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神族  作者: 鼻づまり
第1章 『風の王国・ディーン』編
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第1話 『記憶喪失』

雨が降り続ける中、泣き叫んでいる少年、レイ。

その手の中にはぐったりとしている少女。

彼女が誰なのかはわからない。

何故自分が泣いているのかもわからない。

ただ、涙が止まらない。

不思議な悲しみが支配する中、彼はゆっくりと目を覚ました。




外からは小鳥の囀りが聞こえてくる。

気持ちの良い朝だった。

「…………」

まださっきの涙の跡が残っている。

さっきの夢は何だったのだろう。

ゆっくりと上体を起こし、気持ち良さそうに大きく伸びをして周囲を見回した。

周りには誰もいない様子だった。

「……どこだここ?」




直前まで自分が何をしていたのか思い出せない。

それどころか、自分の名前も思い出すことができない。

気が付くと見知らぬ部屋のベッド上で眠っていた。

彼はこの時、自分が記憶喪失だということには気がついていなかった。




んーまあ、何らかの事情で家に帰れなくなって、この部屋の主が泊めてくれたって感じか。

能天気にそんなことを考えていた。




主は良い人なのかな。

でもこれ、どう見てもダブルベッドだよな。

見間違いじゃないよな。

何でこんなところに寝かされてるんだ?

まさか、添い寝?




そう思った瞬間、鼻から液体が流れるのを感じた。

レイは咄嗟に鼻を押さえた。

流れていたのは赤い液体だった。

いやいや妄想で鼻血ってどんだけベタだよ。

流石に部屋のものを汚してはいけないと思い、平常心を保とうと強引に妄想の内容を変えた。




添い寝をしてたのは男。

添い寝をしてたのは男。

添い寝をしてたのは男。




その気持ち悪さは想像以上で、レイは口から大吐血した。




ダブルベッドが殺人現場のようになっている。

この部屋の惨状、主に見つかったらきっと殺される。

主が部屋に帰ってくる前に何とか。

レイは玄関のドアを勢い良く開いて外へ出た。




「はあ!?」

外に出てみて思わず変な声が出た。

家の周囲360°の全てが大きな湖に囲まれている。

向こう岸には森林が広がっている。

泳がなければ向こうには行けない。

でも泳いで行けない距離というわけではなさそうだ。




「ふふ……外に出たけりゃ泳いでけってことか……上等っ!!」

レイは覚悟を決めて服を脱いだ。

あの部屋から出られるなら裸にだってなってやる。

準備運動を完了させ、いざ湖に飛び込もうとしたその時だった。




湖の水面から何かが突然顔を出した。

「!?」

見間違いかな。

一瞬そう思ったが、何度見ても間違いない。

首長竜の怪物がそこにいる。

後で部屋にあった恐竜図鑑を調べてみてレイは知ったが、それは全長7mを越えようかという程の怪物、フタバスズキリュウだった。

今にも襲い掛かりそうな目でこちらを睨みつけている。

「…………」

レイは黙って服を着直し、俯いて家の中に戻っていった。




さて、一体どうやって外に出る?

でもこの部屋の主は『実際に外に出かけてる』んだよな?

湖を泳いで渡れないとなると、やっぱりこの家の中に隠し通路か何かあるってことか?

レイは部屋の隣の小部屋を見つけた。

まずはこの部屋を調ベてみるか。




レイは小部屋のドアを勢い良く開けた。

直後、上から白い粉が大量に入った袋が落ちてきて、頭から白い粉を被ることになった。

まさかのブービートラップだった。




部屋の中には大きな本棚があり、中には大量の本が隙間無く立て掛けられていた。

ここは書斎か。

『聖書』が大量に置いてある。

部屋の主は教会関係の人か?

ってかそんな人があんなベッド使うか?




「……ん?」

その時レイは偶然、本棚横の床板の柄が室内のものと異なることに気がついた。

これ、もしかして外せんのか?

彼は床板に手を掛け、力一杯に持ち上げた。

瞬間、床板は大きな音を立てて真っ二つに割れてしまった。

器物損壊、これで何度目だ?

