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神族  作者: 鼻づまり
第2章 『森の里・リール』編
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第9話 『処刑人』

日の出が村全体を明るく照らし、『森の里・リール』の人々が活動し始めている頃、レイは見張り台から1人、皆がいるリーの部屋に戻って来た。

「へえ、本当に説得できたのか。すげえなレイ」

リーから情報を聞き出せたレイに対し、ソドムは感心していた。

「まあ、思ったより素直な子だったから」

「それで? 『森の一族』はどこにいるって?」

ニンマリ顔のレイにソドムは期待感を込めて詰め寄る。

レイは遠い目で外を見つめて言った。

「『多分見張り台から北東2時ぐらいの方向に真っ直ぐのような気がする』、だそうです」

「要は『知らねえ』と」

ソドムは肩をガックリと落とした。




「リー自身も1年以上会ってないって。しかも……、」

「『迷いの森』の中にいるってんだろ? 方角なんて当てになるかよ」

「……、だよな~……、」

両者肩を落とした。

「『遭難しそうなんじゃ』」

そんな2人を見ながら、後ろで新聞を読んでいる神父はボソッと呟いた。




「なあ、メープルが起きるまで待つっていうのは?」

『風の一族』メープルの探索魔法『捜風カーラ』があれば『迷いの森』の中でも簡単に探せる。

そう思ったレイがソドムに提案した。

メープルは彼らの傍でスヤスヤと寝息を立てて眠っている。

すると、彼の表情が険しくなった。

「ダメだ。昨晩もメープルの奴寝てねえからな。『神力』は空っぽのままだ。『神力』が回復すんのは『22時~7時の間に睡眠をとった場合』のみ。今日いっぱいはコイツは動けねえし、明日まで待つ時間は俺らには無えよ」

