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神族  作者: 鼻づまり
第1章 『風の王国・ディーン』編
3/20

第3話 『逃亡』

レイはメープルの差し伸べた手を握り、希望に満ちた眼差しで言った。

「一緒にこの国から逃げよう。最後まで、一緒に生き抜こうな。メープル」

メープルはニッコリと満面の笑顔で返した。

「モチです! そこで私から提案なんですが……」

「?」

「ここからは別行動にしましょうっ!」

「『一緒に逃げよう』っつったよね今!?」

レイは思わず大声を上げた。




メープルは申し訳なさそうに事情を説明した。

「あはは……まあまずは聞いてください。この奥の階段から1階に出れるんですけど、少なくとも30人ほど、上で既に兵士の方々が待機しています」

「……!」

「流石にレイ君をかばいながら逃げられる自信は私にはとてもとても……」

「足でまといですみません」

レイは即座にその場に土下座した。

「なッ!? いやいやそんな土下座しなくていいですよッ!? 『レイ君が弱い』のは計算の内ですし!」

「ハウッ!?」

レイは胸を締め付けられるような苦しみを感じた。

彼の目からじんわりと涙が滲んできた。

「はッ!? や! ごめんなさい違うんです! 別にレイ君のことを『弱い』と言ってるわけじゃなくて! ただ、『レイ君が戦えない』ので、『レイ君と一緒だと二人とも捕まるかも』って思っただけで! だから決して『レイ君が弱い』って考えてるわけじゃ……ッ!」




フォローどころかどんどん傷を抉ってくるよこのシスター……。

レイはしばらくその場から立てなくなった。




二人は1階に続く階段の前に移動していた。

「えっと、まず私が囮になって兵士の方々をひきつけます。レイ君は階段をゆっくり上がってきて、隙を見て門の方にダッシュしてください」

「囮ってお前……ッ!?」

止めようとするレイの鼻をメープルは人差し指で押さえた。

「!?」

「大丈夫ですよ。私もこんな時のためにちゃんと『逃走経路』を確保してありますから」

「……!」

「国を出たら『私の家』で落ち合いましょう♪」

メープルはニッコリと笑顔を見せた。




レイは、メープルの無謀な案に賛成せざるを得ない自分の無力感に対し、唇をかみしめていた。

「じゃあ……行きますよ。速度上昇魔法、『疾風レント』ッ!」

メープルの周囲を風が覆い、彼女は空を飛ぶような身軽さで階段を昇っていった。

レイはただ彼女の無事を願うことしかできなかった。




「来たぞッ!」

兵士のその声とほぼ同時に、メープルは1階に飛び出した。

まずは可能な限り兵士たちの注意を引く必要がある。

そこで彼女はある手段を使った。

「真空魔法、『風刃フレッジ』ッ!」

メープルは小さな真空の刃を兵士たちに連続で放った。

「うわあッ!」

兵士たちは必死にガードするが、確実に鎧に傷がついていく。

メープルは兵士たちに対し、次のように発言した。

「……『肉片』になる覚悟は、おありですか?」

メープルの一連の言動は、兵士たちの意識を完全に彼女に集めさせた。




集中していなければ、自分の命が危ない。

兵士たちにそう思わせるには十分だった。

兵士たちは自分の身を守るのに必死になり、最早、レイのことを考える余裕すらなくなっていた。




囮になるって、そういうことか。

これなら『俺は確実に逃げられる』。

くそ、情けねえ。

俺、お前に助けられてばっかだ。

絶対、無事に戻ってこいよ。メープル……ッ!




レイは階段を昇り、兵士たちの脇をすり抜けて玄関に向かってダッシュした。




「……!」

レイの脱出を見届けたメープルの口元がフッとゆるんだ。

(さてと……じゃあ私もそろそろ逃げますか)

メープルは兵士たちをあしらいながら、上に続く階段に向けて走り始めた。




メープルには計算があった。

侵入する時に割った3階の窓ガラス。

そこが城壁に最も近いところであり、そこから直接的に国外に出ることが可能なのである。

国の外に出てしまえば周囲は深い森に覆われている。

彼女はそこを逃走経路に選んでいた。

「!?」

しかし、現実はそう上手くはいかなかった。

その窓に続く通路には、ソドム小隊長と20人ほどの兵士が待機していたのである。




(……!? 何でここにソーちゃんが……ッ!?)