殺される。

家の主に殺される。

全身がしばらくの間小刻みに震えた。




床板の下は地下に続く階段となっていた。

ご丁寧に岩壁には明かりの付いたランプがかかっている。

どうやらここから外に出られそうだ。

レイは階段を一段一段ゆっくりと降りていった。




階段の最下層に到達した時点で何かの気配を感じた。

何だ?

目を凝らして周囲を見渡すと、そこには水色のゼリー状のものが3体うごめいていた。




「え……何? 何この物体?」

唖然としていると、ゼリーの内の1体が思い切りぶつかってきた。

「ウゴォッ!?」

不意打ちだった。

レイは吹き飛ばされ、背中から後方の壁に激突した。

更に2体の物体もともに臨戦態勢に入っている。




「ゲホ……ッ!」

咳込みながら、彼は命の危険を感じていた。

ちょッこれ……逃げないとやばくないか!?




「はう……!?」

身を翻して逃げようとしたその時、背中を雷に撃たれたような激痛が走り、その場に動けなくなった。

背中を壁に強打したとき、背骨を痛めたようだ。

立ち上がろうともがくが痛みがそれを邪魔する。

3体とも飛びかかろうとしていた。

せめて、痛くしないでくれよ。

レイは死を覚悟してギュッと目を閉じた。




「伏せてくださいッ!」

その時、奥の方から女性の叫び声が聞こえた。

(伏せるもなにも動けないんだけどね)

レイはそう思いつつ気持ちだけでも身を屈めた。

次の瞬間、風切り音と共に突風が傍を駆け抜けた。

「……は?」

ゆっくりと目を開けるとそこには、完全なゼリーと化した先ほどの物体の残骸が転がっていた。




「え、な、何何? 何が起こったの今?」

状況整理もままならないレイの元に、青い修道服を着た黒髪の少女が駆け寄ってきた。

「間に合って良かったです! お怪我はありませんか?」

レイは彼女を見た。

ジッと見つめた。

なかなか整理できないこの状況。

だけどひとつだけ理解できたことがあった。




部屋の主、この子だったんだ。

こんなに可愛らしい少女だったんだ。




「え? ど、どうしました?」

戸惑う彼女の目の前で、レイの目に涙が溢れてきた。

「ええッ!? そんなに重傷なんですか!? と、と、とりあえず部屋に戻って治療しましょうッ!」

彼女はパニックになったままレイを乱暴に担ぎ上げ、階段を急いで昇っていった。

背中の激痛と安堵感によってレイは気を失った。




気がついた場所は、あの部屋の中だった。

床の布団で仰向けに寝かされていた。

「気がつきましたか?」

彼女が顔を覗き込んできた。

「?」

「あ、申し遅れました! 私、風の王国『ディーン』のシスターで、『メープル』と言います! 宜しくお願いしますね!」

「??」

「や~も~びっくりしましたよ。薬草採りに行って帰ったらレイ君、スライムに襲われてるんですもん。心臓が飛び出しそうになっちゃいました。レイ君は病み上がりなんですから無理しちゃダメですよ?」