「そうなのか……、」

「それに……、」

ソドムはレイを睨み付ける。

「こんな状態のメープルを見てさらに頼ろうってんのか?」

ソドムはレイの胸ぐらを掴んだ。

「甘ったれんのもいい加減にしろよ」




自分ができることを増やそうと努力をしてきたつもりだった。

しかし、彼の言う通り、ことあるごとに2人に頼っていた。

いや、『頼っていた』んじゃない。

『甘えていた』だけだ。

『頼る』と『甘える』とでは意味が全然違う。

『自分ができること』よりも『自分1人でもできること』を増やしていこう。

きっとそれが、2人を助けることにもなるだろうから。

「……わかった」

レイはソドムの言葉を深く心に刻んだ。




その時、部屋の窓の隙間から矢が放たれた。

「!?」

矢は誰にも当たらず壁に刺さった。

その矢には薬草の束と手紙が括り付けられていた。


『リール自慢の薬草です。どうぞお持ち下さい』


手紙にはそう書かれていた。

矢をつかんでいるソドムの手はワナワナと震えていた。

「なあ、投げ返して良いか? これ」

「よせよ。もったいない」

レイは半ば呆れながらソドムを制した。




その頃、『迷いの森』の南で男達2人が探知機のモニターを眺めていた。

「なあ、訊いて良いか?」

右腕が無い隻腕の男がふと訊ねた。

「俺たちが送った50人の反応が昨晩で全部消えたんだが、これって……、」

その問いに、背中に大剣を2本携えている男が答える。

「見ての通り、全滅したってことよ」

「なあ兄貴、せいぜい華々しく散れよ」

隻腕の男はその腕にロケットランチャーを装着し、その引き金を引こうとした。

「話は最後まで聞けよ。脳みそも片方しか無えのかお前は」

直後、小さな爆発が起こったが、大剣の男は黒こげになりながら落ち着いた様子で説明を開始した。




「モニターの記録、盗聴器の内容から50人はいずれも猛獣に遭遇して命を落としている。その猛獣に遭遇した現場を集計するとこうなる」

大剣の男はモニターを隻腕の男に見せながら説明した。

「……! ここから9時の方向と1時の方向! この場所に向かおうとした奴らが一番多くやられてる」

「ってことはだ。この2か所が『森の一族』が守りたい場所ってことだろ?」

「なるほどね」

2人は不敵な笑みを浮かべて立ち上がった。

「ここから二手に分かれるぞ。リョウ、お前は9時の方向に向かえ。俺はモニターを持って1時の方向に向かう」

「俺にはモニターなしかよ」

「『豚に真珠』だろ?」

直後、再び小さい爆発が起こった。




「ったく、しょうがねえなあ」

『リョウ』と呼ばれる隻腕の男はうつぶせになり、右腕の『ロケットランチャー』を9時の方向に向けて砲弾を放った。

砲弾は地面をまっすぐに抉っていった。

「んじゃあ、行ってくるわ兄貴」

リョウは抉った地面の方向に歩を進め始めた。

「さあてと……、」

その様子を見届けた大剣の男は1時の方向に向かって歩き始めた。

「こっからが俺ら兄弟の腕の見せ所だ」

大剣の男は舌をなめずり回した。




神父を『リール』に置き、レイとソドムの2人は五感を研ぎ澄ませながら森の中を進んでいた。

森の中をもう2時間近くさまよっている。

「中々見つかんねえな。ここが『北東2時』の方向なのかもわからねえし」

「……、」

レイは精神を集中させていた。

自分も『神族』なんだから、どこかにいる『神族』の『神力』を感じ取ることが出来るのではないか。

そう思いながらひたすらその感覚を探った。




「……!」

その時、レイは突然不思議な感覚に襲われた。

周辺の地形がザックリわかる。

周囲で動いているものがわかる。

動いてるものの数がわかる。

そして、遠くで自分たちの動きを見張っているものの存在がわかる。

「……あっちに行ってみよう」

レイは東の方向に歩き出した。

「……おい! 勝手に動くな!」

「わかったかもしれないんだ! 『森の一族』のいる場所!」

「本当か!?」

レイは頷き、自分たちを見張っている者のいる方向に歩き出した。




レイに生じた感覚。

それはいわゆる『レーダー』である。

自身の身体から電磁波を飛ばし、その反射を分析して対象の距離と方向を測る。

電波探知ディオ』と呼ばれる、『雷の一族』特有の探索魔法。

捜風カーラ』より精度は劣るものの、実用性が高い魔法である。

少しずつではあるが、失われていたレイの『神族・雷の一族』としての力が覚醒し始めていた。




正午を過ぎて陽が傾き始めていたころ、森の中を進んでいたリョウは歩みを止めた。

「……ビンゴ」

その目線の先には『森の里・リール』があった。

(さてと……兄貴を呼ぶか? でも呼んでる間に奴らに逃げられてもな……、とりあえず穏便に村の中に忍び込むか……、)

そう考えていたリョウの頬を1本の矢がかすめた。

リョウの頬から一筋の血液が流れる。

「こいつは、宣戦布告ってことでいいのかな」

リョウは右腕に大砲を装着した。

無関係の人間を殺すのは彼らの主義ではなかったが、この一発で『森の里・リール』は無関係ではなくなった。

『組織に仇なす敵』となったのである。

リョウは臨戦態勢に入った。




「どうした? 獲物でもいたのか?」

見張り台の1人の男がリーに話しかけた。

「うん。殺気丸出しの獣がね」

リーはゆっくりと第2の矢を構えた。そして見張りの男にこう告げる。

「一応皆を村の広場に避難させて。多分次で仕留めるから大丈夫だとは思うけど」




レーダーを頼りに森の中を進むレイ達はやや視界が開けた場所に出た。

「ここらへんにいるよ。多分……、」

「多分じゃ困るけどな」

そこには小さな畑と小さな小屋があった。

ここに誰かがいることは間違いない。

レイ達は周囲を見回した。




「!?」

その時、地面からツタが生えてきてレイ達の身体に絡みついてきた。

「レイッ!! 避け……ッ!!」

ソドムが叫びながらレイの方を振り向いた時にはすでに遅かった。

レイはツタに捕まり動けなくなっていた。

「捕まんの早えよッ!?」

ソドムはとっさにレイのツタを斬ろうとしたが、その隙を突かれソドムの四肢にツタが絡みついた。

「くそッ!!」

ソドムは力ずくで千切ろうとしたが、ツタは予想以上に強靭で千切れそうにない状態だった。

「ソドム、ごめん」

「謝るな。お前の弱さは想定内だ」

レイの弱さをソドムはフォローする気は無かった。




「アンタたち誰ッ!? 何でしつこく私を狙うの!?」

声がした方向に振り向くと、そこには美人な黒髪ロングの女性が立っていた。

先程ツタを操っていた人物。

(あれ? リーの話だと『サン』は子どものはずじゃあ……、)