後方からも30人ほどの兵士が追ってきており、メープルは逃げ場を封じられていた。




「く……ッ!」

(ソーちゃん達と戦ってる暇はない……ッ!)

メープルは咄嗟に、手前にあった部屋に飛び込んだ。

その部屋の窓からの脱出を試みたのである。

部屋に入った彼女は思わず立ち止まった。




(…………。ははッ、多分そうじゃないかなって思ってた……思ってたけど……ッ!)

メープルは目を覆った。

(ハメられたあああああッ!)

目の前に、クルード総隊長が剣を構えて立ちふさがっていたのである。

(行動読まれてたのか~……。後ろにソーちゃん、前にクルードさん。あ~もう泣きたい……)

メープルは頭を抱えてしゃがみこんだ。




「クルードさんは、おとなしく通してくれるってこと、ありませんよね?」

「ああ、お前は絶対に逃がさない」

メープルのかすかな希望を、クルードはあっさりと打ち消した。

「はあ。いつもだったら今のセリフ、ドキドキしちゃうんですけどね。今は正直聞きたくなかったです……」

メープルは大きくため息をついた後、真剣な表情でクルードに尋ねた。

「少しだけ、聞かせてください」

「何だ?」

「レイ君や私を捕まえようとしていることは、クルードさんの意思ですか?」

メープルはゆっくりと立ち上がり、クルードを鋭い眼光で睨みつけた。

「さあな……」

「クルードさんは、理不尽な理由でレイ君が殺されそうになっても、何も感じないんですか?」

「…………」

メープルの語気が徐々に強くなっていった。

「あなたは、国王のロボットなんですか?『殺せ』と命令されたら平気で人を殺すんですか?」




「…………」

少しの間を置いた後、クルードは口を開いた。

「お前は、この国の兵士たちのことを考えたことがあるか?」

「!」

「確かに、俺達はただ任務を遂行するだけの『国王のロボット』かもしれん。だが、俺達は、任務を遂行して生計を立てている。中には家族がいる者もいる。『任務の遂行で自分や家族の命を守っている』ということだ。任務を遂行できなければ俺達は国王からの処分を受ける。今回の件でレイだけでなくお前も逃がしたとあっては、俺達は恐らく国王から解雇処分を言い渡されるだろう。解雇処分を受ければ、個々の生活すらままならなくなる」

「……!」

「お前は責任を取れるのか? お前たち二人のせいで生活ができなくなる大勢の兵士やその家族の人生まで全て、お前は背負うことができるのか?」




「……ッ!」

メープルは言葉に詰まって下を向いていた。

その彼女を睨みつけながらクルードは更に追い討ちをかける。

「それができないというのなら、『レイを助ける』というお前の考えは単なるエゴに過ぎん」

クルードは剣の切っ先をメープルに向けた。

「俺は『兵士たちの人生』を守るため、そのエゴごとお前を斬る」




「……確かにクルードさんの言う通りかもしれません。私は兵士の人たちの分まで人生を背負うなんてことできませんし、今回のことは私のエゴかもしれません」

俯いていたメープルは、顔を上げてクルードをまっすぐ見つめた。

「でも、何の確証もなしにレイ君を犯罪者にして死刑を執行するのは絶対に間違っています! 場合によってはクルードさんも含めて兵士の人たち皆でッ! 国王様に『NO』を突きつける『勇気』も必要なんじゃないんですかッ!? 私にはッ! 今の貴方達がただの『臆病者』のように思えて仕方ありませんッ!」

