第4話 『強襲』
ソドムは意識のないメープルを背負い、猛獣の攻撃を軽々かわしながら国外の森の中を疾走していた。
その時、前方から歩いて近づいてくる人影を発見し、彼は思わず口走った。
「ん? お前は確か武器屋のゴリラおん……、」
「ふんッ!」
「な!?」
ナナの拳は、避けようとしたソドムのみぞおちを的確に撃ち抜いていた。
「お……おお……、」
ソドムはその場にうずくまって動けなくなった。
「相変わらず冗談通じねえなあお前は……、」
「あたしに『ゴリラ』は万死に値するっつってんだろうが馬鹿か」
レイ、メープル、ソドム、ナナ、そして、誰かに殺害された『風の王国・ディーンの王女』であるリン。
この5人は昔からの幼馴染であり、このようなやり取りも日常茶飯事だった。
しかし、幼馴染の1人が死んだことで、記憶喪失になったレイ以外の3人には少なからず深い傷を残しており、この2人のやり取りにも、どこか普段とは異なる雰囲気が漂っていた。
「成程な。レイをメープルん家に連れてったってわけか」
「全く、アイツホントに弱すぎてウンザリだったよ。……で? アンタに聞きたいんだけどさ……、何でメープルがそんなに大怪我してんだよ?」
ナナは、意識がなくぐったりしているメープルを見ながらソドムに問いかけた。
「ああ、それは……、」
「理由によっちゃあ覚悟しろよ?」
ナナはソドムを睨み付けながら、拳をパキパキと鳴らしていた。
「メープルと同じ傷をアンタに負わせるからな」
「待て待てまずは俺の話を『全部』聞いてから判断しろ。『全部』な。『全部』」
この女だったら本当にやりかねない。
ソドムはナナに対して若干の恐怖を感じ、やや急ぎ目にこれまでの流れを説明した。
「成程な。それでアンタはメープルを家に送り届けようと……、」
「ああ。メープルのことはもう大丈夫だからお前は家に帰れ。女がこんな真夜中に外うろつくもんじゃないぜ?」
それを聞いたナナの目つきが鋭くなった。
「はあ!? アンタとレイなんかにメープルを任せられるわけないだろ!? あたしも行く!」
「ああ?」
ソドムは自分が馬鹿にされたような感じを受け、その表情も険しくなった。
「おいおい、俺じゃあメープルを守れねえって言いてえのか?」
「そうじゃねえ! 男2人と弱ってるメープル1人の組み合わせじゃあ! アンタ達『狼』が何するかわかったもんじゃないっつってんだよッ!」
「アホかッ!? いくら俺でも空気読むに決まってんだろうが!!」
「それを誰が信じられるってんだよ!! あたしも一緒に行くからな!!」
「てめえはついてくんなッ!!」
2人の言い争いはこの後しばらく続いた。
その頃、森の中で肉を豪快に食らっていた筋肉質の男は、水を用意していなかったため、焚火を消すのに苦労していた。
「だああ畜生ッ! 火が全然消えねえッ! 焚火なんかするんじゃなかったぜ全く! くそッ! 消えろ! この!」
男は焚火に必死に『小便』をかけ続けていた。
長時間の説得の末、ソドムはナナを家に帰らせることに成功した。
(『明日の夕食を俺が全額おごること』でやっと納得したよ。結局頭の中メシだけかあの女……)
ソドムの脳裏に、昨日のメープルの言葉が蘇る。
『さりげなく胸触らないで下さいよ?』
「チッ」
(メープルといいナナといい、俺がそんな変な事する人間に見えるってのかよ。いやもう全くよ、嫌になるぜ)
舌打ちしながら走るソドムの顔は真っ赤に紅潮しており、その鼻の下は伸びていた。
この時の『ナナを帰らせる』という選択肢。
この判断が結果的に親友と別離することになろうとは、当時の彼には知る由もなかった。
その頃、メープルの家でレイは外を見ながらボンヤリと、先程までのナナとのやり取りを思い出していた。
時は少々遡る。
レイとナナの2人は、迫りくる猛獣を倒しながら森の中を走っていた。
「うわあッ!」
レイがスライムの体当たりで突き飛ばされる。
それを見てナナは驚愕の表情を浮かべた。
