第15話 『炎』
『風の王国・ディーン』を滅ぼした組織の幹部、『不死鳥のゲイル』を倒すため、外に『龍火のリョウ』と『森の一族・サン』を残し、『ロッド鉱山』の中に足を踏み入れた『雷の一族・レイ』と『風の一族・メープル』。
鉱山内を突き進む2人の前に、ゲイルと『死神のシュウ』が作り出した怪物、『サラマンダー』が立ち塞がった。
2人に向けて口から炎を吐くサラマンダー。
「メープルッ!」
「うんッ!」
その炎をメープルの防御魔法『風守』で取り巻く風で防御する。
「いくぞォッ!!」
その間にレイは身体強化魔法『制限解除』で火事場の馬鹿力を引き出し、鋼の剣で一太刀、サラマンダーの首に斬りつけた。
「!?」
しかし、サラマンダーの皮膚は龍の鱗で出来ているらしく、硬すぎて刃がほとんど通らなかった。
(硬い……ッ!!)
しかも、刃でわずかにつけた傷も瞬時に再生する。
この時点で2人は悟った。
2人が出来る物理攻撃ではサラマンダーには通用しない。
「メープルッ!」
レイはメープルに向かって叫んだ。
「ゲイルと戦うつもりで全力で行くぞッ!」
「うんッ! 木っ端微塵にするつもりでね!」
「それでいいけど、女の子なんだからもっと柔らかい表現使いなさいッ!」
2人の気持ちの中には恐怖の感情は無かった。
物理攻撃が効かないと見るや否や、メープルはレイのサポートに回り、速度上昇魔法の『疾風』をレイにかけた。
(よし! これで感覚強化魔法『超速伝導』で動体視力を上げながら……!)
レイは速度を上げてサラマンダーの攻撃をかわし、円を描きながらサラマンダーの身体を四方八方に斬りつけていった。
レイを捕まえられないサラマンダーは、しびれを切らせて広範囲に炎を吐き始めた。
メープルは『風守』で自分の身を守る。
炎の海が出来上がったが、レイは逆にそれを利用し、サラマンダーの死角に入り込んだ。
サラマンダーの後頭部を一気に駆け上がり、頭のてっぺんから前に向かってジャンプする。
「喰らええええッ!!」
そして、振り向きざまにサラマンダーの右目に鋼の剣を突き刺した。
サラマンダーは絶叫を上げてもがき、苦し紛れに空中のレイ目がけて炎を吐いた。
「!」
その炎をメープルの『風守』が防御した。
「……ナイスだぜ! メープルッ!」
身を翻して上手く着地したレイは、着地と同時に真正面からサラマンダーの鼻先に飛び乗り、突き刺さった鋼の剣を掴んだ。
「喰らえ! 『放電』!」
レイは鋼の剣を通じて目一杯の電撃をサラマンダーの右目から流し込んだ。
視神経から脳を焼き切られたサラマンダーは力なくその場に倒れ込んだ。
「やったなメープルって……あれ?」
メープルがいない。
サラマンダーから着地したレイは辺りを見回して彼女を探した。
「メープルー! おーい! メープルー!?」
「わっ!」
「⁉︎ うわっ⁉︎」
声がした方向を振り向くとメープルの顔が目の前にあった。
あと少しで唇が触れ合うのではないかというぐらい近い距離だった。
「あはははっ♪ びっくりしたびっくりした♪ 成功成功っ♪」
彼女は子どもみたいにはしゃいでいた。
「……このやろ」
レイは腰を抜かして立てなくなっている自分自身が恥ずかしくなった。
「今、何をしたんだ?」
「へへへ♪ 『幻覚香』! 昨日サンちゃんに成分を教えてもらったんだ♪ 大気中の原子を操作したらサンちゃん程じゃないけど何とかできたみたいだね♪ どおどお?」
「ウン、スゴイスゴイ」
彼女のドヤ顔にレイは棒読みで答えた。
「これ、ゲイルにも使えそうだな」
「うん! これでゲイルに近づいて、その首をスパッと……!」
「はいそこから先はもう喋んないでくれ!!」
恐怖を感じたレイは慌てて彼女の口を塞いだ。
「でもまあ、とにかくやったな! メープル!」
「うん♪」
メープルは満面の笑顔でレイを出迎える。
レイは気を取り直してメープルとハイタッチをし、振り向いてサラマンダーを見た。
