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神族  作者: 鼻づまり
第2章 『森の里・リール』編
12/20

第11話 『居場所』

死闘の末、『風の王国・ディーン』を滅ぼした組織のメンバー、『龍爪のキバ』・『龍火のリョウ』に勝利したレイ達。

しかし、彼らの仲間の一人、元ディーン軍小隊長のソドムがキバを殺害するという暴挙を行った。

『神族・雷の一族』のレイと対立したソドムはレイを斬り刻み、恐怖を植え付けた上でその場から立ち去った。

恐怖に支配されたレイは、目が覚めた後も立ち直れないでいる。

『神族・風の一族』でディーンのシスターのメープルは、そんな彼を神父とともに『森の里・リール』に置いて行くことで、彼を闘いから遠ざけようとしている。

リールの村長の息子、『リール三世』は彼らを離れさせたくない。

幼馴染の『神族・森の一族』のサンと離れて辛かった過去を経験しているからこそ。




「バッカじゃないの?」

リーから一通り説明を聞いたサンは彼の額を小突いた。

「他人の考えを変えるなんてできっこないじゃない。いくら他人が説得しても結局決断するのは本人なんだから」

「そっか……、」

神族の彼女に微かな期待を抱いていたリーは下を向いた。

「こーらッ!」

そんな彼を彼女は再び小突いた。

「アンタはアンタで自分の仕事をしなさいよ! 下向いてちゃ周りに気付かなくなるでしょ?」

彼女はそう言いながら、見張り台から飛び降りた。

「……、ま、他人の考えが変わるためのヒントはあげられるかもしれないけどね」

「!」

去り際に呟いた彼女の言葉に反応し、彼は顔を上げた。

「私の作戦、後で教えるね」

彼女はニッコリと微笑みかけた。

ヒント。

それが見つかれば2人は変わるかもしれない。

リーは決意を固めた。




今は14時頃。

リミットは明日の午前中。

リーは作戦を実行に移すため、メープルとレイを会わせるシチュエーションを用意することにした。

リール名物の『牛の乳しぼり体験』。

彼はメープルを誘った。

「良いですね! リールのミルクで作った『薬草シチュー』、すごくおいしいんですよ♪ それ終わったらシチューがあるレストランも行きませんか?」

彼女はシチューにしか眼中にないようだった。

「あ、うん。いいよ」

(乳しぼりよりもそっちに食いついたか。単純にレストランにするべきだったかな)

少々後悔したが、ついてきそうな感じだったので結果オーライとした。




次にレイを誘った。

レイは部屋の中で神父と2人でいた。

レイは黙って下を俯いているだけだし、神父は何か真面目な顔をしてブツブツ呟いているし。

(空気が重い……、)

リーは部屋から出たい気持ちを抑えてレイを誘った。

「ゴメン……今はそんな気分じゃないんだ……、」

(食いつかなかったあああッ!! メープル姉ちゃんといい、『牛の乳しぼり体験』は人気無いの!?)

リーはガックリと肩を落とした。

「『シチューを食うシチューエーション』、やっと新しいダジャレが完成したわい!」

その横で神父が元気良く立ち上がった。

「少年! ありがとう! 新しいダジャレができたお礼じゃ! そのシチュー食べに行こうぞッ!」

(……、名物って一体……、)

こうしてメープルと神父が会うという、意味の無いシチュエーションが出来上がった。




牧場でリーは2人に牛の乳絞りのやり方を教えていた。

「ここをこうやって掴んで、上の手から絞るんだ」

「人の首を絞めるようにですね♪」

「絞めたことあんのッ!? いやいやあくまで優しくだよ!」

「そうですか。優しく……優しく……、」

メープルはそっと牛の乳を握った。

瞬間、彼女の耳元で神父がボソッと呟いた。

「『鳩のハートをワシが鷲掴み』するようにな」

「ブファッ!?」

突然の不意打ちに彼女の両手に強く力が入り、周囲に乳飛沫が飛ぶとともに、牛がこの世のものとは思えないほどの絶叫を上げた。




「も~。何てことを……びしょ濡れになっちゃったじゃないですか」

「まあまあ、これで拭けばええじゃろ」

牛乳まみれになったメープルに対し、神父は白い布を手渡した。

「あ、ありがとうございま……ってこれ私の下着ッ!! 首飛ばしますよホント!?」

メープルはそう叫びながら真空魔法『鎌風シード』で神父を追い掛け回した。

(……、これが良いコンビ……なのかな……、)