レイはそう思いながら女性に問いかけた。

「君が『サン』?」

女性は慌てた様子でごまかそうとする。

「さ、サンって誰のこと? 『森の一族』? し、知らないなあ! 私はただの通りすがりよ! 別にそのツタだって私が操ったんじゃないんだからね!」

女性はそう言いながら目をそらして口笛を吹いていた。

その額には大量の汗がにじんでいる。

(あ、これ嘘つくのが下手なタイプだ)

レイは気が付かないふりをしようかどうか迷っていた。




そんなレイに対し、ソドムが怒鳴りつけた。

「おい! レイ! 聞いてねえぞ!」

「?」

「『森の一族』がこんな美女だなんてよ! お前ちゃっかり独り占めする気だったろ卑怯者ッ!」

「お前じゃねえんだからそんなことしねえよッ!」

ソドムの性格を把握しているからこそ、レイは『サン』が少女だという情報はあえて伏せていた。

(何なの? この人たち……、)

2人の言い争いを聞きながら、『サン』は混乱していた。




「話を聞いてくれ! 君に危険が迫っている! 今ここにいちゃ危ないんだ! 俺たちは君を助けたいだけ! とにかくここから離れようッ! 話はそれからだッ!」

レイは必死に叫んだ。

しかし、彼女は耳を貸すつもりはないようだった。

「そんなこと言って! 本当は私を利用したいだけなんでしょ!? 『リール』の人たちと同じ! どうせ人間なんて皆自分のことしか考えてないんだもん! アンタたち3人も結局同じなんでしょ!?」

「違うッ!! 俺たちは本当に……ッ!?」

そこまで話してレイは違和感に気が付いた。

3人……?

ソドムと自分で2人ではないのか?

最悪の事態を想定したレイは恐る恐る背後を振り向いた。




「フッ……目的がバレちゃあしょうがねえなあ」

背筋が凍った。

一目ですぐに分かる。

コイツは組織の人間だ。

それもタダ者じゃない。

やばい。

動けない今、彼女を守る術がない。

どうする。

レイの頬を冷たい汗が伝った。

そこには大剣を2本背負った男が不敵な笑みを浮かべていた。

ツタで四肢を封じられた状態で。

「お前も捕まってんのかよッ!?」

レイ達2人は思わず叫んだ。




「お前誰だ?」

(気配を全く感じなかった……、コイツ……、)