「ちゃんと倒したよな? まさか起き上がってきたりはしないよな?」
「大丈夫だよ! あれだけ電気流したら脳が『煮過ぎて粉々になったお豆腐』みたいに……!」
「例えが具体的過ぎて怖えよッ!」
レイはとっさにメープルの口をふさいだ。
レイ達はその後も、襲い掛かるモンスターを倒しながら鉱山内を進んでいった。
「ねえ、レイ君」
メープルはレイに問いかけた。
「レイ君がソーちゃんみたいな『復讐』をしないことはわかってるし、相手を死なせずに何とかしたいって気持ちもわかってるんだけど、その上で聞いても良い?」
「……ああ」
「ゲイルがもし、話し合いの余地が無い相手だったとしたら……、問答無用で襲い掛かってくるような相手だったとしたら……、レイ君にゲイルは殺せる?」
「……、」
レイは数秒間黙り込んだ。
確かに相手を殺さずに何とかしたいと考えている自分がいる。
しかし、今度の相手ばかりはそうもいかないだろう。
『不死鳥のゲイル』はかつてのレイ達の親友を殺し、『風の王国・ディーン』を滅ぼした張本人。
ディーンを滅ぼした時も、慈悲も無く多くの人の命を奪っている。
そのような奴を取り逃がした場合、被害の拡大は免れないだろう。
数秒間の沈黙の後、メープルが静かに口を開いた。
「どんなに理想を追い求めても、それにそぐわない場面が多分、これからもいっぱい出てくると思う。その時は、自分が一番大事だと思うものを優先して考えて」
「……!」
「だから、その一番大事なものを守るために、絶対中途半端な気持ちで躊躇しないで。じゃないと、大事なものを全て失うことになる」
「……、」
「それが、私が考えてる『覚悟』」
メープルの表情は真剣だった。
場合によっては相手を殺さなければならない。
結果には変わりないが、それは復讐ではない。
決して憎しみの感情にとらわれているわけではない。
全ては自分の大事なものを守るため。
(……、なるほど……ね)
ゲイルとの決戦を前に、レイの迷いが晴れたような気がした。
「ごめんねレイ君。何か上から目線みたいな言い方になっちゃった」
「いや、おかげで俺の中の迷いが晴れた。ありがとうメープル」
レイの表情が変化したのを見て、安心したようにメープルの口元が緩んだ。
レイは気合を入れ直す。
「さあ! ゲイルを倒してやろうぜ!」
「うん♪ 彼の血肉を切り刻もう♪」
「さっきの言葉台無しにしたよ今!?」
恐怖に振るえるレイの声が鉱山内にこだました。
「この先……いるよ……、」
入り口付近で深い所まで落とし穴で落ちてから、鉱山内を登って入口とほぼ同じ高さまで戻って来た頃だろうか。
メープルが前方を指差した。
「ゲイルか!?」
「多分。広い空間があるんだけど、そこに大柄な人が腰掛けてる。こんなところに普通の人は来れないはずだから」
「……いよいよか。行こう、メープル」
「うん」
自然にレイの手がメープルの手を引いていた。
その時、レイの意識は前方にいる男に向けられていたため、その時の彼女の手の感触については気にしていなかったが、引かれている彼女の手は緊張で冷たくなっていた。
国を滅ぼす謎の組織を止めるための戦い。
避けられない戦いではあるが、これで全てを失ってしまう可能性もある。
押し殺そうとはしているものの、彼女の中にも恐怖の感情が多くを占めていた。
その場所は先程サラマンダーと戦った場所とほぼ同じぐらいに広い空間だった。
「やっと来たか。待ちくたびれたぜ『風神』、『雷神』」
「!」
声のした方を振り向くと、そこには大柄の男が岩に座っていた。
その男を見ながら、メープルが顔を赤くして呟いた。
「え、何で? 何であの人全裸に短パンなの?」
「変態なんだろ? 多分」
2人はこの場から逃げ出したくなっていた。
「良いだろ? 『金の王国・ロッド』特製のプラチナ金属の繊維で編み込んだ短パンだ。多少の熱じゃ燃えねーんだぜ?」
ドン引きをする2人を尻目に、ゲイルは得意げに説明をした。
(いや訊いてねえし!)