「ちょッ!? アンタッ! スライムなんかにダメージ食らってんじゃねえよ!」
ナナはそう言いながらスライムを殴って気絶させた。
彼女は溜息を吐きながらレイを見る。
「……ったく。記憶喪失前のアンタは誰よりも強かったってのに」
「……、なあ……、」
「ん?」
「『強さ』って何? どうしたら俺も、お前やメープルみたいに強くなれるんだ?」
「!」
レイの眼は真っ直ぐナナを見つめていた。
さっきまでの腑抜けた表情でない。
その眼は覚悟を決めているように、彼女には感じられた。
「くくく……だあっははははッ!」
「なッ!? わ、笑うんじゃねえよ! 俺は真剣に……ッ!」
「はははッ! いやあごめんごめんッ! アンタの変化が嬉しくなってさッ!」
「……!」
「笑わせてくれたお礼に、あたしからも面白い話聞かせてやるよ!」
ナナは明るい表情で話し始めた。
「アンタたち『神族』ってさ。一般的には不死身って言われてて、基本的にどんなに傷ついたとしても一晩眠れば回復するって言われてるんだけど、そんな『神族』でも死ぬ条件が3つあるんだ。1つ目は『頭をやられること』。2つ目は『神力が尽きること』。そして3つ目は『神力の限界を超えること』」
「限界を超える……?」
「『神族』は限界を超えるとものすごい力が漏れ出して暴走するんだ。んで、そのまま神力を使い切って死んでしまう。『一週間前の落雷の嵐』についてはもう聞いてるか?」
「ああ……、」
「あれが『神力の暴走』だ。本来落雷があんなに凄まじく降ることは考えられない。可能性があるとすれば『雷の一族』、つまりアンタが神力の限界を超えたってことだけ」
「ん?」
それを聞いてレイは1つ疑問に感じたことがあった。
「ちょっと待て。『神力の限界を超えたら神族は死ぬ』んだったよな? じゃあ、何で俺は生きてるんだ? だって限界を超えたんだよな?」
「そこからが重要なところなんだけどさ……、」
ナナはニイッと笑顔を見せた。
「暴走した神族を止める方法はある。それは『暴走した神族に一撃を与えること』。ただし、一撃を与えられたその神族は確実に死ぬ。だけど、アンタが生きてるように、暴走した神族を助ける方法もあるんだ」
「?」
「それは『封印の宝玉を暴走した神族に触れさせること』。これで、その神族はそれまでの力・記憶と引き換えに命が助かるってわけ」
「??」
レイの頭は混乱しかかっていた。
「……ちょっと休憩するか?」
その様子に気づいたナナは呆れたように溜息をついた。
しばらく休んでから、ナナは続きを説明し始めた。
「『封印の宝玉』ってのは『神族』が先祖代々から1人1つずつ受け継いでる宝みたいなもんで、直径2センチぐらいの玉なんだけどよ、その玉が普段『神力』のコントロールを手助けしたり、『神力の暴走』を抑えたりしてるんだ。ただ、『神力』が暴走すると『封印の宝玉』は壊れちまう。メープルの話じゃあ、『封印の宝玉』が壊れちまうとそれまで使えてた力・魔法が全く使えなくなっちまうんだってさ」
「……! じゃあ、俺のはもう……、」
「ああ、アンタのはもう壊れてるとみて間違いないだろうね」
「……、」
「んじゃあここで問題だ。アンタの宝玉は暴走した時点でもう壊れた状態。じゃあ、『誰の宝玉がアンタの暴走を止めたと思う』?」
「!」
レイにはすぐに察しがついた。
この国に『神族』は彼の他に1人しかいない。
「メープルか!」
ナナはニッコリと笑った。
「そうだ。まあ、あの状況じゃあメープルしか考えられないよな? で、もう1問! 暴走した神族を止めるために触れさせた『封印の宝玉』はその後どうなると思う?」
「……?」
「ふふん♪ ま、記憶をなくしたアンタにはわからないだろうな。わからないよな? わからないだろ? ん~?」
「……、」
(このドヤ顔……ぶん殴りてえ……、)
レイは、終始ドヤ顔のナナに若干嫌悪感を抱いていた。
「暴走した神族と同じだよ。壊れて消滅しちまうんだ」