「???」

彼女の口からは聞き慣れない名前が飛び出した。

「ちょッ、ちょっと待って。色々聞きたいことあるんだけど、まず『レイ君』って誰のこと?」

「え?」

彼女はキョトンとしていた。

いかにも意外なことを聞かれたような顔だった。

少しの沈黙の後、彼女は口を開いた。

「え、私、あなたの名前のつもりで言ったんですけど、もしかして違うんですか?」

「全然聞きなれない名前なんだけど、何で『レイ君』って」

「何でって、えーっと……」

彼女はそう言うと、部屋の奥から黄色いリュックサックを持ち出してきた。

「これ、あなたが背負ってたリュックサックなんですけど、ほらここに名前が……」

そのリュックサックには黒い太字のマジックで大きく『REI』と書かれていた。




「……悪い、それ多分俺の名前だと思う」

物にデカデカと名前。

書いた覚えはないが、多分俺が書いたんだろう。




恥ずかしさのあまりレイは耳まで真っ赤になっていた。

「そうですか……記憶が……」

メープルは深刻な顔をしていた。

レイは少し考えた後、メープルに話しかけた。

「なあ、君の知ってる範囲で良いから教えてくれないか? 何で俺がここに寝てたのかとか……」

「あ、はい!」

メープルは当時の状況を長々と語り始めた。

その日に食べた食事の内容や神父との会話の内容(神父のオヤジギャグ)など余計なことを多々話していたが、要約すると大体こんな感じである。




一週間ほど前の話。

夕方、快晴だった天気が突如落雷の嵐へと変わった。

城下町の教会で診療を終え、帰宅途中だったメープルは急いで帰ろうとした。

その道中、森の中に血まみれで倒れているレイを発見。

急いでメープルの自宅まで運んでいったとのことだった。




「多分、落雷に巻き込まれたんだと思います。なので多少記憶に障害が残ってもおかしくないとは思ってましたけど……」

メープルの説明はそこまでだった。

なぜレイが森の中にいたのかまでは彼女にもわからないようだった。




さっき俺を運んだことといい、どんな力してんだこの子。




メープルの話を聞いていたレイの目は点となっていたが、周囲を見回して一点気になったことがあったので聞いてみた。

「あ、そういえば、この部屋にあったベッドはどうしたの? 今布団しかない感じだけど……」

「ああ、何か悲惨なことになっていたので解体して廃棄しました」

「すみませんでした」

レイは深々と土下座した。

「良いですよ別に! いつかは捨てようかなって考えてたところでしたし! むしろありがとうって感じですよ!」

「あの……ちょっと聞いていい?」

「ん、何ですか?」

レイとしては聞きづらい内容だったが、聞かずにはいられなかった。

「あのベッド、『ダブルベッド』だったよね? 君、まさか、俺と『添い寝』とかって……」

「へ?」

それを聞いた瞬間、メープルは大笑いした。

「ぷっ……あははははッ! そんなことしませんよ! だって私、シスターですよ? 『恋愛』とかそういうのは完全に御法度なんです! ちゃんと『床に布団』で寝てましたよ! はははッ!」

「え? じゃあ何で『ダブルベッド』なんて……」

「はははは……え? ええ、まあ、彼女が出来た親友から頂いたんです。『お前もそろそろ彼氏を作れよ』と。ははは……」

メープルのテンションが急激に低下した。

彼女の目は全く笑っていなかった。




……嫌な親友だなおい。

レイの口からは苦笑いしか出て来なかった。




レイはしばらく考え、静かに口を開いた。

「……なあ、俺が倒れてた場所ってわかる?」

「え? あ、はい。大体の場所なら……」

「悪いけどそこまで案内してくれないか?」

「え!? どうしたんですか急に!?」

「いや、もしかしたらその場所に行けば何かを思い出すんじゃないかと思って……ダメかな?」

「えー……」

彼女は表情を曇らせた。

どうやら気が進まないらしい。




「モンスターいっぱい出ますよ? レイ君病み上がりなのに危ないですよ? 八つ裂きにされちゃいますよ?」

「表現怖えよッ! 別にそこまで言わなくても! ……ん?」

その時、レイの中で1つの疑問が生じた。

「『病み上がり』……あれ? そういえば俺、さっきまで背中やられて動けなかったハズなのに今は全然痛くない……何で?」

「ああ、それ、私が回復魔法の『恵光ユライト』をかけたからですよ」

「へ? 魔法?」

レイは思わずメープルの顔を見た。




彼女は少し照れながら説明をした。

「えへへ、実は私『神族・風の一族』の末裔で、少し魔法が使えるんです。ちょっとした怪我ならすぐに治せますよ?」

彼女はそう言いながら、右手を少し光らせた。

確かにオーラみたいなものが出ているようだった。

「へー、じゃあもしかしてさっきスライムを倒したのも……ん? 『シンゾク』って何?」

「んー、『神の一族』って呼ばれていて、詳しいことは私にもわからないんですが……。大昔に『神様の力』をもらった一族っていう話は聞いたことがあります。魔法を使えるのはその『神族』だけみたいなんです」

「要するに『不思議な一族』?」

「まあその解釈で良いと思いますよ」

(うわあ、すげえ適当……)

