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神族  作者: 鼻づまり
第1章 『風の王国・ディーン』編
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第2話 『連行』

「レイ、国王様からの命令だ。『王女様の死』の件でお前から事情聴取をしたいとのことだ。風の王国『ディーン』までご同行願おうか」




「……ッ!?」

レイには若い兵士が何を言っているのか全く理解できなかった。

記憶をなくしているのもあるが、『王女様』の存在すら知らない状態だ。

ましてや、『王女様の死』についてなど知っているはずはない。

レイは混乱していて言葉が何も出なかった。




「待ってください」

そんな中、口を開いたのはメープルだった。

「どうしたメープル?」

若い兵士が視線をメープルに移す。

彼女は疑問を彼に投げかけた。

「何でレイ君なんですか?」

若い兵士は怪訝そうな顔で答えた。

「何でってそりゃあ、当時の現場にレイがいたからに決まってんだろ」

「でも、リンちゃんの捜索に出たのは『翌日』でしたよね?」

「ああ、それがどうかしたか?」

「レイ君はあの日からずっと私の家で治療をしていました。あの日以来、このように外に出てきたのは今日が初めてです」

「…………」

メープルは若い兵士を睨みつけた。

「もう一度お聞きします。どうしてレイ君が当時の現場にいたって断言できるんですか?」

「……んー」

若い兵士は面倒くさそうに頭を掻いた。

「そりゃあわかるだろ。あん時はすげえ雷が……」

「ええ、確かに尋常じゃない落雷の嵐でした。だから捜索を『翌日』にしたんですよね?」

「ああ……」

メープルはひと呼吸おいて次のように話した。

「じゃあ、今のレイ君がどのような状態なのか、ソドム小隊長ならわかりますよね?」

「…………」

ソドムは眉をひそめた。

「今のレイ君から事情聴取をするのは無駄なことだと思いますよ?」

メープルは笑顔で言った。




おそらく記憶喪失について話しているのだということはレイにも理解できたが、メープルの話し方やソドムの反応に少々違和感を覚えていた。

ただ単に、雷に撃たれて記憶喪失になったと言えばいいだけの話。

それなのになぜここまで回りくどい言い方をするのか。

ソドムにしても、雷が凄まじかったというだけでなぜ自分がそこにいたということになるのか。

レイには理解できなかった。




ソドムは大きく溜息をついた。

「記憶喪失か。まあ、お前の言うことも一理ある。俺自身もそれは感じていたが、俺は王様の命令で動いているだけ。だからいくら俺に言っても無駄だ」

「じゃあ私も王様のところに……」

そう言うメープルに対してソドムは目で牽制した。

「ダメだ。王様に会えるのは城に仕えるものだけ。一般人のお前は城には入れねえ」

「でも、『証人』は必要じゃないんですか?」

「……お前は『証人』にはなれねえよ」

ソドムは少し考えたが、バッサリ切り捨てた。




「連れていけ」

ソドムの合図と同時に、2人の兵士がレイに近づいてきた。

しかし、2人の兵士とレイの間にメープルが割って入って来た。

「……何のつもりだメープル」

ソドムがメープルを睨みつける。

彼女もソドムを睨み返している。

「証拠もないのに、レイ君を『リンちゃん殺しの犯人』に仕立て上げるつもりなら、レイ君を引き渡すわけにはいきません」

「誰も『レイが犯人』なんて言ってねえだろ。事情を聞くだけだ」

「どうやってですか? 『証人』もつけずに。レイ君は記憶をなくしているんですよ?」

「知らねえよ。王の考えだ。そこをどけ。『公務執行妨害』でお前も捕まるぞ」

「それでもいいです。こんな理不尽なこと、私は許せませんから」

「…………」

ソドムの表情が複雑なものになった。

