第10話 『挫折』
「『処刑』だよ。『戦争』ってこんなもんだろ?」
『風の王国・ディーン』を滅ぼした組織の一員、『キバ』を斬首したソドムは壊れたような笑顔でレイの方を振り向いた。
レイはとっさに視線をそらし、サンを見た。
彼女は顔を手で覆って塞ぎ込んでおり、その身体は小刻みに震えている。
(当然だ……、こんな惨状……10歳の少女に耐えられるわけがない……、俺だってこんな状況から逃げ出したい……、だけど……ッ!)
自分がソドムの暴走を止めなければ。
恐怖を押し殺してレイはソドムと向き合った。
「俺たちがやろうとしてることって『戦争』じゃないだろ? ただ組織を止めようと……、」
「『戦争』だよ。俺らと組織のな」
「……ッ!?」
「それとも、お前はそんな中途半端な覚悟でついてきてたってのか?」
ソドムの殺気が今度はレイに向けられる。
レイは腰を抜かしそうになるのを必死にこらえていた。
「!」
その時、ソドムの足元からツタが生えてきた。
ソドムを拘束するために『神族・森の一族』のサンが唱えた『蔦縛』と呼ばれる魔法である。
しかし、彼は『鋼の剣』でいとも簡単にそれを斬り裂いた。
「……何のつもりだ? 『森の一族』」
「もうやめて……ッ! これ以上人を傷つけないで! じゃないと……!」
彼女がそう言い終わる前に、ソドムは彼女の後ろに回り込んでいた。
「どうする?」
「え……?」
「よせッ!!」
レイが駆け寄ろうとしたが遅かった。
ソドムは剣のみねで彼女の後頭部を強打した。
「あ……、」
脳を直接的に揺らされた彼女は地面にうつぶせに倒れこんで気絶した。
「……ッ!!」
歯を食いしばってレイはソドムを睨み付ける。
「お前……どうしちまったんだよ? 前はこんなんじゃ……!」
「お前が俺の何を知ってる?」
「!?」
レイは自分の知っているソドムとかけ離れている彼に対して恐怖が強くなっていた。
彼はそんなレイが信じられないといった様子でレイを見つめる。
少し間をおいてソドムは静かに話し始めた。
「俺は変わらねえよ。初めから組織の奴らを殺すつもりで動いてる。奴らも同じことしてんだから当然だろ」
「でも……ッ!!」
「まあお前は『記憶喪失』だからな。大事なものを失った奴の気持ち、わかんねえだろ?」
「それは……、」
レイは言葉を詰まらせた。
「これは『戦争』。殺るか殺られるか。それしかねえんだよ」
「そんなことはないッ!! 話し合いで解決する『戦い』も……ッ!!」
「ねえよ。『ディーン』が襲撃された時、のんきに話し合い出来たなんて思ってんのか。殺らなきゃ殺られる。甘い考えでいるとお前も大事な奴を失うぜ?」
「……ッ!」
「はッ、まさかお前ら『神族』がこんな甘ちゃんだったとはな。ま、お前は『リール』の奴らとのんきに暮らしな。組織は俺がぶっ潰すからよ」
ソドムはそう言い残すと、レイに背を向けて歩き出した。
もうソドムを説得するのは今の自分では不可能なことをレイは直感していた。
しかし、ソドムをここで行かせてしまったらもう二度と戻ってこない気がする。
力ずくでも彼を止めなければ。
いてもたってもいられなくなったレイはソドムの前に立ちはだかった。
「……どけよ」
「どかない! お前を行かせるわけにはいかない!」
「じゃあ、俺を殺すつもりでかかって来い」
「……ッ!?」
「その代わり、俺も容赦しねえからな。まさかふざけた覚悟で俺の前に立ったわけじゃねえんだろ?」
ソドムは抜刀術の構えをとった。
『ディーン』一の剣速が自分に向かってくる。
「……ッ! ああッ! 覚悟はできてるさ!」