「!」

「私は、これから先もレイ君を守っていくつもりです! だから、私は今ここで死んじゃうわけにはいかないんです!」

「…………」

メープルは鉄の槍を構え、『疾風レント』を唱えた。

彼女の周囲を風が覆い尽くす。

「ここは力ずくにでも通してもらいますよ」

「……お互いに譲れないといったところか」

クルードも剣を構え、攻撃態勢になった。

「今日は拳銃じゃないんですね」

「ああ、今のお前は万全の状態だからな。どうせ撃っても当たらないだろう」

「…………」

「さあ来い。お前の信念と覚悟、俺に全てぶつけてみろ。全力で受け止めてやる」

クルードは普段表情をあまり表には出さないが、この時に限っては、まるでこの戦いを望んでいたかのような、清々しい表情をしていた。




「じゃあ……行きますよ」

メープルはそう言うと同時に動いた。

それは兵士たちの目には全く見えない速さだった。

「消えた!?」

兵士たちがざわめく。

「…………」

しかし、驚く兵士たちとは対照的に、クルードは落ち着き払っていた。

クルードは右手を柄にかけ、剣を引くタイミングを図っていた。

メープルは素早く動きながらクルードの右脇に回り込み、槍で突きを放った。

瞬間、クルードは高速で剣を抜き、その攻撃を打ち払った。

「!?」

驚くメープルに対し、クルードは瞬時に間合いを詰めて剣を振るった。

「く……ッ!」

メープルはバックステップで紙一重にかわして距離をとり、『風刃フレッジ』を唱えた。

十の小さな真空の刃がクルードを直撃したが、彼はビクともしなかった。

一見無防備に見えた服が切り裂かれ、中から鎖帷子が形を現した。




(鋼の鎧ほどじゃないだろうけど、これじゃあ『風刃フレッジ』は通用しないか。でも何で『疾風レント』の速さについてこれるの!?)

