<EP_004>
「どうします、師匠?」
目を回して倒れたルージュを見下ろして困惑気味に言った。
「とりあえず、鎖で縛っとけ。起こして話を聞いてみるしかねぇだろ」
哲也の言葉に士郎は再び鎖でルージュを縛り上げ、哲也が再びルージュへマナを注ぎ込む。
覚醒したルージュは鎖に縛られたまま、哲也を憎々しげに睨みつける。
「くっ、殺せ!」
ルージュは哲也を睨みつけたままそう叫んだ。
「話をする気は無いってことかい?」
哲也が鋭い目でルージュに問いかけた。
「そうだ。敵と会話する舌など持ち合わせていないわ。殺すなら殺しなさい!」
ルージュがそう言い放つと、哲也は諦めたような顔でシュツルムブリンゲンを構えたままの士郎の顔を見た。
「士郎、だ、そうだ。一思いにスッパリと殺っちまえ」
「え?いや…それは…」
哲也の言葉に士郎は顔をしかめた。
「いいじゃねぇか。本人もこう言ってることだしよ。すっぱり介錯してやるのが武士の情けってヤツだろ」
哲也の言葉に、ルージュは恐怖に身体を震わせた。
「じゃあ…ルージュさん、お覚悟を」
そう言って大剣を上段に振り上げた士郎を見上げ、ルージュは涙をいっぱいに溜めた大きな目で見上げた。
「痛くしないでね…」
震えながら涙目で訴えるルージュと目が合い、士郎は大剣を降ろし、眉を潜めて「俺には無理ッス」と言った。
「しゃーねーな。じゃ、俺が殺るか」
そう言うと、哲也は奥の部屋から自分のマナの剣を持ってくると、ルージュの首に当て、振りかぶった。
「悪く思うなよ」
ルージュは固く目を閉じ、涙をこらえながらプルプルと震えて、その時を待った。
その姿に哲也は呆れた顔をしながら、振りかぶった剣を肩に担いだ。
「ちっ、興が削がれたぜ。ここで介錯して、死体を処理するのは面倒くさいしな。おい嬢ちゃん、今回は見逃してやるから、俺の気が変わらないうちにサミュナス国に帰りな。士郎、鎖を解いてやれ」
哲也が担いだ剣で自分の首を叩きながら言うと、士郎はルージュの鎖を解いてやる。
鎖を解かれたルージュは信じられないという顔で哲也を見上げていた。
「おい、帰れって言ってんだよ。とっととお家に帰って二度と顔を見せんな」
哲也の言葉に、ルージュは動けずにいた。
「帰れないの……ねぇ、帰る方法を教えなさいよ。ジェミアテラに帰る方法を教えてよ」
「はぁ?じゃ、嬢ちゃんはどうやって<つくば>に来たんだよ?」
「怪しい男にゲートを開けてもらったのよ!でも、もうそのゲートは消えちゃったの!だから、帰る方法を知っているのは、ジェミアテラに行ったことのあるアンタだけなのよ!」
ルージュの必死の訴えに対し、哲也は鼻をほじりながら答えた。
「ああ、あのゲートか。あれは向こうから開かれたものだ。こっちから開く方法なんか知らねぇよ」
「う…嘘だ!知ってるんでしょ?教えなさいよ!」
ルージュは涙目のまま必死に訴えてくるが、哲也は困ったような顔を崩さなかった。
「俺がサミュナス国から戻ってきた時は、ドルトンの爺に開けて貰ったんだ。ダンジョン最下層のゲートは閉じるって言ってから、既に閉じてんじゃねぇかな。俺には戻る気も戻る必要もないから、ゲートの開き方なんか知らんよ」
ルージュは、耳にした言葉を信じることができず、全身の力が抜けていくのを感じた。
「嘘…嘘よ…ホントは知ってるんでしょ!?アンタだけが頼りなのよ…ねぇ…教えてよ…教えて…下さい…」
ルージュの言葉は尻窄みに小さくなっていった。