2人はゲイルからやや距離をとった。
「一応確認しておくけど、もしかしてアンタが『不死鳥のゲイル』?」
「いかにも。以前会ってるはずなんだがな」
「?」
レイの反応に対して、ゲイルは少々ため息をついた。
「チッ、限界を一度超えたことで記憶喪失になっちまってるみてえだな。てことはやっぱりあの時の強さも一旦リセットされてるってことか」
「あの時ってどの時ですか?」
ゲイルの発言に対してメープルが食いついた。
口調は普段通りだったが、その中には怒りの感情が込められていた。
その反応を察したゲイルはニヤッと笑い、あえて挑発的な言い方で応答した。
「お前も知ってんだろ? 『風の王国・ディーン』の王女つったか? 奴の胸元に俺様が風穴を開けた、あの時だ」
「⁉︎」
「脆かったぜ? 王女の身体ってやつは。なんせ最初は何に触れたかが分からねえぐらいの感触だったからな」
「……ッ‼︎」
ゲイルの発言に思わず拳を握り、飛び出しそうになったメープルだったが、すんでのところで下唇を噛んでそれを堪えた。
「……ッ! 何でだよ……ッ⁉︎」
ゲイルの発言に反応したのはレイだった。
「ああ?」
「何でそんな酷いことが出来んだよ⁉︎ 簡単に人の命を奪いやがって‼︎ 人の命を何だと思って……ッ⁉︎」
「『獲物』。それ以上でもそれ以下でも無え」
「獲物……だって……⁉︎」
「貴様らもモンスターを殺すだろ? さっきのサラマンダーみてえに。俺にとってはモンスターの命も人間の命も変わらねえ。どっちも俺の強さを高めるための『獲物』。それだけだ」
「……ッ⁉︎」
あまりにアッサリとした発言にレイは絶句した。
この男とはあまりにも価値観が違うことを思い知らされた。
それと同時に、これ以上の話し合いは無意味だということも理解できた。
「まあ『弱肉強食』ってヤツだな。そして、貴様らもこれから俺に蹂躙される『獲物』ってわけだ。せいぜい楽しませてくれよ? かつてのライバルが2人もいるんだからよ?」
ゲイルはそう言いながら、両手に炎を纏い始めた。
瞬間、この空間をとてつもない熱気が充満する。
「レイ君、私の後ろに下がって!」
メープルも両手に風を纏わせ、大きな渦を巻かせていた。
『風の一族』の彼女が現時点で放てる最大の攻撃魔法である。
レイは掛け声に反応し、一旦メープルの後ろに回った。
「『獄炎波』」
「『双龍破』!!」
巨大な炎の閃光と、クロスした二頭の風の龍が衝突する。
辺り一帯に大爆発が発生した。
「レイ君行くよ! 『疾風』!」
間髪入れずにメープルはレイに速度上昇魔法をかけた。
レイの体重が軽くなる。
「……よし!」
彼の目に迷いは無い。
奴が人の命をモンスターのそれと同等に考えていると言うのなら、自分達も奴のことをモンスターだと思って戦う。
そういう覚悟はもう出来ていた。
「行くぞォッ‼︎」
レイは鋼の剣を構え、『電撃拳』を唱えて全身に電気を纏い、ゲイルに向かって走り出した。
ゲイルはニヤッと笑いながら両手に握り拳をつくり、レイを待ち構えた。
(……ここ!)