レイはそのことに関してはもう気にしないことにした。




「うーん、レイ君がどうしても行きたいと言うのなら仕方がないですね。良いですよ。幸いここら辺のモンスターは強くないですし、何があっても私がレイ君を守りますから!」

彼女は胸を叩いて笑いかけた。

「ありがとう。助かるよ」

「あ、ちょっと待ってください!」

彼女は何かを思い出したように、タンスの中から檜の棒を取り出してきた。

「これ、私が普段の訓練で使ってるものなんですけど、良かったら護身用にレイ君が使ってください」

「え、君のは? 君の武器は……」

「私は大丈夫です! さっきみたいな魔法も使えますし、それにほら……ッ!」

彼女は腰のベルトに挟んでいるものをとって見せた。

「この『鉄の槍』がありますから!」




明らかに『檜の棒』より良くないかそれ?

レイは若干不満を感じたが、その感情を心の中だけに留めた。




しかし、地下の洞窟を進むに連れ、レイのその不満は一気に吹き飛んでいった。

先のスライムを始め、大コウモリやオオグモ、大蛇などのモンスターが次々に出現してきたのだが、メープルがほぼ一撃でそれらのモンスターを撃破していったのである。

槍の扱いの上手さに加え、風の魔法も使えるので、この洞窟の中で彼女に敵うモンスターは最早いない状態だった。

「行きますよ! 真空魔法『風刃フレッジ』!」

これは指の本数分、十の小さな風の刃を掌につくり、それを周囲の空気に乗せながら突風を起こして相手を切り裂く、『風の一族』の攻撃魔法である。

この魔法によって、彼女は複数のモンスター相手でも特に苦にすることなく次々に倒していった。

そのため、ほとんどレイの出る幕はなかった。




戦闘の最中でもメープルはレイとの会話をする余裕を見せていた。

「ここ、やっぱりモンスター多いですよね。こんな洞窟、朝寝ぼけた状態で入っちゃったら私でも危ないんですよ」

「じゃあもしかしてあの部屋のブービートラップって……」

「はい! あれは『ちゃんと目が覚めているか』をチェックするためのものです! まあ部屋は汚くなっちゃいますけど、流石に命には変えられないので……」

「帰りの分仕掛ける意味なくない?」




「…………」

「…………」

「『風刃フレッジ』!」

少しの沈黙の後、彼女は華麗にスルーした。

もしかして今気づいたのかな?

レイもこれ以上は突っ込まないようにした。




レイは彼女の戦いぶりにしばらく見とれていたが、ふと疑問に感じたことがあったため、訊ねてみた。

「ねえ、メープルさん」

「あ、『メープル』で良いですよ?」

メープルは笑顔でレイの方を向いた。

「あ、うん。メープル」

「何ですか?」

「いつもこんな感じに戦いながら外出してんの?」

「はい、そうですけど……どうしてですか?」

「いや、メープルぐらいの実力あればわざわざここじゃなくて湖の方から外に出られるんじゃないかと思って……」




「ああ」

メープルはレイの言いたいことを理解できたようで、ぽんと手を叩いた。

「確かにそれはそうなんですけど、でもあそこを渡ろうとすると『スーさん』が襲ってきますし……」

「『スーさん』?」

「『フタバスズキリュウ』の『スーさん』です。どうやらここ最近あの湖を『縄張り』にしているようで、渡ろうとする生き物を無差別に襲ってくるんです」

それを聞いたレイは目を丸くした。

「え!? じゃあまさかメープルほどの強さでもアレは倒せないのか!?」

「うーん……実際に戦ったことがないので何とも言えませんけど……だって……」

「だって?」

「だって……」

その時、彼女の背後から一匹の大コウモリが襲ってきた。

しかし、不意打ちにも全く動じず、彼女はまるで後ろにも目が付いているかのように、振り返らないまま正確にコウモリに槍を突き刺した。

コウモリは力尽きて動かなくなり、彼女は刺さった槍を抜きながらレイの方を振り返り、哀れんだ眼差しで言った。

「だってもし怪我させちゃったらかわいそうじゃないですか!」

「…………」

ツッコんでいいのか?

