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<EP_005>

ルージュはしばらく動くことができずにいた。

(あいつはやっぱり勇者テツヤだった……私じゃ勝てない……でも、でも……)

アパートの駐車場にへたり込みながら、ルージュの頭の中をグルグルと敗北感と無力感、これからの生活の目的が回っていた。

小一時間経つと士郎が全身鎧を鳴らしながら戻ってきた。

駐車場でへたり込んだままのルージュに声をかける。

「ルージュさん、朝ごはんまだッスよね。今、作るッスよ」

そう言うと、士郎はアパートに入っていった。

自分の部屋に戻った士郎に声をかけられると、ルージュは窓から士郎の部屋に戻っていった。

鎧を脱いだ士郎は折りたたみテーブルの上に朝食としてチキンサラダを出してくる。

「ごめんね、シロー。私のせいで怪我をさせちゃって。大丈夫?」

士郎の腕をみつめ、ルージュが頭を下げる。

「大丈夫ッスよ。師匠に治して貰ったッスから」

そういうと士郎は二の腕を見せてくる。

士郎の太い腕には傷一つ無かった。

「まぁ、ルージュさんもタイミングが悪かったッスね。玄道さんの依頼を受けた後の師匠に声をかけちゃダメですよ」

自分のチキンサラダを食べながら士郎は言ってくる。

「ゲンドー?」

「ん〜、俺も良くは知らないッスけど、スゲェ、偉い人らしいッス。たまに、師匠にマナ中毒の治療を依頼してくるんですけど、重度の人が多いから、返ってくると機嫌が悪いんですよね」

士郎の言葉がルージュには良く分からなかった。

ルージュにとってマナは活力の元であり、中毒というのが良く分からなかったからだ。

そのまま、朝食を食べながら士郎と話をしていく。

士郎はルージュに優しく接し、マナと人間の関係、<つくば>での生活や、ダンジョンについて、そして師匠である哲也のことを熱心に話して聞かせてくれた。

「師匠は<つくば>唯一、いや世界で唯一の魔晶医師ッスからね。この<つくば>がマナ中毒者に溢れないのは師匠のお陰ッス」

哲也のことを語る士郎は目を輝かせていた。

「ふ〜ん……」

士郎の話を聞きながらルージュは、考えてしまう。

哲也への復讐心を失ったわけではなかったが、正面から戦っても無駄だと悟った。

彼女に残された目的は、故郷ジェミアテラに帰る方法を見つけることと、そして哲也をどうにかして苦しめることだった。

「師匠はスゴいんスよ。師匠の持つマナの剣もかなりの威力なんですけど、杖はもっとスゴいんスよ。ルージュさんも見た魔力破(マナ・ブラスト)なんですけど、九頭恐竜(ナインレックス)すら一撃で倒しちゃうんですから」

ルージュが考え込んでる間にも士郎の師匠自慢は続いていた。

(杖?ああ、あれか……私の魔力雷(マナ・ボルト)を吸収して打ち返して……ん?吸収?マナ中毒者から吸い取る?もしかして!)

士郎の話をなんとなく聞きながらも、ルージュはあることに気がつく。

「ねぇ、シロー。テツヤの力の源ってあの杖だったりするの?」

ルージュは思いついた疑問を士郎に問いかけてみる。

「ん?そうっスねぇ……師匠の魅力は杖の効果だけじゃないッスけど、杖が大事なのは確かですね。いつも金庫に大事そうにしまってますし」

その言葉を聞き、ルージュはニヤリと笑った。

「ありがと、士郎♡今日も泊めてくれるよね」

ルージュは笑みを消すと、そのままテーブルを回り込み、シナを作って、甘えた声で上目遣いに士郎を見上げる。

「え、ええ。もちろんいいですよ」

間近に迫ってきたルージュの可愛い顔と仕草に、士郎は顔を赤らめながら答えた。

「わーい、シロー、ありがと♡」

士郎の言葉にルージュは満面の笑みを浮かべながら士郎へと抱きつく。

ルージュの柔らかい感触を身体に感じ、士郎はその場で硬直して動けなくなってしまった。

そんな士郎に抱きつきながら、ルージュは見た目通りの小悪魔的笑みを浮かべるのだった。


翌日、体力が回復したルージュは士郎の朝稽古の時間に哲也の部屋の窓を叩いた。

「んだよ、うるせぇな。俺は眠いんだよ」

窓が開き、不機嫌な顔を隠そうともしない哲也が顔を出した。

「勇者テツヤ!もう一度、私と勝負しなさい!今度こそやっつけてやるんだから!」

空中にホバリングしつつ、ルージュは哲也へと指を突きつけた。

「嫌だよ。面倒くせぇ」

ルージュの言葉に哲也はげんなりとすると窓を閉めた。

「こらー、戦いなさいよ!私が怖いっていうの!それでも勇者か〜!!」

ルージュが喚きながら窓をたたき続けると、再び窓が開いた。

「うるせぇな!ちょっと待ってろ!」

哲也はそう話すと再び窓を閉め、しばらくすると駐車場へと出てきた。

昨日の迷彩服ではなく、くたびれたランニングシャツにシワだらけのスラックスというラフな出で立ちではあったが、同じように右手に剣、左手には杖を持ち、鋭い殺気をまとっていた。