両者の間合いに入る直前、メープルがレイに魔法を唱えた。
「『隼風』‼︎」
「⁉︎ 何ッ⁉︎」
レイの身体は追い風に乗って急加速し、ゲイルの右脇を走り抜けながら電気を纏った剣でその左腹部を斬りつけた。
「グ……ッ‼︎」
ゲイルの左腹部から血液が噴き出した。
素早く動きながらのヒットアンドアウェイ。
対ゲイル戦で考えた2人の奇策。
それが見事に的中した……ように思われた。
後方に抜けようとしたレイの身体が突如崩れる。
「⁉︎ レイ君⁉︎」
「ガ……ハ……ッ⁉︎」
レイが口から血を吐いた。
あのすれ違いざま、ゲイルは左腹部を斬られる覚悟で、レイの左脇腹に向かって右拳を繰り出した。
その拳がレイの身体にめり込み、レイの左肋骨を破壊していた。
「残念だったな」
ゲイルは振り向きざまニヤリと笑いながら、その右指をパチンと鳴らした。
「ガァッ⁉︎」
レイの身体の殴られた箇所が小爆発を起こした。
「『触爆』。俺に触れられた箇所は爆発する。俺に触られた時点で大ダメージは避けられねえぜ?」
砕けた肋骨の欠片が内臓に突き刺さる。
「ゴホ……ッ! ぐ……ッ!」
肺と心臓は辛うじて無事だったものの、レイはたまらずにその場に倒れこんだ。
「燃え尽きろ」
ゲイルは倒れたレイに対し、その右手の掌を向けた。
その手に業火が渦巻く。
(させないッ‼︎)
そこにメープルが速度上昇魔法の『隼風』を唱えて瞬時にレイの元に移動し、彼を抱えてゲイルから間合いを取った。
ゲイルは冷静にメープルに向けて掌を向け、攻撃魔法を唱えた。
「『火炎波』」
放射された火炎がメープル達に襲いかかる。
メープルは瞬時に右手に風の渦を纏わせ、その火炎に向けて発射させた。
「『風龍破』‼︎」
火炎の閃光と風の龍が衝突し、再び大きな爆発を起こした。
(ごめんねレイ君。少しだけ離れるね)
メープルは傷ついたレイをその場に置き、再度、速度上昇魔法の『隼風』を自分に唱えて高速移動を開始した。
ゲイルはレイのいる方向に向かって右手を向け、もう一度攻撃魔法を唱えようと炎を纏わせていたが、煙が晴れた瞬間、メープルがいない事に気付き、辺りを見回した。
そのゲイルに対し、見えない所から真空の刃が飛んできた。
「! 『炎鎧』」
ゲイルは全身に炎を纏い、刃が当たった炎の一部を小爆発させて防いだ。
しかし、刃は一つだけではない。
「『八風裂陣』‼︎」
ゲイルを取り囲むように四方八方から鎌鼬の刃が無数に飛んでくる。
速度上昇魔法『隼風』と真空攻撃魔法『鎌風』の合わせ技。
目に見えない高速移動から飛ぶ斬撃の雨を相手に浴びせる。
今は『炎鎧』で防がれているものの、本来は相手を木っ端微塵に斬り裂ける大技である。
メープルは諦めずに真空の刃を出し続けた。
地面に倒れているレイは呆気に取られていた。
目に見えない速さから、まともに喰らえば即死の攻撃をひたすら繰り出すメープル。
それを紙一重のところで防ぎつつ反撃の機会をうかがうゲイル。
(これが……『神族』同士の戦い……、レベルが高過ぎる……、)
今まで戦ってきた鬼や龍兄弟、サラマンダーなどとは比較にならないほどの強者同士の戦いを、レイは肌でひしひしと感じていた。
それと同時にある不安も感じていた。
リョウの言葉が蘇る。
普通、『風神』は前に出て戦うもんじゃない。
後衛で補助魔法でパーティーを強化させながら援護射撃するのが本来の戦い方だ。