レイは深く悩んだが、ここは口を出さないことにした。




「あ! あそこです! あの広いスペースの奥に出口の階段があります! もう少しですよ!」

洞窟の通路を歩いている中、メープルが50mぐらい先を指差した。

その先には確かに部屋のように広そうなスペースが有り、外からの光が差しているのか、通路より少し明るくなっていた。

「やっとか~。何か同じところぐるぐる回ってるような気がしてかなり長く感じたなあ。ちょっとくたびれた」

「あ、はい。ぐるぐる回ってました」

「回ってたんかいッ!?」

レイは思わず大きな声を出してしまった。

彼女は苦笑いしながら頭をかいた。

「はは、ごめんなさい。毎回どうしても道が覚えられなくて……」

「……ここ、お前の地元じゃ……」

「まーそれはそうですけど……でもほら! よく言うじゃないですか! 『ダンジョンは右手で壁を伝えば迷わない』って!」

「……だから覚えられないんじゃない?」

レイは呆れてため息をついた。




「!」

広いスペースの5m手前に差し掛かったところでメープルが突然立ち止まった。

「ん? どうした?」

「……何か来ます」

「え?」

レイは前方を見た。

巨大な影がこちらに向かってくるのが見えた。

「どうやらさっきまでのモンスターとは格が違うようです。レイ君は下がっててください」

メープルは槍を構えた。

その表情は先程までの彼女とはまるで別人のようだった。




「…………」

レイは唾を飲み込んだ。

先程まで会話をするまでの余裕を見せていた彼女が、今は冷や汗混じりの険しい表情になっているのである。

相手がどれだけの実力者なのかが容易に想像できた。

「大丈夫ですよ」

そのレイの心情を察したのか、メープルは彼に笑いかけた。

「メープル……」

「言ったでしょう? 『何があっても私がレイ君を守る』って。私がいるんですからレイ君は大船に乗った気でいてください♪」

「…………」

「頭グチャったりしませんから♪」

「怖えよッ!? 余計不安だよッ!?」

この自体にもかかわらず、レイは思わず突っ込んでしまった。

いつの間にか、緊張もほとんど解けていた。

「ふふっ、その感じですよ♪ レイ君は安心して見ててください」

メープルはレイに微笑みかけ、そして前方に振り返った。




まもなくその影は姿を現した。

3mはあろうかという巨体で頭には2本の角、体色が赤く、その右手には巨大な棍棒が握られている。

それはまさしく『鬼』だった。

鬼は二人を発見すると、突然大きな奇声を発しながら、その棍棒を横になぎ払ってきた。

どうやら会話をする意思はないらしい。

まさに問答無用の一撃だった。




攻撃範囲が広い。

そう感じたメープルは咄嗟にレイを後方に突き飛ばし、自らも1歩ステップで後退してこの攻撃を回避した。




この一撃によって洞窟の通路が一部轟音とともに抉れ、一瞬にして崩れた。

レイはその威力に腰を抜かしそうになった。

「す、すごい威力……」

驚愕のあまり思考を停止したレイとは対照的に、メープルは次の行動に移っていた。




(ここじゃあ回避もままならない……! なら……ッ!)

