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<EP_006>

数日後、ルージュがダンジョン探索者を待つために、ダンジョン近くの屋根の上に座っていた時のことだった。

<つくば>の空の一部に雷が走ると同時に、マーブル色に光り輝くゲートが現れ、そこから頭に大きなヤギの角を生やし、背中には大きな漆黒の翼を生やした一人の大男が姿を現した。

ルージュはその姿を見ると、懐かしさのあまりに飛び出した。

「ベルゼスっ!」

ルージュの言葉にベルゼスは振り向くと安堵の笑みを浮かべた。

「お嬢様。ようやく見つけましたよ。さぁ、ジェミアテラへ戻りましょう」

再会を喜ぶルージュとは対象的に、ベルゼスはルージュに恭しく礼をすると、それまでの安堵の笑みを消し、厳格な声でルージュに帰還を促した。

「え?嫌よ。パパの仇を討つまでは帰らないって言ったでしょ。ベルゼス、あなたが来たなら百人力よ。一緒にパパの仇を討ちましょう!」

ベルゼスの登場にルージュは顔を輝かせ、勇者テツヤの打倒を訴えるが、ベルゼスは厳格な顔のままであった。

「なりません、お嬢様!地球に手を出さないのは、ジェミアテラの不文律です。我々魔族は、これ以上の戦争を望んでいない。すぐに帰りましょう!」

「嫌よ!ベルゼス、パパの仇を討ちたくないの!」

ベルゼスの態度にルージュは怒りが込み上げ、声を張り上げてしまう。

「ルージュ様。勇者テツヤを倒したとてサートゥス様は戻ってきません。地球で諍いを起こしたとなれば、ジェミアテラでの迫害も続いてしまいます。帰りましょう」

ベルゼスはルージュの腕を掴むと強引にゲートへ連れていこうとした。

その時、ダンジョンから雄大たちが姿を現した。

「ルージュちゃ〜ん!今日もお願いするね〜……って、なんだアイツは!」

ルージュのいつもの場所を見上げた雄大たちの目には、ベルゼスはルージュを連れ去ろうとする悪魔にしか見えなかった。

「てめぇ、ルージュちゃんを放せ!」

雄大の仲間の一人がベルゼスに向かって銃を向け引き金を引いたが、銃弾はベルゼスの障壁の前でむなしく弾かれた。

突然、鳴り響いた銃声に出てきた住人たちがベルゼスの姿に驚く。

「みんな、手を貸してくれ。アイツが俺たちの堕女神様を連れ去ろうとしてるんだ」

雄大の言葉に住人たちは殺気だった。

「なんだって!?」

「ルージュちゃんを連れ去るなんてふてえヤツだ」

「みんな、殺っちまえ!」

殺気だった住人たちは各々が銃や魔導具をベルゼスに向けると次々と発射していった。

無数の火球や電撃、氷柱、銃弾がベルゼスに向かって発射される。

ベルゼスはルージュを護るように前に立つと障壁を張って全ての攻撃を防いでいった。

「人間風情が…邪魔をするな!」

攻撃をされ、魔族の本能を呼び起こされたベルゼスは苛立ちとともに腕を振るう。

振るわれた腕からは衝撃波を生み出し、雄大たちを吹き飛ばしていった。

しかし、ダンジョン探索者である雄大たちは、すぐさま立ち上がると再び攻撃を仕掛けていった。

「ちょっと、ベルゼス!不文律はどうしたよの!それに、みんなも止めてよ!」

ベルゼスの後ろからルージュは必死に声を張り上げるが、銃声と熱狂にかき消されて、ベルゼスにも住民たちにも届かなかった。


その騒音を士郎と哲也はアパートで聞いていた。

「師匠、なんですかね?」

「知らねぇよ。どっかでバカが魔導具で喧嘩でもしてんだろ」

ただならぬ音に士郎は色めき立つが、哲也は我関せずとばかりにテレビのボリュームを上げた。

「ちょっと、行ってくるッス」

そう言うと士郎はシュツルムブリンゲンを担ぎ、アパートを飛び出していった。

「まったく、面倒事に首を突っ込みたがるヤツだねぇ…」