流石に知り合いを捕らえることについては抵抗があるようだ。




「オラそこをどけッ!」

痺れを切らした兵士の1人がメープルに掴みかかった。

彼女は両手の掌を2人の兵士に向けた。

「真空魔法……『風刃フレッジ』!」

「ぐわッ!」

彼女の掌から小さな真空の刃が複数飛び出し、突風とともに兵士たちは後方に吹き飛ばされた。




「おいッ!」

ソドムが荒々しく声を上げた。

その顔は、レイには友人を本気で心配している顔に見えた

「通しませんよ。レイ君を連れて行きたいのなら、ちゃんとした証拠を持ってきてください」

メープルは真剣な表情そのものだった。

本気で国を相手に喧嘩を売るつもりなのだとレイは感じた。

「このやろ……ッ!」

知り合いだから戦いたくないのか、それともメープルに勝てないと感じたからなのか、ソドムが自ら動こうとする様子はなかった。




「皆下がれ」

その時、軍隊の最後尾から1人の男が、ソドムの肩を押しのけて前に出てきた。

「クルード総隊長ッ!」

「兄貴……ッ!?」

「知人だからといって任務を遂行できぬようでは、隊長は務まらんぞ」

クルードはそう言ってメープルを冷徹な目で睨みつける。

「……ッ!」

メープルは歯を食いしばった。

彼女にとってもクルードの登場は予想外の展開だったようだ。

「クルードさんも……クルードさんも王の言いなりですか!?あなたにも自分の考えってものがないんですかッ!?」

「……答えるつもりはない。ただお前は我が国の兵士を傷つけた。お前がやったのは明らかな『国家反逆罪』。よってこの場で粛清する。それだけだ」

「!?」

メープルの訴えを切り捨て、クルードは右手で拳銃を取り出した。

「おい兄貴……ッ!?」

「黙れ」

そして、その銃口をメープルに向けた。




「……ッ!」

メープルは銃弾を回避することに神経を集中した。

銃弾はマッハの速度で飛んでくる。

いかに神族といえども、その銃弾を回避するのは非常に難しいのである。

彼女は銃口の向きとクルードの人差し指の動きを注視していた。




何とか弾をかいくぐって拳銃を奪うことができれば……。

メープルの頬から汗が伝う。




レイは何とかしなければと思っていたが、自分が動けば逆に彼女の足を引っ張ってしまうのではないかという心理が邪魔をして、その場から動くことができなかった。




次の瞬間、トリガーを引くクルードの指が動いた。

メープルはその動きを見て左に動いた。

しかし、クルードはトリガーを引く瞬間、人差し指を一旦空振りさせて銃口の向きを変え、ワンテンポ遅らせて銃を発泡した。

銃弾は彼女の右大腿を正確に貫通し、彼女はそのまま転倒した。




「う……ああああああァッ!!」

メープルは右足を押さえ、悲痛な悲鳴を上げた。

クルードは歩み寄り、彼女を見下して言った。

「お前が前に出てきたとき、僅かに左足を引きずっているのが見えた。恐らくどこかで怪我をしたんだろう。お前が銃弾を避ける時、無意識に右足で踏み切ることは容易に推測できた。あとは『お前が右足を踏み切ってから』引き金を引けば確実に弾は命中する」

「うう……ぐ……」

メープルは苦痛に顔を歪める。

その彼女の頭にクルードは銃口を向けた。

「!? 兄貴よせッ!!」

ソドムの叫ぶ声にもクルードは耳を貸す気配は無かった。

「『国家反逆罪』は『極刑』に値する。残念だがお前の命もここまでだ」

「!?」

メープルは死の恐怖のあまり肩を震わせた。

彼女のその目からは涙が流れていた。




「やめろォッ!」

いてもたってもいられなくなったレイは、2人の間に割り込んだ。

「…………」

クルードは鋭い眼光でレイを睨みつける。

「もうやめてくれッ! コイツは俺の命の恩人なんだッ! 俺なら行くからッ! ちゃんとお前らについてくからッ! 何も抵抗はしないッ! 傷ついた兵士のことなら謝るッ! だからコイツを殺すのはッ! 殺すのだけはどうか……ッ!」