「レイ君ッ! 私に掴まってくださいッ!」

「えッ!?」

「広いスペースに移動します! 早くッ!」

「お、おうッ!」

レイは急いでメープルの背中におぶさった。

眼前には、次の一撃を繰り出そうと棍棒を振り上げる鬼の姿があった。

メープルはその鬼の右脇下を狙っていた。

彼女はレイを背負うと両手の掌を地面に向け、鬼の棍棒が自分に接しようかというギリギリのところで魔法を唱えた。

「『風刃フレッジ』!」

真空が両手から放たれ、その反動でメープルは前方に急加速し、一気に鬼の右の脇下をすり抜けた。

「ぬおおおおああああッ!?」

メープルの髪の香りにうつつを抜かしていたレイは、その反動に面食らって手を離しそうになったが、何とか必死に掴まり続けた。

急発進した超高速のジェットコースターに乗っているような感覚で、レイは若干呼吸困難になっていた。




二人で広いスペースに移動し、メープルは体勢を立て直そうとした。

鬼は振り返ってこちらを睨んでいた。

「あの……レイ君?」

メープルがかすれ声でレイに話しかけた。

「え?」

「息が、苦しいです……」

「え!? わっ!? ゴ、ゴメンッ!」

レイは急いでメープルから手を離した。

必死に手を離さないようにしていた彼は、彼女の首を絞めてしまっていた。

「良いですよ……げほ……ッ、レイ君は私から離れないでくださいね」

彼女は少々咳き込んだが、すぐに体勢を立て直して槍を構えた。

鬼も右手に棍棒を構え、体勢を一旦低くした。




お互いに数秒間睨み合った。

まもなくして、鬼が突進してきた。

「!?」

メープルはその予想以上の速さに完全に虚をつかれた。

10m以上開いていたはずの距離が一瞬の内にゼロ距離となったのである。

鬼はその速さを保ったまま棍棒を横になぎ払った。

回避が間に合わないと判断した彼女は咄嗟に槍でガードするが、あまりの力にその槍をはじき飛ばされてしまった。

「しまっ……ッ!?」

その流れのまま鬼は左肩でメープルに体当たりをした。

「がはッ!」

丸腰の彼女はなすすべもなく突き飛ばされ、背中から壁に強く叩きつけられた。

「メープルッ!」

鬼は今度、レイの方を向き、棍棒を振り上げた。

「!?」

最早なすすべのないレイは、頭の中では無駄だと理解しながらも、檜の棒でガードせざるを得なかった。

「く……ッ!」

死はある程度覚悟してはいたが、レイはあまりの恐怖に目をつぶった。

鬼は容赦なく棍棒を振り下ろし、凄まじい轟音が周囲に鳴り響いた。




(あれ? 痛くない……)

違和感を覚えたレイはゆっくりと目を開けた。

「あ……ぐ……」

そこには、左足を押さえてうずくまるメープルの姿があった。

「メープルッ!?」

その左足は見るも無残なものとなっていた。

文字通り、骨ごと足が砕かれており、そこからはおびただしい量の血が流れていた。

思い返せばあの直前、レイには何かに突き飛ばされた感覚があった。

メープルが身を挺して彼を庇ったのである。

「メープルッ! お前……ッ!」

「はは……ドジっちゃいました」

メープルはこの状況でもレイには笑顔を見せていた。

しかし、その額には苦痛による汗が滲んでおり、声を出すことも辛そうな状態だった。




「何でお前そこまで俺を……ッ!?」

「親友との……約束ですから………ん……ッ!」

彼女はそう言うとフラフラと右足で立ち上がり、鬼と対峙しながら言った。

「ごめんなさい………私が時間を稼ぎますので、レイ君は先に階段で地上に逃げてください……」

「……ッ!? お前何……ッ!?」

「地上なら隠れる森がいっぱいありますし……私なら大丈夫ですから……お願いします……私はレイ君に死んで欲しくないんです……ッ!」




『隠れる森がいっぱいある』。

なぜ『隠れなければならない』のか。

それはすなわち『鬼が地上に出てくる』ということ、つまり、メープル自身の『死』を意味するものだということをレイは直感した。

彼女は死ぬつもりであると。




(……何が『私なら大丈夫』だよ。グチャる気満々じゃねえかよ)

レイは歯を噛み締めた。

鬼はメープルに対して棍棒を振り上げていた。

「早く行ってくださいッ!!」

鬼の棍棒が振り下ろされようとした時、メープルは荒々しく声を上げた。

しかし、彼女に鬼の攻撃をよけられる力が残っていないことは、目に見えて明白だった。

(……ッ! 俺も……ッ!)

「俺もお前に死んで欲しくなんかねえよッ!!」

レイは檜の棒を握り締め、鬼の左脇腹を思い切り殴りつけた。




レイの中で予想以上の力が働き、鬼は壁まで吹き飛んでいった。

「レイ君!? 何で……ッ!?」

レイはメープルを鋭い目つきで睨んで言った。

「なめんなよ! 俺はか弱いお姫様なんかじゃねえ! 俺は男だ! 俺も戦える! 出来る限りのことはやってやる! だから1人だけで戦おうとすんな! 簡単に命を投げ出すような真似をすんじゃねえよッ! お前の命はお前1人だけのもんじゃねえんだッ!」