「え?」
「つまり、アンタの暴走を止めた直後はメープルも『神力』を全く使えない状態だったってこと。その時点でメープルとアンタの強さはほとんど変わらなかったんだよ。いや、性別の分だけ、むしろアンタのほうが強かったかもな」
それを聞いたレイは思わず反論した。
「う、嘘だ! それは嘘だ! だってメープルはあんなに魔法を……ッ!」
「それはまあ、アイツは『神力』の扱いに関しては元々天才的だったからな。1週間で急速に勘を取り戻していったんだろうな」
「たった1週間であれだけ……ッ!」
レイは動揺を隠せない。
「でも、あたしから言わせりゃあメープルも滅茶苦茶弱くなってるけどな。少なくとも銃弾を食らうような鈍くさい奴じゃなかったよ」
「……、」
ナナからの説明を聞いてレイはしばらく考え込んでいた。
その様子を眺めていた彼女は静かに口を開いた。
「あたしの言いたいことがわかるか?レイ」
「え?」
「今が弱いからって全然気にすることじゃねえってことだよ。一度力をなくしたメープルでもたった1週間であれぐらい強くなれた。だからアンタも努力次第で十分に強くなれるさ」
「俺も……強く……、」
「まあ、『人間』から『神族』にってのもなんだけど、あたしから1つだけアドバイス!」
「!」
「1日1つだけでも良い。でも確実に『昨日の自分よりできることを増やすこと』。そうすりゃあ、少なくとも『過去の自分』よりは強くなれると思うぜ?」
ナナはそう言って右手の親指を立てた。
「できることを増やす……、」
レイの中で、自分の目指す方向性が少し見えてきたように思えた。
考え込む彼の顔をナナは悪い顔して覗き込んできた。
「そうと決まればやることは1つしかねえよな?」
「やること……って……?」
『帰りもあの洞窟?』
『モチです!』
レイの中でふと、あの時のメープルとのやりとりがフラッシュバックした。
(まさか……、)
彼には嫌な予感しかしていなかった。
似た者同士。
レイの脳裏をその言葉がよぎった。
少し間を置いてナナが叫んだ。
「残りのモンスター全部アンタに任せたッ! あたしは一切手を出さないからなッ!」
「そう来ると思ったよこん畜生ッ!」
森の中でレイの絶叫が響き渡った。
メープルの家で外を見つめるレイの身体はボロボロとなっていた。
(くそ……、やっぱり今の俺1人だけじゃあの洞窟は超えられないな。さっきもナナに助けてもらってばっかだったし……、でも……、)
「少しは……強くなれたかな……?」
レイの表情にはうっすらと笑みが浮かんでいた。
その頃、1人の筋肉質の男は、『風の王国・ディーン』の城門前に潜んでいた。
「くそ……焚火のせいでだいぶ時間をロスしちまったが……、それじゃあそろそろ始めるとするか」
男は大きな口をニイッと開いて不気味に笑って言った。
「ショータイムだ」
メープルの家の、家と洞窟をつなぐ通路入口の板がガタッと動く音がレイの耳に届いた。
「メープルッ!?」
レイは急いで書斎に向かった。
その心は、メープルが生きて戻ってきたという期待感しか無かった。
しかし、その期待はすぐさま打ち砕かれた。
「よう。運良くまた会えたな」
ドアを開けるとそこには、意識のないメープルを背負ったソドムの姿があった。
「お、お前はッ!?」
レイは思わず逃げ出しそうになったが、あまりの衝撃に腰を抜かして動けなくなった。
ソドムはフッと笑顔を見せる。
「おいおい、別にお前らを捕らえに来たわけじゃねえよ。メープルを届けに来ただけだ。だから……、」
レイは腰を抜かしつつも必死にその場から逃げようとしていた。
「だからちったあ落ち着け。生まれたての小鹿かお前は」
ソドムはレイを呆れた目で見つめていた。
レイはソドムからこれまでの流れの大まかな説明を受けた。
ナナから『神族は基本的には不死身』という話を聞いていたため、ソドムの話をすんなりと受け入れることができた。
レイの中に安堵感が生まれ、彼はホッと胸を撫で下ろした。