レイは必死に懇願した。

「…………」

しばらく沈黙が続いたが、クルードは静かに拳銃を懐にしまった。

「レイに感謝するんだな、メープル……」

クルードはそう言って立ち上がり、軍隊の後方に戻っていった。

「さあ歩け!」

兵士2人がレイの肩を持った。

レイを連れた軍隊は国に戻るため歩き出した。




「兄貴」

ソドムがクルードに話しかけた。

「何だ?」

クルードが振り返る。

「メープルを街の教会に連れてって良いか? あのままじゃ猛獣に食われちまうだろうし」

ソドムはメープルを見ながら言った。

メープルはまだ、右足を押さえてうずくまっていた。

その身体は小刻みに震えていた。

「勝手にしろ」

クルードは最早メープルについては無関心といった様子だった。




「大丈夫かメープル?」

「ソーちゃん……」

ソドムが来たことで安心したのか、メープルの震えはようやく止まったようだった。

「俺の肩掴まれ。ひとまず教会に行くぞ」

ソドムは彼女に肩を貸して立ち上がった。

「さりげなく胸触らないでくださいよ?」

メープルはジト目でソドムを見た。

「触るかッ! いくら俺でも空気は読むし、それに……」

ソドムはメープルの胸を見て言った。

「誰がお前の無い胸触るかよ……って痛ッ!? 痛いッ! 真空で俺の鼻斬るなッ!」

メープルは器用にソドムの鼻の皮膚を1枚ずつ剥いでいった。




しばらくして、メープルは真面目に小さく呟いた。

「ソーちゃんは……これでいいんですか……?」

ソドムは少し考えてから口を開いた。

「……俺も良いとは思ってねえよ。だがな、一兵卒が国王に何か申し出たところで影響力はねえ。だから、今はこうするしかねえんだよ」

「…………」

「心配しなくても大丈夫だ。考えても見ろ。国王様はアイツの……『リンの父親』だぜ?少しは信用しろよ」

危機感無く笑顔で話すソドムに対し、メープルは一言だけ告げた。

「『その国王様だから』信用できないんです」




あたりはすっかり夜になっていた。

レイは軍隊に連れられて城内に入り、王室に案内された。

玉座の椅子には年にして50歳ほどの、レイが想像していたよりも若い国王が座っていた。

彼は国王の前まで連れてこられた。

「久しぶりだな」

国王は彼を睨みつけながら話し始めた。

その目からは憎しみが滲み出ていた。

「…………」

レイには悪い予感しかしていなかった。




国王は続けた。

「率直に聞こう。貴様、あの日、娘をあんな場所に連れ回して何をしていた?」

「…………」

そもそも、『王女の存在』ですらレイにはわからないのである。

彼には答えられるすべもなかった。

しかし、彼が黙っていても審議は続けられた。

「黙秘を続ける気か? だが、あの雷は貴様のものだろう。え? なぜあれだけの雷を降らせた?」

「え?」

自分が雷を降らせた?

レイには国王が何を話しているのか全く理解できなかった。




彼は思わず聞き返した。

「ちょ、ちょっと待ってください! 雷を俺が降らせたってどういう……」

「とぼけるな!! この『人殺し』めッ!!」

「……ッ!」

突然の怒鳴り声にレイは身をすくめた。

国王さらに激高した。

「全て貴様の仕業というのはわかってる! 全て吐いたらどうなんだ! 『雷の一族・レイ』よッ!」

「!?」

自分が『雷の一族』?

雷が自分の仕業?