「レイ君……」

「2人ならきっと何とかなる! 俺達2人であの化物を倒してやろうぜッ!」

レイはメープルにニッと笑いかけた。




「!?」

その時、横からなぎ払われた鬼の棍棒がレイを直撃した。

レイはかろうじて檜の棒でガードしたが、その凄まじい威力で吹き飛ばされた。

「レイ君ッ!」

そしてすぐさま、鬼は左足でメープルを蹴り飛ばした。

「きゃあッ!」

メープルは二転三転と転がっていき、咳き込みながら腹を抱えてうずくまった。

「くっ、メープル……ッ!」

(どうする!? このままじゃ2人とも……)

「!」

その時、レイの左手にあるものが触れた。




「ぐ……げほっ……うう……」

メープルは体勢を立て直そうとするが、左足と腹の痛みによって上手く立て直せない。

そんな彼女に対し、鬼は止めを刺そうと棍棒を振り上げた。

「メープルッ!!」

「!?」

その時、鬼の後ろからレイの叫ぶ声が聞こえた。

メープルは声のした方向を振り向いた。

鬼の後方からレイがある物を投げようとしていた。

それを見た彼女の目に希望の光が戻った。




彼女はフッと笑い、鬼に対して両手の掌を向けて魔法を唱えた。

「『風刃フレッジ』!」

鬼の体は少々浮き上がり、一歩斜め後方に後退した。

決定打にはならなかったが、鬼のバランスを崩すには十分な威力だった。




(やっぱり、硬くてほとんど傷つかない。だけど生き物にはどうしても鍛えられない柔らかい急所が一箇所ある!)

そして、レイから投げられたもの、『鉄の槍』を受け取り、瞬時に技を繰り出した。

(狙いは、筋肉が付いてない……『喉』ッ!)