「……ねえ」

「何ですか?」

「話があるんだけど……、」

リーはそんな2人を見つめた後、サンと考えた作戦を実行に移すことにした。




その頃、村では騒動が起こっていた。

「大変だ大変だッ!」

「どうしたッ!?」

村人たちが大勢集まっている。

その場所では、『龍火のリョウ』から押収していた大量の銃を保管し、警備をしていた村人が気を失っていた。

「おい! しっかりしろッ!」

問いかけに対し、警備の村人(以下『警備員』とする)は目を覚ました。

「一体何が起こったんだ!?」

「い、いきなり後頭部を誰かに殴られて……あッ!?」

警備員は慌てた様子で武器の保管庫の方を振り向き、それから真っ青な表情で村人の方を向き直って呟いた。

「武器が……大量の銃が……全部盗られてる……、」

村では、『龍火のリョウ』の姿はもう無かった。




「ん……、」

リーの部屋でレイは目を覚ました。

「いつのまにか寝ちゃってたのか……、」

(レイ君の戦う理由って、何ですか?)

(半端な覚悟では本当に命を落としますよ?)

「……、」

レイは今朝メープルに言われた言葉を思い出していた。




自分は今まで、『仲間を守る』という目的で戦ってきたつもりだった。

その目的のために自分は強くなるべきだと。

それが自分の『戦う理由』だと。

でも、実際には仲間を守れていない。

ナナを守れず、ソドムを止めることもできなかった。

今までの戦いも、メープルやソドムに守られてばかり。

正直、足手まといになっている。

そもそも、何で俺は『仲間を守ろう』なんて思うようになったんだろう。

他人のために動く。

それは普通に生きるよりも数倍難しい生き方だし、苦しい生き方でもある。

そんな生き方からは逃げた方が楽になるのに。

ソドムやメープルにしてもそうだ。

何で彼らはそこまで必死になるのだろう。

何で彼らは敢えて苦しい生き方を選ぶのだろう。

考えれば考えるほど、レイは自分の答えを見失っていた。




その時、慌てた様子でサンが部屋に突入してきた。

「レイ兄ちゃんッ! 大変ッ! メープル姉ちゃん達がッ!!」

「どうした!?」

「森の植物を通して様子を観察してたんだけど、森の東の方で襲撃を受けたみたいで! 皆気を失ってるのか動かなくなってる!」

戦闘の恐怖なんて言ってる場合じゃない。

レイは勢いよく立ち上がって叫んだ。

「サンッ!! その場所に案内しろッ!!」




レイは森を進んでいく中で、気持ちに迷いが生じていた。

勢い余って出てきてしまったが、自分は今、死地に向かおうとしている。

戦闘の恐怖におびえている自分が行ったところで、何かができるというわけでもないのに。

さっきまで、他人のために生きることに疑問を感じていたのに。

自分自身が理解できない。

「うッ!?」

そんな中、サンが突然仰向けに倒れこんだ。

「サンッ!?」

レイはサンのもとに急いで駆け寄る。

「サンッ!! サンッ!! しっかりしろッ!! おいッ!!」

何度呼びかけても返事が無い。

サンは意識を失っており、その胸には赤いものが滲んでいた。

「『風神』といい『森神』といい……、案外もろいんだな。『神族』って」

青ざめるレイに話しかける男の声が聞こえた。

振り向くとそこには、隻腕になった『龍火のリョウ』が左腕でレーザー銃を構えていた。




「リ……リョウ……、お前……、」

「言ったはずだぜ? 『俺に後ろから狙撃されること』も覚悟の上ってことで良いなって」

(今、『風神』とも言わなかったか? この男……、)