レイは最早、何が何なのかわからなくなり、大混乱に陥った。




翌朝、教会でメープルは目を覚ました。

「…………」

メープルは昨日の状況を今一度整理していた。

『王女殺し』は風の王国『ディーン』では『極刑』と位置づけられている。

レイが人殺しをしていないということはわかっている。

しかし、彼が『有罪』となってしまったその時は……。

彼女は決意を強くしていた。




「メープルッ!」

その時、声と同時にメープルに抱きついてくる人物があった。

メープルの親友の一人で武器屋の娘、『ナナ』である。

朝一で神父から知らせを受け、教会に駆けつけたようだった。

「あ、ナナちゃ……ッ!?」

ナナはそのままメープルを持ち上げ、思い切り締め上げた。

「喰らえ『ベアハッグ』じゃああああ!」

「ちょッ!? 苦しッ! ギ、ギブッ! ギブですナナちゃんッ!」




ナナはメープルを下ろして説教した。

「アンタ馬鹿か!? 何で国相手に喧嘩売るような真似してんだよ!? 死にたいのか!?」

「うう、ごめんなさい。でもレイ君が……! レイ君はどうなったんですか!?」

「え!? う……ま、まあ……何というか……」

「……!」

ナナはバツの悪そうな顔で言葉を詰まらせ、何とか誤魔化そうとした。

それが何を意味するのか、メープルは敏感に感じ取っていた。

「そ、そうだッ! アンタ怪我は!? 怪我は大丈夫なのか!?」

話題を逸らそうと、ナナはメープルの怪我の経過を訊ねた。

(…………。『ベアハッグ』をする前に聞いて欲しい)

メープルはその気持ちを言葉にはせず、自分の中だけに留めた。

「はい。一晩眠ったら完治しました。『神族』ですから」

「……アンタのその体質、羨ましいわー……」

ナナは大きくため息をついた。




その時、朝刊を持った神父が欠伸をしながら部屋に入ってきた。

「ふああ、おお、目が覚めたかメープル。『教会に行くのは今日か……い!?」

メープルは神父から新聞を強奪した。

同時に、ナナが神父の首を締め上げた。

「こんな時に新聞持ってきてんじゃないよ! 空気読めクソ神父ッ!」

「うごごごご……」

神父は泡を吹いて気絶した。




新聞の一面には大きく『明日の正午、雷の一族・レイを公開処刑』と記載してあった。

メープルが想定していた中で、最悪の恐ろしいことが現実となったのである。

「…………」

記事を読んでいるメープルの表情が険しくなった。

「おいメープル、まさか変なこと考えてないよなあ?例えば『単身で城に攻め込む』とか……」

そんなメープルの顔をナナが覗き込んできた。

メープルは必死に笑って誤魔化そうとした。

「えッ!? あッ! あははッ! ま、まっさかあ! そんなこと考えるわけないじゃないですかあ! 『夜中お城に忍び込んでレイ君を脱獄させる』なんてそんな……ッ!」

「…………。そんなに死に急ぎたいんなら……」

「へ?」

ナナは笑顔でメープルの肩に手を回した。

「今ここで引導を渡してやるよ!」

ナナは全体重をかけてメープルにヘッドロックした。

「い、痛い! 痛いからやめてくださいッ!」

メープルはナナの背中に何度もタップした。

しかし、ナナには全く技を緩める様子はなかった。

(ヘッド……ヘッド……『頭があったまる』……なんちって)