「ナナの奴から大体の事情は聞いた。お前、本気で強くなる気があんのか?」
「ああ。強くなって、誰かを守れるようになりたい」
「じゃあ訊くが……、」
ソドムは、そんなレイの覚悟を試すように問いかけた。
「『大きな力』を得るってことはその分だけ『大きな責任』も伴う。その力を正しい方向に使わなければならねえし、その力で人も助けなければならねえ。それは普通に生きるよりも数倍難しい生き方だし、苦しい生き方でもある。もしかしたらその重圧に押し潰されちまうかもしれねえ。それでも、それでもお前は『力』を欲するか? その大きな『責任』を背負う覚悟が本当にあんのか?」
ソドムはレイの眼を真っ直ぐに見つめる。
しかし、レイの決意は揺るがなかった。
「……、確かにソドムの言う通り、その『責任』を全部背負うのは難しいかもしれない。正直、俺に全て背負いきれるかどうか、今はわからない。でも、それで誰かを守れるというのなら、俺はどんな『責任』も背負ってやる。もう、俺のせいで誰かが傷つくのを見たくないんだ!」
「……、」
「……、」
「……その気持ち、忘れんじゃねえぞ」
ソドムはフッと笑った。
レイの覚悟が彼に伝わったようだった。
「お前が本気で強くなりたいなら、とっておきの修行場があるぜ。かつて俺たちが強くなった場所だ」
ソドムは明るい表情でレイに提案した。
「え!? ど、どこだ!? どこだそこ!?」
レイは思わず食いついた。
「だから落ち着け! 息が苦しいじゃねえかこの野郎!」
レイはソドムからの拳骨を食らった。
レイは興奮しすぎてソドムの首を絞めそうになっていた。
気を取り直してソドムは話し始める。
「『シンの山』っつってな。『風の洞窟』から……、」
ソドムが言いかけた時、外で連続した爆音が聞こえた。
「何だッ!?」
2人は急いで外に出る。
すると、『風の王国・ディーン』の方角から煙が上がっているのが見えた。
「くそッ! 襲撃かッ!?」
ソドムは急いで風の洞窟に向かった。
レイもついていこうとするが、ソドムはそんな彼に怒鳴りつけた。
「お前は来るなッ!!」
「……ッ!」
レイは、ソドムのあまりの剣幕に驚き、その場に立ち止った。
「お前はメープルを守ってやってくれ! お前への重要任務だ! それじゃあ頼んだぞ!」
ソドムはそう言い残し、風の洞窟への階段を降っていった。
レイにはすぐにわかった。
ソドムが『来るな』といった理由。
それは自分が『足手まとい』になるからだと。
今はまだしょうがない。
自分が行っても何もできないじゃないか。
レイは必死に自分にそう語り掛けていたが、辛い気持ちはすぐには癒えなかった。
国内はパニックとなっていた。
いつもと変わらない穏やかな夜で、城下町の至る所から突然大爆発が起こったためである。
爆発によって、国内は火の海に包まれており、城下町には大量のモンスターがなだれ込んでいた。
あまりに突然の事件に、城内の兵士の対応は完全に後手に回っていた。
「どけええええッ!!」
止めようとする兵士たちを押しのけ、タールは城下町に向かおうとしていた。
「無茶ですタール様ッ! 『風の一族』との戦闘で負った傷が開いてしまいます!」
「傷が開くから何だ!? こんな有事に寝ていられるかッ! 国の危機に立ち上がれなくて何が兵士だッ! 俺様は行くッ! この国を守らねばならぬッ! 国民を守らねばならんのだッ! どうしても止めるというのなら力ずくにでもここを通してもらうぞッ!」
タールはそう言いながら、兵士たちを突き飛ばして城下町に出ていった。
「んだよ……これ……、」
ソドムは驚きのあまり、少しの間その場に立ち尽くしていた。
町中から火の手が上がっている。
彼は、状況を整理するのに少々時間を費やした。
そんな彼に、突然リザードマンが剣で襲い掛かってきた。
「……絡んでくんじゃねえよ」
ソドムは『風の王国・ディーン』屈指の抜刀術使いで、その居合の速度は、クルードを除けば国内一とも言われている。