レイは一瞬たじろいだが、背中に背負っていた『鉄の槍』を手に取って構えた。
「お前を止めてみせるッ!」
『神族・雷の一族』のレイには考えがあった。
身体強化魔法の『制限解除』と感覚強化魔法の『超速伝導』を同時に使用し、反応速度0秒の反射神経と5倍の身体能力でソドムに対抗しようとしたのである。
ソドムの両肩を槍で貫いて戦闘不能にすればその後で説得ができるかもしれない。
そう考えていたレイに対し、ソドムは凄まじい殺気を放った。
「!?」
放たれた殺気に対して生き物は本能的に防御反応をとってしまう。
その殺気に釣られる形でレイは槍を突き出していた。
『剣気』という、ソドムの仕掛けた『フェイント』である。
釣られて出した『突き』には中途半端な威力しか伴わない。
大きな隙を見せたレイに対し、ソドムは冷静に突き出された槍を抜刀で上空へ弾き飛ばした。
「しま……ッ!!」
レイは武器を失い、万歳に近い形で無防備な体勢となった。
ソドムはそこからさらに一歩踏み込むと同時にレイの右腕を肩口から斬り落とした。
「……ッ!?」
速過ぎてレイには何が起こったかわからなかったが、ソドムは返す刀でレイの両足を膝関節から斬り落とした。
バランスを失ったレイは仰向けで地面に倒れこむ。
レイが地面に倒れこんだとほぼ同時にソドムは『鋼の剣』をレイの左肩に突き刺した。
「ぐわああああッ!!」
そこでようやく、四肢に焼けつくような熱さと激痛が駆け巡ってきた。
自分が斬られたんだという実感がわいた。
一瞬だった。
反応速度をいくら0秒にしても、5倍に強化したはずの身体がソドムの動きに全く対応できていなかった。
レイは自分の弱さと甘さを痛感した。
(痛い……熱い……、し……死ぬ……、)
四肢が無いため、うずくまることも出来ない。
気を失いそうなぐらいの激痛と恐怖で全身が震えていた。
『死』が近づいている恐怖。
レイの目には涙が溢れていた。
「ざまあねえなレイ。お前、俺を殺す気なかったろ? 『止める』なんて言ってる時点でお前の負けだ」
ソドムがレイを見下しながら軽蔑した口調で冷たく言い放つ。
「いいか? 『人同士の殺し合い』。それが『戦争』だ。人を殺す覚悟もねえ奴が軽々しく首突っ込むんじゃねえよ」
「ぐ……ふぐ……う……あ……、」
ソドムはレイの肩口から剣を抜いた。
「があッ!!」
あまりの激痛にレイは短い悲鳴を上げる。
(怖い……嫌だ……嫌だ……、)
「痛えだろ。今楽にしてやる」
ソドムは再びその剣をレイに振り下ろした。
(シヌノハイヤダ……、)
全身的な激痛と凄まじい恐怖の中、肉を裂くような音とともに、レイの意識は闇に落ちていった。
焼け野原となった『リール』を朝日が照らす。
村人は木材を運び、焼けた家の再建を始めていた。
(チ……くそ……、)
右腕の武器を失い柱に縛り付けられているリョウは一晩中脱出の機会をうかがっていたが、なす術も無く朝を迎えていた。
自爆を行おうにも起爆スイッチである歯が取り除かれている。
恐らく脳の爆弾も取り出されているだろう。
周囲を数人の村人とリー、メープルが取り囲んでいる。
「さあ話してもらいますよ? あなたを雇っている『組織』のこと」
「……、」
「……、黙秘ですか? 黙ってても良いことありませんけどね」
「……、」
リョウは何かを訴えたそうにメープルを睨み付けている。
「しょうがないですね……ふふっ、じゃあ何しましょうか♪」
その様子を見ながらメープルの口元が緩んだ。
ドSシスターの本領発揮である。