ソドムは戦慄を感じていた。

「『人に物を訊ねるときは自分から』って誰かに教わらなかったか?」

「……ああ、悪いな。俺は……、」

「俺は『キバ』。 『龍爪のキバ』って呼ばれてる」

「馬鹿にしてんのかてめえッ!?」

「だって見ろよ今のこの状況。馬鹿としか言いようがねえでしょ」

「お前が言うなッ!」

ソドムは完全に手のひらで転がされていた。

キバという男はこの状況を明らかに楽しんでいるようだった。




「『森の一族』さんよお」

話を切り替えて、キバはサンの方に振り向いた。

「俺たちの仲間にならねえか? 邪魔なやつを消してこの腐った世界を俺たちの手で書き換えてやるんだ。面白そうだろ?」

キバの眼は狂気に満ちていた。

「だ、誰がアンタたちなんかに……ッ!?」

「……仲間になるつもりは無い。そういうことでいいんだな?」

キバはニイッと笑いながら縛られた両腕を力任せに強引に動かして大剣2本を手にし、自身を縛っているツタを斬り裂いた。

「じゃあ、死んでもらうよ」

「え!?」

ツタを簡単に斬られたことにサンは驚きを隠せなかった。

直後、ソドムが叫んだ。

「俺達のツタを解けッ!! 早くッ!! 手遅れになるぞッ!!」

サンはその言葉でとっさにツタを解き、迫ってくるキバの前に木の壁を出現させた。

しかし、キバは大剣で瞬時に木の壁を粉々に斬り裂き、横薙ぎに彼女を斬った。

「きゃあああッ!!」

無防備な彼女の胴体を大剣が斬り裂く。

キバは止めを刺すため、もう一方の大剣で彼女の首を狙った。

その大剣をソドムが割って入って止めた。

ソドムは大剣を力で弾き、一歩踏み込んでキバの首を狙って斬りつけた。

しかし、キバは一歩後退し、距離を取った。

その動きには余裕が感じられた。

「レイッ!! 『森の一族』を頼むッ!!」

ソドムは瀕死の彼女を掴みあげ、レイに向かって投げた。

彼女は既に意識がない状態だった。

「意地でもソイツを守れッ!!」

その言葉にレイは黙って頷く。

ソドムは『鋼の剣』を構えた。




「お前、タダ者じゃないね。何者?」

キバが興味あり気に質問した。

「『風の王国・ディーン』のソドム。軍隊の小隊長をやっていた」

「へえ、あの弱小国の小隊長ねえ。じゃあ残念だけど、実力もたかが知れてんじゃない?」

見下した態度のキバに対し、ソドムは落ち着いた対応を見せる。

「なら証明してやるよ。アンタの眼が節穴だってこと」

「はッ、態度だけは一流か。面白いよお前。まあ思いっきり楽しもうぜ」

キバは2本の大剣を両手に構えた。

対峙した2人はお互いにニイっと笑みを浮かべた。




その時、『リール』の方向で爆発音が響いた。

「……ッ!? 何だ!?」

ソドムは爆発音の方角を見る。

「お前の反応……、どうやら向こうも『当たり』だったようだな」

「……何をした?」

ソドムがキバを睨み付ける。

キバは得意げに説明を始めた。

「簡単なことだ。組織の刺客は1人じゃなかった。それだけのこと。あっちには『リール』があるんだろ?」

「……、」

「助けには行かせねえよ? そんなつまんねえ行動なしにしようぜ」

「ああ……、」

ソドムの眼はキバに向いていた。

ソドムは改めて『鋼の剣』を構える。

「まあ、あっちには『風神』がいるからな。俺はここでアンタを斬るだけだ」

「へ? 風神? マジで?」

「まさか『加勢に行きたい』なんて言わねえよな?」

「……当然」

アイツなら何とかするだろう。

ソドムとキバはお互いに仲間を信じ切っていた。

キバは両手の大剣を手に、ソドムに斬りかかった。




先程の爆発はリョウが大砲の砲弾を放ち、その砲弾をリーが射落とした音である。

リーは弓の腕なら『リール』一の実力。

砲弾を射落とすことは彼にとっては容易なことだった。

今度は矢を2本同時に構えた。

リョウは見張り台をめがけて再び砲弾を放った。

(奴は間違いなく僕を狙ってる。だからこそ的が狙いやすい)

砲弾はリョウに向かって一直線に来る。

つまり、その直線上に奴もいるってこと。

リーは2本の矢を同時に構え、ややタイミングをずらしながら放った。

1本は砲弾に直撃して爆発。

もう1本は真っ直ぐにリョウの顔面に向かっていった。

「……ッ!?」

リョウはとっさに首を右に倒した。

矢はリョウの左頬をかすめて後方の木に刺さった。

(へえ、奴の狙撃は俺と同等かそれ以上。このままじゃ分が悪いな)

リョウは右腕に装着している大砲に付いているダイヤルを回し、それを空に向けた。

(最初は殺すのを見張り台の奴だけに留めるつもりだったが、この際仕方ねえ)

リョウは空に向かって砲弾を放った。




(アイツ……どこに向かって……!?)