次の瞬間、斬りかかったはずのリザードマンの首が宙に飛んでいた。
「こちとら……虫の居所がわりいんだからよ」
ソドムは教会の方へと駆け出した。
「かかって来いッ! 片っ端から斬り倒してやろうぞッ!」
タールは迫りくる猛獣を次々と斬り倒していた。
「おーおー、威勢のいい獣がいるなあ? 少しは骨があるみてえだな」
その時、タールの前方から1人の男が近づいてきた。
筋肉質の大柄な男である。
武器を持っている様子は見られない。
「貴様、何者だッ!?」
男は不敵な笑みを浮かべながら言った。
「『不死鳥のゲイル』っていやあ、わかるか?」
「!? なッ!?」
タールは驚愕の表情を浮かべ、その身体は小刻みに震え始めた。
『不死鳥のゲイル』。
『火の国・メイラ』の軍人で、その実力は1人で1国を滅ぼすこともできたという。
30年も前の『ディーン』との戦争で、かつて『風神』と呼ばれたメープルの父親と互角に渡り合ったのは有名な話。
その名は、世界中の軍人の間で伝説の名として有名だった。
昨年、『メイラ』が滅んだその時から行方不明となっており、世間からは死んだとも噂された伝説の男が、今自分の目の前に立っているのである。
この男に勝てるはずがない。
タールは彼に絶大な恐怖を抱いていた。
「き、き、貴様のような者が何故この国に……!? まさかこの襲撃は貴様の……ッ!?」
「ああ、結構派手だろ?」
「一体何が目的だ!? 何故この国を攻撃するようなことを……ッ!?」
「『強え奴と戦いてえ』。それだけだ」
「き、貴様ァッ!! たったそれだけのために我が国を!! わが国民をォッ!! 許さんぞッ!!」
ゲイルの言葉にタールは激昂した。
「んなこと俺にゃあ関係ねえな。さ~て、お前は強えのか弱えのか。その力、ちょっくら試させてもらうぞ」
「!?」
ゲイルは指をポキポキ鳴らして武闘の構えをとった。
タールもたまらずツーハンデッドソードを両手に構えた。
重傷の身体でこの大剣を持つことは身体に響いたが、タールは歯を食いしばった。
この国を守る。
そのためにはこの男をのさばらせるわけにはいかない。
この男だけは自分が止める。
たとえこの命に代えても。
タールは覚悟を決めていた。
張りつめた緊張感の中、2人は対峙した。
「ぬおおおおああッ!」
タールはツーハンデッドソードを横なぎに振るった。
しかし、攻撃範囲の広いこの攻撃は空を切った。
ゲイルは一瞬で目の前から消えていたのである。
メープルと戦った時と同じ感覚をタールは味わっていた。
(く……ッ! 動きをとらえられぬのなら、相手から来てもらうのを待つのみ! 俺様の『鋼の鎧』ならば一撃は耐えられるはず! 『肉を切らせて骨を断つ』だ! 攻撃の瞬間、奴の身体を掴んで身体にこの剣を刺し貫いてやる……ッ!)
タールはその一瞬に全神経を注いだ。
そして、ゲイルがタールの懐に入って来て、右拳をストレートに突き出した。
(来た……ッ! 今だ……ッ!)
タールは敢えて防御をせずに左手でゲイルの右腕を掴みにかかった。
「!?」
しかし、結果は残酷なものだった。
メープルでさえ破壊するのに苦心したタールの『鋼の鎧』を、ゲイルはいとも簡単に刺し貫いたのである。
「『肉』でなく『骨』を切られちまった、って感じか?」
ゲイルは不敵に笑う。
「がッ!?」
タールは心臓を貫かれ、口から大量の血を吐いた。
完全に致命傷だった。
彼の全身から力が抜けそうになる。
「ぐがァッ!」
しかし、心臓を貫かれてもなお、タールはあきらめずにゲイルの右腕を掴もうとした。
全ては国民を守るため。
何としてもこの男に一矢報いるため。
だが、その覚悟は無残にも打ち砕かれた。
次の瞬間、タールの左腕の手首から先が消失したのである。
斬られたのか、砕かれたのか、タールにはわからない。
高笑いするゲイルの傍で、無念にも彼の意識は闇へと落ちていった。
(ナナ……ナナ……ッ!)
