人生初の抜歯が意外と軽く済んだ
父親の遺伝で右下親知らずが横向きに生えている事が6年前に判明し、その年の8月中旬にかかりつけの歯科で紹介された病院で検査を受け、年配の男性医師から「右下の親知らずが完全に横を向いているから抜いた方がいい」と言われて3ヶ月後に抜歯する事になった。
抜歯の詳細を優しく説明されている中、僕の脳味噌の半分は何とも言えない不安感で埋まっている。
人生で初めての抜歯だからというのもあるが、父から聞かされた壮絶な抜歯エピソードもその理由の一つだ。
父は人より麻酔が効きにくい体質であり、更に抜歯後には頬が膨らむほど出血が続き、口の中に溜まる血のせいで吐き気もしたというのだ。
その話を聞いた僕は3ヶ月も先の事なのに「僕もそうなったら嫌だなぁ……」と内心震え、抜歯数日前には無関係な従姉や小学校時代の恩師に弱音LINEを送った。
(どちらも優しく返信してくれた)
そして抜歯当日の11月10日。
12時頃に仕事を早退して祖母の送迎で病院に向かい、覚悟を決めて歯科の診療台に横たわった。
抜歯される前に唾液が呼吸と共に気管に入ってしばらく咳き込んでしまったが、何とか落ち着いて麻酔が施される。
麻酔はすぐに効き、それからしばらくすると歯肉を切開されて『カツン! カツン!』と右下親知らずを強く叩かれるのを感じた。
麻酔で痛みを感じてないとはいえ、まるで親知らずの上で小人が藁人形に釘を打っているような感覚だ。
やがて抜歯が完了して傷口を縫われ、抜かれた親知らずを見ると見事にバラバラに砕けていて、遺伝とはいえこんなに大きい歯がよく真横を向いて生えてたなと自分の体ながら驚いたのであった。
つい数分前まで親知らずが生えていた穴からは出血が始まったが想像ほど多くなく、口の中にガーゼを入れられた僕は鎮痛剤が処方されるまで祖母と廊下の椅子に座って待っていた。
喘息持ちなのでさほど強くないタイプの鎮痛剤と抗生物質が処方され、夕方は祖父母の家でカボチャ入りのお粥と半熟茹で卵を食べて鎮痛剤を飲んで自宅へ送ってもらい、いつもより丁寧に歯磨きして早めに寝たのである。
もっとも、夜中に痛みが来て一度だけ目が覚めてしまったのだが。
朝起きると右頬と縫われた傷口が腫れていて(まるでヒマワリの種を口に沢山詰め込んだハムスターのようだった)、仕事の前に父と2人でドラッグストアに行ってゼリー飲料をいくつか買った。
それから当時の勤務先である就労支援事業所に着くと事情を知っている先輩利用者達が相談室を使わせてくれて、傷口の状態や痛みが落ち着くまでは相談室で1人でデータ入力をやる事になったのだ。
我慢できるレベルではあるものの痛みがまだあり、「鎮痛剤を早く飲みたい」という理由で昼食の時間が待ち遠しかった。
昼食を食べて鎮痛剤を飲んだ後は痛みが治まり、仕事が終わった後は祖母の送迎でかかりつけの歯科に行って傷口を消毒される。
その日の夕食もカボチャ入りのお粥で済ませる事になり、明日はうどんぐらいは食べたいなと思って早めに寝た。
翌朝起きると何も口にしていないのに痛みをほとんど感じず、なんとたった2日で鎮痛剤を飲む必要がなくなったのだ!
出血量もよーーく見ると微妙に出てるという程度であり、仕事帰りにスーパーに寄って買い物をする元気が戻ってきた。
更に次の日には腫れが引いて痛みが完全になくなっていつも通りの席で仕事ができるようになり、完璧に元気になった僕は人生初の抜歯を乗り越えた自分へのご褒美にドラッグストアでシュークリームを買い、うどんで夕食を済ませた後にディ◯ニーの映画を観ながら食べたのである。
それから父と美術館やステーキ屋に行ったり父の誕生日を祝ったりといつも通りの楽しい毎日を過ごし、抜歯から10日後には傷口の糸がやっと抜かれた。
糸を抜かれる最中は少々変な感覚がしたものの、その後は口の中が若返ったような爽快感と、気兼ねなく食事できるようになった喜びを感じたのだ。
また、正直に言うと抜歯の後は血餅(抜歯の後にできる血の塊の事であり、傷口を細菌から守って新しい組織や骨を作る為の足場となる)が取れていないかずっと気になっていたのだが、全く取れずに周りの歯肉と同化している事も分かって安心した。
一昨年の9月下旬には2回目の抜歯をする事になったがその時も痛みと腫れがなくて軽く済み、歯科医の腕の良さと自分の体質に心から感謝したのであった。