メープルの顔が険しくなる。

クルードはフッと笑った。

「言っておくが、俺は『タール』のようにはいかんぞ?」




やばいなあこれ。

「ホントにやばい……はは……」

メープルの口からは苦笑いしか出てこなかった。




「マズイ……逃げるのに必死で全然考えてなかった……」

その頃、レイは城下町の外に繋がる門に差し掛かっていたが、ある問題に頭を抱えていた。

確か門番が二人いたけどどうしよう。

不意打ちで倒せたとしてもせいぜい一人だしなあ。




レイは門の傍の建物の影に隠れ、門の様子を確認した。

「!? え……」

レイは目を疑った。

門番が二人共うつ伏せになって倒れているのである。

レイは倒れている二人に忍び足で近づいた。

二人共、気絶しており、目が覚める気配はない。

「い、一体誰が……ッ!?」

「レイ」

「!?」

レイは声のした方に振り向いた。

そこには、茶髪ショートヘアの小柄の少女が厳しい表情で立っていた。




「まさか、この二人は君が……?」

「……ああ、軽~く気絶させといた。アンタ達が逃げやすいようにな」

「君は一体……?」

「メープルの言ってた通り、記憶喪失になったってのは本当だったか。ちっ、めんどくせえ。マジめんどくせえ。つくづくめんどくせえ男だなアンタは」

少女は頭を掻きながら大きくため息をついた。




え、初対面で何この言われ様。

レイのテンションはみるみる下がっていった。




「あたしは『ナナ』。アンタ達の友達だよ」

「……!」

「それはそうと、ちょっとアンタに聞きたいんだけどさ……」

「え?」

ナナはレイをキッと睨みつけた。

「何でアンタ一人だけなんだよ? メープルはどうした? まさか助けに来た『恩人』を見捨てて一人で逃げてきた、ってわけじゃねえよなあ?」




「!」

レイは言葉に詰まった。

理由はどうであれ、自分は助けに来てくれた彼女を置いて一人だけで逃げてきてしまったことは事実。

「記憶をなくして随分『腑抜け』になったもんだなあ、レイ」

「…………」

レイは何も言い返すことができず、ただただ罪悪感に苛まれて下をうつむいていた。

「……歯ァ食いしばれ」

「え?」

ナナはレイの胸ぐらを掴み、思い切り顔面を殴りつけた。

「!?」

鈍い音と共に、レイは豪快に吹き飛び、仰向けになって倒れた。

彼女はレイを見下ろしながら吐き捨てた。




「ちっとは目が覚めたかよ?」

「…………」

「勘違いすんじゃねえぞ? 別に『お前が逃げたこと』に対してキレてるわけじゃ……って、ん?」

「…………」

「どうしたレイ?」

ナナはレイの反応がないことに気がついた。

「お~い、レイ……」

ナナはレイを持ち上げて顔を見た。

彼は白目を向いて泡を吹いていた。

「…………。強すぎたか~」

ナナは溜息をついて手で目を覆った。




その頃、メープルは防戦一方となっていた。

「くッ!」

メープルは必死に距離を取ろうと素早く動くが、クルードは常に動きを先読みし、最短距離を動いてすぐさま距離を詰めてくる。

槍で攻撃をしても全て剣で防がれる。

魔法の『溜め』を作る余裕もない。

メープルは決め手を欠いていた。




こんなに近づかれたら『風刃フレッジ』も『重風セグレイション』もできない。

どうしよう。

考えているうち、メープルの背中にあるものが当たった。




「!?」

それは部屋の壁だった。

メープルは知らず知らずのうちに、クルードによって部屋の角の隅に追い込まれていたのである。

右にも左にも動けない。

メープルは『攻撃手段』だけでなく、『逃げ道』までも完全に封じられてしまった。

「そ……そんな……」

「『屋内』ならば、素早い者を追い詰める方法は幾通りもある。さあ、ここからどうする?」

クルードがジリジリと間合いを詰めてくる。




「……ッ! 風の一族槍殺法……ッ!」

メープルは周囲の風を槍の先端に纏わせた。

風が槍の先端でドリルのように渦巻いている。

彼女は、素早く出せる大技にイチかバチかの勝負をかけた。




ソドムは部屋の入口で待機しながら戦況を見守っていた。

クルードから『これから何があってもお前は動くな』と繰り返し何度も念を押されていたからである。




ソドムはこの二人の戦いにすっかり見入っていた。




動きを先読みして常に最短距離を動き、タイミング良く『殺気』を放って『逃げ道』を少しずつ制限しながらメープルを部屋の隅に誘導していった。

これを可能にする『洞察力』と『動体視力』。

そして『空間認知能力』。

流石だな、兄貴。

だがよ……、




ソドムは眉をひそめた。




オマエハソコカラナニヲスルツモリダ?




兄が親友を躊躇なく殺害する。

そのイメージがソドムの頭の中を渦巻き、彼の中でどす黒い感情が生じ始めていた。




「!」

次の瞬間、クルードは一歩踏み込んで左から右斜め上方に斬りかかった。

「『風突ローレ』ッ!」

メープルは咄嗟に槍を突き出した。

剣と槍は衝突し、小さな火花を散らせた。

クルードは剣を振り切って槍の軌道を自分の上方に逸らし、かわした槍の柄を左手で掴んで思い切り手前に引き寄せた。

「えッ!? わッ!?」

体重の軽いメープルの身体は簡単に浮き上がり、クルードの方へ引き寄せられた。

クルードは剣を振り上げ、そのまま袈裟斬りを放った。

「くうッ!」

メープルは槍を手放し、間一髪、バックステップでこれをかわした。

剣が彼女の服を僅かにかすめた。

槍はクルードの後方に投げられた。

彼女は武器をなくした上、再び壁に背中をつける状態となった。




(まずはここから脱出しなくちゃ……ッ!)

メープルは袈裟斬りを放ったクルードの右脇をすり抜けようとした。

しかし、クルードはすぐさま態勢を立て直し、彼女の進路を塞いだ。

「!?」

(読まれてる……ッ!)