ソドムは教会前に差し掛かっていた。
その時、彼の眼前に放り投げられたものがあった。
「!」
ソドムはそれを見て、驚きのあまり目を見開いた。
それは紛れもなく『地獄の門番・タール』の変わり果てた姿だった。
心臓の部分があるもので貫かれており、その胸からは大量の血が流れ出ていた。
「タ、タールさん……ッ!」
ソドムはタールを抱き上げる。
タールは白目を向いており、その顔からは生気が消えていた。
ソドムは確信した。
タールはもう既に『死んでいる』のだと。
「畜生……ッ! 一体誰がこんな……ッ!」
「ふん、結局ソイツも見かけ倒しかよ。ったく、この国に強え奴はいねえのか」
「!?」
その時、ゲイルが道の脇から歩いてきた。
その右腕は血に染まっていた。
ゲイルの右腕を見たソドムの中に、抑えようのない怒りの感情が渦巻いてきた。
それでも、怒りで我を失くすことは避けようとしていた。
「てめえか? こんなことをやったのは……、」
「ふん、そうだ。『仇討ち』でもしたくなったか?」
「……、もう1つ……質問良いか?」
「?」
ソドムはタールの傷口を見て、ある確信めいたものを感じた。
凶器が見つからず、当初は何によって傷がついたのか全く分からない状態だったが、『風の王国・ディーン王女』のリンが何者かに殺された時、太い物によって胸を貫かれていたのである。
まさに、今のタールと同じように。
溢れ出す怒りによってソドムの身体が震える。
「『王女殺し』……やったのは……てめえか……?」
ゲイルの口元が緩む。
「……だったらどうする?」
その言葉が決定的となり、ソドムの怒りが爆発した。
「コロス」
ソドムは怒りの感情そのままにゲイルに向かっていった。
ゲイルはニイっと笑いながら次のように呟いた。
「お前は……強えのか?」
ゲイルは両手をズボンのポケットに入れたまま、構えすら見せずに突っ立っていた。
ソドムはそのゲイルに対し、渾身の居合切りを放った。
「!?」
次の瞬間、信じられない状況がソドムの眼に入ってきた。
居合切りを放ったソドムの『鋼の剣』が、ゲイルに触れた瞬間真っ二つに折れたのである。
ゲイルには傷一つ付いていない。
また、ゲイルが何かをした様子も見られない。
(今……何を……!?)
ソドムには状況が呑み込めなかった。
「次は……こっちから行くぜ?」
ゲイルはそう言いながら、右拳を思い切り突き出してきた。
ソドムの頭の中で、心臓を貫かれたタールの姿がよぎった。
「……ッ!?」
(当たるとマズイッ!)
そう直感したソドムは紙一重で左にかわすが、その彼に対し、ゲイルは左足で後ろ回し蹴りを放ってきた。
「くッ!」
ソドムはバック転で回避し、避けながら後ろに下がった。
しかし、ゲイルは爆発的な突進力で、ソドムとの距離を一瞬でゼロに縮めてきた。
「!?」
ゲイルは突進力そのままに、ソドムの心臓をめがけて右拳を突き出してきた。
「ぐ……ッ!!」
ソドムは咄嗟に体を捻るが、その拳は彼の左肩を貫いた。
「ふん。急所はかわしたか。良い反応してるじゃねえか」
「ぐあああああァッ!!」
左肩からは焼けるような激痛が生じた。
あまりの激痛にソドムは絶叫する。
「くそ……ッ!」
ソドムは咄嗟に、右手で脇に差していた短剣を手に取り、それをゲイルの左横腹に刺した。
すると、短剣の刃が根元から溶けてなくなった。
(刃も溶かすこの『熱気』……まさか……、)
「てめえ……『火の一族』……か……?」
そう言われたゲイルは鼻で笑った。
「ほお、俺の能力に気づいたか。って気づくわな。俺の名は『ゲイル』。お前の言う通り、『火を自由に操れる一族の末裔』だ。まあ、わかったところで意味はねえがな」
「ぐ……、」
激痛のため、ソドムの身体から力が抜ける。
ゲイルは冷酷にソドムを見下ろして言った。
「敢闘賞だ。お前の望み通り、俺の『火』で焼き殺してやるよ」
ゲイルは右腕にグッと力を加えた。
(殺される……ッ!)