アパートを飛び出していく士郎を横目に見ながら、哲也は大きな欠伸をした。


士郎が現場に駆けつけた時には周辺には大きな被害が出ていた。

道路は抉られ、周辺の建物には大きなキズがいくつもついていた。

「止めろ!俺が相手をしてやるから、降りて来い!」

士郎は大剣を構えるとベルゼスに向かって言い放った。

「ふん、新手か。だがっ!」

ベルゼスの腕から衝撃波が繰り出されるが、士郎の魔導鎧の障壁に弾かれた。

士郎はその一撃の重さにベルゼスの強さを感じ取っていった。

「こ、こいつ、強い…」

空への攻撃手段を持たない士郎の背中に冷たい汗が流れた。

見知った士郎の登場にルージュは慌てて近寄っていった。

「士郎、みんなを止めてよ!」

「ルージュさん、いったいこれはなんスか?あんな強い魔物は初めてッスよ」

ルージュと親しげに話している士郎に対してベルゼスの苛立ちが加速してしまう。

「人間風情が、お嬢様に近づくな!」

ベルゼスの衝撃波を士郎が障壁で防ぐと、弾かれた衝撃波が建物を傷つけていった。

「もう、後で話すから、とにかく止めてよ」

「無理ッスよ。俺じゃ止められないッス。師匠を連れて来て下さい」

「ええっ!なんでよっ!」

ルージュは渋った。ここで哲也に頼るのは敗北を認めることになるからだ。

「早く!このままじゃ<つくば>が壊れてしまうッス」

士郎の言葉にルージュは周りを見渡す。

自分を守るために立ち上がり、ベルゼスへと攻撃を続け、傷ついていく住民たち。

士郎やベルゼスが攻撃を弾くたびに壊れていく<つくば>の街並み。

これを止められるのは勇者テツヤのみ。

そんな想いがルージュの心に去来する。

「も、もう、わかったわよ。連れてくれば良いんでしょ!」

そう言うと、ルージュは哲也のアパートへと飛び立っていった。

「お、お嬢様!どこへ」

ルージュを追ってベルゼスも移動しようとするが、雄大たちにより阻まれ、ルージュとの距離は開いていくばかりだった。


「なんだよ、うるせぇなぁ……」

外の騒音がアパートに近づいてくると哲也も他人事ではいられなかった。

剣を持ち出すと、そのまま外へと出た。

すると、ルージュが舞い降りてくる。

「テツヤ、みんなを止めて!」

「あ?なんだってんだよ?」

わけがわからず、哲也は目を丸くする。

その時、ルージュを追ってきたベルゼスが姿を現した。

哲也はベルゼスの姿に魔王サートゥスと同じ強さを感じ取った。

「くっ、なんだって、<つくば>にこんなヤツが……」

哲也は反射的に剣を振るう。

哲也の振るった剣の軌跡が光刃となってベルゼスを襲う。

光刃はベルゼスの障壁に阻まれ砕け散ったが、その一撃の重さに住人たちとは違うものをベルゼスは感じとった。

「なかなかやるな。貴様が勇者テツヤか。貴様さえ居なければ、お嬢様は返ってくるのだ。サートゥス様の仇も取らせて貰うぞ」

住人たちとの交戦により魔族の本能を駆り立てられ、目の色を変えたベルゼスが哲也に向かて衝撃波を放ってきた。

そこへ士郎が割って入り、ベルゼスの一撃を空へと弾いた。

「師匠は殺らせない!」

シュツルムブリンゲンを構え、哲也とベルゼスの間に士郎が立ちはだかると、ベルゼスは更に魔力を上げていく。

ベルゼスの手に黒い火球が生まれ、大きくなっていくのが見えた。

「おい、ルージュ。杖を俺に返せ」

哲也はルージュに手を振って杖を渡すように言った。

「え?い、嫌よ…」

哲也の言葉に、ルージュは首を振ってしまう。

「バカ野郎!止めてぇんだろ!士郎を殺してぇのか!」


ベルゼスの手に生まれた黒い火球の威力を感じ取り、哲也は叫んだ。

(あの魔力じゃ、士郎の魔導鎧でも防ぎきれないかもしれねぇ…)