「さあね。俺にはゲートの開き方なんて知らんよ」
哲也は大仰に肩をすくめた。
その姿に、勇者テツヤならばジェミアテラへの帰還方法を知っているという、一縷の希望が、完全に消滅したことをルージュは悟った。
ルージュの顔が絶望に塗りつぶされていった。
「ホントに知らないの?じゃあ、私…帰れないの?」
「ま、そういうこったな」
哲也の言葉にルージュは今まで堪えてきた涙と望郷の思いが込み上げ、溢れ出してくる。
「う、うわぁぁぁぁん……嘘だぁぁぁ……嘘だぁぁぁ……私帰れないのぉぉ……うぇぇぇん
……ベルゼスぅぅ……パパぁ……ママぁぁぁ…うわぁぁぁ……」
ルージュの慟哭が哲也の部屋に響き渡った。
「あー、うるせぇなぁ……士郎!とっとと放り出せ!」
耳を抑えながら哲也が士郎に命じる。
「師匠、ホントに知らないんスか?」
「知ってるわけねぇだろ。知ってたら、とっとと教えてるわ。とっとと追い出せよ」
泣き喚き続けるルージュを気の毒そうに見ながら尋ねてくる士郎に哲也はキッパリと言い切った。
「いや、さすがに、このまま外に放り出すのは……」
「あぁ?だったら、お前が面倒見ろよ。俺は嫌だぞ」
「わかったッス」
そう言うと、士郎は泣いているルージュの鎖を解きながら話しかけた。
「ルージュさん。とりあえず、俺の家に来ませんか?一晩寝たら、何か妙案が思いつくかもしれませんし」
泣き叫ぶのも疲れたのか、士郎の言葉に涙と鼻水でグシャグシャになった顔でルージュは頷いた。
そのまま、士郎に連れられ、ルージュは哲也の部屋を後にした。
士郎の部屋は哲也の部屋のすぐ隣である。
部屋の中は、六畳間には壁に数個のトレーニング機器、畳の上にダンベルやフィンガーグリップが投げ出されて、床に滑り止めシートが敷かれているだけだった。
士郎は隣の部屋に入ると全身鎧を脱いで、折りたたみテーブルを持って出てきた。
全身鎧から部屋着に着替えると、士郎の鍛え上げられた彫刻のような肉体が良くわかった。
「ルージュさん、ちょっと散らかってますけど我慢して下さいね」
そう言うと士郎は床に散らばっているダンベルを部屋の端へと寄せていく。
ルージュも手伝おうとダンベルに手を伸ばすが持ち上げるのが精一杯だった。
ルージュに礼を言いながら、士郎はダンベルを軽々と持ち上げ片付けていく。
部屋が片付くと部屋の中央にテーブルを広げる。
「ルージュさん、今、ご飯を作るッスね」
そう言うと、士郎は台所にたち、料理をしはじめる。
間もなくすると、牛乳と塩で味付けされ、ほうれん草と鶏肉がのったパスタが出てくる。
部屋に充満する料理の匂いにルージュの腹が鳴った。
「こんなものしか出せないッスけど、どうぞ」
士郎に促され、ルージュは食べ始める。
2日ぶりの食事にルージュは無我夢中でかぶりついていった。
ルージュが食べている間に士郎はシャワーを浴びるためにユニットバスに行く。
士郎がシャワーから出てくる頃にはルージュも食べ終わっていた。
ユニットバスから士郎がパンツ一枚で出てくると、その鍛え上げられた逞しい身体にルージュはちょっと赤くなってしまった。
「どうでした?大したものが出せなくてすいません」
そんなルージュを気にする風もなく、士郎はパンツ一枚のまま、後片付けをしていく。
そのまま皿を洗いながら士郎はルージュに、「ルージュさんもシャワー使ったらいいッスよ。その間に布団を敷いておくッス」とさらりと言った。