ソドムは死を覚悟し、グッと目を瞑った。
「!」
その時、何かに気づいたゲイルがソドムの左肩から右腕を引き抜き、後方へバックステップをした。
直後、ソドムの目の前で剣が振り下ろされた。
「ふう、あぶねえあぶねえ。そういやこの国にゃあお前がいたんだったな」
ゲイルが大きく息を吐く。
ソドムは顔を見上げた。
そこには、彼が世界で最も尊敬する男、クルードの姿があった。
「兄貴……ッ!」
クルードはソドムに自分の短剣を渡し、穏やかな表情で語り掛けた。
「ありがとな。お前のおかげで被害が無駄に拡大せずに済んだ。あとは俺に任せて、お前は『メープルの家』に避難しろ」
「ま、まだ町には神父様やナナが……ッ!」
「あの2人のことなら心配するな。後でちゃんと避難させる。俺が『メープルの家』に無事に送り届けてやるから」
「でもよ……ッ!」
それでも動こうとしないソドムに対し、クルードの表情が厳しいものとなった。
「消えろ。ここに『足手まとい』はいらん」
「……ッ!」
ソドムには何も言い返せなかった。
武器を失くし、重傷も負っている身体では、『火の一族』に到底太刀打ちできないことは明白。
これ以上ここにいても、クルードの邪魔をしてしまうだけだった。
ソドムは歯を食いしばり、その場を駆け出した。
離れる際、クルードはソドムに対し、小さく呟いた。
「俺を信じろ」
「成程? つまり俺の部下をほとんど倒してここに来たってわけか」
ゲイルは、傍を駆け抜けるソドムに対しては最早見向きもしなかった。
「……、」
「心配すんな。俺はもうこいつに用はねえよ。俺の興味はお前の力にある。『風の王国・ディーン最強の剣士』、クルードのな」
「……、」
ゲイルは指をゴキッと鳴らしながらクルードに近づいていく。
「さ~て、見せてくれよ。その底力ってやつを」
「……久しぶりだ」
クルードは剣を構えて殺気を放った。
(……! ほお、これが一国最強の男のオーラか……おもしれえ……、)
ゲイルの身体は武者震いを起こしていた。
クルードは殺気を放ちながら、その怒りの感情を静かに口に出した。
「本気で人に殺意を抱いたのは」
「畜生ッ! 畜生ッ!」
悔しさを噛みしめ、重傷の身体に鞭打ちながら、ソドムは森の中を走っていた。
道中襲い掛かってくるモンスターを、兄からもらった短剣を武器に右腕1本で次々と斬り倒していたが、彼の身体には最早限界が来ていた。
左肩の激痛と大量出血によって目がかすむ。
「!?」
やがて、極度のめまいが彼を襲い、彼は倒れて動けなくなった。
(ヤベ……血を流しすぎた……、身体がいうことをきかねえ……、)
動けなくなったソドムに対し、大蛇が襲い掛かって来た。
(!? くそ……ッ! ここまでか……ッ!)
ソドムは死を覚悟した。
「でやああああッ!!」
その時、大声をあげながらこちらに向かってくる影が見えた。
「!?」
それは、『メープルの家』に置いてきたはずのレイの姿だった。
レイは『檜の棒』で大蛇の頭を思い切り殴打した。
大蛇は気絶して動かなくなった。
ソドムは驚きを隠せなかった。
「お、お前どうしてここに……ッ! 部屋から動くなとあれ程……ッ!」
「予感が……お前がもう二度と戻ってこないような、嫌な予感がしたんだ。んで、居ても立っても居られなくなって……って聞いてくれよ!」
レイはソドムの方を振り向いてVサインを見せた。
「初めて『風の洞窟』1人で突破ッ!」
「知らねえよ。ってか超えられねえとおかしいだろあそこ」
ソドムはレイの報告を一蹴して険しい顔をした。
「それより……メープルを1人にしてきたのかよ……? 俺は……『メープルを守れ』……つったはずだぜ……?」
「メープルのことは大丈夫。何てったって『お前が弱い俺を唯一置いていける場所』だからな。知ってたんだろ?『メープルの家』がお前のイメージする中で『最も安全な場所』だって。……ん? 何か無性に腹立ってきた」
「……、バレてたか……、でもよ……この状況で外に出るなんて無謀にも程が……ッ!」
「死にかけの身体で強がるなよ。この状況なら『無謀』も糞もない。ピンチの時には助ける。それが『友』ならなおさらだろ?」
レイはフッと微笑みかけた。
「チッ……、」
ソドムは軽く舌打ちをして立ち上がった。