レイは一抹の不安を感じていた。
メープルは今、慣れない戦い方でゲイルと渡り合っている。
本来は自分が前衛で戦うべきなのに。
地面に突っ伏しながらこの戦いを見ていることしかできない自分を、レイは歯がゆく思っていた。
彼女の鎌鼬は徐々にゲイルの鎧を剥いでいき、その肉体に少しずつ傷をつけていく。
しかし、ゲイルは余裕の表情を見せていた。
「一見勝負を決めるような大技に見えるが、ここでこの技を選択するところ……、貴様は親父の足元にも及ばねえな」
「⁉︎」
(おとう……さん⁉︎)
ゲイルはニヤッと笑い、その全身に纏わせていた炎を瞬時に拡散させた。
「『大炎界』」
ゲイルの周りから炎が渦巻き、鉱山の広い空間の隅々を覆うように広がっていった。
「⁉︎ レイ君ッ‼︎」
メープルは咄嗟に、倒れているレイの周りに防御魔法の『風守』を唱え、炎からレイを守った。
自分の身も『風守』で守ったメープルだったが、本人は気づいていなかった。
「……止まったな?」
自分と仲間に防御魔法を唱えなければならない状況。
炎で塞がれた視界。
「元々高い集中力を必要とする繊細な技だ。少しでも集中が乱れればこの通り」
『隼風』での高速移動がこの瞬間、完全に止まったことに。
「自滅する」
ゲイルは不敵の笑みを浮かべた。
「『爆脚』」
ゲイルは自分の足裏を爆発させ、その反動を利用して急加速し、メープルの元に瞬間移動した。
「⁉︎」
「潰れろ」
ゲイルは反動の勢いそのままに彼女の頭を掴み、再度『爆脚』で地面に向かって加速しながら、彼女の頭を地面に叩きつけた。
「あぐ……ッ‼︎」
「ほお……咄嗟に風の鎧でガードしたか。だがな」
「……ッ⁉︎」
「空気の壁で物理攻撃は防げても、熱や炎までは防げねえよ」
「⁉︎ ぐッ……うう……ッ‼︎」
メープルは必死にゲイルの手を離そうともがくが、腕力ではゲイルにとても敵わず、離すことが出来ない。
ゲイルはニヤッと笑うと、メープルの頭を掴んでいる右手から炎を放出した。
「『火炎波』」
炎の海の中、レイは2人の姿を見失っていた。
彼の周囲は『風守』の風で炎から守られている。
しかし、メープルの安否は確認できない。
電磁波を使った探知魔法、『電波探知』でも、冷静さを失っていることもあって正確な場所がわからない。
レイに焦りが生じる。
「くそッ!! これじゃ何も……ッ!!」
その時、炎の中から絶叫が響き渡った。
それはレイが普段聞き慣れている声だった。
「メープルッ!?」
瞬間、レイの周りを取り囲んでいた『風守』の風が消え、周囲の炎の海が襲い掛かって来た。
「ぐあ……ッ!! グ……ッ!!」
レイは炎の海の中、必死にその威力が弱い場所に身を避けた。
振り返って彼女の姿を探すが、絶叫が洞窟内を響き渡るのみでその姿を確認できない。
『風守』が消えたということは彼女の身に何かが起こったということ。
それも魔法を維持できない程の何かが。
『神族』は基本的には不死身。
『神力』が完全に尽きるか脳を直接破壊されない限り死ぬことは無い。
しかし、全身を焼かれてしまうとどうなるのか。
レイの身体が恐怖で震える。
死ぬ。
彼女が死んでしまう。
「くそ……ッ!! くそ……ッ!! 畜生……ッ!!」
レイは肋骨の痛みを押し殺して闇雲に炎の海に突っ込むが、その度炎の威力に弾き飛ばされる。