黙秘を続けているリョウに対し、メープルは手のひらに風の刃を作り出していた。
「ひゃへえねんらお(喋れねえんだよ)ッ!!」
リョウは全ての歯を抜き取られた口で必死に訴え続けた。
その努力が認められたのは、メープルの真空魔法『風刃』で全身の衣服を斬り刻まれた後だった。
結論を言うとリョウもキバと同じく、情報をほとんど持ち合わせていなかった。
「情報が無いのならもう用済みだ! コイツを殺そう!」
「首を跳ねてやる!」
村人はいきり立っていた。
村が焼き討ちに遭ったのだから無理はない。
リョウを生かしておくとまた村が襲われるかもしれない。
リーも村人と考えは一致していた。
「ナイフを貸して。僕が殺るよ」
リーは村人からナイフを受け取り、リョウのもとに歩み寄った。
(これも殺し屋の因果……か)
リョウは殺し屋になった時点で早かれ遅かれこうなることを覚悟していた。
しかし、事態はリョウの予想外の方向に動いた。
メープルがリーの前に立ちはだかったのである。
まるでリョウを庇うかのように。
「メープル姉ちゃん……?」
流石にリーも驚きの顔を隠せない。
彼女は優しい笑顔で静かに語り掛けた。
「ダメですよリー君」
「え?」
「どんな理由があっても人殺しはダメです」
「でもこのまま逃がすとまた村が……ッ!!」
「大丈夫」
「え?」
「私を信じてください」
彼女の表情は真剣そのものだった。
リーは困惑したままその場に立ち尽くした。
村人たちは怒りの矛先をそんな彼女に向けた。
「ふざけんな!」
「さてはアンタたちグルだったな!?」
村人の1人がリーからナイフを奪い取り、彼女に襲い掛かった。
「う……ッ!」
彼女はその攻撃を避けずに左肩で受け止めた。
ナイフは彼女の左肩に深く刺さった。
「あ!?」
彼女の無抵抗に対し、村人は驚きの声を上げ、ナイフから手を離した。
「こんなことで気が晴れるのならいくらでも攻撃して良いですよ?」
彼女は肩からナイフを抜きながら村人たちに微笑みかける。
「あなたたちの怒り、私にぶつける分には全然構いません。神の使い、シスターとして私が全部受け止めます。ただ、人殺しだけはいけません。どんな理由があろうと人を裁けるのは神様だけ。人殺しは神様の意思に背くこと。そんなことをすれば今度はあなた達が神様に裁かれてしまいます」
「!?」
「あなた達にそんな罪を背負って欲しくありません」
「ぐ……、」
「大丈夫です。この人は私が何とかします。もう絶対に村を襲わせません。なのでこの場は私に任せて頂けませんか?」
「……、」
「お願いします」
彼女は深々と頭を下げた。
「……ほらほら! メープル姉ちゃんがあそこまで言ってるんだ! 僕たちはメープルお姉ちゃんを信じて持ち場に戻ろうよ!」
それを見たリーは半ば強引に村人をこの場から遠ざけた。
「メープルお姉ちゃん……、」
去り際にリーは呟いた。
「本当に、信じていいんだね?」
「はい♪」
メープルはニッコリと微笑んだ。
「……、何のつもりだ? アンタ。なぜ俺を庇った?」
村人が去った後で、リョウはメープルに話しかけた。
彼女は左肩に回復魔法の『恵光』をかけながら、空を見上げた。
「うーん、自分でもわかりません」
「は?」
リョウは目を丸くした。
何か裏があるのではと考えていた彼は肩透かしを食らったような感覚を覚えていた。
「ただ、あなたには今ここで死んで欲しくないって思いました」
「……? 俺はアンタを殺そうとした人間だぜ?」
「確かに、『過去のあなた』はそうですね」
「!」
「でも『未来のあなた』はどうですか?」
(この女は何を言ってるんだ?)