「お、おい!? 大丈夫かよ!? お前そんな重傷で……ッ!」
レイは慌ててソドムを寝かせようとしたが、ソドムはそれを押しのけた。
「ったく……これだから、馬鹿を説得するのは苦労するぜ……、お前、俺を背負って戦う気か? いくら何でもお前1人に任せられるわけねえだろ。だからと言って今の俺も1人じゃあ戦える気がしねえ」
「ソドム……、」
「共闘して『メープルの家』に向かうぞ。今はそれが最善の選択だ」
レイにとって、初めてソドムに頼られた瞬間だった。
レイは満面の笑顔で返事をした。
「ああ! こちらこそ宜しく頼むよ!」
「にやけるな気持ち悪ぃ」
レイはソドムから右ストレートを顔面に食らった。
2人は満身創痍ながらも何とか『メープルの家』に戻ることができた。
「な、何とか着いたな……、生きてるか? レイ」
「ああ……、結構疲れた。ってか鼻が一番痛い」
「悪い、それは俺だ。加減する余裕なくてな」
2人はメープルの部屋に入って同時に倒れこんだ。
「レイ、お前、さっき強くなりてえっつってたよな?」
ソドムの応急処置が終わり、少し落ち着いた後、ソドムはレイに話しかけてきた。
「そうだ! 『シンの山』ってどこにある!?」
首を掴みかかろうとしたレイの頭を右手で押さえながら、ソドムは落ち着いて説明し始めた。
「『シンの山』は『風の洞窟』を抜けて東に真っ直ぐ行ったところにある。別名、『修行の山』って言われててな。そこの山頂に『光の欠片』っていうものがある。それを採って来れた者は強くなれるって話だ」
「『修行の山』……か……、」
「まあ、俺、メープル、ナナはもう餓鬼の頃に制覇してるんだけどな」
「え?」
レイは度肝を抜かれた。
「つまり、その山を制覇できないのなら、お前は餓鬼の俺たちよりも弱いってことになるぜ? ぷぷ……ッ!」
「……ッ!」
ソドムは笑いを必死に堪えていた。
レイの中に『負けていられない』という闘志が芽生えてきた。
「ここからが大事なところなんだが……、」
ソドムの顔が突然真剣なものに変わった。
「俺はこの傷が癒え次第メープルを連れて、国を襲った奴らを潰す旅に出るつもりだ。お前はどうする? レイ」
「お、俺ももちろんついて……ッ!」
「なら、お前が『餓鬼の俺たち』よりも弱いんじゃあ話にならねえよな? これからの旅は命の保証は無え。お前を庇って戦う余裕なんか無えんだからな」
「!」
「俺の言いたいこと、わかるか?」
ソドムは睨み付けるようにレイを見つめた。
レイはゴクッと唾を飲み込んだ。
「『光の欠片』を採って来ることが……お前たちについていくための『最低条件』ってわけか……、」
ソドムは頷き、それから補足を付け足した。
「そうだ。だが、お前をいつまでも待てるような悠長な時間も俺たちには無い」
ソドムはレイに向けて、右の指を三本立てた・
「3日だ。3日後の正午、俺たちはここを出発する。それまでに『光の破片』を採って来れたら、その時は一緒について来ることを認める。それで良いな?」
「ああ。それぐらい出来なきゃ誰かを守るなんてできないからな」
このままでは、誰かを守れないどころか、足を引っ張ってしまう存在になりかねない。
それならば、自分にこの2人と旅に出る資格は無い。
誰かを守れるぐらいに強くなる。
その決意を実行するために、遅かれ早かれ、やらなければならなかったこと。
レイの中で、覚悟は既に決まっていた。
「見てろ」
レイは黙って頷き、勢いよく立ち上がって高らかに宣言した。
「『光の欠片』、絶対に採って来てやる!」
この小説を読んでいただき本当にありがとうございます。
『大きな力にはそれだけ大きな責任が伴う』というフレーズは、私がとある映画で目にしたもので、私の人生の中でも大変強いインパクトを残しています。
知識や技術も『力』の一種だと思いますが、『力の使い道』って難しいですよね。
間違った使い方をしてしまえば、それは他人を不幸にする『凶器』にしかなりません。
そうならないようにと普段意識はしていますが、作者自身いつも大苦戦しています。
次回はレイが主役の話になります。
登場人物中最弱の彼が覚醒できるのか。
皆様にも見守っていただきたいと思います。
もしよろしければ、これからも『神族』を宜しくお願いします。