リーは空に弓を構えた。

太陽の光で若干見えづらくなっているが、落ちてくる砲弾の位置はわかる。

リーは砲弾に向かって矢を放った。

矢は正確に砲弾をとらえた。

「!?」

次の瞬間、砲弾が分解し、無数の小型焼夷弾が村に降り注いだ。

『金の王国・ロッド』で開発されている『クラスター爆弾式焼夷弾』である。

村の至る所から火の手が上がった。

「な……ッ!?」

「経験が浅い。若すぎるよアンタ」

焼夷弾に気を取られている隙をついて、リョウはレーザーでリーの左肩を打ち抜いた。

「しま……ッ!!」

リーは見張り台から落下した。

森や木で囲まれている村はあっという間に火の海に囲まれていった。




ソドムは大苦戦していた。

本来、二刀流はその刀の重さゆえに、一方で攻め、もう一方で守りといった型を取る。

しかし、キバは違った。

両腕が機械のために常人離れした腕力を持つ彼は、それぞれの剣を独立して操るため、各剣が攻めと守りの両方を同時に行う。

しかもその剣速はそれぞれがソドムと同等のスピードというものだった。

ソドムと同等の剣速、それが2本同時に襲い掛かってくる。

全神経を防御にまわせば何とか防げるが、少しでも攻撃に転じようとすると相手の攻撃を受ける。

(くそッ! この強さ、下手すりゃ兄貴と同等レベルじゃねえか。どうする……ッ!?)

ソドムは八方ふさがりの状態で、とっさにレイの方向をチラ見した。

レイの援護を待っているようだった。

このままじゃソドムが危ない。

そう思ったレイは援護に入ろうとした。

「……ッ!?」

その時、レイは何者かに口を塞がれ、そのまま茂みに連れ込まれた。

(誘拐されてんじゃねえよ雑魚がァ!!)

援護の無いソドムの身体は徐々に斬り傷が増えていった。




見張り台から落下したリーが目を覚ますと、目の前にメープルが立っていた。

リーの左肩には薬草が包帯で貼られていた。

「メープル姉ちゃん……?」

「リー君、目が覚めましたか? ごめんなさい。まさか村がこんなことになってるなんて思いませんでした」

「謝るのはこっちだよ。僕がふがいないばかりに村が……ッ!」

「大丈夫。謝るのはまだ早いですよ?」

「え?」

リーは俯いた顔を上げた。

「『目には目を』。奇襲にはこっちも奇襲で対応すればいいんです」

メープルはリーにニコッと笑顔を見せ、それから家の炎を見つめながらこう告げた。

「リー君……覚悟はできてますか?」

「え?」

「村のために命を懸ける覚悟……です」

リーは驚いたようにメープルの表情を見つめる。

彼女の顔は真剣そのものだった。




全身斬り傷だらけで防戦一方のソドムは覚悟を決めていた。

(こりゃあ、もう犠牲無しなんて言ってらんねえな)

ソドムはキバの攻撃を防ぐことを諦めた。

守りに向いていた意識の全てをたった一撃のみに集中させた。

ソドムは一旦『鋼の剣』を鞘に納める。

(何を……ッ!? とうとう諦めたか!?)

キバは右手の大剣でソドムに斬りかかった。

ソドムの狙いはただ一つ。

キバが持っている『右手の大剣の根元』だった。

ソドムは全神経を『キバの大剣を1本折ること』だけに集中させた。

「はあッ!!」

ソドムは国内随一と言われた抜刀術でキバの大剣を根元から破壊した。

キバに左手の大剣で腹を斬り裂かれることを覚悟の上で。

(1対1の勝負ならアンタの勝ちだ……、だがな……、)

ソドムの腹部から大量の鮮血が飛ぶ。

「戦ってんのは……俺1人だけじゃねえ……、」

ソドムはフッと笑みを浮かべながら地面に倒れこんだ。

(後は頼んだぜ……レイッ!)