レイの脳内に、恐ろしいことが思い浮かんだ。

だからこそ、確かめないわけにはいかなかった。

レイは恐る恐るリョウに訊ねた。

「メ、メープル達は……、彼女たちをどうし……ッ!!」

「殺した」

レイの全身から血の気が引いていくのを感じた。

リョウはニヤリと笑いながら続けて言った。

「さすがの『風神』も、不意を突かれちゃどうしようもなかったみたいだな。『頭』を一発で貫いてやった。他の2人もな」

レイの耳には最早、リョウの言葉は届いていなかった。

自分の大切なものを一気に奪われた。

レイの脳裏にはその言葉しか無かった。

「あとはお前を殺せば任務達成。『組織』に戻っても殺される心配はないってわけ」

リョウは『殺気』をむき出しにし、銃をレイに向けて構えた。




レイの脳内はぐちゃぐちゃになっていた。

リョウから向けられている殺気に対して、確かに恐怖はある。

しかし、この震えはその恐怖からだけのものではない。

大切な仲間を一瞬で奪われたこと。

それによって、自分の中にどす黒い怒りの感情が湧き上がってきており、それが恐怖と混ざり合っている。

レイの呼吸は荒くなっていた。




「!」

その時、倒れているサンの身体がレイの足に触れた。

彼女は弱々しく呼吸をしていた。

サンがまだ生きている。

怒りの感情と恐怖に支配されていたレイの中で、何かが吹っ切れたような気がした。

「へえ、嬢ちゃんまだ生きてんのか。じゃあ、早く楽にしてやんないとな」

リョウはそう言い放ちながら銃を構えて引き金を引こうとした。




しかし、その引き金が引かれることはなかった。

レイが鉄の槍でリョウの頭部を目がけて突き出したためである。

リョウはとっさに銃で防御していた。

「……俺を殺る気か?」

リョウはレイを睨み付けた。

しかし、レイも鋭い眼光でリョウを睨み返した。

「いい加減にしろよ。クズ野郎」

レイはそのまま『神族・雷の一族』の電撃魔法、『電撃拳フィリッツ』を唱えた。

先日の戦いではサンに引き出してもらった魔法。

その感覚をレイは自然に身体で覚えていた。

彼の身体を電気が纏い、鉄の槍を伝っていく。

「やべっ」

リョウはやや慌てた様子で、電気が銃に伝わる前に鉄の槍を振り切ってレイから距離を取った。

レイはリョウを睨み付けた。

彼の中の恐怖の感情が消えた瞬間。

恐怖を乗り越えた瞬間だった。

怒りと引き換えに。

「ぶっ殺してやる」

「……やってみな」

リョウはニッと笑みを浮かべながら、銃を構えた。




「うおおおおッ!!」

レイは鉄の槍を構えながらリョウに向かって突撃した。

「!?」

しかし、レーザーがレイの頭部をかすめた。

「闇雲に突っ込んで勝てる相手だとでも? 俺のこと舐めてんの?」

死んでいた。

咄嗟に頭を横に傾けなければ死んでいた。

でも、そんなの関係ない。

俺もリョウを殺すつもりでいる。

これが殺し合いだ。

覚悟を決めろ。

レイは集中を高めた。




レイの電撃魔法『電撃拳フィリッツ』は、身体強化魔法の『制限解除デストリクト』と『超速伝導ダクト』を兼ね備えている。

レイはレーザーを紙一重で避けながらジリジリと距離を詰めていった。

(流石に人間離れした反射神経だな。発射されたレーザーを『見てから避けている』。だけどそれにも限度はある。無駄撃ちはやめて間合いに入ったところを狙うか……、)

2人はお互いに間合いを見極めていた。

そして、ギリギリの距離まで来たところで2人の動きが止まった。




(……ダメだ。これ以上は近づけない……ッ!)

レイの反応速度を持ってしても、これ以上近づいてはレーザーを避けられない。

(……、かなり近づいてきたが、ここからなら槍はまだ届かない。もう一歩踏み込んで来たら撃つ)

リョウもまた、自分から間合いを詰めるとレイの槍の間合いに入るため、今の距離でレイが近づく瞬間を待つしか無い。

2人とも、決め手に欠いている状態だった。




(このままじゃジリ貧だ……、だったら……ッ!)

痺れを切らしたようにレイは思い切って前に出た。

「甘いッ!」

リョウは機会を待っていたかのように銃の引き金を引いた。

レイは咄嗟に身をよじる。

レーザーがレイの右肩を貫いた。

「うおおおおッ!!」

撃たれる寸前に槍を左手に持ち替えていたレイは痛みをこらえながら左手で槍をリョウに向かって投げつけた。

「何ッ!?」

リョウは銃で咄嗟に防御した。

槍は銃に衝突し、宙に舞った。

ほんの一瞬だったがリョウがひるんだ。

そこをレイは狙った。




(ぶっつけ本番だけど……ッ!)