そんな二人の様子を、神父は微笑ましく眺めていた。




日が暮れている頃、レイは牢屋の中でぼんやりとしていた。

「…………」




レイは考えていた。




記憶をなくす前の自分はどんな人物だったのか。

国王が言うように、王女を殺害する程の極悪人だったのか。

自分が『神族・雷の一族』だったこと。

メープルやソドムの会話から、2人共そのことを知っていた可能性が高いということ。

つまり、自分とあの2人は、自分が記憶をなくす前からの付き合いだった可能性が高いということ。

それならば何故、メープルは自分に何も話してくれなかったのか。

初めて会った時、彼女は何故あたかも初対面のように自分に接してきたのか。

何故自分が記憶喪失だと知っていたのだろうか。

自分を何かに利用しようとして近づいてきていたのだろうか。

レイには彼女の意図が全く理解できなかった。

自分がどんな人物だったのかわからない。

信用できると思っていた人物が隠し事をしていた理由もわからない。

最早、レイは自分自身も含めて誰も信用できなくなっていた。




もう、どうでもいいや。

もし世界が自分の死を望むのならば、自分はそれを潔く受け入れよう。

もう、死んでしまった方が気も楽だ。

牢獄の中で、レイはそのような、死を望むような考えへと変わっていった。




物事を考えているレイに対し、面会を望む人物が現れた。

「よお」

レイはその声に振り返る。

ソドムだった。

彼は椅子に腰掛けてニヤけた顔で彼を見ていた。

「……何の用だ?」

自分を連行した張本人。

レイはそのような、やや憎しみの込められた眼でソドムを睨みつけた。

「まあそう睨むなよ。目つきが昔のお前に戻ってんぞ。まあ、記憶喪失の状態であれだけの扱い受けたら無理もねえけどな」

「……昔の俺ってどんな奴だったんだよ?」

「!」

レイは『昔のお前』というキーワードに食いついた。

誰も信用できないとは考えていても、レイにとっては聞かざるを得ないことだった。

せめて、死ぬ前に自分がどんな最悪な奴だったのかを知っておきたい。

レイはそう考えていた。

「…………」

ソドムはフッと笑って話し始めた。

「ああ、そりゃもう嫌な奴だったよ。付き合いはわりぃし口もわりぃ。ガキの頃から俺たちは喧嘩ばっかしてたしな」




「…………」

やっぱり。

レイは心の中で納得した。

そんな奴なら『王女殺し』をしてもおかしくない、と。

「そういやー確かメープルの奴に『ダブルベッド』を送ったのもお前だったな。お前、それでメープルに往復ビンタ食らったりしてよお!」

ソドムは必死に笑いをこらえていた。

レイは頭を抱え込んだ。




「けどな……」

しかし、ソドムの口から意外な言葉が出てきた。

「身体も心も強い奴だった。やるときはやるっつーか。『何があっても絶対仲間は守る』って正義感に満ち溢れてるっつーか。とにかくすげー頼りになる奴だったよ」

「え……?」

予想外の優しい言葉を聞き、レイは顔を上げてソドムを見た。

ソドムは穏やかな表情をしていた。

「要するに、お前が今考えてるような『最悪な奴』じゃねえってこと! 考えても見ろ。『最悪な奴』に対してメープルがあそこまで体を張って庇ったりするか? お前が『王女殺し』をするような奴じゃねえってことくらい、俺もわかってんよ」

「…………」

複雑な表情をしているレイを見て、ソドムは付け加えた。

「まあ、今のお前が俺たちを信じようが信じまいが、そんなこと俺の知ったこっちゃねえけどよ……」

ソドムは一息ついて次のように言った。

「『自分自身』を信じられなくなったら人間、本当に終わっちまうぜ?」

「…………」

「じゃあな。運が良かったらまた会おうぜ」

ソドムはゆっくりと腰を上げ、立ち去っていった。

「『自分自身を信じる』、か……」

レイはフウッと大きく息を吐いた。




自分の持ち場に向かいながら、ソドムは歯ぎしりをしていた。




メープルの言う通りだった。

まさか『リンの父親』があそこまで腐ってるとは思わなかった。

リミットは明日の正午。

どうする!? 一体どうすれば……ッ!?




「余計なことはするんじゃないぞ」

その時、すれ違いざまにクルードがラリアットをしながら呟いた。

「グエ、って兄貴!?」

ソドムは思わず振り返って立ち止まった。

「お前のことだ。どうせ『レイを助ける方法』を考えているのだろう。下手に動けばお前がこの国にいられなくなるぞ」

「……ッ! じゃあどうしろってんだよ!? こんな理不尽なことでダチを見殺しにしろってのか!?」

ソドムは思わず声を荒げた。

「大声を出すな」

クルードはソドムに手刀をしながら落ち着いて話した。

「俺に考えがある。全員が助かる唯一の方法だ。しかしこれは『お前達が下手に動かないこと』が前提の話。だから、メープルには敢えて『恐怖』を植え付け、下手に手を出せないよう釘を刺した」

「じゃ、じゃあ兄貴はレイを助けられるのか!?」

クルードはソドムの頭を拳骨した。

「大声を出すなと言ったろう。レイを助けたかったら明日までおとなしくしてろ」

「……わかった」

ソドムは頭を押さえてうずくまった。

しかし、希望の光が見えてきたように彼には思えた。




深夜、城門向かいの建物の影に一つの人影があった。

紺の忍び装束を身にまとったメープルである。

肩まであった髪は後ろで束ねられており、その背中には鉄の槍が括られている。

文字通り、『くのいち』のような格好をしていた。




(うーん、どうしよう……)

メープルは頭を悩ませていた。

門には二人の門番がいる。

強行突破をしようとすれば、多数の兵士がなだれ込んでくるだろう。

そうなれば、レイの救出はより困難となってしまう。

そう判断した彼女は城の西に回り込んだ。

まずは多数の兵士をミスリードしておびき寄せようと考えたのである。

(……よしッ!)