「うおおおあああッ!!」

「何ッ!?」

キバが背後を振り向くとそこにはレイが迫っていた。

その右手に『電気』を纏わせながら。

『神族・雷の一族』の得意としていた魔法。

『電気』を操る基本的な魔法、『電撃拳フィリッツ』と呼ばれる魔法である。




時は少しさかのぼる。

口を封じられ茂みに連れ込まれたレイはパニックとなっていた。

「しーッ! 静かにしなさいよッ!」

声の方向にレイが振り向くと、そこには10歳くらいのおさげの少女がいた。

「えッ!? 誰ッ!?」

「私は『サン』ッ! 大丈夫ッ! あなたたち悪い人じゃなさそうだから協力してあげる!」

驚いたレイはふと自分の手元を見る。

そこにはさっきまで瀕死でいたはずの女性がただの木の人形となっていた。

「え? え? どうなってんのこれ?」

「説明は後ッ! それよりあなた『神族』なんでしょッ!? だって『神力』感じるもん! 『神力』の使い方全然なってないけど!」

「え、ああ、一応『雷の一族』だけど……、」

「右手出してッ! あなたの『神力』使えるようにしてあげるッ! だからお願い! あの男を倒してッ!」

小さい子どもに馬鹿にされたようで釈然としなかったが、レイは言われるがままに右手を差し出した。

少女はその右手に意識を集中させる。

すると、レイの身体の中心にある『温かいもの』が右手に移動していくのが感じられた。

そしてそれが右手の手のひらに到着した瞬間、右手から電気が溢れ出してきた。

「うわッ! 何だこれッ!」

「驚くのも後ッ! その手であの男に触ってきて! 大至急ッ!」

(さっきから何なんだこの子?)

レイは首をかしげながら、身体強化魔法の『制限解除デストリクト』も唱えてキバに向かって走り出した。




(何でこんな所に雷神が!?)

「くそッ!!」

キバはとっさに左手に持った大剣でレイを横薙ぎに斬りつけた。

しかし、その大剣は空を斬った。

キバがレイだと思ったそれはきれいに消え去った。

「残像だと……ッ!?」

レイはキバの死角、右脇に潜り込んでいた。

「喰らええええッ!!」

レイは右腕を突き出した。

キバはとっさに右手の籠手でガードしたが、レイの右手に纏った『電気』は確実にキバの体内を駆け巡った。

「ぐう……ッ!! うおおおおッ!!」

「!?」

キバはそれでも右手の裏拳でレイのこめかみを殴り飛ばした。

しかし、満身創痍の彼は背後に立つソドムに気付かなかった。

いや、気付いても避けられなかった。

彼の身体は電撃で麻痺していたから。

「終わりだ」

ソドムは力を振り絞ってキバの背中を縦に斬り裂いた。

キバは大量に吐血し、そのままうつぶせに倒れこんで動かなくなった。




リョウは炎に囲まれる村を見届けるとともに、村から人物が出てくることに備えてレーザー銃を構えていた。

「……、悪いな……、」

リョウはやるせない気持ちでいっぱいだった。

任務とはいえ、罪のない人々を巻き込んでしまったことに。

その時、村の中心から渦を巻くような突風が発生し、炎が一瞬で消し飛んだ。

「……!? 何だ!?」

リョウは村を凝視する。

村の中心にはメープルが立っており、その周りを強い風が囲むように渦を巻いていた。

『神族・風の一族』の守りの魔法、『風守デシルド』と呼ばれる魔法である。

原理は真空魔法の『風龍破ガルオン』の向きを、本来の竜巻の向きにしただけのこと。

しかし、その強度は『風鎧モーラ』よりも更に強力で、大抵の攻撃や炎、吹雪をシャットアウトする。

「あれが……『風神』か」

ダイヤルを回し、レーザーのモードを『貫通重視型』に変更する。

『貫通重視型』なら『風神』のバリアも突き破れるだろう。

リョウはそのように考え、レーザー銃をメープルに向けて構えた。

その時、空から降ってきた1本の矢がリョウの右肩に突き刺さった。

「何ッ!?」

上空を見上げるとそこには弓を構えているリーがいた。

リーは近くの木に落下し、体勢を立て直しながらナイフを持ってリョウに向かって走り出した。

「このガキ……ッ!!」

リョウは右腕の銃を構えようとするが、右腕が麻痺して上手く上がらない。

実は矢じりの先端に『リール特製・しびれ薬』が塗られていた。

神経が麻痺する毒である。

リーはリョウに一直線に向かって行った。

(こんなガキに……やられてたまるか……ッ!)

「うおおおおッ!!」

リョウは力任せに右腕の銃をリーの額に向けた。

(やば……ッ! 撃たれる……ッ!)

