<EP_002>
ルージュがゲートをくぐると、そこは異世界であった。
ルージュが見たこともない、四角い建物があちこちに見え、あちこちに色とりどりの光が煌めいている。森は遠くに点在するものの、ほとんど見えなかった。そして、闇に紛れて見えにくいものの、遠くには大きな山がそびえていた。
「これが<つくば>かぁ……」
初めて見る<つくば>にルージュは感じいってしまう。
「さ、勇者テツヤを見つけないとね。あなた、テツヤの場所を知ってるの?」
そう言って、ルージュが振り向くと、ついてくると思っていた魔族の男はおらず、通ってきたゲートは消えており、何もない空間があるだけだった。
「あれ?なんでいないの?」
予想外の出来事に、ルージュは目を見開いて周りをキョロキョロと見回す。
しかし、ルージュの周りには誰もおらず、ルージュ一人が浮かんでいるだけだった。
「え?嘘?ついて来てくれるんじゃないの?え?え?えぇぇぇぇ!!!?」
ルージュの悲痛なセリフが<つくば>の夜空に響き渡っていった。
ルージュはしばらく周辺を飛び回っていたが、やはり魔族の男は見つからず、近くの公園に降り立ち、東屋に座り込む。
「どうしよう……これじゃ、ジェミアテラに帰れない……」
故郷へと帰る道を絶たれたという状況は、ルージュを絶望させた。
ルージュは考えてしまう。
(ここは<つくば>。パパを倒すために人間たちが勇者を召喚するための場所。ただ、<つくば>から来た勇者たちは、勇者テツヤを除いて全滅したのよね……)
そこまで考えてルージュは思いつく。
「そうだ、勇者テツヤだ!勇者テツヤはジェミアテラに召喚されて、唯一<つくば>に戻ってきた人物。ヤツならジェミアテラに帰る方法を知ってるかもしれない!」
そう思うとルージュは俄然やる気が出てきた。
「よーし、こうなったら、絶対に勇者テツヤを見つけて、ジェミアテラへの帰り方を聞き出してから、ギッタンギッタンにしてやるんだから!」
そう心に決め、ルージュは拳を握りしめた。
翌朝になり、ルージュは勇者テツヤの搜索を始めた。
まずは、公園に散歩に来たのであろう老夫婦の元に飛んでいった。
「ねぇ、あなた、勇者テツヤの居場所を知ってる?」
突然、空から舞い降りたルージュに老夫婦は目を丸くした。
頭に生えた小さな角、背中に生えた小さな蝙蝠の翼、黒い尻尾に、全身は身体の線も露わな黒い衣服に包まれている。
ルージュの姿は老夫婦には悪魔そのものにしか見えなかったからだ。
「で、出たぁぁぁ!」
そう叫ぶと、老夫婦は踵を返して脱兎のごとく逃げ出していった。
その姿にルージュは小首を傾げてしまう。
(なんなの?魔族がそんなに珍しいのかしら?)
確かに<つくば>は人間の街なので、魔族は住んでいないのかもしれない。
そう思い、再び周りを見渡すと、遠くに犬の散歩をしている中年の女性をみつけると、そこに飛んでいった。
「すいませ〜ん、勇者テツヤを探しているんですけど〜」
ルージュが話しかけると、中年の女性は腰を抜かし、その場へ尻もちをつく。
彼女の飼い犬が飼い主を守るために唸り声を挙げて威嚇してきたが、ルージュは、気にせずに話しかける。
「ねぇねぇ、勇者テツヤの居場所を知らない?」
ルージュの言葉に中年女性は首がもげるかと思うほど激しく首を横に振る。
「そっかぁ〜、知らないかぁ〜。って、痛ぁ〜い!」
飼い主に話しかけるルージュの尻尾に飼い犬が噛みついたのだ。
ルージュは飼い犬を叩いて離させると、空中へと避難し、飛び去った。
犬に噛まれた尻尾に息を吹きかけつつ、空を飛びながらルージュは考えてしまう。
(なんで、勇者テツヤを知らないのかしら?)
