番外編 『森の母娘』
この先ね、あなたにとって辛いことが起こるかもしれない。
人から悪いことをされる時もあるかもしれない。
その時は泣いても良い。
怒っても良い。
でも、これだけは約束して。
それは――――――。
60年前、『金の王国・ロッド』と当時の『火の王国・メイラ』、『風の王国・ディーン』の、三つ巴の世界戦争が勃発した。
『神族』が入り乱れたその戦争は約30年にわたって続いたという。
そんな中、戦争を嫌った初代村長の『リール1世』と当時の『神族・森の一族』がロッド大陸西の森に逃げ込み、戦争難民を多数受け入れて小さな村を作った。
それが『森の里・リール』である。
人々は村の中心に社をつくり、『森の一族』を救世主として奉った。
そんな中、月日は流れ、10年前に『森の一族』の少女が誕生した。
人々は彼女を『神の子』として崇め、母子ともに社に住まわせていた。
そして、少女が9歳になった時、彼女がレイ達と巡り合う1年前、『森の里・リール』にある大事件が起こった。
これは、その時の物語である。
『森の里・リール』にある掟。
それは『神族・森の一族』の子孫をスムーズに残すため、早い内から村人が許婚を決めて『森の一族』と接触させるというもの。
私の許婚は私の意思に関係なく『リール三世』に決められていた。
村人は常に私に決断を迫っていた。
『結婚をしろ』と。
私は子どもながらに思った。
「早過ぎッ!」
私はお母さんに愚痴をこぼしていた。
「9歳だよ!? 9歳! 結婚どうこう以前にまだ恋愛したことないっての!」
「9歳でその言葉が出るのもすごいと思う。アンタ思春期か」
お母さんは苦笑いをしていた。
「良いじゃないの。それだけアンタが必要にされてるってことよ?」
「でも私だって色々経験したいのッ! 告白とかデートとか! あとはエ〇チとか!」
「アンタませてるにも程があるわよッ!?」
お母さんは驚愕の声を上げていた。
「今日も会いに来たぞい」
そんな親子の前に、村長とリーが姿を現した。
私とリーが仲良くなるようにという村の人たちの計らいだ。
リーは村長の陰に隠れてこちらを伺っていた。
「あらあら、伯父さんいらっしゃい。ゆっくりしてってね」
お母さんはそう言いながら、2人にお茶の用意をした。
「サンもお茶入れるの手伝って。……ほらほら、リー君にメンチ切ってないで」
お母さんはおでこを突き合わせて睨み付けていた私の襟首をつかんで、硬直しているリーから引き離した。
リーが人見知りになったきっかけを私が作ったのは事実だと思う。
人見知りの原因を私が作ってしまったことは大変申し訳なかったと思ってる。
結婚自体に悪いイメージがあったわけじゃないけど、他人に結婚どうこう言われたくない。
最初はそう思って意固地になっていた。
だから、リーにはずっと冷たく当たっていた。
一方、リーは臆病になりながらも、私と話をしようと努力をしている。
今だってせっせと手紙を書いてそれを封筒に入れて糊付けにしてそれを私に差し出……。
「直接口で言いなさいよッ!」
私は封筒を破り捨てた。
私がリーに説教している間、お母さんと村長は何やら難しい話をしていた。
「またロッドからお達しがあったぞい。『最近、恐竜や猛獣が出没しているから気をつけろ』と」
「あら、ロッドにしては優しいお達しね。いつもなら『戦争に参加しない臆病者』呼ばわりして『金出せ』だの『食料差し出せ』だのうるさいのに……、」
「『気をつけても無理か(笑)』という文面付きじゃが」
「国王連れてこい」
お母さんは指を鳴らしていた。
「『獣の一族』は何してんのよ。生態系のバランスを整えるのが本来の仕事でしょ?」