空腹が満たされ、改めて冷静を取り戻したルージュは「シャワー?布団?」と初めて男性の部屋に泊まるということにドキドキしてしまった。
ユニットバスに入ると、ルージュは服を消すとシャワーを浴び始めた。
魔族には服を着るという概念がない。
服のように見えるものを生み出して大事なところを消すだけだからだ。
シャワーを浴びながら、ルージュは手から電撃を少しだけ生み出してみた。
空腹が満たされたこともあり、少しだけ電撃が出た。
(変なことしようとしたら電撃を食らわしてやるんだから)
そう、ルージュは拳を握り込む。
「ルージュさん、タオル置いておくッスね」
ドアの向こうから士郎の声が聞こえると、ドアが少しだけ開き、タオルが投げ入れられた。
そのまま、身体を拭くと、服を生み出して部屋へと戻る。部屋の中央には布団が敷かれて、脇にはTシャツと短パンを履いた士郎が立っていたいた。
「ちょっと消臭剤臭いかもですけど、ゆっくり休んで下さいね。おやすみなさい」
そう言うと、士郎は電気を消して、隣の部屋へと姿を消した。
呆然としたまま、部屋に取り残されたルージュは布団に潜り込んだ。
士郎の言うように布団は消臭剤臭く、消臭剤で少しだけ湿っていたが、数日ぶりの温かい寝床にルージュはすぐにまどろみへと落ちていった。
翌朝、ルージュは目覚めると、まだ身体に疲労が残っている気がした。
疲労に関しては地球とジェミアテラの環境の違いによるところが大きい。
本来ならば、彼女の背中に生えている羽根程度で空中を飛び回ることはできない。
しかし、彼女自身に蓄えられているマナによって無理やり飛んでいるのだ。
マナが豊富にあるジェミアテラでは、空気とともに少しはマナを吸収できるため、飛ぶのに問題は無いのだが、マナの密度が極端に薄い地球で飛ぶ場合は彼女の身体からマナが消費されるだけなのだ。
それを知らないで飛び続けていたルージュが倒れるのは無理もなかった。
同じように、マナの薄い<つくば>ではジェミアテラと同じように寝たとしても、マナが完全回復するには至らなかったのだ。
窓の外からは鳥のさえずりとともに、ガシャガシャという音と何かの風切り音が聞こえていた。
ルージュが窓を開けると、アパートの駐車場では魔導鎧を着込んだ士郎が大剣を素振りしていた。
ルージュが士郎の姿を見ていると、隣の部屋の窓が開いた。
「士郎、いつも言ってんだろ!朝稽古の時は鎧ぐらい脱げ。うるさくて敵わんぞ」
窓から顔を出した哲也が朝稽古中の士郎を怒鳴りつける。
哲也に怒鳴られた士郎は素直に頭を下げた。
「すみません。師匠、昨日は夜中に誰か来てましたけど、玄道さん絡みの用事ッスか?」
「ああ、そうだよ。あのクソ爺、まーた強い魔晶薬を使いやがって。そんなに長生きしてぇのかよ」
哲也は不機嫌な顔で答えた。
ルージュはその横顔を見つめてしまう。
「ん?よぉ、嬢ちゃん、まだ、いたのか?」
ルージュと目が合い哲也はニヤリと笑うと、士郎に目を向けた。
「士郎、なんだ、ついに卒業したのか?」
「そ、そ、そんなことしてないッスよ!」
哲也の下品な笑みに対して、士郎は顔を赤らめながら答える。
「なんだよ、士郎の卒業かと思ったんだがな。嬢ちゃん、いつでも襲っていいぞ。俺が許してやる」
そう言って、ニヤリと笑うと窓を閉めて部屋へと引っ込んだ。
そんな哲也にルージュは怒りを覚える。
(こんな下品なおっさんにパパが殺られたっていうの!こんなヤツが勇者テツヤだって言うの?そんなの認めない!認めたくない!)