レイは前回の戦闘で、電撃を腕まで出す感覚は身につけていた。

今度はそれを発射する魔法。

電撃破(エルシェイブ)』と呼ばれる、『神族・雷の一族』の電撃魔法である。

電撃を纏った左手をリョウに向け、身体の中の神力を左手から押し出すように意識を集中した。

「行ッけええええッ!!」

レイの左手から電撃が一気に放出され、一直線にリョウに向かって行った。




「ぐ……ッ!」

リョウは紙一重で左に避けたが、電撃はリョウが持っている銃に向かって方向を変えてきた。

「何ッ!?」

(!? あの時、帯電していたのか……ッ!?)

先程レイが投げつけた鉄の槍。

そこには電気が纏っていた。

帯電していた槍が衝突した瞬間、銃にも帯電したのである。

電磁誘導。

帯電した銃に引き寄せられる形で電撃が方向を変え、銃ごとリョウに直撃した。




「ぐわああああッ!! ぐ……ッ!!」

リョウは倒れそうになったが必死に堪えた。

(もう一発……ッ!!)

レイはさらに追い打ちをかけに向かっている。

リョウは立っているだけでも精一杯だったが、渾身の力を振り絞って銃を構えようとした。

しかし、左腕が動かない。

電撃の影響で左腕が麻痺しているのである。

(……くそッ!!)

隻腕のリョウに最早なす術は無かった。

レイは『制限解除デストリクト』で強化した右拳でリョウの顔面を殴りつけた。

リョウは大の字に仰向けに倒れた。




「ハア……ハア……ッ!」

リョウは意識があったが、身体は全く動けない状態だった。

その様子を見た後、レイは息を切らしながら、鉄の槍を手に取った。

ぶっつけ本番で技が成功したこと。

戦いに勝利したこと。

今のレイにとってはそんなことはどうでも良かった。

(こいつさえ……こいつさえいなければ……誰も……ッ!)

レイは怒りの感情に支配されており、その呼吸は荒くなっていた。

「うああああッ!!」

そして、左手で槍を振り上げ、倒れたリョウの喉元に向かって振り下ろした。




槍がリョウを貫くことは無かった。

槍はリョウの首の傍をかすめ、地面に突き刺さっていた。

リョウはレイに問いかける。

「何の……つもりだ……?」

「……わからない。お前が憎いはずなのに……、お前を殺したいと思ってるはずなのに……、」

「……、」

「お前を殺したとしても誰も得をしないし俺の気分は晴れない……、むしろ虚しい気持ちしか残らない……、そう思ったら俺、お前を殺せなくなった……、」

そう言っているレイの呼吸は落ち着いていた。

理性を取り戻しているようだった。




「憎いが……殺すのも嫌ってか……、ハッ……じゃあ……何故戦った……? 本当は逃げることも……出来たんじゃないのか……?」

「怖さ……だと思う」

「怖さ……?」

「仲間とか俺の居場所。それをお前に全て奪われるかと思うと、すごく怖くなった。『奪われてたまるか』って気持ちが強く沸き上がった。そう思ったらもう、身体が勝手に動いてた。逃げるなんて考えは無かったさ」

「……、臆病者……ならではの強さか……、」

「……なのかな。『居場所』を守るためなら俺は、命を懸ける。多分、これからもずっと……、」

レイの表情からは迷いが消えていた。

「なるほど……な……、」

その答えを聞いたリョウは一度息をついた後、負けた直後と思えないぐらいの声を上げた。

「聞こえたかー! 『森神』! 『風神』!」




「え!?」

レイは驚いて周囲を見回した。

その視線の先に、サンとリー、メープルが立っていた。

それも元気な姿で。

「え!? え!?」

レイの頭は混乱していた。

全く状況の判断ができていなかった。

胸に着いたケチャップを手に取って舐めながら、サンが申し訳なさそうに、そして計画が上手くいったことに対して嬉しそうな顔をしながら呟いた。

「騙しちゃってごめんね。レイ兄ちゃん♪」

レイは笑顔で返したが、その表情は引きつっていた。




レイはサンから事情を全て聞いた。

全ては、レイの真意を引き出すためにサンが仕組んだ作戦だったとのこと。

考えてみれば、メープルが殺されたとリョウに聞かされただけで確認はしていないし、サンの傷も直接には確認していない。

全て思い込みで判断していた自分にレイは今気づかされた。

(俺って……ホントにバカじゃね?)