「二度目はねぇと言ったよな。今回は外さねぇぞ……」

静かだが、殺気を帯びた声にルージュは怯えてしまうが、一瞬で恐怖にひきつった顔を消す。

ルージュの目は哲也の杖に集中していた。

(あれさえ奪えば……)

そう思い、ルージュは両手を合わせて腰だめに構えると、手に雷光を生み出していく。

「今日は、昨日と違って全力なんだからぁっ!」

そう叫ぶと、昨日よりも大きな雷光を生み出し、両手を突き出した。

それを見た哲也は反射的に杖を突き出して、ルージュの電撃を吸収しようとした。

(かかった!)

ルージュはその姿を見ると、一気に距離を縮める。

突き出された杖を掴むと、哲也の左手に魔力電(マナ・ボルト)を撃ち込む。

魔力電(マナ・ボルト)の威力に手が緩んだ瞬間、ルージュは杖を奪い取り空中へと飛び立った。

「勇者テツヤ。杖は奪わせて貰ったわ。私が新しい魔晶医師よ。これから、あんたの評判を落としてあげるんだから!」

そう宣言するとルージュは<つくば>の空へと飛び去っていった。


ルージュが<つくば>の空を飛んでいると、地上から怒声が聞こえてきた。

見ると、二人の男が喧嘩をしているようだった。

「テメェ、何ガンくれてやがんだよ!」

「うるせぇよ、テメェこそ何様だ!」

良く見れば、二人の目は真っ赤に血走っており、姿からもダンジョン探索者のようだった。

二人が距離を取り、お互いの武器を取り出そうとした瞬間、ルージュは二人の間に舞い降りた。

「まぁまぁ、お兄さんたち。少しは落ち着こうよ」

突然、間に舞い降りたルージュに男たちは驚きつつも怒鳴ってくる。

「嬢ちゃん、なんだか知らねぇが、怪我するぜ。スッ込んでろ!」

「邪魔するなら、嬢ちゃんも一緒にブチのめすぞ!」

ルージュは男たちの言葉にも動じず、近づいていく。

「お兄さん、そんな怖い顔しちゃダ〜メ。仲良くしようよ」

ルージュは流し目で男を見つつ、可愛らしい仕草で男の手を握ると杖を起動させた。

男の身体からマナが抜け、ルージュの身体に吸収されていく。

(あんっ♡スゴい……)

魔族であるルージュにとってマナは活力の源である。

マナの吸収はルージュにとっては快感すら伴う行動であった。

マナを吸い取られた男は、それまでの怒りが消え、穏やかな顔へと戻っていった。

男のマナを全て吸い取ると、ルージュはもう一人へと向いた。

「ほら、あっちのお兄さんは落ち着いたみたいだし、あなたも落ち着きましょ」

近づいて男の手に触り、マナを吸収していった。

マナを吸い取られた男たちは穏やかな顔になり、構えていた武器をしまうと、バツが悪そうな顔をしながら反対側へと歩いていった。

その様子に周りを囲んでいた野次馬からルージュへと自然と拍手が湧く。

周りの暖かい拍手に、ルージュははにかんだ笑みを浮かべながら空中へと飛び去っていった。


士郎の言葉から「マナ中毒者はダンジョン探索者に多い」と聞いていたので、ルージュはダンジョンゲートの近くの家の屋根に腰掛け、ダンジョンゲートから出てくる探索者の前に降り立つと無償でマナを抜いていった。