打つ手を失ったレイの瞳に涙が浮かんだ。
やめろ……やめてくれ……。
彼女を殺さないでくれ。
彼女の声が聞こえなくなっていく中、彼は叫んだ。
「メープルーーーーーッ!!」
「レイッ!! 走れッ!!」
その時、レイの後方から声が聞こえ、彼の脇をレーザービームが通過した。
ビームは炎を吹き飛ばし、真っ直ぐにゲイルの元に向かって行った。
レイの位置から2人の姿が確認できた。
「! おっと」
ゲイルはメープルの頭から手を離し、ビームを避けた。
レイはその一瞬に全ての力を込めた。
「『制限解除』ォッ!!」
レイは全力疾走をしながら、炎の中で仰向けに倒れているメープルを救出し、そのまま炎の弱い場所に向かって避難した。
メープルの服は焼けただれ、全身は重度の大火傷を負っていた。
「メープル!! メープルッ!!」
レイは意識の無い彼女の身体を何度もゆすった。
「……、う……、」
反応は弱いがわずかに彼女の呼吸が確認できた。
生きてる。
「よかっ……たぁ……、」
レイはホッと安堵のため息をついた。
「気休めにしかならないが、メープルの火傷部分にコイツを当てておきな」
レイの傍に男が来て、メープルが大量に持ってきた薬草を置いてその場から離れていった。
薬草は身体の再生を加速させる働きがありその用途によって使い方を分ける。
内部の損傷に対しては、消化器官が無事であれば薬草をすり潰して口から飲ませ、身体の再生力を促す。
外傷などの外部の損傷については口から飲ませても効果はあるが、患部に直接当てた方がその効果が早くなるのである。
レイは急いでボロボロになった服を脱がし、メープルの全身に薬草の葉を当て、その上から包帯を巻き付けていった。
「チッ、まさかこういう形で水を差されるとはな」
ゲイルはビームを放ってきた男を睨み付けた。
「貴様が生きていることは知っていたが……これはどういうことだ? あ?」
その表情には怒りが満ちている。
その視線の先には、右腕に砲弾付きの義肢を装着し、その銃口をこちらに向けている男の姿があった。
かつては組織の暗殺集団、『龍兄弟』の1人としてレイ達の前に立ちはだかった、『龍火』の異名を持つ『人造人間』。
その時メープルに破壊された右腕のレーザー銃も、『金の王国・ロッド』の技術によって元通りに治っている。
張りつめていたレイの緊張が楽になった。
敵だった時は恐ろしく感じていたが、味方になった今、ここまで頼もしい存在はいないとレイは感じていた。
「なあに」
男は笑いながらゲイルに言い返した。
「女の子がイジメられてるの、見るに堪えなかっただけさ」
この小説を読んで頂きありがとうございます。
不定期更新で誠に申し訳ありませんが、毎日少しずつですが執筆は進んでいます。
ご了承ください。
『神族』同士のぶつかり合いが始まりました。
作者は『主人公が勝つ展開』よりも『どっちが勝つかわからない展開』の方が好きなので、王道展開にはならないように考えています。
なので、どっちが勝つにしても強引なものではなく、根拠に基づいた勝ち方をイメージしながら執筆していこうと思います。
現在、味方側はリョウ参戦、レイ重傷、メープルほぼ戦闘不能。
敵側のゲイルはまだ軽傷。
改めて書くと絶望的な展開ですが、ここからどうしようかは今考えています。
拙い文章で読みづらいかもしれませんが、これからも『神族』を宜しくお願い致します。