リョウの頭は混乱していた。
未来の自分なんて深く考えたことも無かった。
そんな彼の顔をメープルは覗き込んできた。
あまりの近さに、リョウは顔を背けた。
「……!? 何だよ!?」
「戦いについてリー君に詳しく聞きました。結果的に森を焼き尽くす結果にはなりましたけど、最初の狙いは私と、あなたに攻撃をしたリー君だけだったんですよね?」
「ああ……、」
「どうして最初から焼き尽くそうとしなかったんですか?」
「!」
無関係の人間を巻き込みたくなかったため。
その言葉を口に出そうとしてグッと呑み込んだ。
そんなこと、殺し屋として口にしてはいけない言葉。
「……そんなの知るかよ」
口ごもるリョウの様子を見て、メープルの口元が緩んだ。
メープルは笑顔で彼に語り掛ける。
「あなたはまだ悪人になり切れてません。死んでしまったらもう何もできなくなっちゃいますけど、生きている限り、人はいくらでも変われるんです」
「……今の俺に先は無えよ。ここにいても組織に戻ってもどっちみち殺される。だったら今この場で……、」
「でしたら私たちと一緒に来ませんか?」
「へ?」
予想外の問いかけに対し、リョウは動揺を隠せなかった。
「……、自分が何を言ってるのかわかってんのか?」
「わかってます。その上でお願いしてるんです」
「俺に組織を裏切れと?」
「『組織に戻っても殺される』。今あなたが言ったことじゃないですか。あなたはもう組織に必要とされていません。それでも組織に戻る理由が他にあるんですか?」
「はッ、言うねえ嬢ちゃん。『居場所の無い』俺を助けようってか? 言っとくが、そんな同情、はなからいらないね。俺はアンタが考えてる程落ちぶれちゃ……、」
「同情? 何を言ってるんですか?」
「は?」
彼女の予想外の反応にリョウは混乱した。
同情でなければ一体何なのか。
彼の頭は再び混乱していた。
「……何を企んでやがる?」
彼は懐疑の眼で彼女を見つめる。
「何って『ビジネス』ですよ。『組織』を『戦力外』になったあなたを私たちが『雇う』だけのこと。今までもそうやって生きてきたんでしょ? 私たちは単なる『雇い主』にしか過ぎませんし、あなたは今まで通りに過ごせば良いだけです」
「……、」
「悪い話じゃないでしょ?」
彼女はニッコリと笑った。
ここでメープルは機転を利かせていた。
彼は元々雇われの身だが、殺し屋の仕事に対して高いプライドを持っている。
そして、今回の任務失敗で組織から消されようとしている。
居場所のない彼はこのままでは組織からの逃亡生活を余儀なくされる。
彼を助けてあげたい。
本当の目的は、組織からも孤立しそうな彼の『居場所をつくる』、いわゆる人助けに近いものだったが、そんな同情のようなものだとリョウは納得しないだろう。
だから敢えて『居場所をつくる代わりにリョウを雇う』という、お互いに利用するだけというニュアンスを含ませた。
「……、わかった。『俺に後ろから狙撃されること』も覚悟の上ってことで良いな?」
リョウは怪しい笑みを見せた。
周りから見ればすぐに裏切るように見えるだろう。
しかし、メープルにはわかっている。
つい先程まで死を望んでいた彼にとって最も必要なものは『自分の居場所』。
それを自らの手で奪うなんてこと、彼は簡単にはしないということに。
彼女は満面の笑顔で返答した。
「望むところですよ♪ それに……それに……!」
「?」
「素っ裸の入れ歯男なんて怖くないですし!」
「早く服を着せろォッ!! ってか縄外せッ!!」
メープルは笑い転げていた。
レイは暗闇の中に立っていた。
ここには何も無い。
光も音も無い世界。
無の世界での孤独。
彼にとってのそれは恐怖の対象でしかなかった。
(怖い……誰か……誰か助けてくれ……、)
彼は頭を抱えてその場にしゃがみ込んでいた。
「―――ッ!!」
その時、彼の耳に誰かが呼ぶ声が届いた。
彼は顔を挙げてその方向を振り向いた。
そこには小さな光があった。
小さいがこの暗闇の中で確かな光。
彼はワラにもすがる思いでその光に手を伸ばした。
すると、その光は次第に広がっていき、彼を優しく包み込んだ。
木でできた天井がレイの目に入ってきた。
レイは村長の家のリーの部屋で目が覚めた。
彼の頭は混乱していた。
(あの世……じゃないよな……、ここは……?)