クルードは更に一歩深く踏み込んで、右斜め上方に丸腰のメープルの身体を斬りつけた。

「あァッ!」

メープルの身体から大量に鮮血が噴き出し、彼女はその激痛に思わず身を屈めた。

「……ッ!!」

「終わりだ」

クルードは止めを刺そうと、振り上げたその剣をそのまま振り下ろした。

しかし、次の瞬間、大きな音を立ててクルードの剣が真っ二つに折れた。

「……!?」

今まで涼しげだったクルードの表情に初めて、僅かな焦りの色が生じた。




メープルが咄嗟に放った魔法は、『風刃フレッジ』の応用魔法である。

左の掌に『風刃フレッジ』で五の小さな真空の刃を作り、それを合成して掌サイズの一つの鎌を作り上げる。

そしてその鎌を、クルードの剣の、先ほど『風突ローレ』で傷つけた場所をピンポイントに狙って放ったのである。

この魔法は『鎌風シード』と呼ばれ、その威力は『風刃フレッジ』の約3倍とも言われている。

その威力のものが、剣の弱っている箇所に直撃したため、クルードの剣は耐えられるはずもなかった。




とはいえ、メープルの劣勢には変わりはない。

彼女は部屋の隅からの脱出を最優先させた。

彼女はそのまま右手で『風刃フレッジ』の刃を作り出した。

(これをぶつけてクルードさんを後退させれば……ッ!)

「フレッ……ッ!」

真空の刃をクルードに向かって放とうとした瞬間、乾いた爆音が室内に響いた。




「え……?」

メープルには一瞬何が起こったのかわからなかった。

彼女はクルードの左手を見た。

彼の左手には拳銃が握られていた。




戦闘が始まる前の会話が想起される。

『今日は拳銃じゃないんですね』

『ああ、今のお前は万全の状態だからな。どうせ撃っても当たらないだろう』

この何気ない会話や、戦闘始めに『剣』を取り出したことも含めて全て、彼の撒いた『布石』だったのである。

この会話によって、彼女の頭の中から『拳銃』という選択肢が除外されていた。

彼女は、彼の持っている主要武器が『剣』だけであると錯覚してしまった。

その結果、彼の剣を破壊した時点で、彼女の中に『安堵』という一瞬の油断が生じてしまったのである。




銃弾は彼女の右腹部を貫通していた。

やや遅れて、メープルの腹部に激痛が走った。

「うぐ……あ……ッ!」

腹部に生じた激痛と同時に、右膝から力が抜け、前方に崩れ落ちるメープル。

クルードはその彼女の首を右手で掴んで仰向きに引き倒し、上に跨いでマウントポジションを取った。

「勝負あり……だな。ここが『屋外』ならば結果は違ったかもしれんが……運が悪かったな」

クルードは銃口をメープルに向ける。

「うう……」

メープルは最早、胸腹部の激痛と大量出血で意識を失いかけていた。




一方、ナナとレイは国外の森の中に移動していた。

気を失っていたレイはうっすらと目を開いた。

「お~い、目ぇ覚めたか?」

そこに、ナナがレイの顔を覗き込む。

「!?」

彼は勢いよく起き上がり、全速力で逃げようとした。

「おいおい」

ナナはレイの襟首を捕まえて引き倒した。

「何で逃げんだよ? あたしたち、友達だろ?」

「ダチがダチを殺そうとするか普通ッ!? 俺、さっきまで花畑彷徨ってたんだぞ!?」

「あ、ははは……いやあ、あれは挨拶だよ挨拶。この国の住民は皆やってるぞ?」

「マジでッ!?」

「嘘に決まってんだろバーカ」

「…………」

コイツの鼻潰してやりたい。

レイはただただそう思った。




「先に言っとくけどよ。あたし、『アンタがメープルを置いて逃げたこと』に対してキレてたわけじゃねえぞ?」

ナナは小さくつぶやくように言った。

「え?」

「もしメープルに先逃げるように言われてたんなら仕方ないしな。多分、あたしが今のアンタの立場でも同じ行動をすると思う」

「…………」

レイは下を俯いた。

「まあ今のアンタは『滅茶苦茶弱い』しぶっちゃけ『足でまとい』だしな! だはははははッ!」

「……ッ!」

ナナの言葉の一つ一つがレイの胸に突き刺さった。

彼は下を向いたまま唇を噛み締める。




彼女は突然その彼の顔面にアッパーを寸止めした。

「うわッ!?」

レイは思わず尻餅をついた。

「な、な、何すんだいきなりッ!? お前ホント俺を殺す気か!?」

「ああ、アンタが『下を向いてる限り』はな」

「!」

ナナはレイをキッと睨みつけた。

「あたしがムカついたのはそこだよ。腑抜けたみたいに下ばっか向きやがって。確かに『自分が弱いのを反省する』のはいい。だけどな、『反省する』のと『下を向く』のとじゃあ、意味合いが全然違う。『下』を向いてちゃ、いつまでたっても『前』には進めないんだよ」