「風の一族槍殺法……『風突ローレ』ッ!」

メープルは周囲から得た風の渦を槍の先端に纏わせて切れ味を倍増させ、それを、たたらを踏んでいる鬼の喉元に向けて突き刺した。

槍は喉を貫通し、鬼の喉からは大量の血が吹き出した。

大量出血と呼吸困難により、まもなくして鬼は仰向けに倒れた。

そして、鬼はそのまま二度と起き上がってこなくなった。




「メープルッ!」

レイがメープルの元に駆け寄った。

彼女は一息ついて肩の力を抜いていた。

「やりましたね……。レイ君がいなかったら多分倒せませんでした……」

「俺は槍を投げただけだよ。たまたま吹っ飛んだところに槍があっただけだ」

「……『主人公補正』?」

「それ言うな! 第一、俺は『主人公』ってガラじゃねえよッ!」

「ふふっ」

メープルは満面の笑顔を見せた。




「レイ君、ありがとうございます……」

「へっ?」

メープルからの唐突な感謝の言葉に、レイは不意をつかれた。

「あの時のレイ君の言葉……すごく嬉しかった……」

「え、いや、まあ、何だ? 何か自然に出てきたっていうか……」

レイは顔を赤らめた。

「あの時のレイ君はまるで……」

メープルはそう言いかけて口を閉じた。

「ん? 何?」

「いえ、何でもないです」

メープルは笑ってはぐらかした。




「そうだッ! お前左足……ってあれ?」

レイは思い出したようにメープルの左足を見た。

しかし、左足の出血は既に止まっていた。

それどころか、左足は何も怪我をしていない元の状態に戻っているようだった。

「あ、『恵光ユライト』をかけたので大丈夫です! もう自分でも歩けますよ!」

メープルはスムーズに立ち上がった。

まるで健康な人の様な動きだった。

「……『恵光ユライト』便利だな……」

魔法を使えるようになりたい。

レイは無駄だと思いながらもこの時強く感じた。




地上に出て森の中を北西に進んでいくと、広い焼け野原があった。

周囲の森林は広範囲にわたって朽ち果てていた。

「ここがあの日落雷が集中した場所。そしてレイ君が倒れていた現場です」

「ここが……」

レイは周囲を見渡した。

しかし、相変わらず見覚えのない場所には変わりはなかった。

「何か……思い出しましたか?」

「いや、ゴメン……何も……」

レイは肩を落とした。

ここに行けば、自分が誰なのかを思い出せると考えていただけに、完全に肩透かしを食らった感じがしていた。

「レイ君、こっちに来てください」

「?」

レイはメープルの方を振り返った。

そこには手作りのお墓らしきものがあった。




「ここに、私の親友が眠っています」

「え!? あの『ダブルベッド』の!?」

「い、いえ! もう一人の親友ですっ! って『ダブルベッド』のことはもう忘れてくださいッ!」

メープルは赤面して必死に否定した。

そして、お墓の方を見て穏やかに話した。

「彼女はとっても優しい人でした。もし良かったらレイ君も祈ってあげてください。そしたらきっと、彼女も喜びますから」

メープルは笑顔だったが、その表情はどこか悲しげだった。

「そっか。わかった」

レイはお墓の前で両手を合わせた。

親友を失うという悲しみは計り知れないものがあるのに、それでも彼女は自分に対してこんなに笑顔を見せて接してくれている。

レイはメープルの芯の強さを感じ、いつか自分もそんな彼女を支えられるような強い男になりたいと感じた。

いつか『何があってもお前を守る』と言えるような男に。




「……帰りましょうか」

「ああ」

辺りはすっかり夕方となっていた。

二人はゆっくりと立ち上がった。

「……帰りもあの洞窟?」

レイは恐る恐る訊ねた。

先ほどの鬼のことが彼の中で若干トラウマになっていた。

「モチです! 帰りのモンスター退治はレイ君にやってもらいますよ?」

「え!?」

「レイ君も経験値を稼がなきゃですから」

メープルはニイッと怪しい笑顔を見せた。

「せいぜい目玉くり抜かれないように気を付けてくださいね?」

「怖い! 怖いからやめて! 頼むから!」

「ははっ」




このシスター、Sだ。

メープルの笑顔は元の優しいものに戻っていたが、レイはそんな彼女の笑顔に対して恐怖を感じた。




「!」

帰ろうとしたその時、眼前に十数人の人の集団が現れた。

彼らは皆、鎧と剣を携え、兵士のような姿をしていた。

「メープル、あいつらは……」

「『ディーン』の軍隊です。どうしてここに……」

メープルは怪訝な表情を見せていた。




軍隊は2人の前に来て止まった。

その中の一人の若い兵士が一歩前進し、気さくに二人に話しかけた。

「よお、やっぱりここに来たか。久しぶりだな2人共」

「何の用ですかソーちゃん? 求婚ならいつも通りお断りしますよ?」

「ばーか、今日はお前に用ねーよ」

2人の掛け合いは、親しき間柄のように感じられた。




何だ、知り合いか。

レイの胸中は複雑だった。

気さくな男、二人の掛け合い、いつもだったらホッとできそうなところだが、先ほどのメープルの険しい表情が彼にはどうしても引っかかった。




「俺が用あるのはお前だ。『レイ』!」

「へ!?」

若い兵士はレイを指差した。

レイにとってはまさに不意打ちだった。

それを見たメープルは驚いて言った。

「まさかソーちゃん、そんな趣味が……ッ!?」

「あるかッ! 俺が興味あるのは女だけだッ!」

若い兵士はレイに向かって落ち着いて話し始めた。

「レイ、国王様からの命令だ。『王女様の死』の件でお前から事情聴取をしたいとのことだ」

「!?」

王女様? 死?

レイには彼が何を言っているのか、そして、なぜ自分が指名されたのか、全く理解ができなかった。

横を見ると、メープルは険しい表情で歯を食い縛っていた。




この後何か不吉なことが起こる予感がする。

レイは不穏な空気をひしひしと感じ取っていた。

若い兵士はレイを鋭い眼光で睨みながら次のように告げた。




「風の王国『ディーン』までご同行願おうか」

この小説を読んで頂いた方、本当にありがとうございます。


『RPGのような物語』を作ってみたいと思いまして、今回初めて形にしようと挑戦してみました。


昔から考えていたストーリーで、結末もある程度考えているのですが、いざ形にしてみると予想以上の大長編になってしまい、正直なところ、無事に終わることができるのか見当もついていません。


私生活で忙しい時は困難かもしれませんが、『1話を1か月で投稿すること』を目標にしていこうと思います。


小説という以前に、文章でさえもまともに書いたことがないような素人ですが、もし宜しければ暖かく見守って頂けると幸いです。


これからもどうぞ宜しくお願いします。

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