彼は起き上がろうとして左手の違和感に気が付いた。
「?」
見ると、メープルが彼の手を握ったまま眠っていた。
彼がソドムに四肢を斬られてから実に3日が経過していたのである。
どんなに重傷を負っても生きている限り一晩で身体が再生するという『神族』の体質。
彼の四肢は見事に完全再生されていた。
「メープル……、」
彼はメープルの寝顔をボーっと眺めていた。
(何だろう……、彼女を見るとすごくホッとする……、それにさっきの『光』……前にもどこかで……、)
「あ! レイお兄ちゃん! やっと気が付いたんだ! 良かったあ!」
部屋の中にサンが入って来た。
その両手には薬草が抱えられていた。
彼女は確か後頭部を強打されたはず。
レイは驚きの声を上げる。
「サン!? お前、もう動いて大丈夫なのか!?」
「まあ私は軽傷だったからね! 感謝してよ? お兄ちゃんを運ぶの大変だったんだから!」
凄い怪力。
レイがそう言おうとした時、しばらく空気となっていた神父が部屋に入って来た。
「レイ! この怪力娘の筋トレについてちゃんときんとれ(聞いとれ)! これでお前もマッチョに……ッ!」
直後、神父はサンの両手の薬草を口に突っ込まれて窒息死しかけた。
「はいッ! 薬草持ってきたよ! これで早く元気になってね!」
サンはレイの前に大量の薬草を持ってきた。
「ありがとう。気持ちはすごく嬉しい。嬉しいんだけどさ……、」
レイは下を俯いた。
「どうしたの?」
サンは顔を覗き込んだ。
レイはボソッと呟いた。
「これ、さっき神父様の口に詰めてたやつじゃ……いや、いいや……、」
レイは黙って薬草を食べ始めた。
「え!? 俺、3日も寝てたのか!?」
「まあ、重傷だったからね! メープルお姉ちゃんに感謝しなさいよ! ずっと看病してたんだから!」
「そうだったんだ」
レイはメープルの寝顔を見つめた。
もしかしたら暗闇の中で見つけた光、彼女のものだったのかもしれない。
感慨にふけるレイにサンは補足説明を加えた。
「爆睡しながら」
「台無しだよッ! もっと言い方あるだろ!」
さっきの感動を返して欲しい。
レイは強くそう思った。
レイはサンから事情を聞きながら確信した。
ソドムはレイに止めを刺したわけではなかった。
『神族』は脳を直接やられない限りは死なない。
ソドムはレイの四肢を切り落とした後、心臓を刺してレイを気絶させただけなのである。
彼は鬼になったわけではない。
それならばまだ彼の心を救えるかもしれない。
でもどうやって……。
「なるほどな。ここには『神族』が3人もいたってことか。こりゃまいったねどうも」
近くから声が聞こえ、レイはその方向を振り向いた。
茶系のマントを羽織った男が穏やかな顔でレイを眺めていた。
「……どちら様?」
「『相手に物を訊ねる時は自分から』って習わなかったか?」
「ああ、ごめん。俺は……、」
「俺は『リョウ』。『龍火のリョウ』って呼ばれてるよ」
「バカにしてんのかお前ッ!?」
「頭悪そうだものお前」
レイはデジャブを感じていた。
それもつい最近感じたある男のデジャブを。
リョウの顔つきが突然真剣なものになった。
「『反逆の神族』……か?」
『反逆の神族』。
ディーン城の地下での戦闘。
そこにいた『刃の鎧』の大男もそう言っていた。
次々に大国を滅ぼしている組織。
その組織の幹部に『神族・火の一族』のゲイルがいる。
恐らく組織の幹部達は『神族』で構成されている可能性が高い。
組織は敵対する『神族』を区別するためにその名称で呼んでいるのだろう。