怒りに駆られたルージュは、そのまま窓から駐車場に飛び出し、哲也の部屋の前に立った。
「やい!勇者テツヤ、出てこい!」
ルージュが叫ぶと、不機嫌な顔をした哲也が窓から顔を見せる。その姿はいつものラフな格好ではなく年季の入った迷彩服を着ていた。
「なんだよ、うるせぇな」
その姿と、昨日とは違い殺気を孕んだ哲也の鋭い眼光にルージュは気圧されてしまうが、怒りを思い出して心を奮い立たせた。
「わ、私ともう一度勝負しなさい!体力が戻った今なら負けないんだから!」
哲也へ指を突きつけ、震えそうになる声を抑えて叫んだ。
「あ?わかった。ちょっと待ってろ」
そう言うと哲也は窓を閉めた。
しばらくすると、哲也が駐車場に出てくる。
その姿は殺気立っており、右手には剣、左手には杖を持っていた。
「ちょ、ちょっと、師匠!」
その姿に慌てて士郎が止めようと二人の間に入るが、哲也は殺気混じりの眼光で士郎を見据える。
「あ?嬢ちゃんが言い出したんだぜ」
その姿に士郎も黙るしか無く、慌ててルージュに向き直る。
「ルージュさん。今日は止めましょう。ね?」
そう言って止めようとする士郎をルージュは押しのける。
「ふ、ふん!怖い顔したって無駄なんだから。今日はパパの仇を取らせてもらうわ!」
そう宣言すると、ルージュは一歩踏み込んで両手を合わせて腰だめに構える。
ルージュの手の中に雷光が生まれる。
「ちょっと、ルージュさん!ダメですって!」
後ろから士郎が声をかけた。
「士郎!黙ってろ!コイツは俺と嬢ちゃんの問題だ」
ドスの効いた声で哲也が叫ぶと、士郎は黙った。
「喰らえ!魔力電!」
ルージュは声と同時に両手を合わせたまま突き出し、手を開いた。
手の中に生まれた雷光は電撃となり哲也へ襲いかかっていった。
哲也が左手の杖を電撃に向けると、電撃は杖へ吸い込まれるように消えていった。
「ふん、さすがは魔王の娘と言いたいが、俺を倒すには力不足過ぎるぜ」
哲也は、少し顔をしかめたが、そのまま冷たい目と杖の先をルージュに向けた。
「魔力破!」
哲也が呟くと同時に杖の先から凄まじい勢いで光弾が飛び出し、ルージュの顔の近くを掠めていった。
光弾はそのまま後ろにいた士郎に向かっていき、士郎は両腕を十字に組んで防御すると光弾を空へと弾いていった。
「痛ってぇ〜…師匠、どんだけマナを溜め込んでたんスか……」
光弾を弾いた士郎は両手をダラリと下げ膝をつく。
「士郎、後で治してやるから待ってろ」
そう言うと哲也は再びルージュへ杖を向ける。
「ひぃっ!」
杖を向けられたルージュは恐怖に顔を歪めてしまう。
近くを掠めていっただけで、あの光弾の威力は十分に伝わってくる。
そして、冷たい目を向けてくる姿にルージュは実力差をまざまざと感じてしまった。
「さっきのは警告だ。これ以上やるなら、次は外さねぇぞ」
哲也に射すくめられルージュはその場にへたり込んでしまう。
哲也がそのまま近づいてくるため、ルージュは涙を堪えて両目を閉じた。
そのまま、頭を杖で軽く叩かれた。
「まったく、二度とやるんじゃねぇぞ」
そう言うと、ルージュの隣を素通りし、後ろにいる士郎の元にしゃがみ込む。
「士郎、今、治すからな。ちゃんと弾いてくれるって信じてたぜ」
そういうと、士郎の腕に手を当てていく。
「うーん、やっぱり治り難いな。士郎、歩けるな。少しダンジョンに行くぞ」
そう言うと、哲也は両腕を下げたままの士郎を伴って哲也はダンジョンへと向かっていった。
ルージュは敗北感に打ちのめされて、へたり込んだまま見送るしかできなかった。