お母さんは大きくため息をついている。
『神族』の中でも『森の一族』の私と『獣の一族』は命を直接司るため、生態系を整える重要な役割を担っている。
ただ、その能力は元々、本能的に備わっている力で、私たちが生きている限りは生態系が崩れることはないはず。
故意に生態系に操作を加えなければの話だけど。
「まあ、何か事情がありそうじゃな」
「早く整えてくれないと、村の子供たちにも被害が出かねないわよ?」
「ここは大丈夫じゃろ。『森神様』が守ってくれとる。子孫ができれば村は永きに渡って安泰じゃ」
お母さんと村長は私たちをチラ見した。
「……もう絶家しそうなんだけど」
怯えるリーにメンチを切る私にため息をつきながら。
『神族・森の一族』は全ての植物とコミュニケーションが取れる。
『森の里・リール』の外の森には私の友達が沢山いて、毎日退屈したことはなかった。
しかし、最近はお母さんからも村の外に出ることを禁じられている。
村の人たちは結婚しろってうるさいし、村の子どもたちは私のことを気味悪がるしで、人の友達がいない状態だった。
だから、私は村の中の植物と会話をすることが多かった。
村の人たちはそんな私を変人扱いしていた。
「そうそう最近肌荒れが凄くてさ〜。村のどこかに良い薬草ない? 何なら美肌に良い蜜とか……、」
「いやだからアンタ何歳よッ⁉︎」
お母さんは別の意味で私を変人だと思っていたらしい。
そんなある日の夕方、朝から村長の家に呼ばれていたお母さんが社に帰ってきた。
帰ってくるなり、お母さんは私に指示を出した。
「ここを引っ越してロッドに行くわよ。今すぐ荷物の用意をして」
「え、何で急に? 今、村の外は危ないんじゃなかったの?」
「良いから早くしてちょうだい!」
お母さんは語気を強めた。
その眼は真っ赤に充血していた。
泣きたい気持ちを我慢しているみたいだった。
村長にひどいこと言われたのかな。
後で村長をぶん殴ってやろう。
当時の私は単純にそう考えていた。
荷物の準備が終わって、私はお母さんの方を振り向いた。
「準備できたよ! お母さ……!」
お母さんは私をぎゅっと抱き締めた。
「ど、どうしたのお母さん⁉︎ そんなに村長さんにひどいこと言われたの⁉︎」
「聞いて」
お母さんは私の肩を持ってジッと目を合わせた。
「この先ね、あなたにとって辛いことが起こるかもしれない。人から悪いことをされる時もあるかもしれない。その時は泣いても良い。怒っても良い。でも、これだけは約束して。それは……、」
「……、」
「『人を憎まないこと』」
「え……?」
私にはお母さんが何を言っているのか理解できなかった。
お母さんは続けた。
「人は自分たちが生きるだけでいっぱいいっぱいになっちゃうものなの。だから、こっちにとって辛いことも時にはしてしまう。ただね、そこでこっちが憎しみを持ってしまうと、相手も憎しみで返すようになるの。『憎しみは憎しみしか生まない』。どっちにとっても良いことにはならない。だからお願い。サンも決して人を憎まないで」
「……、」
「約束できる?」
「……うん。わかった!」
「良い子ね」
お母さんはニコッと笑顔を見せた。
どうしてこのタイミングでお母さんがこんなことを言うのかはわからない。
だけど、私のために言ってくれていることはわかる。
だから、私はお母さんとの約束を守ることに決めた。
外の植物たちと会話をするのは久し振りだ。
私とお母さんの2人は村の門を開けてもらって外に出た。
「何……これ……、」
村の外に出て、植物を介して辺りを探った私はあまりの現状に絶句した。