「…………」

「今の腑抜けてるアンタに届くかどうかわかんないけど、言わないとあたしの気が済まないから言ってやる」

ナナはレイの胸ぐらを掴み上げた。

「顔上げて『前』を向け! 過去を反省して次に活かせ! 今後自分がどうするべきかを考えろ! 以前アンタがあたしに言ったことだぞッ! しっかりしろこの野郎ッ!」

「自分が……どうするべきか……」

レイの目の色に徐々に生気が戻ってきた。

「あ~クソッ! ここまで言わせんな恥ずかしいッ!」

ナナは恥ずかしさのあまり、レイを地面に投げつけた。

彼は後頭部を激しく強打した。

「いってえッ! また花畑見えたぞこの野郎ッ!」

「見せたんだよバーカ」




コイツ、いつかぶっ飛ばす。

レイの拳がプルプル怒りに震えた。




「あ、そういえば……、」

「ん?」

「アンタ逃げる時どっか怪我したりしてない? 大丈夫?」

「ホントぶっ飛ばすぞてめえッ!?」

レイはナナの理不尽さに思わず絶叫した。




「よくやった、クルードよ」

クルードがメープルに止めを刺そうとしたその時、部屋の入り口から国王が姿を現した。

「国王様……」

今回の件の元凶とも言える人物の登場に、クルードの表情は複雑だった。

「レイを逃がしてしまったことは残念だが、代わりに『もう一人の神族』を捕らえることができた。これで世界に我が王国『ディーン』の力を見せつけることができる」

「…………」

国王は部屋の中に入り、メープルを見下しながら、冷酷にクルードに告げた。

「明日公開処刑を執行するぞ。コイツを牢屋にぶち込んでおけ」

それを聞いたソドムは激高し、剣に手をかけた。

「国王てめえ……ッ!」

ソドムが国王の元に向かおうとした次の瞬間、乾いた音が鳴り、彼の目に信じられない光景が移った。




「が……は……」

クルードがメープルの心臓に向けて銃弾を発砲したのである。

彼女の口と胸から大量の血が流れ出し、彼女の全身から全ての力が抜けていった。

(レイ……く……)