メープルは両手の掌を3階の西側全ての窓ガラスに向けた。




「『風刃フレッジ』!」

メープルは真空の刃を飛ばした。

豪快に窓ガラスが割れる大きな音が街中に鳴り響いた。

「敵襲だァッ!!」

兵士たちの声が聞こえた。

大軍が侵入したように見せかければ、そちらの対応に多くの兵士を割くだろう。

そうなると必然的に城内の兵士は手薄になる。

メープルはそこを狙った。

騒ぎに気を取られている2人の門番を瞬時に槍で殴って気絶させ、素早く城内に侵入した。




手薄になっている兵士たちの中、メープルは1階を突き進んでいった。

「速度低下魔法……『重風セグレイション』!」

向かってくる兵士たちの周囲の酸素濃度を意図的に薄くし、兵士たちの思考や反応速度、動作の速度を少々鈍らせながら、隙をついて相手を気絶させるという方法で次々に兵士を倒していった。

お城というものは大抵、地下に牢屋が作られている。

地下へ続く階段なら、メープルは周囲の空気を利用した探索魔法の『捜風カーラ』でおおよその見当が付いていた。

彼女は地下への階段まで一直線に進んでいった。




騒ぎを聞いたソドムは兵士たちと共に3階に来たが、侵入者が誰ひとりとして見当たらない。

窓ガラスの破片を見たソドムは舌打ちをした。

(くそッ! やっぱりメープルの仕業か! こんな『無謀』なことしやがってッ! 第一、牢屋には『総隊長クラスのあの人』がいるってのに……ッ!)

ソドムは急いで1階に引き返した。




地下牢の間は想像以上に広い場所だった。

「!」

メープルは階段を降りきったところで立ち止まった。

そこには『鋼の鎧』を全身にまとった大柄な男が待機していた。

「ふん、騒ぎがデカイからどんな奴かと思えば、女でしかもガキかい! これじゃあ準備運動にもならんではないかッ!」

男はそう言いながら刀を抜いて構えた。

刀身が2mほどもあるツーハンデッドソードである。

「……そこを大人しく通して頂ける……ってことはありませんよね?」

「当然ッ! なぜ『地獄の門番タール様』が貴様のような『胸も無い』小娘の言いなりにならんといかんのだッ! ここは決して通さぬぞッ!」




(……ん? 今何て?)

メープルの肩がピクッと動いた。

彼女の怒りの感情が思わず表に出そうになったが、必死に抑え、笑顔で冷静を装った。

彼女の眉は小さく小刻みに動いていた。




「じゃあ……『バラバラになって死ぬ覚悟』も……あるってことでいいですね?」

「……ッ!? フンッ! 何を言うかと思えばッ! 出来るものならやってみるがいいッ! 逆に俺様が貴様をバラバラにしてやるわッ!」

タールは一瞬ひるんだが、大剣を構え、横に一文字に振るった。

太刀筋は鋭く、斬撃が飛んで後方の壁をも切り裂いた。




(……まずは挑発成功、かな?)

メープルはしゃがんで回避をしながら鉄の槍を手にして構えた。

「……『門番』ってことは、牢屋の鍵はあなたが持ってるんですか?」

「ああ!? そうだがそれがどうしたッ!?」

メープルの口元がフッと緩んだ。

「『小娘』を甘く見てると痛い目に遭いますよ?」




ソドムは1階の、地下に続く階段の前まで来た。

そこには、クルードが待機していた。

クルードは気難しそうな表情をしていた。

「兄貴ッ!」

「皆、死にたくなければ地下には降りるな」

クルードは兵士達を制止させた。

「え!?」

「既に戦闘が始まっている。タールの攻撃範囲は広いからな。今近づけば奴の巻き添えに遭うぞ」




(くそ……兄貴の『布石』も無駄だったってことか。バカ野郎が……ッ!)