彼女の故郷であるジェミアテラでは勇者テツヤは救国の英雄であり、勇者テツヤが降り立ったとされるサミュナス国では大きな銅像まで建てられているのだ。
そんな、超有名人である勇者テツヤを誰も知らないというのは予想外だった。
その後も何人かに聞いてみるも、結果は同じであった。
ルージュを見ると、全ての人間が恐怖におののき、まともな会話をすることもできないのだ。
唯一の収穫と言えば、「ダンジョンゲート周辺のスラム街なら知ってるかもしれない」ということだった。
その言葉に従い、ダンジョンゲートの周りで聞き込みをしても結果は変わらなかった。
スラム街の人々はルージュの姿を見ても恐怖に怯えることは無いが、それでも眉を潜め、胡乱げな目で見てくる。
(ここでも、魔族は差別の対象かぁ……にしても、お腹減ったぁ……)
聞く相手の対応を見て、ルージュは悲しくなってしまった。
それ以上にルージュは空腹と疲労を感じてしまった。
ベルゼスの元を飛び出して半日以上過ぎているので空腹は当然なのだが、ルージュはいつも以上に疲労を感じてしまっていた。
「んもうっ!どうして誰も勇者テツヤを知らないのよ!」
夕方になり、疲れ果て、ルージュは<つくば>の路地裏に膝を丸めて座り込んでしまった。
(疲れた……おうちに帰りたい……)
ルージュの心にベルゼスの顔と後悔の念が浮かんでしまい、悲しくなって膝に顔を埋めてしまった。
「お嬢ちゃん、どうしたんだい?」
そう、声をかけられ、顔を上げると、そこには汚らしい格好で酒瓶を持った赤ら顔の男が立っていた。
「お嬢ちゃん、こんなとこでどうしたんだい?良かったらおじさんが話を聞くよ」
男は酒臭い息を吐きながら、下卑た顔でルージュに話しかけてきた。
「ねえ、勇者テツヤの居場所を知らない?」
<つくば>に来て、初めて話しかけられたルージュは目を輝かせて立ち上がると、男に聞く。
「勇者テツヤねぇ……知らんこともないなぁ……」
男は下卑た笑みを浮かべ、顎を撫でながら、そう答える。
「ホント?教えて!」
食いつき気味に聞いてくるルージュを見ながら、男はさらに顔をニヤつかせる。
「まあ、こんなとこじゃなんだから、もう少し落ち着いた場所に行こうぜ」
男はそう言うとルージュを抱き寄せ、腰を掴む。
「それに、ただじゃ教えられねぇなぁ…ゲヘヘ」
男はルージュの身体を舐め回すように見ると、尻を撫でてきた。
「キャッ!何すんのよ!」
ルージュは咄嗟に男の手を握ると、握った手から電撃を放出した。
ルージュから放たれた電撃は男の身体を駆け抜け、男はその場に倒れ伏した。
「フンッ!殺されなかっただけマシと思いなさい!」
倒れた男にそう言い放つと、ルージュは歩きはじめる。
しかし、最後に残っていた力を男への電撃で使ってしまったルージュの足取りは重く、フラフラとした足取りで<つくば>の街を歩いていった。
ルージュは、人気のない路地をふらふらと歩き続けた。
視界が揺れ、意識が遠のいていく。
頭の中ではベルゼスの顔と後悔の念がぐるぐると響いていた。
その時、前方から、全身鎧を着て背中には大剣を担いだ大柄な男が歩いてくるのが見えた。
ルージュは、男の姿を見ると、最後の気力を振り絞って近づいていった。
男に話しかけようと近づいた瞬間、視界が揺れ、そのまま意識を手放し、アスファルトの地面に崩れ落ちた。
「大丈夫ッスか?って、こいつは……!」
目の前で倒れたルージュに、全身鎧の男―――生田士郎は声をかける。
しかし、倒れたルージュからの返事はない。
士郎の目には、角と羽と尻尾というルージュの異形な姿が、重度のマナ中毒による変異体 のように映った。
「これは大変だ。 師匠に見せないと!」
彼は、ルージュを抱え上げると、一目散に師匠である秋月哲也の元へと駆け出していった。