「…………」

彼女はそのままピクリとも動かなくなった。

「貴様ッ!?」

国王が驚愕の表情を浮かべる。

「アニ……キ……?」

その現状を目の当たりにしたソドムは、状況を整理するのに少々時間を要したが、まもなく今何が起きたのかを理解した。

兄が親友を殺したのだと。




その瞬間、ソドムの中で何かが弾けた。

最早、彼の中で理性を保つことは不可能。

渦巻くどす黒い感情に身を任せることしかできなくなった。

その感情は自分にこう告げていた。

『殺せ』

『大事な親友を容赦なく殺した鬼人を今この手で葬りされ』

ソドムは無言のままクルードに向けて剣で斬りかかった。




「……!」

ソドムが斬りかかったその時、クルードは『一歩前進』して間合いを瞬時に詰め、右の拳でソドムが振り下ろしている剣の『柄』を思い切り殴りつけた。

剣の軌道は逸れ、クルードには当たらずに空を切った。

「動くな」

クルードは前進した勢いそのままに、ソドムの額に銃口を当てた。

「!」

「妙な真似をするなら今ここでお前を撃つ。おとなしくこのまま部屋の外まで引き返せ」

ソドムは抵抗をする術を完全に失った。

ソドムは親友の仇を討つことすらできない自分に対して、悔しさのあまり歯ぎしりした。

クルードはそんなソドムの耳元で一言、あることを囁いた。

「…………」

それを聞いたソドムは複雑な表情のまま、部屋の入り口へと引き返していった。




「何故殺した!? まさか貴様がワシの命令を無視するとは思わなんだぞッ!!」

国王は歯ぎしりしながら訴えた。

クルードは冷静に対応する。

「今生かしておいても我々には良いことはない。そう判断したため止めを刺した。それだけのことです」

「明日、ソイツを処刑して我が国力を世界に知らしめるッ!! たった今そう言ったばかりではないかッ!?」

「『我が国の甘さ』を知らせるのですか?」

「何ッ!?」

クルードは国王を鋭い眼光で見つめた。




「お言葉ですが国王様、今朝の時点で『雷の一族・レイ』が処刑の対象となることは世界の知るところとなっていました。その中で処刑の対象を彼ではなく『風の一族・メープル』にしてしまうと、世界から不審な目で見られてしまい、レイが脱獄してしまった事実が明るみになってしまいます。そうなると国力を示すどころか、『脱獄を許すほど我が国の警備が甘いものだ』と世界に知られてしまうことになるのではないでしょうか?」

「む……」

「それに、処刑の対象にしているのは先祖代々から『風の王国・ディーン』を警護してきた『風の一族』。その彼女を殺すとなれば、それは『外堀を埋められた城』のようなもの。敵に攻められる可能性が増えてしまうだけかと思われます」

「じゃあどうすればいいのだッ!? もう我が国は『レイを処刑する』と世界に宣言してしまったのだぞ!? 今更後に引けるかッ!?」

国王は歯ぎしりしながら地団駄を踏んでいる。




「それについて一つ、私から提案があります。あくまで『メープルの死』を伏せ、『レイが脱獄を試みたため、やむを得ずその場で処分した』と世界に発表するのです。『予定通りレイの殺害を決行した』と。メープルの侵入、レイの脱獄の事実を知るのは現時点において我々のみ。なので世界から不審な目で見られることはないと思われます」

「むう……」

「いかがでしょうか?」

クルードはフッと笑って国王の顔を見つめた。




「…………」

国王はしばらく考えた後、大声で笑い出して言った。

「ガハハハハッ! さすがはクルード総隊長! 見事な判断力だな! よかろう! 世界にはそのように発表する! これで国は安泰だ! 皆の者! 引き上げるぞ!」

「国王様」

上機嫌で引き上げようとする国王に対してクルードが声をかけた。

「どうした?」

「彼女、『メープル』の弔いを私が行なってもよろしいでしょうか? 敵とは言え、昔からの顔なじみですので」

「むう……まあ良い。どうせソイツはもう関係ないのだからな。好きにするがいい」

国王は一瞬渋い表情を見せたが、面倒くさそうに告げた。

「はっ」

クルードは国王に一礼し、国王はその様子を横目に見ながら兵士たちと共に引き上げていった。




「…………」

クルードは、動かなくなったメープルの体を抱き上げて立ち上がった。

「言いたいことがあるなら聞いてやる」

クルードはソドムの方を振り向いた。

ソドムの全身は怒りに震えていた。

「そうかよ。兄貴の言ってた『考え』って、最初からメープルを殺すことだったのかよッ!? てめえにとって! メープルはその程度の存在だったってことなのかよッ!?」

「…………」

「『俺を信じろ』だあッ!? よくそんなふざけた事が言えるなッ! こんな現状目のあたりにしてどうやっててめえを信じろって……!」

「実際に自分の手で確かめてみろ」

クルードは、その腕に抱いたメープルをソドムに手渡した。

「……!? こ、これは……」

メープルを持った時に若干違和感を覚えたソドムは、彼女を床に静かに置き、脈拍を確かめた。

確かな拍動を感じる。

彼は目を見開いて彼女の顔を見た。

意識こそないものの、小さくしかし確実に呼吸をしているのである。

「生きてる。何故……心臓を貫かれたのに……」

「お前は『神族』のことを何も知らないんだな」

混乱しているソドムに対し、クルードは呆れながら説明をし始めた。




「『神族』の命の源は脳から発生する『神力』で営まれている。つまり、『神力』の発生源である『脳』を直接的に傷つけられない限り、まず『神族』は死なない。『心臓』を貫かれても、『神力』で血液を循環できるから死ぬことはない。だからこうやって仮死状態にすることがベターな方法だと判断した。彼女は2日もすれば自然に目を覚ます」