レイは地味に衝撃を受けていた。

「……、」

サンが事情を説明している間、メープルはここまでの流れを思い出していた。




「話があるんだけど……、」

そう言われてリーから事情を説明されたメープルは複雑な表情で口を開いた。

「……、何でレイ君を戦いに向かわせようとするんですか?」

「レイ兄ちゃんとメープル姉ちゃんを離れさせたくないから。メープル姉ちゃんだって本当はレイ兄ちゃんと離れたく無いでしょ?」

「……何でそんなことが言えるんですか? 私はただ、離れても良いから、好きな人には戦いから離れて幸せになって欲しいって……、」

「嘘だ。好きな人とはいつも一緒にいたいって思うはずだよ」

僕とサンみたいに。

リーはそう言いかけて口を閉じた。




メープルの表情がやや険しくなった。

「……、リー君には、私とレイ君の気持ちがわかるんですか?」

「わからないよ。所詮他人の気持ちなんて。でもそれはメープル姉ちゃんも同じでしょ? メープル姉ちゃんも、レイ兄ちゃんの気持ちはわかってないと思う」

「……!」

そのことについてはメープルは反論できなかった。

確かに、彼女自身が下した決断の中に、レイの気持ちは含まれていなかった。

「だから、今からレイ兄ちゃんの真意を聞きに行こうって言ってるんだよ。メープル姉ちゃんにも、その上で自分の本当の気持ちに正直に向き合って欲しいって思ってる」

「……、わかりました。行きましょう」

レイの気持ちを確かめる。

それが必要だと感じたメープルは、リーに言われるままついて行くことに決めた。




サンの事情説明が終わったところで、メープルは静かに口を開いた。

「レイ君、前に私に訊きましたよね。クルードさんに殺されかけた後どうやって立ち直ったのかって」

「ああ」

「私も今のレイ君と同じです。リンちゃんが殺されてレイ君の記憶も無くなった時、すごく怖かった。その時の怖さに比べたら、クルードさんに殺されそうになった後でも必死になれたんです。怖さから逃げることは簡単なんですけど、逃げたら逃げた分だけ自分の居場所がなくなっていく。だから私は頑張れるんだと思います」

「記憶を失くした俺にとってはお前が……メープルが唯一の居場所なんだ。だから俺はお前と離れたくないって思ってる」

「……!」

「頼む。俺も一緒に旅に連れてってくれ。お前を、俺の大切な人を、この手で守らせてほしい」

レイはメープルの目をジッと見つめた。




その言葉を聞いて、レイと決別しようとしていたメープルの決意が揺らぐ。

今のレイの言葉、表情は、記憶をなくす前のそれと類似していた。

かつて、引きこもりだった彼女を外界に連れ出した時の、あの頼もしい彼の表情に。

メープルの眼にうっすらと涙が浮かんだ。

「本当に……良いんですか? この先、私達が生きられる保証なんて……、」

「上等! メープルといられるなら本望だよ。一緒に生き抜こうぜ!」

「……、はい! 宜しくお願いします♪」

メープルは顔を一度手で拭い、レイの要望に対して満面の笑顔で応えた。

その傍らで、リーとサンは大いにはしゃいでいた。

「プロポーズ!? プロポーズだよ!? プロポーズが成功しちゃったよ!?」

「結婚!? 結婚するのこの2人!?」

(……マセガキが)