猛獣とか恐竜が出没している話は1週間ぐらい前に聞いた。
でもこれは『出没した』という可愛いレベルじゃない。
村を取り囲んでいる森の隅々まで、無数の恐竜や猛獣がはびこっている状態。
こんなんじゃ、1日も経たない内に2人とも猛獣に食べられちゃう。
私は閉じられた村の門を叩いて訴えた。
「入れてッ!! 村に入れてよッ!! 私たち食べられちゃうよッ!! 門を開けてェッ!!」
いくら叩いても叫んでも門からは反応は無い。
門は堅く閉じられたままだ。
「お母さんッ!!」
私はお母さんの方を振り向いた。
お母さんは下唇を噛んで涙をこらえていた。
ああ、そうか。
その様子を見て私は理解した。
私たち、『森の里・リール』から追い出されたんだ。
あれだけ私たちを慕っているふりをして利用していただけ。
用済みになったらポイ捨てか。
私は強い憤りを感じた。
潰してやる。
門を潰して猛獣になだれ込ませればこんなちっぽけな村、すぐに潰れるだろう。
こんな門、私の神力を使えば……。
そう思って身構えた時、私の腕をお母さんが掴んで制止した。
「何で!? 何でお母さんは平気なの!? 悔しくないのこんなことされて!? 私たち、死ねって言われてるようなもんなんだよッ!?」
「約束……もう忘れたの?」
「……ッ!? こんな時まで『人を憎むな』って? 黙って死を受け入れろ……ってこと?」
「違うッ! 人を憎むヒマがあるんだったらここを生き抜くための最善策を考えろってことよッ!!」
「……ッ!」
「一刻も早くロッドに向かうわよ」
お母さんの一喝で目が覚めた。
そうだ。
まだ死ぬって決まったわけじゃない。
猛獣だらけのこの森を抜けられれば2人とも助かる。
当初の予定通り、2人で『金の王国・ロッド』に向かおう。
私は植物を介して、猛獣と出会わないルートを慎重に探った。
森の中を半分ほど進んだ気がするけど、ここで行き詰った。
どう進んでも猛獣と遭遇するし、何匹かはこっちにも近づいている。
どうしよう。
私の思考の意識がそっちに向いたその時だった。
「サンッ!!」
横から不意にお母さんに突き飛ばされた。
私は突き飛ばされた後、瞬時にお母さんのいる方向を確認した。
「おかあ……さん……?」
お母さんの顔面を、グリズリーの拳がヒットした。
位置的に、グリズリーが立っていた場所は私の真後ろ。
それにいち早く気づいたお母さんが私を庇ったんだ。
状況を理解したときにはすでに遅かった。
お母さんは遠く飛ばされ、その飛ばされた方向には十数匹の狼が待ち構えていた。
お母さんの身体がボロ雑巾のように狼たちに蹂躙されていく。
「や、やめろおおおおッ!!」
私は地面に手をつき、森の神力の魔法を唱えた。
『百舌速贄』という、一度に多くの対象を地面から生やした木の枝や幹で串刺しにする魔法。
私は周囲の猛獣たちを一匹残さずに蹴散らした。
「お母さんッ!!」
私はお母さんの元に駆け寄った。
お母さんの身体は全身がズタズタに引き裂かれており、回復や蘇生が不可能な状態だった。
お母さんの魂はもうここには無い。
ここにあるのはお母さんの抜け殻だけだ。
「あ……ああ……あ……、」
私はその場にへたり込んだ。
何で?
何でこんなことに……。
何で私たちがこんな目に合わないといけないの?
あいつらだ。
あいつらが私たちを追い出したから。
だからお母さんは……ッ!!
私がそう思って、復讐しようと村の方を振り返ったその時だった。
「……ッ!? はあッ、はあッ、はあ……ッ!?」
呼吸が徐々に荒くなる。
息が苦しい。
息を吸うことはできても吐くことができない。
何で?