「要するに『神族は不死身』ってことか?」

「……半分も伝わっていないような気がするが、まあ、似たようなものだ」

「そうか……良かった……」

安堵感によって、ソドムの両膝から力が抜けた。




「本当はレイにしようと考えていたことだったが、結果オーライだったな。全く……お前たち馬鹿どもが相手だと疲れる。弟にも命を狙われるしな」

「申し訳ない……」

ソドムは返す言葉が見つからなかった。

クルードはフッと笑って言った。

「早く『メープルの家』に連れて行ってやれ。レイが待ってる」

「ああ、ありがとな兄貴」

ソドムはメープルを背負い、部屋を出ようとした。




「あとお前の戦い方なんだが……」

「?」

クルードはソドムを呼び止めてアドバイスをした。

「攻撃の時にもう少しフェイントを混ぜた方がいい。お前は直線的で動きがわかり易すぎる。そんなんじゃいつまで経っても彼女を守れんぞ?」

クルードはニッと笑った

「……最後だけ余計だ」

ソドムは赤面し、足早にその場を立ち去った。




(やっぱ敵わねえな。兄貴はすげえ……)

ソドムはクルードの凄さ、身体的な面だけでなく、人間としての兄の強さを改めて実感した。

自分もいつかは兄のように、いや、それ以上に強くなってやる。

ソドムの眼は少年のような、希望に満ちた輝きに溢れていた。




クルードは険しい表情で外を眺めていた。




『王女殺し』の犯人がレイでないのはわかっている。

だからこそ、今は特に気を引き締めなければならない。

レイがあの時、王女の傍にいたことは確実。

にも関わらず王女は殺された。

とすると、本当の敵は『あの時のレイが王女を守りきれない程の実力者』。

つまり『神族レベルの実力者』が近くに潜んでいることになる。

まあ、今は犯人がアイツ等に遭遇しないのを祈るだけだな。




クルードはこれから起こるかもしれない不穏な空気を感じ取っていた。




「だあああ!? 畜生ッ! 完全な炭になりやがった。せっかくの肉だったってのによ。やっぱ俺、サバイバルには向いてねえわ」

その頃、国外の森の中で、一人の筋肉質の男が猛獣を焚き火で焼いて豪快に食らっていた。

「お、『あっち』はそろそろ寝静まってるころか? さてと、それじゃあそろそろ行くとするか」

猛獣を食べ終わった男はすくっと立ち上がり、『風の王国・ディーン』の方向を見ながら不気味に笑った。




「狩りの時間だ」

この小説をお読み頂き、誠にありがとうございます。

毎回文章に苦戦しながら書き続けています。

イメージを言葉にするのってかなり難しいですね。


今回のテーマは『強さ』について考えてみました。

『戦いにおける強さ』だけではなく、『生き抜こうとする強さ』や『家族や他人の命を守ろうとする強さ』、『理不尽なことに対して反対しようとする強さ』、『挫折から立ち直ろうとする強さ』、この話の中だけでもこれだけの種類の『強さ』が存在します。

人は誰しも、各々独自の『強さ』があると自分は感じています。

その自分だけの『強さ』が何なのか、それを見つけることも人生の目的なのではないかと自分は考えています。

そして、これだけ種類の多い『強さ』があれば、今回のクルードとメープルのように、『強さ』が食い違って衝突することも実際に多いのではないでしょうか。

その時は、一度お互いの『強さ』を理解するということが大事になるのかもしれませんが、自分自身も含めて中々それができません。

だから、人間関係はいつも難しいのかもしれません。

自分も、それぞれが持つ『強さ』が一体何なのか、これから先も考えていこうと思っています。


そして、とうとう『謎の男』が登場しました。

この男が『風の王国・ディーン』に何をもたらすのか。

『ディーン』の国民の運命は……。

次回は激動の話となります。


もし宜しければ、これからも宜しくお願い致します。

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