レイは黙って頷いた。
リョウはさらに質問を続けた。
「じゃあアンタたちが生きてここにいるってことは、双剣の男を倒したってことだよな?」
『双剣の男』、恐らく『龍爪のキバ』のことだろう。
キバを知っているということは、この男も『組織』の人間。
だとすると、何故ここにいるのか。
レイが警戒を強める中、リョウは口調を強めた。
「双剣の男をどうした?」
「!?」
レイは言葉に詰まった。
リョウはキバとの関係が深い人物。
キバがソドムに殺されたことはレイの口からは言えなかった。
「……、」
リョウは軽くため息をついた後で、穏やかな口調で話した。
「ま、俺達は『殺し屋』だ。報いを受ける覚悟はできてるし、アンタを責めるつもりも無い。だが覚悟しとけ」
「?」
「人を殺せるのは人に殺される覚悟がある奴だけ。『龍爪のキバ』を殺したアンタもいつか報いを受ける。アンタは見た感じ中途半端な覚悟しかなさそうだからな。せいぜい死ぬまで怯えて暮らすがいい」
リョウはそう言い残して部屋を後にした。
その眼はレイを睨み付けていた。
キバはレイが殺したわけではないが、ソドムを止められずに見殺しにしたことには変わりは無い。
ソドムに四肢を斬り刻まれた記憶が蘇る。
(シヌノハ……イヤダ……、)
毛布を掴むレイの手が小刻みに震えた。
サンと神父は食料と薬草の調達に出かけ、部屋の中でレイはメープルと2人きりになっていた。
「あ、おはようございます! 気がついたんですね!」
メープルは普段と変わらない笑顔でレイに接する。
「ああ。いやあ腹減ったなあ! はは……、」
レイも普段通りに接しようとしたが、リョウの言葉が何度も脳裏を駆け巡っていた。
「……、」
そんなレイの震える手をメープルは手に取って話しかけた。
「レイ君、事情は大体わかってます。ソーちゃんに斬られたことが忘れられないんでしょう?」
「……、」
レイは下を俯いた。
その息は荒くなっていた。
自分は無力。
そんなことは初めからわかっていた。
だからそんな自分を変えようと努力をしてきたつもりだった。
しかし、今回は『死の恐怖』を散々思い知らされた。
強くなりたいという過程、組織と戦うという過程で避けては通れないもの。
レイの心は初めて挫折を感じていた。
「死ぬのが……怖い……、怖いんだ……、震えが止まらないんだ……、世界が危ないってのに……このままじゃ……このままじゃ俺……、」
思わず漏れたレイの本音。
その言葉を聞いたメープルは黙ってレイを抱きしめた。
「!?」
レイの耳元で彼女は囁くように語り掛けた。
「大丈夫。大丈夫ですよ。良いんです。『恐怖』も人の感情ですから」
「メープル……?」
「むしろ私は嬉しいですよ? レイ君もやっと自分の『命』を大切にしてくれるんだって思えますもん」
「!」
「レイ君は十分に頑張りました。もう休んでも良いんですよ?」
「え? ちょ……ッ、」
レイはメープルを離して表情を見つめた。
メープルはニッコリと微笑みかける。
「ここ、『リール』なら安全に生活できます。レイ君はもう戦う必要ありません」
「ちょっと……、」
「『組織』は私達で何とかしますから、レイ君はここで幸せに……、」
「ちょっと待てよッ!!」
レイはメープルの両肩を掴んだ。
「レイ君……?」
「嫌だッ! お前から離れるなんて嫌だッ! なあッ!! 教えてくれよ!! どうやったらこの恐怖心なくせるんだッ!?」
「……、」
「お前、確か前にクルードに殺されかけたよなッ!?」
「はい」
