれてる可能性が高いですね!」
メープルの目に希望の光が宿った。
ソドムはさらに一言補足した。
「そゆこと。まあ、アイツが抵抗してない前提の話だけどな」
「まあ、今日はもう休もうぜ? どっか隠れられる『森の中』でよ?」
「あ、私、それならとっておきの場所知ってます! そっちに向かいましょう!」
メープルはすっかり元気を取り戻していた。
皆が生きているかもしれないという希望が、彼女を完全に立ち直らせていた。
「その前にワシ……昨日から何も食べてない……、」
神父の顔色は青ざめていた。
それを見たメープルは、持ってきたリュックサックから薬草を一束取り出した。
「あ、私『薬草』持ってますよ? 今一緒に食べますか?」
「え? それ丸ごと? 生で?」
神父は一歩後ずさりした。
その様子を見たソドムは呆れたように言った。
「おいおい。そんなんじゃ物足りねえだろ? こいつ食おうぜ? さっき討ち取った『グリズリー』」
ソドムはそう言いながら『グリズリーの頭』を持ってきた。
(食うのそっちかいッ!? 『身体』はッ!?)
神父はあまりの衝撃に、つい心の中で絶叫した。
命がいくつあっても足りない。
神父は2人を目の前にして強くそう感じた。
翌朝、レイは朝日を浴びながら気持ち良く目を覚ました。
「んー……! あれ? 身体が全然痛くない。ってか傷も全部治ってる!」
『神族の特性』。
どんな大怪我を負ったとしても、生きて一晩眠れさえすれば全回復するというもの。
レイはその特性を強く実感した。
それと同時に、自分が本当に『神族・雷の一族』であることを確信した瞬間でもあった。
もっと強くなってやる。
強くなって、いつか2人を守れる存在になるんだ。
彼の中で、その思いがより一層強くなった。
「よし! 戻るか!」
彼は『光の欠片』を手にし、元気良く山を下り始めた。
「おはよう。ん? どうしたメープル? 目の下にクマ作って」
「……何でもないです」
メープルは昨晩一睡もできなかった。
森の中でソドム(キス魔)と神父(下着ドロ)の2人とともに眠るという行為自体、彼女にとって気が抜ける状況ではなかったためである。
一睡もできなかった彼女の機嫌はすこぶる悪く、『話しかけるな』というオーラを醸し出していた。
彼は周囲を見渡したが、神父の姿は無かった。
「……神父様は?」
ソドムは捨て身の覚悟でメープルに話しかけた。
彼女はムスッとしながら答えた。
「神父様ならちょっと離れた場所で用を足すって言ってました。どうやら昨日食べたものが当たってしまったみたいで」
「……『恵光』で治してやんねえの?」
「下着を盗んだ『天罰』ですよ。少しは反省してもらわないとです♪」
メープルはそう言ってニコッと笑顔を見せた。
しかし、その眼は笑っていなかった。
この女だけは敵に回したくない。
ソドムはそう痛感した。
「それで? ソーちゃんは次にどこに行くか、見当はついてるんですか?」
しばらくして、メープルの方からソドムに尋ねてきた。
「! お前も一緒に来てくれるのか?」
「はい。神父様を私の家に送り届けた後、私も一緒に出発しようと思います」
メープルの目は本気だった。
ナナを助けたい。
レイとソドムを守りたい。
そんな決心が滲み出ていた。
メープルとレイ、『神族』が2人も味方に付いてくれれば、これほど頼もしいことは無い。
ソドムの口から自然と笑みがこぼれた。
「……、今回の奴らの襲撃。心当たりが一つあってな。組織に関わりのありそうな国が1つあるんだ。レイが合流し次第、国の船を使って向かうぞ」
行ける。
この『神族』2人が成長してくれれば、組織と戦える。
俺たち3人で、『ディーン』を滅ぼした組織の奴らをぶっ潰してやるんだ。
そんな希望、期待を込めながら、ソドムは次の目的地を口にした。
「『獣の王国・サベット』に!」
この小説を読んでいただき本当にありがとうございます。
文章のレベルがほとんど上がらない作者ですが、読んでくれる方がいるだけでも感謝一杯です。
今回は本来の主人公『レイ』が主役の話になっています。
戦闘レベル1の彼が強くなるにはどうするべきか。
彼は『昨日の自分よりもできることを増やすこと』を挙げました。
実際、この『できることを見つけること』が一番難しいと思います。
簡単にできたら誰も苦労しませんし。
私自身は、できることを見つけるには、『考え続けること』が大事なのではないかと考えています。
『思考停止しなければ前進できる』。
私はそう考えています。
ようやくレイ達の冒険が始まります。
彼らがどのように成長していくのか。
一緒に見守っていただきたいと思います。
もしよろしければこれからも『神族』を宜しくお願いします。