こうなってしまったら今のソドムにはもう何もできない。

ただただ、メープルが死なないことを祈るしか無かった。

ソドムは歯をグッと噛み締めていた。




勝負はまさに、タールが攻撃し、メープルがそれを回避しながら槍の一撃を命中させるといった行動の繰り返しだった。

しかし、メープルの槍が命中してもタールの鎧を貫通させることはできず、ダメージが全く与えられていない状態だった。

一見ジリ貧にも見える展開だったが、メープルの表情には余裕があり、一方、タールには焦りが生じ始めていた。

「何故だッ! 何故俺様の攻撃が当たらんのだッ! これだけ攻撃範囲の広い攻撃を何度も繰り出しとるのに何故……ッ!」

「速度上昇魔法『疾風レント』。周囲の大気を操って自分の体重を無重力に近くなるぐらいまで軽くし、速度を大幅に上昇させる魔法です。あなたの動きは止まって見えますよ?」




さらに、タールの攻撃が当たらない理由はもう一つある。

初めに放ったメープルの『挑発』である。

人間は挑発に乗って力むと、無意識の内に攻撃が大振りになる。

その結果、攻撃の軌道が最短距離を通らずに遠回りしてしまっているのである。

軌道が遠回りし、予測しやすくなっているタールの攻撃を回避することは、メープルにとっては造作もないことだった。

メープルの言葉にタールは歯ぎしりをして言った。




「く……ッ! だが貴様も俺様に傷をつけられないのなら俺様の有利は変わらぬ! ただこうして貴様の消耗を待つだけなのだからな!」

「……そうでしょうか?」

メープルは再びタールの攻撃を回避して彼の右脇に入り込んで技を放った。

「風の一族槍殺法……『風突ローレ』ッ!」

メープルは周囲から得た風の渦を槍の先端に纏わせて切れ味を倍増させ、その槍を鎧に突き刺した。

次の瞬間、鎧が大きな音を立てて粉々になった。




その頃、1階では大勢の兵士たちが待機していた。

メープルが出てきた場合、いつでも戦闘態勢に入れるように。

「さてと……」

その時、クルードが腰を上げ、腕をソドムの首に回した。

「兄貴?」

「お前も来い。それと20人程共について来てくれ」

クルードはソドムの首を引っ張って歩き出した。

「え!? ちょッ!? 何で!? ってか苦しッ! 苦しいって! 引っ張んな! 自分で歩くからよ!」

二人はそのまま階段を上がっていった。

「いきなりどうしたんだ総隊長……?」

「さあ……」

待機する大勢の兵士の中から20数人の兵士が、半信半疑ながら二人について行った。




「なッ!?」

タールは驚愕の表情を隠せない様子だった。

「『塵も積もれば山となる』、ですよ♪」

メープルの幾度に渡る攻撃。

単体では効果があまりないように思われたが、一撃ずつ確実に小さな亀裂を作っていた。

そして、彼女は絵を描くようにその亀裂を一つ一つ繋げていく作業を地道に積み上げていた。

その小さな亀裂が全て繋がった時、鎧は糸が解れたようにバラバラと崩れていったのである。

メープルはニッと笑った

「言ったでしょう? 『小娘を甘く見たら痛い目に遭う』って。それでは『バラバラになってもらいますよ?』」

「ちょッ!? 待て……ッ!」

鎧をなくし、自分を守るものをほとんど失った相手に対し、メープルは魔法を唱えた。

「『風刃フレッジ』!」

「ぐああああああァッ!!」

真空の刃を全身でまともに受けたタールは仰向けに倒れて意識を失った。




本来のタールであれば、『風刃フレッジ』を一発食らっただけでは意識を失うことはなかっただろう。

そのため、メープルはあらかじめ『バラバラにする』という表現を使っていた。

人は一度『暗示』にかかってしまうと、小さな刺激も大きな刺激のように錯覚してしまうものである。

二度に渡る彼女のその言葉によって、タールは知らず知らずのうちに『暗示』にかかっていた。

そして、その上で『風刃フレッジ』をまともに食らったことで、『本当に自分の体がバラバラになってしまった』ように『錯覚』したのである。

彼は白目を向いて泡を吹いていた。




うわあ……。ここまで上手くいくなんて……。

今回の結果に最も驚いたのは他でもないメープル本人であった。




その頃、レイは騒ぎを聞いたために落ち着きをなくしていた。

牢屋の間はレイのところからは見えないので誰が戦っているのかはわからなかったが、大の男の断末魔は聞こえてきた。




まさかメープルか!?