その横でリョウは溜息をついた。




その夜、メープルは部屋で翌日の出発の準備をしていた。

そこに神父がノックをした。

「メープル、いいか? 入るぞい」

「あ、ごめんなさい。今着替えてるので少し待っててくだ……、」

「明日出発なんじゃな」

「って何堂々と入って来てるんですかッ!! ノックの意味はッ!?」

確信犯の神父が直後半殺しになったのは言うまでもない。




「不思議なものじゃな。昔はあんなに家に閉じこもってたのに……、」

部屋の窓の外を眺めながら、神父は黄昏ていた。

「今では自分から外に出ようとするんじゃからな」

「あの時は心配かけてごめんなさい」

自分が『神族』であることで他者からいじめを受け、自宅である教会に閉じこもっていた毎日。

そこから外へ連れ出してくれたのはレイ、ソドム、ナナ、リンの4人と、そしてずっと父替わりとして自分を育ててくれた神父である。

自分が落ち込まないように、常にダジャレで笑わせようとしてくれた神父。

神父がいてくれたからこそ、今の自分がある。

メープルは感謝の気持ちを込めて微笑みかける。




今のメープルを信頼してはいるが、それでも神父は、国を滅ぼした組織とメープルが戦うことに不安を隠せない。

「本当に……大丈夫なんじゃな?」

「はい。今の私には心強い仲間がいますから♪」

メープルはそう言うと、1本の花を花瓶に刺して神父のもとに持って行った。

オレンジ色のバラである。

「バラ……?」

「このお花に、私の『神力』を込めました。私が元気な限り、このお花もずっと咲き続けます」

「これを、わしに?」

「はい。オレンジのバラの花言葉は『絆』です。受け取って下さい。お、お……、」

「?」

メープルは一旦俯いて顔を赤らめた。

そして、顔を上げて神父の目を見つめながら、はっきりと言葉を発し、神父に抱き着いた。

「お父さんッ!」

それは、メープル自身、人生で初めて発した言葉。

彼女にとって、唯一無二の存在であることを証明する言葉だった。

彼女は神父の胸にその顔を埋めた。

「……元気でな。いつでも帰って来るんじゃぞ」

神父はメープルの頭を優しく撫でた。

「うん。約束する。絶対に、生きて、帰ってくる」

メープルは顔を上げ、涙でくしゃくしゃになった笑顔で神父を見つめた。




メープルの気持ちが落ち着いた後、神父はふと呟いた。

「しかし……寂しいもんじゃな……、」

「そうですね……、」

「わが娘の下着を拝めなくなると……、」

「そっちかいッ!!」

メープルの『風刃フレッジ』が炸裂した。




レイはその夜考え込んでいた。

リョウから先程もらったアドバイスについて。




普通、『風神』は前に出て戦うもんじゃない。

後衛で補助魔法でパーティーを強化させながら援護射撃するのが本来の戦い方だ。

『森神』も補助魔法や回復魔法で援護する点は同じ。

ま、俺も狙撃だから後衛タイプだな。

このパーティーにおいて、前衛は『雷神』のお前しかいない。

それはどういう意味か。

もうわかるな?




『リール』に来るまでは、前衛の働きをソドムが担っていた。

しかし、今はもう彼はいない。

彼は完全に『復讐』に支配されてしまった。

自分がリョウと戦った時にそうなりかけたように。

今なら、ソドムの気持ち、わかる気がする。

組織と戦うだけじゃない。

彼に『復讐』に替われるような、彼の気持ちの『居場所』を自分たちで用意するんだ。

それが何かはわからないが、それでも何かを働きかけることは大事だ。




戦いにしても、彼とのことにしても、前衛である自分がガンガン前に出ないと、恐らく何も変わらない。

パーティーも機能しない。

今後、組織と戦っていくに向けて、自分が強くなることは至上命題だ。

やってやる。

『自分の居場所を守るために』。

そして、『自分が友の居場所になるために』。

レイは決意を強く固めた。




翌朝、リーや神父、大勢の村人に見送られながら、レイ、メープル、サン、リョウの4人は『森の里・リール』を出発した。

まずは装備を揃えることと、隻腕のリョウの新しい武器を作ってもらわなければならない。

4人は敢えて危険な国に踏み込むことになる。

『風の王国・ディーン』を滅ぼした、『神族・火の一族』ゲイルが率いる謎の組織。

その組織と密接な関係があると思われる王国。

彼らの次の目的地、その名は『金の王国・ロッド』。


お久し振りです。

この小説を読んで頂いて誠にありがとうございます。

投稿が不定期になってしまって申し訳ありません。

現在ストックは無いので、今後も不定期になってしまいますが、進行具合を報告していこうと考えています。

今回は『居場所』をテーマにあげさせていただきました。

作者自身、最近は特に挫折続きだったのですが、とにかく自分の『居場所』をつくる努力をしようと考えたら気持ちが楽になりました。

他の方も、もしかしたら自然とこのために頑張れるのかなと思いました。

自分の居場所はなかなか作れるものではありませんが、そのための努力は欠かさずにやっていければと思います。

いつまでかかるかはわかりませんが、いつまでかかったとしても『神族』は必ず完結させようと考えています。

次回は番外編を挟む予定ですが、これで第2章は終了です。

第3章からはいよいよ『神族同士の戦い』へと移行していきます。

今後も宜しくお願い致します。


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