健の章 2
まだまだ物語はこれからですよー。
さて困った。ピアニストをどうする?健は本気で悩んでいた。つい勢いでピアニストつれてくるからなんて言ってしまったばっかりに・・・。沙希って聞くとどうしても守りたくなってしまうのだ。
気がついたころにはもう朝6時。ついに徹夜してしまった。そろそろ川崎先輩の出勤時刻。もうこうなったら川崎先輩と楠本先輩に頼るしかないか。そんな考えが浮かんできたとき、功平が出勤してきた。
「健?帰ってないの?なにしてたの?」
健はこれまでにあったことをすべて話した。自分の初恋の人とそっくりな名前だったことも。すると功平が目を細めた。
「ピアニストねー。なってみたいもんだな。」
「え?先輩ピアノ弾けましたっけ?あ、そういえば中学校の時なんかけっこうすごいの弾いてませんでした?あの曲・・ほら・・・」
その時後ろから声が聞こえた。
「”前奏曲 鐘”か?」
声の主は陽一だった。
「それですー!陽さん・・・って何で知ってるんですか?」
「いや、1回だけ功平のひいたのを聞いたことがあってさ。・・・間違いなくこいつのピアノは一級品だよ。でも、功平。お前続けてたのか?」
「もちろん。今年で25年目か。でもたしか陽一も弾けなかった?」
「ああ、弾けるけど。音楽少年が多いねー。健君は?」
「ギターをずっとやってましたけど。」
3人はここでまた黙った。だからどうしたということなのだ。現在午前7時。約束の時間は午後5時。あまり時間があるわけではない。ここで陽一の思いつきが始まった。
「ピアニストとかさ、固いこと言ってないでバンドにしちゃえば?3人の。」
「いきなり中2病丸出しなこと言うな、お前は。」
功平は少し笑ったのだが間髪をいれずに
「いいんじゃないの?彼女を元気にしてあげられれば。ソロだったらちょっと重たい演奏になっちゃうし。健はギターが弾ける。あ、健。お前今ギター持ってんの?家に帰ってないんでしょ?取りに行けよ。」
健は肝心なことに気づいていなかった。だが彼に家に帰るための体力はもうなかった。眠さが限界に来ていた彼はふらつきながら、
「あ、じゃあ、とってきますわ・・ZZzz」
陽一はすかさず健を止めた。
「ダメだこりゃ。おい健。家まで案内しろ。俺が運転してやる。」
「・・・・。すんません陽さん。」
陽一に支えられながら健はギターを取りに家に戻った。
功平が一人になったところに平野さんが出勤してきた。
「おはようございます!!」
「ん。おはよ。元気いいねー今日は。」
「はい、だいぶこの空気に慣れたんで。元はこういう性格なんです。そーいえばさっき健君が楠本さんに抱えられてましたけど何かあったんですか?」
功平は健から聞いたことをすべて話した。
「そうですか・・・。でも今どきそんなひどい親いるんですかね。かわいそうに。私音楽が全く駄目なんですよ。だからそういう人の気持ちはあんまり汲んであげられないですけど。それにしてもかっこいいですよね。ピアノが弾ける男の人って。私もピアノ弾きたかったなー。」
功平は久しぶりにそんな言葉を言われた気がした。昔はピアノが弾ける男子は女っぽいといわれて敬遠されがちだったのに。時代はだいぶ進んだのかな。功平はまだ自分がピアノを弾けることを彼女に言っていない。
その頃、健たちは家に到着していた。健はおぼつかない足どりでギターを取り出した。楽譜はほこりまみれになていた。陽一は物珍しげにギターを見つめていた。
「これがアコースティックギターか。早く会社に持ってこうぜ。」
健は本棚からありったけの楽譜を引っ張り出した。その姿は陽一には何かに取りつかれているように見えた。
功平は平野さんに好きな曲を聴いてみた。
「平野さんは何か好きな曲でもあるの?」
「え、ええ。まあ、特にこれってものはないですけど、強いて言うとしたらMerry Christmas Mr.Lawrence ですかね?あの何とも言えない雰囲気が好きですね。」
「へー。そーなんだー。」
功平は心の中でちょっとだけニヤついていた。この曲は陽一の持ちネタ(曲)だ。「陽一、弾きこなしたら平野さんメロメロだぞ。でもお前は彼女がいるか。罪なやつだなおい。」心の中でそっと呟いた。
健たちが戻ってきた。
「どうだい健。弾けそうか?」
「はい、なんとか・・・。眠くてしょうがなくて。眠気覚ましに一曲弾いていいですか?」
「弾いてよ。健君。あたしギターも結構好きなの。」
功平が言うよりも先に平野さんがそう言った。
健は調整を終えるとおもむろに弾き始めた。「カノン」だった。静かな曲で周囲が穏やかなムードになっていく。平野さんはどうやらもう心を奪われているようだ。目を静かに閉じて胸に手を当てている。健はずっと弾き続けていたがその横で眠るようにして聞き入っている平野さんを見て、昔を思い出した。そういえば沙希も俺の弾くギターをこんな感じで聞いてたっけ?健が包み込んだ時間はかなり長かった。途中から佐藤君や高島さんも来たがその2人とも健の演奏に見入っていた。
「すごいじゃん健君。久しぶりに感動しちゃった。いいなー。」
平野さんはそう言って彼のギターの弦に手を触れた。彼女は全くギターが弾けないことは健も分かっていた。なんとなく弾かせてみたいなと思った。気がつけば健は左手でCコードをおさえていた。それと彼女が弦をはじくのはほぼ同時だった。
ポン♪ポン♪ポン♪ポン♪
彼女は目を丸くして健をみた。
「弾けてるじゃん。平野さん。」
健が言うと彼女は目を輝かせた。
「私はじめて弾いた気がする。きれいな音・・・。」
突然、陽一がまた声を張り上げた。
「やっぱバンドはなしで。今日はみんなでコンサートにしようぜ。沙希ちゃんも入れて。」
「いいねー。」という周りの雰囲気の中、健は不思議な感覚を覚えた。
さっきのほんの少しだけ初めて飯倉沙希の存在をわすれられた。これまで片時も忘れることはなかったのに。そして中2の時抱いた感情。あの胸の高鳴り。今度は平野さん・・いや絵美ちゃんに?
「お願い。切ないからもう忘れて。」
そんな沙希の苦しそうな声が聞こえた気がして・・・。
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