リーには銃を避ける技術は持ち合わせていない。

絶望的な状況に思われたその時、リョウの右腕が肩口から切断され、銃も粉々に破壊された。

メープルが最後の神力を振り絞って真空魔法『鎌風シード』の刃を放ったのである。

武器を失くしたリョウはリーにナイフで腹部を刺され、直後に意識を失った。




リョウの敗因は立ち上がる炎で自らの視界を奪ってしまったこと。

そのため、空中に飛んでいたリーに気が付かなかったことが挙げられる。

メープルが立てた作戦は次の通りである。

リーを飛翔魔法『翔風エルフィン』で上空に飛ばすこと。

炎をぎりぎりのタイミングで『風守デシルド』で吹き消し、リョウの注意を引くこと。

その上でリーが『しびれ薬』つきの矢をリョウの身体に射ち込むこと。

弱らせたリョウの身体に『睡眠薬』つきのナイフで突き刺すこと。

この作戦は薬がリョウの身体にどれだけ効くかということが重要だったため、『リール』の人々やメープルにとって一か八かの賭けだった。

「はーッ、良かったあ。死ぬかと思った……、」

「……おやすみなさい」

リーは安心して腰を抜かし、メープルは神力が尽きたことでその場に倒れこんで深い眠りについた。




夕陽が森を照らす中、ソドムは斬られた腹にサンの薬草の葉を当てられていた。

サンはその薬草の葉に神力を注ぎ込む。

メープルの回復魔法、『恵光ユライト』と同じ原理だが、薬草の葉を介している分『恵光ユライト』よりも回復力はかなり高い。

『神族・森の一族』特有の回復魔法、『恵葉光ユライトフル』という魔法である。

ソドムの腹部はみるみる回復していった。

「ビビったぜ。レイ、お前『残像拳』も使えたんだな」

「あれは俺じゃないよ。この子の……、」

「『幻覚香ハルセンス』。指定した相手に幻覚を見せる『森の一族』の幻惑魔法よ」

小さな少女、サンは鼻高々に説明する。

つまり、キバも含め、男たち3人は初めから彼女の術中にはまっていたというわけである。

諦めきれないソドムはサンに訊いてみた。

「なあ、今も『仮の姿』なんだろ? 本当は『大人の美女』なんだろ?」

「『大人の美女』に憧れてる『美少女』よ! ちなみに『幻覚』には耐性が出来ちゃうから、もうあなた達に幻覚は見せられないけどね!」

サンはヤケクソ気味に開き直っていた。

「なぜあのタイミングで使ったあああッ!」

もうあの美女には会えない。

ソドムは頭を抱えて悶絶した。

(……、目いっぱい苦しむがいい)

レイはソドムを蔑んだ目で見下していた。




「あなた達、ただ私を保護したいだけってわけじゃないんでしょ?」

サンが問いかける。

彼女の表情は先程と打って変わって穏やかなものとなっていた。

レイはフッと笑って答えた。

「最初は本当に保護したいだけだったんだけどね。さっきの戦いを見て考えが変わったよ」

「……私の力を借りたいってこと?」

「ああ。さっきの奴は俺たちが止めようとしてる組織の一員。俺たちが相手にしてる組織は国を滅ぼすくらい強大な勢力だ。強い仲間は1人でも多い方が良い」

「私、戦いはそんなに得意じゃないわよ? 力も弱いし……、」

「つまり『後方支援型』だろ? 大丈夫だよ。こっちにはバリバリの『前衛型』がいるし。絶対に君を守るからさ」

レイはソドムに視線を向けた。

ソドムは不機嫌そうに言い返した。

「言っとくが本来はお前も『前衛型』だからな。自覚しとけよ『最弱』」

「な……ッ!? わかってるよ! 俺だって『神力』使えば……ッ!」

「あり得ないぐらい使い方下手だけどね」

サンの一言でレイは地面に突っ伏した。




「私ね、いつの間にか人が信じられなくなってた。人は皆自分勝手な生き物だって。だけどね、さっき私を取り合ったり必死に守りながら戦ったりするお兄ちゃん達を見てて思ったんだ。『こんな変な人たちもいるんだ』って」