そんな想いからの一言だった。

士郎の魔導鎧は凄まじい防御力を誇るが、士郎自身は、マナがほとんどない、ただの人間なのだ。鎧が無事であっても中身の士郎が無事である保証は無いのだ。

「し、しょうがないわねぇ……ちゃんと止めてよね」

哲也の言葉にただならぬものを感じ取ったルージュは哲也に杖を投げた。

「ふん、ちゃんと止めてやるよ。勇者テツヤを信じろ」

哲也は、杖を受け取ると、一回転させ握りしめる。

「士郎、どけ!」

哲也の言葉に士郎が横に飛び退ると、ベルゼスが黒い火球を撃ち出した。

哲也が杖を突き出すと、黒い火球は杖へと吸い込まれていった。

「ふん、なかなかに強いマナじゃねぇか……だがな!」

杖を通して流れてくる、無数の蛇が身体の中に入り込んでくるような不快感を感じつつ、哲也はニヤリと笑う。

魔力破(マナ・ブラスト)!」

哲也の言葉とともに杖の先からは光弾が放たれベルゼスへと向かっていった。

ベルゼスは障壁を張るが、光弾は易易と突き破り、身体を捻って避けようとしたベルゼスの翼を撃ち抜いていった。

翼を撃ち抜かれベルゼスは地上へと落下していった。

地上に落下したベルゼスに、士郎がシュツルムブリンゲンを振り降ろそうとした時だった。

「止めて、士郎!」

ルージュの叫びが鳴り響き、士郎は大剣をベルゼスの首の寸前で止めた。

そこへ、追いついてきた住民たちも地に倒れているベルゼスへ攻撃体勢を取る。

「おい、そこの魔族。まだやるかい?」

囲んだ住人から一歩前に出た哲也は杖を向け、ベルゼスを見下ろす。

そんな殺気だった空気の中、立膝となったベルゼスに寄り添ってしゃがみ込む。

「ベルゼス。もういいよ。ジェミアテラに帰ろう」

「お嬢様……」

ルージュの言葉にベルゼスも驚いた様子を見せる。

「これ以上、ベルゼスも<つくば>も傷ついていくのは見てられないよ……だから、帰ろう……」

ルージュはベルゼスの肩に顔を埋めて静かに涙を流した。

「え、ルージュちゃん……いなくなっちゃうの?」

住民たちの中からそんな言葉が漏れ聞こえてきた。

「うん。みんな、私のために戦ってくれてありがとう。でもね、私の力はテツヤから盗んだ杖の力だったの。騙してごめんなさい」

ルージュは集まった住人たちに対して深々と頭を下げた。

「どうするんだ?ルージュを連れて帰るなら命までは取らないぜ」

哲也は杖を肩に担いで、再びベルゼスへと声をかけた。

「負けですね……さすがは勇者テツヤだ……実力的にも人間的にも負けましたよ……」

「あ?テメェは俺に負けたんじゃねぇよ」

哲也は鼻をほじりながら言い放った。

「<つくば>に負けたんだよ。<つくば>をナメんなよ」

哲也の言葉にベルゼスは声を上げて笑い出す。

「そうですね。私は<つくば>に負けたのですね。やはり<つくば>は勇者の練兵場です。幾人もの勇者候補生の前では勝てるはずもありませんね」

ひとしきり笑った後、ベルゼスは立ち上がった。

「さぁ、お嬢様、帰りましょう。我らが故郷のジェミアテラへ」

ベルゼスが手を突き出すと、空中にマーブル色のゲートが開く。

そのままふわりと浮き上がったベルゼスがルージュへと手を差し出す。

「うん。皆、元気でね」

そう言って、涙を拭い、ルージュは再び住民たちへと頭を下げた後、ベルゼスの手を取った。

そのままゲートへと飛び立とうとする二人へ哲也が声をかける。

「おい、ルージュ。杖の代わりが欲しいならサミュナス国のドルトンってジジイに言えば作ってくれるかもしれねぇぞ。勇者テツヤの言葉だって言っていいからよ」

哲也の言葉にルージュは小さく頷き、住民たちへ手を振りながらゲートをくぐっていった。

二人がくぐるとゲートは音もなく消え去った。

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