訳が分からない。
涙が自然と流れてくる。
手足も痺れてきた。
村の皆に捨てられた怒り。
お母さんを目の前で失った悲しみ。
『復讐』の感情に対して、自ら発する拒否反応。
色んな感情が私の中で渦を巻いていた。
「はッ! はァッ! はァ……ッ!」
もうだめだ。
苦しい。
私はすべてを諦めかけていた。
苦しさで意識がなくなりかけたその時、背中に温もりを感じた。
「!」
振り向かなくてもわかる。
生まれた頃からずっと感じ続けてきた温もり。
お母さんだ。
お母さんが今でも私を守ろうとしてくれている。
笑顔で私を抱きしめてくれている。
過呼吸に陥っていた私の身体が徐々に落ち着きを取り戻してきていた。
「……そうだね。『人を憎むヒマがあったら生き抜くための最善策を考えろ』ってことだよね。まだ諦めちゃダメだよね」
私は地面に手をついた。
『神族・森の一族』の伝達魔法、『植物連絡網』。
地面に神力を伝わらせて、リール周辺の全ての植物とネットワークを繋いだ。
時間は少しかかるけど、猛獣が寄ってきていない今ならできる。
神力でつないだ回線を通して全ての植物に語り掛けた。
『全ての植物さんたちにお願い。猛獣たちの方向感覚を狂わせてなるべく森の外に誘導して。もう猛獣が村に近づいてこれないように』
森は私の願いを聞いてくれた。
誰にも気づかれないような速度でそれぞれが少しずつ場所を移動し、全ての生物の方向感覚を狂わせていく。
完全とはいかないまでも、大方の猛獣たちを森の外に誘導することに成功した。
ロッド大陸の『迷いの森』の誕生。
人の『リール』への出入りもできなくなった。
そのため、他国との交流が無くなり、『森の里・リール』は世界地図から姿を消した。
だけど決して悪意を持って『リール』の人々を『迷いの森』に閉じ込めようとしたわけではない。
森の外には森で処理しきれない猛獣がうようよいる。
それならば森の中にいた方が安全だと判断しただけ。
『人を憎まない』。
その感情の中で導き出した、私なりの最善策だ。
お母さんとの約束は守る。
その上で、自分が生き抜くための最善策を考えていこうと思う。
ただ、私の中に、『金の王国・ロッド』に行くという選択肢はもう無かった。
植物たちが守ってくれる『迷いの森』が大好きだし、もう、人に裏切られたくなかったから。
私はこれからは『迷いの森』で生きていくことに決めた。
こうして私の閉じこもり生活が約1年続いた。
余談だけど、お母さんが亡くなった時、その瞬間を村の人が見張り台から見ていたそうで、『森の里・リール』の人たちはずっと負い目を感じていたとのこと。
だから、私が村に戻ってきたら快く向かい入れようとは考えていたらしい。
今更だけどね。
人に一度裏切られた経験から初めはレイ兄ちゃんたちを疑っちゃったけど、レイ兄ちゃんたちは私を、そして『森の里・リール』を命懸けで守ってくれた。
だから、私はレイ兄ちゃんたちを信じる。
私も『神族』。
崩れかけている世界を守るため、その世界で自分が生き抜くため、出来る限りのサポートをしていきたい。
今はそう思ってる。
次の目的地は、世界を狂わせている組織、その組織と関係しているかもしれない『金の王国・ロッド』。
さあ、気を引き締めていこう。
お久し振りです。
鼻づまりです。
執筆が進まないまま、3か月が経過してしまいました。
申し訳ありません。
それでも読んで頂いている読者様に感謝いたします。
ありがとうございます。
今回のテーマは『復讐』を挙げさせて頂きました。
このテーマについては筆者自身、大変悩んだテーマなのですが、
「こちらが『憎しみ』をぶつけたら相手もやり返してくる。そうなると負のループに嵌るな」
と考えているうちに今回の結論に至りました。
悔しい気持ちがあっても、過去の『復讐』にとらわれるのではなく、現状の中で最善の方法を考えるようにした方が未来の状況は良くなるのではないかと思います。
このテーマについては大変難しく感じたので、これからも考えていこうと思います。
これで第2章は終了です。
第3章からはついに『神族VS神族』の戦いが始まります。
これからも『神族』をどうぞ宜しくお願い致します。