「あの時どうやって立ち直れたんだ!? 教えてくれッ!! 頼むッ!! 頼むよッ!!」
レイは必死な形相でメープルの肩をゆすった。
「俺!! このまま何もできないのはもう嫌なんだ!!」
「……答えたくありません」
「え!?」
意外な返答にレイは耳を疑いメープルの顔を見た。
彼女から笑顔が消えていた。
「……、レイ君の戦う理由って、何ですか?」
「え……!?」
「……、」
メープルは静かな、それでいてしっかりとした口調で逆にレイに問いかけた。
その表情は真剣なものとなっていた。
「もし、私と一緒にいたいというだけでしたら、やめて下さい」
「……!」
「今後の戦い、レイ君を庇うなんてできません。半端な覚悟では本当に命を落としますよ?」
メープルは敢えてレイを突き放すような言い方をして彼の手を振りほどき、部屋を出て行った。
メープルが部屋の外に出ると、リーが目の前に立っていた。
「リー君?」
「メープル姉ちゃん、ちょっと良い?」
2人は見張り台の上に上がって話し始めた。
「レイ兄ちゃん、置いてくの?」
「良い機会かなって思ったんですけど、やっぱり村に迷惑がかかりますよね。あはは」
苦笑いするメープルに対し、リーは首を横に振った。
「それは全然構わないよ。だけど、1つ訊いて良い?」
「何ですか?」
「本当に……これがメープル姉ちゃんが望んでることなの?」
「……ええ。レイ君にはもう、戦いから抜けてほしいですから」
メープルは穏やかな口調で答えた。
「私達、明日にでも別の場所に移動します。だから『組織』の手はここには及びません。もうここは安全なんです。だから……、」
「メープル姉ちゃんは……本当にそれで良いの?」
彼女がレイのことをどう思っているか。
それがわかっているからこそのこの質問。
「はい♪ 好きな人には幸せになってほしいでしょ?」
メープルはニッコリ笑いかけた。
「……そうだね」
彼女は気丈に振る舞っているが、リーは感じていた。
彼女にとってレイは大切な人。
大切な人と離れる苦しさはリーも知っている。
何故ならリーとサンも同じだから。
リーは村を守るために残らなければならないため止むを得ない。
しかし、この2人は、レイさえ立ち直れば離れる必要もなくなるのである。
この2人は離れさせたくない。
メープルがリーの家に戻っていくのを眺めながら、リーは考えていた。
レイを立ち直らせる方法を。
しかし、『神族』2人の考えを変えることは並大抵のことではない。
仮にレイを立ち直らせることができたとしても、メープルが受け入れなければそれは意味の無いことになってしまう。
どうすれば良いのか。
難渋しているリーの耳に声が聞こえてきた。
村が平和になって久し振りに聞いた声。
彼の大好きな『神族・森の一族』の彼女の声。
2人を変えられるかもしれない彼女の声。
彼女は大量の薬草を手にしながら彼に話しかける。
「なーにしょげてんのよバカリー」
この小説を読んでいただき、ありがとうございます。
段々と話が重くなっている感じですが、今回のテーマはタイトルの通り『挫折』です。
初めての『敗北』、さらに『恐怖』を植え付けられたレイがこの後どうなるのか。
『自分の死』、『他人の死』その両方に直面した彼が導き出す『答え』とは?
次回はそれがテーマになると思いますが、正直なところ作者にもわかっていないので、次話投稿は時間がかかるかもしれません。
悩みながら話を作ろうと思います。
迷走するかもしれませんが、この小説をまたよろしくお願いします。