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進化による偽善的精神の成長と、これに伴う弱者救済の是非

 進化とは、自然淘汰の結果である。

 例えばキリンという種は、現在においては首が長い動物であることが一般的だが、先祖を辿って見てみれば、始めから首が長かったわけではない。あくまでも進化の結果、首が長くなったわけだ。

 さて、では何故、首が長くなったのか。・・・・「高い場所にある餌を食べられるように?」・・・・あるいは、「より遠くまで見通せる視界を得て、外敵をいち早く見つけられるようにする為?」

 研究者らは、小難しいことをちびちびと考える。・・・それを否定しようとは思わない。寧ろ、「今後の為の重要な情報がそこに秘められているかもしれない」と考えてもみれば、否定するいわれはない。

 だが一般人からしてみれば、ハッキリ言って「どうでもいい」のひと言に尽きるだろう。・・・私とて、小難しく考える気はない。

 そこで私が出した答えが、「自然淘汰の結果」である。

 キリンの先祖は、首が長くなかった。その上で、次に生まれてくる個体が「全くの同一存在」・・・即ち親のコピーである可能性はゼロだろう。

 というわけで、次に生まれた世代たちには各々「些細な違い」があったと考えてみる。

 首が数センチ長くなった。

 首が数センチ短くなった。

 特定の免疫細胞を親から受け継いだ。

 少しだけ筋肉質になった。

 少しだけ知性が発達した。

 これら含め、様々な「些細な違い」を単一で、あるいは複数で獲得した子どもらが、誕生した。そしてこれを、数千と繰り返す。

 知性の発達は、暴力優先の自然界において大して役に立たなかった。結果、平均的な数の個体が死んでしまった。

 筋肉質な個体は、力は強くなった。がしかし、自重が増えたせいで動きが遅くなった。その上で、たとえ筋肉質と言えど肉食動物に比べたら力は脆弱なまま。結果、より多くの個体が捕食されるに至った。

 特定の免疫細胞を受け継いだ個体は、病気に強くなった。けれどだからと言って、足が早くなったわけでもない。結果、他の個体と同じ程度に死んでしまった。

 首が短くなった個体は、低い位置の餌・・・つまり他草食動物と同程度の高さの餌を奪い合うしかなかった。結果、満足に餌が食べられず、肉食動物の餌になりやすかった。

 首が長くなった個体は、少しではあれど、高い位置・・・つまり手つかずの餌にありつくことができた。結果、他の個体より肉付きが良く、健康状態も良く、子孫をより多く残せた。

 これらをまた数千と繰り返す。次第に、キリンという種の形が確立されていく。

 首が長い個体がより多く生き残り、より多くの子孫を残し、他の個体は首が長い個体に数で劣った。結果、首の長い個体は、種の中でその遺伝子を少しずつ増やしていく結果となった。そしてまた、これを数千と繰り返す。

 首が長くなった個体が優位となれば、それがキリンという種の一般的な姿となる。そこからまた首の長くなった個体が多くより生き残り、より多くの子孫を残す。これを繰り返す。・・・・つまりは、淘汰だ。

 首の長い個体がキリンという種全体の中で優位となった。そして他の個体は緩やかに数を減らした。

 間違っても、他種族によって食い殺されたわけでもなければ、特定の病原菌により特定の個体だけが殺されたわけでもない。・・・・ただ変化していく過程において、数の優位が取れなかった。それだけ。

 とはいえ、「淘汰された」に違いはない。世代毎に様々な個体が生まれ、結果として首の長い個体が優位を獲得し続けた。その結果として、今のキリンが存在しているし、これからの変化によっては、逆に首が短くなっていくことだってあり得る。さらに言えば、首が伸びすぎた結果、逆に生存できなくなった個体が生まれた可能性もあり、であるならば、キリンの首の長さは、今が限界値と見ることもできるかもしれない。

 因みに、オカピとキリンは先祖が同じである。つまり・・・・これは空想の域をでないが、仮にもし、オカピ全体の中から首の長い個体だけを厳選し、上記の過程を繰り返し続けたなら、そのオカピの子孫たちは、やがてキリンとなってしまうのだろうか・・・・・。

 さて、本題に戻ろうか。

 今まで、進化についてを話してきた。・・・私の考えとして、進化とは自然淘汰の結果であり、決して環境優先で左右されるものではない。加えて、環境への適応は関係なく、同種多種関係なく、まずは「些細な違い」を持った汎ゆる個体が生まれ、それが生存と繁栄を掛けて「生きる」を繰り返す。その上で、環境に適応せずとも、数を増やし続けることができれば、それが新たな一つの種として確立されるのだ。・・・・・だが、人間についてはどうだろうか?

 人間の進化についてを考えてみよう。

 猿人はさておき、ホモ族について。

 我々は、知性優位により、その数を増やしてきた。挙句の果てには、他のホモ族を絶滅へと追い込んだ可能性もある。そういうわけで、現存するホモ族はホモ・サピエンスのみとなっている訳だ。

 ここまでは、まあ、進化の工程を辿っていると言えよう。・・・しかし、「ある思想の広まり」により、進化が阻まれ始めたのだ。ーーーーー「弱者救済」の思想である。

 進化とは、自然淘汰の結果だ。だが、本来、淘汰されるべきであった「”生物的”弱者」を、人間たちは「可哀想だから」という同情心により救済し続けた。・・・し続けてしまった。

 首の短いキリン、知性が発達したキリン、筋肉質なキリン。それらは、決して弱かった訳ではない。自然界により淘汰されてしまった訳ではない。・・・・仮に首が長くならなくとも、キリンという種が絶滅していたとは限らない。・・・・そしてそれは、人間とて同じ事。

 「弱者救済による進化の放棄。」・・・それ自体を間違いとは言わない。だが、そも、「何故生物は進化するのか?」・・・そこに答えを見出すならば、それは「完成形に辿り着くため」だろう。・・・・常に変化する環境。それに適応する為、なにより、絶滅しない為。その為に、生物は進化し続ける必要がある。

 その上で、問おう。

 「人間という種の進化は、ここで終わりにしてしまっても良いのだろうか?」・・・と。

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