近くの公園の遊具の中で眠り、昼間は<つくば>上空を飛んでマナ関連の騒動を治め、ダンジョン探索者が出てくる夕方にはダンジョン探索者のマナを抜いていく。

それがルージュのルーティーンとなった。

ダンジョン探索者がマナを溜めずに街に入るため、マナ関連の騒動は日を増すごとに少なくなり、<つくば>の治安はどんどん良くなっていった。


「ちょっと、師匠!どうするんですか!?」

ルージュが魔晶医師として動き始めて数日が経ったある日、士郎は哲也のアパートに入ってくる。

哲也は、いつもとかわらず、昼間からビールを片手にテレビを見ていた。

「どうするって?何を?」

哲也は士郎が何を言ってるのかわからない様子で、顔を向けてくる。

「ルージュさんッスよ!あれ以来、師匠は働いてないじゃないッスか!」

士郎の言うように、ルージュが杖を奪ってから哲也は一切働かなくなった。

「良いじゃねぇか、別に。杖が無い俺に何しろって言うんだよ?」

マナ吸収の杖・改が無い哲也には、マナ中毒者からマナを吸い取って治したり、マナを移し替えることで魔力治癒(マナ・ヒール)をすることもできない。

哲也を頼ってくる者もいるが、哲也は「闇医者は廃業したんだよ。新しい魔族の娘にでも治してもらえ」と言って追い返してしまうのだ。

「師匠、ちゃんと働かないと、師匠の立場ってものが……」

士郎は必死で訴えるが、哲也は面倒くさそうに、士郎に背中を向けて寝転がってしまう。

「いいんだよ。玄道のジジイのおかげで、金は十分に貯まってるんだしよ。使い道が無くて困ってたところだから、俺はのんびりさせて貰うぜ」

哲也は士郎へ帰れとばかりに手をひらひらさせた。

そんな、やる気を全く見せない哲也に怒りを覚えつつも、ため息をつきながら士郎は哲也の部屋を後にした。


夕暮れ時、ルージュがいつものようにダンジョン探索者をゲート前で待ち受けていると、士郎がやってきた。

「ルージュさん、ちゃんと、杖を師匠に返すッス!」

士郎はルージュに指を突きつける。

しかしルージュは、すぐに飛び上がると舌を出してくる。

「べーっだ。嫌だよ〜。絶対、返さないんだから」

士郎がルージュの元を訪れるのは始めてのことではなかった。

士郎はルージュを見つけるたびに、杖の返却を求めるが、ルージュは空を飛んで逃げてしまうのだ。

空を飛べない士郎にルージュを捕まえることなどできなかった。

そんな、何度目になるかわからない交渉をしていると、ダンジョンから出てきた探索者が声をかけてきた。

「やっほー、ルージュちゃん。今日もお願いできるかな〜?って、士郎じゃん、お前もルージュちゃんにマナ抜きして貰いに来たのか?」

声をかけてきたのは以前、士郎とパーティを組んでいた雄大だった。

ルージュは雄大たちの後ろに隠れるように降り立つ。

「雄大!ちょうど良かった。ルージュさんを取り押さえてくれないか」

旧友の登場に士郎は助かったとばかりに頼み込んだ。

「ん?なんでだ?」

「その子が師匠の杖を盗んでいったんだよ。それを取り返さないといけないんだ」

「ホント?ルージュちゃん?」

士郎の言葉に雄大は振り返ってルージュに尋ねるが、ルージュは大きな瞳に涙を浮かべ、首を横に振った。

「ち、違うの。この杖は勇者テツヤが私の故郷ジェミアテラから奪っていったものなの。それを取り返しただけなの」

震える涙声で訴えるルージュに雄大は困った顔をしながら士郎に向き直った。

雄大が士郎に向き直った瞬間に、ルージュは士郎に向かって舌を出した。

「こう言ってるぜ?」

「そんなの嘘だよ。その杖は師匠が魔王討伐の報酬で受け取ったものだよ。雄大、騙されないで!」

士郎は必死に訴えるが、雄大は憮然とした態度を崩さなかった。

「だいたい、お前の師匠って、あの元魔晶医師の秋月哲也だろ?良いじゃねぇか。汚らしいおっさんが法外な値段でやるよりも、ルージュちゃんみたいな可愛い子が治してくれるなら問題ないぜ。なぁ?」

雄大が周りの仲間に問いかけると、周りの仲間もウンウンと頷いた。

「ちょ、ちょっと、雄大。目を覚ましてよ。良く見てよ、ルージュさんは人間じゃないんだよ?」

雄大の言葉に士郎は驚きつつも、さらに必死に訴えるが、雄大たちの態度は変わらなかった。

「人間じゃないからって何だってんだよ?ここは<つくば>だぜ。すでに人間の社会から隔離された場所なのさ。ルージュちゃんは、この<つくば>に堕ちてきた女神様みたいなもの……堕女神様なのさ」

雄大の言葉に、周りの仲間が賛同する。

「そ、そんな……」

雄大だちの態度に士郎は言葉を失ってしまう。

「おい、士郎。まだ堕女神ルージュちゃんに因縁つけようってなら、俺たちが相手するぜ」

そう言うと雄大たちは戦闘態勢をとって威嚇してきた。

雄大たちの態度に言葉を失った士郎はその場を立ち去るしかできなかった。

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