サンは思い出し笑いのようにプッと吹き出した。

「いやいや俺はソドムみたいな変な奴じゃないよ?」

「同類だ。『最弱』」

「なッ!?」

「きゃはははっ♪」

サンは耐えきれずに笑い出した。

レイはそんなサンの笑顔を微笑ましく眺めていた。

「……、」

ソドムはレイにドン引きしていた。




「まあ、私がいると『リール』が襲われるってこともわかったし。お兄ちゃん達についてこっかな」

「本当か!?」

レイは勢いよく顔を上げて彼女の表情を見た。

彼女は満面の笑顔を向けていた。

「悪い人たちじゃなさそうだしね! だけどその代わり!」

彼女はレイの眼前に人差し指を立てた。

「『守る』って言ったからには責任もってよね♪」

彼女はレイにウインクをした。

「お、おう」

レイは顔を若干赤らめた。

「出たよ。レイの『ロリコン』」

「……え?」

ソドムの言葉にサンはドン引きする。

レイは黙ってソドムを殴りつけようとして返り討ちにあった。




気を取り直したレイ達は木に縛り付けたキバを問い詰めていた。

(『風神』……『森神』……そして『雷神』か……、『神族』が3人もいちゃあ勝てねえわな。どうすんだ? ゲイル様。いくらアンタでも危ねえぜ?)

キバは抵抗の素振りも見せず、素直に話し始めた。

「俺は組織についてはほとんど知らねえ。知ってるのはせいぜい俺たちの上司のゲイル様の居場所。それだけだ」

「そのゲイルは今どこにいる?」

ソドムはキバを睨み付けるように尋ねる。

その首には『鋼の剣』をあてがっている。

脅しにしてもやり過ぎじゃないか?

レイはそう感じていたが、この場面はソドムに任せることにした。

「『金の王国・ロッド』から東に位置する『ロッド鉱山』の洞窟。そこが俺たちのアジトだった。ただ、俺の身体のどこかに仕掛けられている盗聴器で情報はダダ漏れ。今から向かってももういないと思うけどな」

キバは組織のことについて情報を隠しているつもりは無いようだった。

どうやら組織は裏切りがあった時を想定して、部下にも余計な情報を与えていないようだった。

(情報なしか~……、)

有益な情報を聞き出せなかったレイはがっくりと肩を落とした。




「そうか。ありがとな。キバ」

「え?」

その時、レイの眼前で信じられないことが起こった。

「あの世で会おうぜ」

ソドムが不敵な笑みを浮かべながら『鋼の剣』でキバの首をはねたのである。




キバの頭部はドスンと地面を転がり、首から上を失くした胴体からは血が噴水のように噴き出した。

サンが大きな悲鳴を上げてしゃがみ込む。

「ソドムッ!? お前何を……ッ!?」

そう言いかけたレイをソドムは鋭い眼光で睨み付けた。

その眼は今までの彼と違う、憎しみの込められた眼だった。

レイは後悔した。

ソドムの傍にずっといながら、彼の心境の変化に全く気付いていなかった。

彼の境遇を考えればすぐに気付けたかもしれない。

彼は『風の王国・ディーン』が組織に滅ぼされた時、親友が1人殺されている。

さらにその時から兄ともう1人の親友が消息不明になっている。

そんな彼が組織に対して何を考えているのか。

レイ達が考えていた『組織を止める』という甘いものではない。

『組織に復讐をする』というものではないのか。

そのことにいち早く気づいていれば……。




「何ってお前、『処刑』だよ」

血の雨で全身を真っ赤に染めたソドムは剣に付着した血をなめずりながら、壊れたような笑顔でレイにこう告げた。

「『戦争』ってこんなもんだろ?」

読んでくれている方、ありがとうございます。

ややホラーチックになっていますが、『戦い』って何なのかということについて漠然と気になっているので、今回のテーマとして挙げさせていただいてます。

レイやメープルが考えている『戦い』は、『敵の暴走を止めること』。

だから、敵が戦意を失ったときは無駄な殺人は行いません。

しかし、ソドムにとっての『戦い』は『敵を殲滅すること』。

だから、実は彼は初めから敵を殺しにかかっています。

旅に出る前から、仲間だと思っていた彼らの考えの根本が異なっていたということです。

『戦い』って何でしょうね。

『敵の暴走を止める』だけでは自分が危ないという点で良くないかもしれませんが、『敵を殲滅する』ことが果たして本当に正しいのでしょうか。

まあ『敵を作らないようにすること』が最も理想ではありますが。

『戦争』、それは人類にとっての永遠のテーマですし、答えを見つけるのは本当に難しいと思います。

これ以上は自分も掘り下げられないので、今回の後書きはここまでにします。

次回もよろしくお願いします。

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