だとしたらアイツ、なんて無茶をッ!?




レイは鉄格子を掴んだ。

騒ぎの元がメープルでないことをただ祈るだけだった。

が、それは無駄だった。

「レイ君ッ!!」

「……ッ!?」

彼女の声が聞こえ、レイは鉄格子を掴んだまま俯いた。




バカ野郎……ッ!

完全にメープル……『犯罪者』じゃないか……!

この国にいられなくなるってのに……何で……何でこんな俺のために……!




メープルは息を切らしながら走ってきた。

「ハア、助けに来ましたよ! 今出してあげますからねッ! 私と一緒に逃げましょうッ!」

彼女は牢屋の鍵を取り出し、牢の扉を開けた。

レイは俯いており、その目には涙が溢れていた。

「レイ君?」

彼女がレイの顔を心配そうに覗き込む。

「何でだよメープル……!? お前、この国にいられなくなんだぞッ!? それなのに何で……何で俺なんかのためにこんな無茶を……ッ!?」




「…………」

メープルはレイの耳元で小さく呟いた。

「『簡単に命を投げ出すような真似をすんじゃねえよ』」

「え……!?」

驚くレイに対し、メープルは、満面の笑顔を見せて言った。

「ふふっ、覚えてますか? これ、レイ君が自分で言った言葉ですよ?」

「……!」

「レイ君の命もレイ君一人だけのものじゃないんです。私、『無実の罪』でレイ君が殺されちゃうの、とても耐えられそうにありませんよ」

「メープル……」

「『ギロチンで首ストン頭ゴロン眼パッチリ』なんて私が絶対許しませんからね!」

「怖えよッ!? さりげなく具体的に言うなよッ! 今軽く鳥肌立っちゃったよッ!」

「あははっ」

メープルはレイに右手を差し伸べ、優しい眼差しでこう問いかけた。

「国にいられなくなったっていい。レイ君が生きてさえいてくれれば私はそれでいいんです。ですから、お願いです。もう一度、目一杯、『生』にしがみついてみてはもらえませんか?」




記憶をなくしたこの世界。

自分が何者なのかわからない。

真実が何なのかもわからない。

自分が生きていていいのかもわからない。

いっそのこと死んでしまった方がいいとさえ考えていた。

でも、そんな自分を信じてくれる人がいる。

体を張ってまで信じてくれる人がいる。

こうして生きる道を与えてくれる人がいる。

だったらこの人の手をとってみよう。

この人が自分を信じてくれている限り、自分もこの人を最後まで信じ続けよう。

そして、この人の言うように、最後の最後まで、『生』にしがみついてやろう。




レイは涙を拭った。

彼の中で、迷いは完全に吹っ切れた。

「ああ。行こう」

レイはメープルの差し伸べた手を握り、希望に満ちた眼差しでこう言った。

「一緒にこの国から逃げよう。最後まで、一緒に生き抜こうな。メープル」

メープルはニッコリと満面の笑顔で返した。




「モチです!」

小説をお読み頂き、本当にありがとうございます。

語彙力が無いことと、文章が素人レベルということで、かなり読みづらい物語になってしまっているのではないかと痛感しています。

本当に申し訳ありません。


また、私生活が予想以上に忙しいので、『1カ月1話』は難しいかもしれません。

重ねてお詫び申し上げます。


今回の話はメープルが主人公のような物語となりました。

一応レイが主人公のつもりで考えているのですが、戦闘レベル1同然の彼ではどうしても脇役になってしまいますね。

この状態がいつまで続くのか、実は作者本人にもわかっていません。

彼がいつか成長してくれる時を切に願っています。


次話はレイとメープルの逃走劇となります。

2人は逃げきれるのか。

そして『王女殺し』の黒幕は一体誰なのか。

物語が少しずつ動き始めます。


もしよろしければ、これからもどうぞ宜しくお願いします。


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